【陰謀論】フラットアースを優しく論破するスレ 第23日
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0245 青火 ◆xgKzWyAAH4vO垢版2024/03/30(土) 17:47:31.95ID:yqR8bsmZ
これやな
まだ見ぬ神
www.uccj-sapporo-chuo.jp/2021/05/09/1597/
知られざる神に
www2s.biglobe.ne.jp/~kitakyo/message/170205.htm 江戸時代には1日は12の「刻」に分けられ、時刻の表記には干支が使われていた
http://www.zenigata.club/img/time12.png
時間表記の時計と時刻表記の時計の考察
kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1711483434/279-296 世界中の誰も見たことがない「まだ見ぬ神」とは、月の裏にいる神のこと
時間表記の時計は、横 9−6−3、縦 0ー3−6、6×3で18(月)
時刻表記の時計はその裏側だから81(ハイ)
原子番号81のタリウムの由来は「緑の小枝」を表す thallos で、これは、原子スペクトルが緑色のためである オリーブの枝
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%96%E3%81%AE%E6%9E%9D
オリーブの枝(オリーブのえだ)は、平和の象徴もしくは勝利の象徴として使用される。
古代ギリシャにおける、特に神や権力者への祈りに由来するとされ、地中海沿岸のほとんどの文化に見られる。
近代ヨーロッパでは平和の象徴とされ、アラブでも使用されている、 >>9
原文が点で終わってるので修正
×アラブでも使用されている、
〇アラブでも使用されている。 小説版の愚者の船の考察をするのが楽しみだ!!!
さらなる補強になるだろうさ!!!
お前らも当然読んだよな!?
これだけ比喩の多い小説も中々無いだろう!!!
世界的ベストセラーと銘打つだけあって面白いぞ!!! 愚者の船の書き出し分、長文だからゆっくり読めるように連載形式にしないといけない
まだ途中だけど、モチベ保つために今日から転載していこう 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 9ページより
旅行者にとって、港町ヴェラクルスは、陸と海のあいだによこたわる小煉獄のように思われる。
だが、町の住民たちは自分にもまた自分たちがつくりあげた町にも大いに満足している。
「気ままに、しかも礼儀にもとらず楽しむ術を知るのはわれらのみである」と新聞は書く。
「われらは、心がひろく暖かく、もてなし好きで、感受性がこまやかである」とつづける。
ヴェラクルスは悪徳はびこる海への足場にすぎないとがんこに考えている数ヵ国語を使う高原地帯の蛮人どもにも読ませるために、そう書くのだ。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 20ページより
「おい頓馬どもがもどってきたぜ」、事務員は、いちばん近くにいる給仕たちに声をかけた。
給仕たちは、脂じみた布きれをぶらさげ、雑多な一団の人びとをはっきりそれとわかる意地悪な目つきでにらんだ。
人びとは無言でテラスへあがり、テーブルのまわりにぐったりと腰をおろし、すでに難船したかのようにぼんやりと坐っていた。 木の幹のような脚をしたとほうもなく太った女、埃っぽい黒の服を着た肥満した彼女の夫、二人の太った白いブルドッグも再びそのなかにまじっていた。
昨日、彼女は、事務員から
「いいえ、奥さま、ここはたしかにしがない国メキシコではありますが、犬を部屋へ入れるわけには参りません」
ときっぱりやられていた。
このばかげた女はボーイに犬をひき渡す前にそのしめった鼻に口づけし、ボーイはひと晩調理室の中庭につないでおいたのだ。
ブルドッグのベベは、いかにも雄々しい種族らしく、悲しみながらも沈黙して、試練にたえ、だれも恨まなかったのである。
いま、彼の飼主たちは、席につくとすぐに、どこへでも携えていく大きなバスケットの底へ手をいれ、餌をさぐりはじめている。 やせた背の高い女――長い頸の上でゆれる、短く刈り上げた小さな頭をした、脚のひょろ長い「娘」、
ぐにゃぐにゃしたグリーンのドレスがふくらはぎのまわりをおどっている――が、
つれのばら色をした豚のような背のひくい太っちょに、ドイツ語で雌くじゃくのようにかん高い声で話しかけながら、大またにはいってきた。
なみはずれて大きな手足をもち、プラチナ色の髪を深いたてじわをきざんだ額の生えぎわでブラシのように刈りそろえた、
背の高い、しまりのない体つきの男が、まるでテラスが目にはいらないかのように通りすぎ、もどってきて、ひとりだけはなれて腰をかけ、昏睡にしずんだ。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 24ページより
グリーンのガウンを着た髪を短く刈った若い女が、いきなりとびあがり、
「あら、何がおこるのかしら、あの人たちは彼に何をしようとしているのかしら」
とかん高いドイツ語で叫んでみんなを驚かせた。
「気にすることはないさ」と豚のような鼻をもった男は、グリーンの服装をした娘にいった。
「あんなことはここでは日常茶飯事なんですよ。つまりはやつを銃殺しようとしているだけのことですよ。
とうがらしをひとつかみ盗むかなにかしたんでしょう。あるいはくだらぬ村の政争が原因かもしれませんがね」 これを聞いて、大きな手足をした金髪のやせた男が目をさました。
長い上体をおこし、組んでいた脚をおろし、顔をしかめてずんぐり太った男をにらんだ。
「そうだ」、彼は大声をはりあげ、外国語訛りのドイツ語でいった。
「たしかに政治問題かもしれん。ここにはそれしかないのだ。政治にストライキに爆弾しかない。
やつらはいったいどうしてスウェーデン領事館を爆撃する必要があるというんだ。ぼくはそこをききたいんだ」
豚のような鼻の男は、いきりたち、大きな下品な声でやりかえした。
「気分転換のために、スウェーデン領事館をやってみたって悪くはなかろう。ほかの国の人間だって少しは困った目に遭ってもいいはずだ。
どうしていつもドイツ人だけがいまいましい外国でくるしまなくちゃならないんだ」
骨ばった長身の男はそれを無視して答えなかった。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 28ページより
ヴェラ号は、来る年も来る年も遠い港から港へよたよた駆けずりまわる、船腹のふくらんだ大へん堅実な恰好の貨客船であって、
ドイツの主婦のように正直で、たのもしい、地味な船であった。
彼らは渡し板のほうへとってかえしはじめた。
グリーンのドレスのキーキー声の女、ブルドッグを連れた太った夫婦、
黒い服で身をつつみ、つやつやしたとび色の髪を編み、太い金鎖のネックレスをした、背のひくい、まるまると太ったドイツ婦人、
重いサンプル・ケースをひきずった背の低い、当惑したような顔のドイツ系ユダヤ人などである。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 32ページより
ボーイたちは、デッキいっぱいにリクライニング、チェアをすえ、それを壁に沿った横棒に綱でしばり、頭支えの金属枠に名札をさしこんでいる。
グリーンのドレスを着た背の高い女はほとんどすぐに自分の椅子をみつけ、ぐったりと体を沈めた。
スウェーデン領事館事件について激昂した、額にしわを刻んだ大柄な男はすでに彼女のとなりの椅子に長々と体をのばしていた。
彼女は、その小さな頭を彼のほうへまげ、かん高い声で笑いかけ、きんきんした声でいった。
「お隣り同士のようですから、さっそく名乗らせていただきますわ。フロライン・リッツィ・シュペッケンキーカ―と申します。
住居はハノーヴァーですの。メキシコの叔父、叔母を訪ねてまいりました。
このすてきなドイツ船でハノーヴァーへ帰れるなんて、とってもうれしいですわ!」 「アルネ・ハンセンです、よろしく、フロライン」と彼は。やっとこで言葉をむりやりひっぱりだしたような口調でいった。
「あら、デンマークの方なの!」彼女はうれしそうに金切声をあげた。
「スウェーデンです」、彼女はそれとわかるくらいひるんでいた。
「どんな違いがありますの?」、リッツィはかん高い声でいった。
どういうわけか目に涙をうかべている。そしてまるで痛いところがあるみたいに笑った。
「いい船じゃない」と彼は、独り言でもいうみたいに、ぶすっとした顔でいった。 「あら、そんなことありませんわ」とリッツィは大きな声でいった。
「美しい、美しい――まあ、リーバーさまがいらしたわ、ほら!」
彼女は、体をぐっと前に乗りだし、両腕を頭の上へふりあげ、歩みよる豚のような鼻の背の低い男へ合図した。
リーバーは、目をいたずらっぽくかがやかせながら、いんぎんに答礼を返した。
りんごのようにかたくてまるい尻と、かたい、つきでた布袋ばらのまわりでズボンがぴんとひきつっていた。
意気揚々たる足どりである。脚のみじかい、ふんぞりかえった雄鶏みたいだ。 リーバーは、ハンセンと前に会ったことがあるという気配はおくびも出さず、
ヴェラクルスのテラスでの一件はいっさい無視して、ハンセンの前にたちどまり、その頭の上の名札を見つめ、
まずフランス語、ついでロシア語、そのあとでスペイン語、そして最後にドイツ語で、いずれも同じ内容のことをいった、
「お手数をかけて恐縮ですが、これはわたしの椅子です」
ハンセンは、片方の眉をあげ、リーバーが悪臭を、悪臭以上のものを発しているかのように鼻にしわをよせた。
「ぼくはスウェーデン人ですよ」と英語でいってたち去った。 リーバーは、彼の後姿へ向って、顔を紅潮させ、鼻をふるわせて大胆に叫んだ。
「そうか、スウェーデン人なのか。だからぼくの椅子を横どりしたんだな。よろしい、こうした問題ではぼくもスウェーデン流儀でやってやるぞ」
リッツィは、彼のほうを見上げ、歌うような調子でいった。
「あの方も悪気があってしたことじゃなくてよ。けっきょく、あなたがご自分の椅子にかけていらっしゃらなかったからですわ」
リーバーはかわいくてたまらないような調子でいった。
「なにしろあなたの隣りですからね、ぜったいほかの人間にすわらせたくないんですよ」 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 66ページより
一人だけ小さなテーブルをあてがわれたレーヴェンタールは、不浄な食物が書きならべられた夕食の献立表をしらべ、
新鮮なグリーンピースをそえたやわらかいオムレツを頼んだ。
元気をつけるために上等の白葡萄酒のびんを半分あけ、
(旅の難儀のひとつは、このほとんど全面的に異教徒によってきりまわされている世界で、食べられるものをさがすという問題だった)
デザートとして出された小籠の果物をたべた。 船のどこを見まわしてもユダヤ人はいない。一人も。
ドイツへもどるドイツの船だというのに、彼いがいにユダヤ人は乗っていないのだ。
船室には同室者の荷物がおいてあるだけで、相手はいなかった。
少くとも商売の方面では非常に立派な異教徒を何人か知っている。
同室者もそういう人かもしれない。
ようやくはいってくる足音がし、彼はせかせかと頭をもたげ、ほとんど相手の姿が目にはいらないうちに「よろしく願います」といった。 リーバーははいってくる足をとめた。
ほとんど同時に、かれのしし鼻の顔に深い嫌悪の表情がうかんだ。
眉を寄せ、口をへの字に結んだ。
「よろしく」と彼は、冷い、つきとばすような口調でいった。
レーヴェンタールは、かねがねそうなることがわかっていたかのように、最悪の相手であることを知って、仰向けに体を倒した。
「何て間がわるいのだ。こんなに長い航海なのに」と彼は嘆いた。
「そうだ、あいつは異教徒というよりもまるで豚だ」 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 84ページより
くさい港の空気を充満させ、蚊を満載して、船はその夜おそく碇をあげた。
一等船客にかなりの新しい客が加わったが、彼らは、すでにわがもののような関心を船にいだいていた最初からの旅客たちから、はじめは闖入者のように見られた。
六人の騒々しい、混血らしい、キューバ人学生は、夜ふけまで人目をそばだてていた。
数組の夫婦者は、まずはうるさいにきまっている子供たちを連れて乗りこんでいた。
夕食がすむと、学生たちは行列をくみ、そっとしておいてもらいたいと念じているおとなしい人たちが憩うデッキチェアのまわりを行進し、
人びとが本を読んだり、トランプをしたりしている船内を練りまわり、眠ろうとつとめている人たちの窓の前を通って、甲板をぐるぐるまわり、
駆けることができなくなったかわいそうなあぶらむし(ラ・クカラーチャ)の歌を次から次へとわめいた。 第一節ではマリファナ煙草がなくなったから、
第二節ではそれを買うお金がないから、
第三節ではぜんぜん足がないから、
第四節ではだれも愛してくれないから、
と学生たちは、お互いの肩に手をかけて縦にならび、足を踏みならして歩きながら、さいげんもなくあぶらむしの不運をならべたてた。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第一部 87ページより
ジェニー・ブラウンとエルザ・ルッツは、むしあつい船室で、なごやかな沈黙のうちに、髪をとかし、寝る支度をしていた。
船上の生活についてしばらく話したり、あたりさわりない噂話をしたり、罪のない意見を交換したりして、二人の間は大へんうまくいっていた。
エルザは、母親の警告にもかかわらず、同室者のやさしい、どちらかといえば几帳面なやり方をみて、急速に警戒心をとき、
ジェニーが甘く匂う化粧水や泡立てクリームのような軟膏を何べんも塗って顔の手入れをしているあいだ、うっとりとしてそばにすわっていた。 学生たちの咆えるような声と踏みならす足音が、これで三度目であるが、彼女たちのすぐ頭上の甲板にひびいた。
波やエンジンの音を凌ぐその騒音は舷窓から流れこんできた。
いままたエルザは頭をあげ、もの思いに沈んだ表情で耳をかたむけた。
「もう船は男の子でいっぱいね」と彼女は、ほとんど期待に胸をふくらませていった。
「ほんと」とジェニーはいった。
「あの人たち、ひとつの歌しか知らないみたいなのは困りものだけど」 エルザは、舷窓の下の寝椅子から、重大なうちあけ話をはじめた。
「わたしは、小さいときから、恋を信じなさい、情愛ぶかい人になりなさい、そうすれば幸福になれる、と父から教えられてきたの。
でも母はそんなこと見せかけにすぎないというわ。
時どきどっちが本当かわかったらいいな、と思うの――わたし、母を愛してるけど、父のほうが正しいんじゃないかと思うの」
「きっとそうだと思うわ」とジェニーは少し目をさましていった。
「父は生まれつき陽気な人柄で、楽しむことが好きだわ。
ところが母は笑えない人なの。
笑うのは馬鹿な人間だけです、人生はだれにせよ笑えるようなものじゃありません、というの…… いつか小さいときにこんなことがあったわ……
スイスの田舎では、子供もみな、ちっちゃな赤ちゃんまで、パーティへ連れていく習慣だったの――母が最初のダンスを父と踊ろうとしなかった。
だからもちろん、父はだれとも踊ることができなかったの。
そこで父は母にいったんだわ。
『よーし、わかったよ。ぼくはあんたよりすてきなパートナーを見つけよう』
そういって父は箒をもって、それを相手に踊ったの。母をのぞく全部の人がおもしろがったわ。
母はそれからというもの、その晩は父に話しかけようともしなかった。 それで父はビールを浴びるほど飲み、ひどく陽気になり、家へ帰る途中でだしぬけに
『さあ、踊ろう』
と母にいって、腰をとり、母の足が地面からはなれるまでぐるぐるふりまわしたの。
母は泣いたわ。でもどうして泣くのかわたしにはわからなかった。
じっさい悪いことじゃなくて、おもしろいことなんですもの。
ところが母は泣いたの。わたしも泣いたわ。 それから、かわいそうに、父はしゅんとして一緒に歩いたの。
今になって考えれば、父だって泣きたかったんだと思うわ。
母は、父が冗談をいっても、一度だって笑ったことがないわ。
それなのに父ったら、いつも冗談ばかりいうの。
ひどいとおもうときもあるわ。それくらいわたしだってわかるわ。
「あら」とエルザはいった。
暗闇の中のその声は、悲しみ、いぶかるように、ゆっくりとしていた
「お母さんに似てきたみたい。
わたしって、ひとをおもしろがらせたり、楽しませたりできないんだわ。自分のことばかりいって、恥ずかしいわ。 でもだまってすわっているのがつらくてたまらないときがあるのよ。
わたしにはどっかへんなところがきっとあるんだわ。
でなかったら、男の子がダンスにさそってくれるはずだもの」
「この船には踊ってもいいような男の子は一人もいないといっていいくらいよ」とジェニーはいった。
「国にいるときなら、目にとまらないような連中ばかりだわ」
「でもここはわたしの国じゃないもの」とエルザはいった。
「それにわたしには国というものがなかったの。なぜって、メキシコでだって、
一緒に外出するのを許された男の子たちは、わたしのスタイルを好まなかったんですもの…… 母はあなたとそっくりのことをいったわ。
『心配しなくてもいいのよ、エルザ、スイスへいけば、あなたこそ娘らしい娘だ、ほんとうのスイス娘だと思われますからね。
スイスではあんたのような娘が好かれるのよ。くよくよするのはやめなさい。国へ帰ったら万事うまくいきますからね』
「もちろん好かれるわよ。遠い国から来た娘さんというわけで、珍重されるわよ」とジェニーは彼女にいった。
そして与えることのできない助けをもとめられたかのように、こまやかな気がかりをおぼえたのであった。 このしょげた顔の若い娘にとって、スイスへ行ったところで、どんな希望があるだろう。
顎は二重にくびれ、首の付根には甲状腺腫のように脂肪がひだをなし、肌は油を塗ったようにぬめぬめとし、
褪せた灰色の目には魂の輝きが見えず、にぶい色の髪はいたずらに濃く、尻は大きく、足首の太いこの娘にとって。
恰好のいい鼻、恰好のいい口、まあ見られる額、それで全部だ。
あまり食欲をそそらない肉の小山には、ひらめきというものが、生気が、ひとかけらもないのだ。
そしてその内部では、若々しい純真さや憧れが、苦しみ、混乱した、世間を知らぬ心が、かたつむりのように彎曲し、
重なりあった、暗い本能が、やみくもに手さぐりしていたのだ。 >>38
×ゆっくりとしていた
〇ゆっくりとしていた。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 95ページより
ローラの双子リックとラックは、ローラとチトーが目覚めないうちに、早々と起き、音をしのばせて身支度した。
彼らはアルマンド、ドローレという名前なのだが、自分たちでそれを改め、
メキシコのある新聞に連載された彼らの気にいりの漫画の主人公の名を採って、自分たちの名前としていた。
漫画の主人公リックとラックは横紙やぶりのワイヤヘアであったが、
彼らはこの二匹の犬の冒険を毎日うらやましさで胸をいっぱいにしながら、むさぼるように読んだのである。
二匹のワイヤヘア――もちろん本当の犬とはかけちがっているのだが、
二人の崇拝者には、自分たちがなりたいと望んでいる本ものの悪魔に思われたのだ。 甲板はまだじっとりと濡れ、朝の陽差しをうけてゆらゆら蒸気をたちのぼらせていた。
わずか数人の船員だけがのろのろと動きまわっている。
リックとラックは書きもの部屋の一つへはいり、
前もって計画していたかのように、インクびんのコルク栓を抜き、びんを横倒しにした。
しばらくのあいだ二人は、インクが新しい吸取紙のほうへ流れ、絨毯へこぼれおちるのを見守り、
それから沈黙したまま船の反対側へ行き、
フラウ・リッタースドルフがデッキチェアへ置きぱなしにしておいた小さな羽根まくらに目をとめ、
一言もいわずにそれをつかんで船の外へほうりすてた。
きまじめな顔つきで二人は、どうしてそれがすぐに沈まないのか不思議に思いながら、波に揺られて上下するさまを眺めた。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 147ページより
左舷でシューマン医師は、円盤突きのゲームをしているそばを、やっている人たちのほうを見ずに、
しかし彼らのほうへ向って「今日は」と会釈しながら、注意ぶかい足どりで迂回した。
そして同時に、ほとんど見るとはなしに、二人のスペイン人の子供リックとラックが、
船で飼っている立派なとら猫を、背中をなでたり、頤の下をくすぐったりして喜ばせているのを見た。 猫は、快感に酔いしれた表情で、背中を弓なりにまげ、二人が抱きかかえるままにさせていた。
猫は、ものうげな、だらしない、無様な恰好で二人に抱かれていた。
そして官能の陶酔のために自分にたいする彼らの意図の性質を手おくれになるまで理解することができなかった。 けわしい顔つきで、リックとラックは手早く猫を手すりへもちあげ、船の外へ押しだそうとした。
猫は、体をこわばらせ、前足の爪を手すりへくいこませ、気負いたち、後足の爪で激しくひっかいた。
背中が弓なりに曲り、尻尾は乱れた一本の羽毛のようになった。
鳴声もたてずに、必死にあらゆる武器を総動員させて戦った。 シューマン医師は、跳ぶようにして進み出て、子供たちをつかみ、手すりからひきはなした。
子供たちは大急ぎで猫を連れもどした。
猫は、彼らの手からおろされ、甲板を横切り、円盤突きのゲームをしている人びとの間をぬけてほうほうの態で逃げた――
それはふだんならしないようなことだった。
なぜなら、礼儀正しい猫なのだから。 子供たちはシューマン医師をじっと見あげた。
長いひっかかれた傷から血をにじませた、彼らのむきだしの腕からとつぜん力がぬけるのを、つかんでいる彼の手は感じた。
シューマン医師は、しっかりと二人をとりおさえながら、しかし老練なやさしい目つきで、
彼らの盲目的な、隙のない敵意、その冷酷な狡猾さにびっくりしながら、しばらく彼らの目の奥を見つめた――
しかし、獣ではない、人間なのだ。
そうだ人間だ、それだけにかえっていたましいのだ、と医師は考えながら、手をゆるめた。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 254ページより
無言で、身じろぎもせずに、彼らは予期した情景を貪るように見つめた。
リッツィとリーバーは、大煙突を背にして床へ身を寄せてすわり、争い、笑い、もみあっていた。
彼は彼女の膝をもてあそぼうとし、彼女は片手でめくれたスカートをひきずりおろし、もう一方の手で彼を軽く押しのけている。
リックとラックはもっと面白いことが起るのを待ったが、骨ばった女は逃げ、太った男をほとんど仰向けにつきとばした。
彼女のブラウスの胸がほとんどベルトまではだけていた。
子供たちは見るべきものがまったくないのを知って顔をしかめた。 きーきー声をあげ、頭をうしろへそらした女の狂おしい目は、とつぜんリックとラックをとらえた。
彼女は、かん高い、今までとは性質のちがう金切声をあげた。
「あら、見て、ああ、見てよ、ああ――」彼女は長い腕を彼らのほうに振りながらいった。
「いったいここで何をしているんだ? 恥知らずの小童くん」
とリーバーは、いくぶん咽喉をつまらせて、しかし厳しい父親のような調子を出していった。
「あんたたちを見物していたんだよ」とラックは生意気に答え、舌をつきだした。
リックもそれに加わり、「つづけな。よさなくたっていいんだぜ。だれか来たら教えてやるからさ」といった。 この幼い子供の皮肉によって心の底から衝撃を受けたリーバーは、唸り声をあげ、彼らをひっつかまえようとして突進した。
しかし彼らは彼の手の届かぬところへ跳んで逃げた。
「うせろ!」とリーバーはほとんど我を忘れて叫んだ。
リックとラックは、彼らを追ってあっちへ跳びはね、こっちへ跳びはね、殴りつけようとしていたずらに空を切り、
勢いあまってくるりとまわるリーバーを見て無邪気に喜び、じっさいに手を叩いて踊った。
彼らは彼のまわりを猛々しくとびはねながら、叫んだ。
「一ペソおくれ、くれなきゃ人に言っちゃうぞ――一ペソおくれ――」 「お化け!」とリッツィはしゃがれ声で叫んだ。「恐ろしい、ちっちゃな――」
「一ペソおくれ、一ペソおくれ!」とリックとラックは、なおもリーバーのまわりを横向きにまわり、
いともやすやすと彼の打撃をかわしながら、歌うようにいった。
リーバーは、闘牛場の疲れきった牡牛のように頭を垂れ、喘ぎながら立ちどまった。
彼はポケットに手をいれた。
一ペソが床にあたって音をたて、ころがった。
リックはそれを足で踏んだ。「この子にも一ペソおくれよ」と彼はいった。
「この子にも一ペソ」彼の表情はきびしく、冷静で、用心ぶかかった。
リーバーはもう一ペソほうった。 リックは、両方を手早く拾い、片手に握りしめ、ラックをうながした。ラックはすぐに彼のあとにつづいた。
駆けていくうちに、彼らはどこか階段のてっぺんあたりで衝突した。
そして二人とも同じものに目をとめ、それについて同じことを考えた。
救命ボートのうちひとつ、帆布の覆いが一部ほどけているのがあったのだ。
それが垂れさがっていて、もっと広く開けることが楽にできそうだった。
彼らは締め具にあたってみた。びっくりするほど容易にはずせた。
彼らは垂れさがった帆布をたくしあげ、無言のまま、まずリックが、ついでラックが身をよじらせて中へはいった。 やがて太った男とやせた女が彼らの前を通りすぎた。
女はブラウスのボタンをとめ、二人ともひどく怒ってるような顔をしていた。
女はふり返り、彼らのほうをうかがたが、彼女の目にははいらなかった。
やがて彼女は階段につまずき、太った男が彼女の腕をとった。
「気をつけてくださいよ、わたしの美しいひと」とかれはやさしくいった。 リックとラックは中へとびおり、暗がりのなかで体をもつれさせて笑った。
「あたいのお金をよこせ」とラックは、リックのあばら骨にむしゃぶりつき、爪をくいこませて、荒々しい口調でいった。
「あたいのお金をよこせ。よこさないと目玉をむしりとってやるから」
「取りな」とリックは、金をぎゅっと握りしめたまま、同じ口調でいった。「さあ、取りな、やってみなよ!」
必死の格闘と思える恰好でからみあいながら、二人はボートの底へころげていき、胸に膝をあて、髪をかきむしって、すさまじい争いを展開した。 >>55
×彼らのほうをうかがたが、
〇彼らのほうをうかがったが、 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 110ページより
「奥さま(マイネ・ダーメ)」と彼は彼女を呼んだ。
もっとくだけた奥さん(フラウ)のほうが彼女には望ましかったのだが。
「なくなるはずはございません。ちょっと置場所がわからなくなっているだけです。
わたしがさがしてお届けいたします。何しろ、ちっぽけな船ですし、枕が自分で船の外へ出るはずもございませんからね!
ですから、どうぞ、奥さま、ご安心なすってください。じきもって参りますから」
フラウ・リッタースドルフは、グリーンのヴェールをぴったり頭にまき、耳の上でゆわきながら、
あの二人のおそろしいスペイン人の子供が数フィートはなれたところに立ち、獣のような好奇心をたたえた目でじっと見つめているのに気づいた。 彼女は、𠮟りつけるように目を細めて、彼らを見返した。
それは、彼女が、イギリスのある地方で家庭教師をした時分に、イギリスの教え子にたいしつねに効き目のあった表情だった。
「何かなくしたの?」と小さな女の子はものおじしない甲高い声でたずねた。
「そうよ。あんたが盗んだの?」とフラウ・リッタースドルフはきびしい声で問い返した。
これを聞いて彼らは妙に動揺の色を浮かべた。体をもじもじさせ、邪な目くばせをかわした。
小さな男の子はいった。「どうしてそんなことをいうんだい」そうして二人は子供らしからぬしゃがれた笑い声をあげ、逃げ去った。 彼女は、あの二人をこの手につかまえているならこっぽどくお仕置きしてやるんだがと考えながら、
手すりによりかかっている明らかにアメリカ人らしい若い二人連れの近くに歩みよった――
アメリカ人のどういうところがそう思わせるかわからないのだが、アメリカ人というのはどう見てもアメリカ人以外のものに見えない。
ヨーロッパの最下層のくずと黒人の混ざり合いによるあの驚くべき国の漸次的な雑種化は、
けっきょく、特徴をあげることが不可能な、平均的容貌と精神をもたらしたにすぎなかったのだ―― フラウ・リッタースドルフは、少々耳が遠いためあまり多くのことを立聞きできるとは思っていなかったし、
また極度の近視のため近くででなければこまかな点まで見わけることができなかった。
彼女は、記憶力が弱く、断片的な人生観や観察や思い出や省察をまじえて、日常の生活を細大もらさず書きとめることを甚だ好んでいた。
長年にわたって彼女は、何冊も何冊ものノートを、鮮明な、洗練された、こまかい字で綴ったごく短いメモで埋め、
それをきれいさっぱりしまいこみ、二度とのぞいてみたことがないのだ。 彼女は、金色の帯のついた万年筆を動かして英語で書きとめた――
「あれら若いアメリカ人は、気どって、いつもお互いを氏名で呼びあっている。
たぶん彼らがお互いの間で守っている唯一の儀礼といえよう。
たいへん不細工(ゴーシュ)なやり方である。
あるいは、こうでもしなければ世間に名前を売りこめないと考えているのかもしれない。 ジェニー・エンジェル――本当の名はジェーンであろうと思う。
ドイツ語でいえばヨハンナ・エンゲル、このほうがはるかにいい――そして男はデイヴィット・ダーリングである。
後者は、アメリカ人がよく使う愛情表現であるが、またありふれた苗字であると私は信ずる。
まったく当然のことだが、心の冷えきったイギリス人はこの愛情表現を使うことがアメリカ人にくらべてはるかに少ない。 ダーリング Darling は Dear(親愛な、いとしい)という語の指小語 Dearling の訛った形と思われるのだが、
これが Darling と発音しているように聞こえるのだ。
イギリス人というのは、若干の語をだらしなく発音するからである。
率直にいって、あの国における七年間の難行苦行のあいだ、このだらしない話し方にはついぞ慣れるということができなかったのである。 当然のことながら、わたしは英語をミュンヘンの学校で完璧に習得し、またつねに正しい英語を聞いていた。
そのあとであるから、イギリス人の話し方はわたしにはひどく粗野におもわれたのである。
ああ、異郷に身をおきしにがき年月よ!
ああ、人の顔色をうかがうあの恐るべき子たち。
彼らの愛情をついにわたしは獲ちうることができなかった。
そしてまた彼らは何としてもドイツ語をおぼえることができなかった。 イギリス人ならば、けっきょく、デャーリングと呼ぶだろう。
そして読むことが嫌いなために、音声的に、もしくは彼らがいうように耳で、
彼らの言葉を学んでいるらしいアメリカ人なら、彼らが強調することを好んでいるらしい文字、Rの音をつけくわえるだろう。
それはそれなりに甚だ興味深いものがある」
これを読みかえし、彼女は、しまっておくのはもったいないくらいよく書けていると判断し、
無二の親友であり、遠い昔の学校友だちであるゾフィー・ビスマルクに手紙で出そうと考えた。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 104ページより
ベベは直りかけている、とフラウ・フッテンは判断した。
朝食をすませ、ベベに食べさせるものをもってかえり、夫と相談しながら食べさせてみたところ、ベベは旺盛な食欲を示したからだ。
「ほんとによかったわ」とフラウ・フッテンは彼の食べぶりを頼もしげに眺めながらいった。 「これほど立派な本能と感情を具えた子なのに、ほかの動物とおなじようにかしこまって下を向いて食べるのがとても残念ですわ。
こんな格好をするのは惜しいくらい立派な子なのに」
「そんなこと、この子はちっとも気にしていやしないよ、ケテ」と彼女の夫はいった。
「この姿勢のほうが、体の構造からいって、楽なんだ。体を起こして食べるのは、この子にとっちゃ自然でもないし、正しくもないのだ。
愛犬に食卓で食べるしつけをしようとしているのを見たことあるが、相手が迷惑しただけで、さんざんの骨折りも無駄に終ったものだ。
ベベは十分満足している。少しも不服はないと思うよ」 フラウ・フッテンは、いつもの通り夫の言葉によって確信をとりもどし、
安心して、ベベの頸輪に綱をとめ、そろって早足に散歩に向った。
甲板を七周すれば健康のための散歩としてちょうどころあいの距離になる、とフッテン教授は計算していた。 しかしベベは、最初は勢いがよかったのだが、三周目になると次第におくれ、
四周目の半ばで例のごとく嘔気におそわれて立ちどまり、その場でひどい醜態をさらす羽目となった。
フッテン教授は、ひざまずいて彼の首をだきあげ、
フラウ・フッテンはバケツの水をもってきてもらうために船員をさがしに行った。 数フィートはなれたところから哄笑がわきあがるのを彼女は聞いた。
少しも愉快そうではない、耳ざわりな笑い声である。
スペイン舞踏団の声であることに気づいて、彼女は背筋を寒くした。
彼らはいつもかたまってすわり、前ぶれもなしに、陰気な顔をしたまま、おそろしい笑い声をあげるのだ。
そしてしょっちゅうだれかを嘲笑しようと待ちかまえている。
彼らは、信じられないほど滑稽な存在であると考えているかのように相手を直視して笑うが、しかしその目は決して笑うことがなく、
ひとを冷笑しながらも、自分たちは楽しんではいないのだ。 フラウ・フッテンは、さいしょから彼らの存在に気づき、彼らを恐れていた。
彼らが夫とかわいそうなベベを眺めていることは、そのほうを見なくても彼女にはわかった。
彼女の考えた通りだった。
彼らは、一団となってきて、このうち棄てられた活人画のそばを通りぬけ、
すれちがいざま、冷酷な目を彼女の頭から足の爪先まで走らせた。
歯をむきだし、身の毛もよだつ笑い声をあげた。 彼女は、自分の肥満した体つきを、年齢を、太い足首を思いしらされた。
ほっそりとした若々しいスペイン人は、辛辣な嘲笑的な目でじろりとにらんだだけで、彼女を、彼女のすべてを侮蔑したのである。 彼女は船員をみつけた。
船酔いには慣れっこになっている、善良そうな四角い顔をした、大柄な、感じのよい若者である。
彼は、水をもってきて、ベベの不始末のあとかたづけをし、立ち去った。
フッテン夫妻は、デッキチェアのそばにベベを横たわらせ、バスタオルをたたんで顔の下にあてがい、
重くるしく黙りこくったまますわり、あの下劣なやつども、一等に乗ることを許すべきではなかった本当のよた者どもにばかにされたと感じていた。
三等船客の中にだって、一等に乗る価値のある立派な人が大勢いることをフラウ・フッテンは確信した。 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 130ページより
エルザの母親は、朝早く、朝食の前に、きっぱりした、やさしい、母親らしい言葉づかいで娘に話しかけ、
男性にたいしてあまりしゃちほこばった態度をとる必要はないのだと教えた。
あの恐るべきスペイン人や気違いじみたキューバ人学生に目をくれてはならないのは当然である。
しかしけっきょく船には何人か好ましい男性がいるのは事実である。 結婚をしてはいるけれども、フライタークさんはダンスがお上手である。
妻帯者であろうとそうでなかろうと、よいパートナーとつつましく踊るのは少しも害にはならない。
デニーさんも、アメリカ人ではあるけれども、いい方だ。
少くとも一ぺんぐらいは踊ってみてもいいかもしれない。
それにハンセンさんがいる。どこからみても申し分のない方である。 「慎みぶかくしなさい、分別をわきまえなさい、といっても、
べつにまっすぐ前を見たまま一言も口をきかずにすわっていなさい、ということじゃないんですよ、エルザ。
ハンセンさんはわたしが信用できる方です。どんな場面にたちいっても必ず紳士らしく振舞う方だと若い娘が信じていられる人です」
エルザはびっくりするほど勇敢にいった。
「あの人の顔が気にいらないわ。あんまりぶすっとしているんですもの」 「わたしはぜったいに容貌で男の人をえらんだりしません」と彼女の母親はいった。
「美男子は往々にして人を誤りやすいものです。
結婚を思うなら、一家の長たりうるべき堅実な性格の人をさがさなくてはなりません。着実な、ほんとうの男性を。
ハンセンさんが不機嫌そうな顔をしているなんて、わたしは思いません。真面目なだけです。
船に乗っているそんほかの人たちはほとんど、これまで見たこともない悪い人ばかりです――
ふしだらなな踊り子と一緒の、あの男の踊り手たちはどれもあきれはてた人間ばかり――まったく恥ですよ」 「ハンセンさんはあの人たちがアンパロと呼んでいる女の人からぜったいに目をはなさないのよ」
とエルザは絶望的な口調でいった。
「ハンセンさんはあの人が好きなんだもの、わたしなんか好きになりっこないでしょ、ママ。
今朝だって二人がぴったり寄りそっているのを見たわ。
ハンセンさんはあの人にお金を渡していたの、きっとそうだと思うわ」 「エルザ」と母親は衝撃をうけていった。
「何てことをいうんです。いっていいことと悪いことがあります。そんなところ見たりしちゃいけませんよ!」
「仕方がなかったのよ」とエルザは悲しそうな表情でいった。
「お部屋から出たら、廊下にいたんですもの。十フィートもはなれていなかったわ。そばを通らなければならなかったの。
あの人たちはわたしに目もくれなかったわ。でも、ハンセンさんが私のこと好きになるなんて、信じられないわ」 「気にしなくていいのよ、かわいいわたしの娘」と母親はいった。
「あなたはだれのものでもないあなた自身の美徳と資質があるんです。腹ぐろい女たちなんてこわがる必要はありません。
男の人というものは、最後には善良な女のもとへもどってくるものです。
そのうちあの女は行倒れになり、あなたには立派な夫が見つかりますよ。くよくよするのはおやめなさい」
この会話は、エルザを元気づけるどころか、すっかり滅入さらせてしまった。
アンパロの後をひきついでハンセンに愛してもらうという見込みは、何としても魅力的といえないからである。
彼女は、うなだれ、膝の上に手を組んだ。 しばしみじめな沈黙ののち、彼女の母親はいった。
「ねえ、それであなたの気が晴れるなら、国へ帰ったら白粉も買ってあげましょう。
何といっても、ほんとうの若い淑女らしくしていい頃かもしれないものね。
気ごころの知れた人たちのところへもどるんだし。そう、白粉を買ってあげることにしましょう。あなたの好きな色のを」 「ここの床やさんでも売ってるのよ」とエルザはおずおずいった。
「何でも種類がそろっているわ。すずらんの香りがするのもあってよ。ラシェル一番というの。わたしのぴったりの色なの。
髪を洗ってもらったとき、偶然目にとまったんだけど……わたし……」
勇気を失い、彼女はくちごもった。 「いくらするの?」と母親は財布をあけながらたずねた。
「四マルク」とエルザはいい、驚きと喜びのあまりどもりながら立ちあがった。
「ああ、マ-マ-ママ、ほ-ほ-ほんとに、買ってもいい?」
「そういったでしょう」と母親はいい、金をにぎらせた。
「さあ、きれいにして、朝御飯を食べにいらっしゃい」
エルザは太い腕でずんぐりした母親に抱きつき、しがみつき、涙を浮かべた目をふるわせ、彼女の顔に接吻した。
「およしなさい、もう結構よ」と母親はいった。
「大きな赤ちゃんみたいじゃないの」 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 168ページより
ハンセンが不器用なため、それにあわせて単調に輪を描いただけのことなのだが、
アルネ・ハンセンとアンパロは、エルザが腕をのばせば届くくらいのところで踊りをやめた。
不思議に思ったエルザは、上目づかいにアンパロを見つめ、その謎を解こうとした。
エルザの目に、あるいは頭に、べつにいわくらしいものは認められなかった。
アンパロは、だらしなく、あまりにくらい感じだが、それなりに美しかった。
しかし彼女は愛想のよい態度をとろうなどという気配を露ほども示さなかった。
微笑すらうかべず、むっつりした顔をしていた。ほとんど口もきかなかった。
少しうんざりし、癇癪をおこしているようにさえ見えた。
ハンセンの踊りが熊みたいだったのを見て、エルザは満足した。 >>82
×滅入さらせてしまった。
〇滅入らさせてしまった。 >>79
×船に乗っているそんほかの人たち
〇船に乗っているそのほかの人たち 愚者の船(上) K・アン・ポーター
第二部 290ページより
今晩もまたアルネ・ハンセンに自室をあけわたしてきたペペは、時計の針を気にしはじめた。
アンパロは、いくら金を稼ぐためとはいえ、あいつに時間をかけすぎる、と判断した。
以前にも彼女は、ほかの男を相手に、度度そういうことがあった。
そしてどんなに殴っても彼女のその癖はなおらなかったのだ。
しかし、もう一度やってみよう。
ただしヴィーゴへ着いてからだ。ヴィーゴならば、彼女が好きなだけ泣きわめいても、だれも気にするものはいない。 彼は、爪先だちで、船員のバケツやブラシのそばを通りぬけ、三等船室を見おろす手すりの笠木の上に立った。
だれもが、おちつき、すこやかに眠っている。
その光景を見ただけで、彼は大きなあくびをした。
数人のものはキャンヴァス・チェアに長々と体を横たえ、またあるものは堅い、木肌をむきだしたベンチにべったりと横になり、
他のものはハンモックのなかでかたつむりのように体をまるめていた。
青い仕事着を着た一人の男はハンモックと十字を描いて横たわり、片方の側に頭を、もう一方の側に、大きな、曲った、汚い素足を垂らしていた。 ペペは彼らのすべてをよく知っていた。
彼は、彼らと同じように、アストゥリヤス人だった。
そうだ、時として彼はアンダルシーア人にすら親近感をおぼえることもあった。
しかし下にいる連中のだれともつきあうのはまっぴらだ!
もし彼が彼らのように間抜けだったら、彼らの間で、あるいはスペインのあばらやののみやしらみのなかに、眠らなければならなかったかもしれない。
自分の素足の上に蛇がとぐろをまいたかのように、彼は激しく身震いした。 幼年時代の記憶にある人びととおなじように叫び、歌い、踊り、喧嘩し、悪態をつくこれらすべてのアストゥリヤス人たちは、
いま、その大部分のものは、おとなしい死骸のような態度で、比較的もの静かなアンダルシーア人やカナリア諸島人にかこまれ横になっている。
朦朧とした、白い月光のもとで、掛布は彼らに死体公示所へ運ばれるのを待つ死体のような外見を与えていた。 ペペは、ハンモックの両側に頭と足を垂らしている男をえらび、
火のついた煙草を、男の腹をくるんでいる乾いた布のひだの間に、器用に投げとばした。
これでやつは目を覚ますだろう!
とたん三人の男がとびあがって起きた。
その一人である、牡牛のような声で歌う男としてペペの記憶にある、おそろしく大きな、太った男は、煙草を見つけ、指の間でもみ消した。
なおも上の手すりから体をのりだしているほっそりとした男に向って、こぶしを振った。
「牡山羊(カブローン)め!」と彼は、おどけたメキシコ訛りで、いたけだかに叫んだ。 出帆の日に徘徊してまわっているのを見かけたぽん引きの一人であることに気づきながらも、彼はからみつくような嘲りの口調にきりかえた。
「ぽん引き野郎(プート)!」と彼はいった。
「ここへおりて来い。そうすりゃ俺たちは――」 やがて他の者も目をさまし、仲間に加わり、騒ぎはじめた。
ペペは、気づかわしげに後をふりかえり、船員たちが騒ぎたてる音に気づいたのを知った。
船員の一人が彼のほうへ歩みよってきた。
もちろん険悪な態度はとらず、のっそりと、おだやかに、馬のように大股に、何が起ったかを調べねばならぬ義務を果たそうとして。
ペペは、笠木からおり、白鳥のように優雅に、しかしそれよりずっと早く、反対の方向にむかった。 部屋へ戻ると、アンパロは乱れた髪にブラシをかけていた。
噛みつかれたように見える彼女の口のまわりに、口紅がひどくにじんでいた。
下の寝だなが例のごとく狼藉の跡をとどめていた。 「どうだい?」と彼はいった。
むっつりとおし黙ったまま、彼女は顎でうしろを示した。
彼は、すえた匂いのする枕のひとつをもちあげ、手ざわりのたしかな緑色の紙幣を見つけた。
「この前より多いな、いいぞ」
と彼は、紙幣のしわを伸ばし、数えながらいった。
アンパロは顔をしかめていった。
「それだけ稼ぐのは骨だったんだよ。あいつときたら、『もう一ぺんやったらもう五ドル出す!』といいつづけなんだ。
おまけにもとで分はとろうというんだからね」彼女は洗面器の蛇口をひねった。 「何をしているんだ」とペペは、着物を脱ぎはじめながらたずねた。
「体を洗うんだよ」と彼女はなおも顔をしかめながらいった。「汚れたからさ」
「あまり手間どるなよ」と彼はいった。
その語調から合図をうけとり、彼女はかすかに身震いした。興奮が小波のように肌を走った。
彼女は、布に石けんをつけ、体を洗いはじめた。彼は、興味なさそうに、しかっし体を洗う彼女の手の動きを熱心にたどった。
彼は、下着まで脱ぎすて、横になった。 「ずいぶん時間をかけたじゃないか」と彼はいった。「いくら金のためとはいってもさ」
「余計なことはいわないでおくれ」と彼女はいった。「どんなふうだか今いっただろ」
「余計なこと?」と彼は、うすら笑いをうかべていった。
おそろしくすばやく、また静かに起きあがり、彼女の肩甲骨を平手で激しく打った。
そこならば、痛いけれども、傷がつかないからだ。 ついでに彼は、片方の手で彼女の項をつかんで激しくゆさぶり、もう一方の手で背筋をなでおろし、げんこつの一撃でしめくくった。
彼女の目ぶたはたるみ、口は唾で満たされて濡れ、乳首が凝固した。
「さあ、急ぐんだ」と彼はいった。
「急ぐのはいやだよ」と彼女は、つきはなすような言葉で媚態を示し、汚れきた綿毛のパフで白粉をはたいた。「疲れてるんだもの」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています