【陰謀論】フラットアースを優しく論破するスレ 第23日
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愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 227ページより
リーバーはリッツィを首尾よく、完全にものにするための方法、手段を自分は見つけようとしているのだという考えを、一瞬も捨てていなかった。
「いつのときか、いつの日か、どこかで、どうにかして」と彼は気にいりのはやり歌のリフレーンを頭の中で口ずさんだ。
だが、そりゃだめだ。この船で、今晩やらねばならない、ぜったいに。 ブレーメルハーフェンに足をふみおろせば、もう暇がなくなってしまう。
じっさい、桟橋には使用人が何人か迎えに来るはずだ。
リッツィがブレーメン行きのバスに乗るのを見送り、いとも愛想よく
――愛想よくしかしもちろん型通りに、そして最後の――別れを告げることしかできないだろう。 犬が、ベベが出現してひとさわぎしたあの不運な晩いらい、彼はボート・デッキへリッツィを一ぺんしかさそい出せないでいた。
そのときも彼女はばかに慎みぶかくかまえて、うちとけず、意味のあるやり方でふれることさえこばみ、
ついに彼は新たな戦術を――へりくだり、子供のようにおとなしくするという手を考えねばならなかったのである。
彼は彼女の膝に頭をのせ、彼女をぼくのかわいい仔羊ちゃんと呼んだ。 彼女は何かほかのことを考えているかのように、数回、彼の額をなでた。
じっさい彼女は考えごとをしていたのだ。
こんなにわたしを追いまわしながら、どうしてこの人は一ぺんも結婚のことをいわないのだろう、といぶかっていたのである。 彼との結婚を望んでいるというのではない――ぜんぜんちがう。
恒久的に身を固める相手として――というのはこんど身を固めるときは恒久的なものにしなければならないと彼女は決心していたのだ、
婚姻まえに金銭的なとりきめをがっちり結び、その鉄のかんぬきを二重にも三重にもしっかりおろしておかねばならないと思っていた――
物質的にいって、リーバーよりかなり上のところを彼女は望んでいたのである。 とはいうものの、結婚の口を、それがどんな口であれ、むざむざと逃してしまうのはぜったいにいけない。
ただし、自分は適齢期をはみ出した女ではないことを、
自分とのいちゃつきはまさに祭壇への行進の予備行為となるべきものであることを、
つねにはっきりと理解させてやらねばならない―― それとない言いまわしや、ほのめかしや、おどしや、目くばせや、暗黙の了解といったやり方ではなく、言葉をついやして明瞭にいってやらねばならない。
今まで知りあったどの男も、じっさいの結果はどうであれ、
彼女と一しょのベッドにはいるまえには「結婚」という呪文をかならず口にしたものだ。 この人だけはそれをいわない。
それをいうまでは、見ていてごらんなさい!
今いじょうのことはぜったいにゆるしてあげないから。 リーバーが、どんなにそれをいいたかったにせよ、
結婚という言葉を口に出せなかったのは、まことにかんたんきわまる理由のためだった――
彼には妻がいたのだ。 法律的手続きをふんで別居はしているけれども、妻が離婚をこばんでいた。
また法律上の意味で彼女にはまったく過失がないために、離縁することができないのだ。
彼は彼女と三人の子供を、彼を嫌い、彼もまた嫌っている四人家族を、
彼にぶらさがり、彼の生血を蛭のように一生吸いつづけるであろう家族を養っていたのである。 ああ、こういう運命に甘んじなければならぬことを自分はしただろうか。
しかし、それが現実なのだ。
リッツィにはとまどいをまねくこの窮状をぜったいに知らせてはならない。
それは自尊心にたいする堪えがたい侮辱だ。
それにまた、ぜったいに彼女にはわかってもらえないだろう。 ああ、すぐれた競走馬のような身ごなしのすばらしい、すらりとした女、
ああ、仕事にとりかかるまえにブレーメンの静かなホテルで、一日一夜でもいい、すてきな、やらわかいベッドを共にしてみたいものだ。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 228ページより
彼はボート・デッキをめぐりあるいて恰好の場所を選定し、ふたたび白昼の夢にふけった。
シャンパンをたっぷり飲ませ、甘い言葉をふんだんにかけたやり、甲板でやわらかい音楽にあわせてひとしきりワルツをおどれば、
彼女がトーストにのせた熱いチーズのようにとろり融けるであろうという夢に。 彼の想像のなかでは、子供向けのお話が幸福な結末でむすばれるように、
万事がやすやすと、途切れずに、めでたく進行するはずだった。 はしゃいだ気分が頂点に達していた彼は、白いよだれ掛けをかけ、ひだ飾りのついた赤ん坊の帽子をはげた頭にのせ、ひもを頭の下にむすんだ。
マリア・ファリナ・コロンの匂いをたっぷりとあとにまきちらしながら、彼はねぐらに帰る鳩のようにまっすぐ、座席をさがして右往左往している晩餐の客たちのあいだをすすんだ。
席の配置がすっかりかえられているため、いつものように名札はのっていても、どこをさがしたら自分の席がみつかるものやらだれにもわからず、それでごったがえしていたのである。
あっちこっちとびまわって世話をやいているボーイたちのうしろに、彼らは盲めっぽうについてまわっていた。 リーバーはリッツィのひじをつかんだ。
彼女は彼が赤ん坊の帽子をかぶっているのを見てかんだかい歓声をあげた。
彼女は長い、緑色の、レースのガウンを着て、小さな、緑色の、リボンの目かくしをしていた。 リーバーは舷窓の下の二人用のテーブルのほうへ確信ありげに彼女を押していった。
「ここにかけましょう、かまいやしませんよ!」
と彼は周囲の人の意に介さずにさけび、高いテノールで歌いはじめた。
「いつのときか、いつの日か……!」 「いつのときか、いつの日か!」とリッツィは二段ほど高い調子で唱和した。
二人はほとんど鼻がくっつくほどお互い前へ身体をかがめ、お互いの口にむかって合唱しつづけた。 >>714
×とろり融けるであろう
〇とろりと融けるであろう 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 229ページより
「シャンパンだ、シャンパン!」とリーバーは宙にむかって叫んだ。「ここにシャンパンをくれ!」
一本のシャンパンが彼らのまえにおかれた。
彼らは飲むまえにグラスをかちあわせた。 先からつけ根までおなじ太さの指をもった、大きな四角い手が、
テーブルの照明の下で赤くかがやくもじゃもじゃの毛でおおわれたたくましい手首にがっしりと結合した手のひらに
がんじょうそうな親指のついた手が、リーバーの肩の上からのびてきて、名札をその金属製のホルダーからはずした。
リーバーの皮膚は冷水をあびたように縮んだ。 聞きなれた声が、ふるえる、異国ふうの、じつに耳ざわりなドイツ語をわめいたとき、彼は一そう背筋を寒くした。
「おさわがせして申訳ないが、これはわしのテーブルだ」
そしてリーバーの真向いにまわって、アルネ・ハンセンは彼の鼻の下で名札をふった。 ハンセンの背後には大きな、色づけした鵞ペンを一本だけ髪にかざしたグロッケンが立っていた。
彼のピンクのネクタイには『女の子らよ、わがあとにしたがえ!』という文字がれいれいしく描かれていた。 ハンセンはリッツィの皿のまえからもう一枚の名札をぬきとり、それをふった。
「字が読めないのかね?」と彼はいった。
「こっちにはハンセン様、こっちにはグロッケン様と書いてあるんだ。それなのに、こりゃいったいどうしたわけだ……」 リッツィは手をのばして、彼の前腕をかるくたたいた。
「あら、でも、ねえ、ハンセンさま、わかってちょうだい――」
「どうか」とリーバーは気をとりなおしていった。
頭のてっぺんに大きな、透明な滴がうかび、たちまちそれらがよりあつまり、流れはじめた。
「どうか、あなたはひかえていらしてください。話はわたしがつけますから……」 「つけなきゃならん話などない」とハンセンは棍棒のように重い、抑揚のない口調でどなった。
「ここからどいて、君らが自分たちのテーブルを見つけりゃいいんだ!」 「ハンセン君」とリーバーはぐっと激情をおさえ、襟から頤をつきだし、赤ん坊の帽子をゆすっていった。
「ご婦人にたいする君の無礼を見のがすわけにいかん。メイン・デッキまで顔をかしてくれたまえ」
「どこであろうと顔をかす必要をわしは認めない」とハンセンはほえ、押しつぶすように彼らをにらみつけた。 「わしは自分のテーブルを要求しているだけだ。君はごてるつもりなのか?」
そして彼はリッツィに軽蔑の目をむけた。
それが彼女をいきりたたせた。
彼女は膝をふるわせて立ちあがり、「まいりましょう、まいりましょうよ」とリーバーに訴え、足早に立ちさった。
リーバーは追いつくために駆けださねばならなかった。 「われわれのテーブルをさがしてくれ」
と彼はいちばん近くにいたボーイにむかってほとんどハンセンにおとらず荒々しい口調でさけんだ。
ボーイはそくざにこたえた。
「わたくしとご一しょにどうぞ――食堂がこれほど混乱したことははじめてでございます」
しかし彼はリーバーであることを知っていたらしく、じきに彼らのテーブルを見つけ、リッツィの椅子をひき出し、リーバーの注文にきびきびと応答した。 「わたし、彼に侮辱されたわ」とリッツィはひくくすすり泣きながらいい、目かくしをあげて涙をふいた。
「もうそのことを考えるのはおやめなさい。かならず仕返しをしてやりますから」
「あんな田舎者のために今晩の愉しみを台無しにしないようにしましょう!」 「あの人はいつもあなたの椅子を要求するのね――第一日目のことおぼえていらっしゃる?
低級な人だということがあれでわかったわ。話の様子から察すると、あの人、過激派(ボルシェビキ)なんじゃないかしら……」
「そうだ!」とリーバーはいった。
「あのときはあいつを追いだしてやったんだ! こりゃ、あのときの復讐だな」そう考えて、彼は上きげんをとりもどした。 「きっとあいつに後悔させてやるぞ!」
「どうするおつもり?」とリッツィは喜んでたずねた。
「何か考えてみますよ」と彼は自信ありげに顔をほころばせた。
彼らはうわ目づかいに部屋を半分ほど横ぎったあたりをこっそり見つめた。 ハンセンは皿のそばの赤い三角帽をかぶり、しぶい顔であたりを見まわし、そしてぬいだ。
背むしのグロッケンは鬼のような笑いをうかべていた。
疑いもなく、けんかが彼にはおもしろかったのだ――自分の身に危険がないものだから! 「あのいやらしい小人を見てごらんなさいな」と彼女はシャンパンを注いでもらいながらいった。
「あんなばけものどうして生かしておくのかしら」
「それは大きな問題です」とリーバーはにっこり笑って彼女を見つめ、お得意の論題のひとつをもちだした。 「雑誌発行人としてのわたしのねらいは、読者の頭をわれわれの社会の重大問題にむけさせるところにあります。
わたしはさいきんある医者にたのんで、
不適格者のすべてを誕生と同時に、あるいは何らかの意味で不適格であることが判明したらすぐに撲滅すべしと主張した、
きわめて学問的な、きわめて科学的な一連の記事を書かせることにしました。
もちろん、無痛の方法によらなければなりません。
ほかの人間にたいしてと同様彼らにたいしても思いやりを示してやりたいと思いますからね。 不具の、あるいは役にたたない幼児ばかりでなく、老人も皆殺しにしなくてはいけません――
六十歳以上の、あるいは六十五歳以下でもかまいませんが、あるいはまた効用性を失いしだいということにしてもいいと思いますが、
老人にはぜんぶ死んでもらいましょう。
わが民族の才能にめぐまれた人びと、若くて逞しい人びとの精力を枯渇させる病弱な人間、衰弱した人間にも――
前途有為の人間にそうした重荷を負わせて不利な立場にたたせるべきではありませんからね。 医者はいま、もっとも強力な論拠をそろえ、医学研究者や開業医、社会学的統計などからの例や証拠を用意して、
この論文を提出すべく準備をしています。
もちろんユダヤ人や不法な混血、種類を問わず有色人種と白人との温血もすべて絶滅しなくてはなりません――
シナ人であれ、ニグロであれ……すべてそういったものとの混血を。 また重大犯罪をおかした白人については――そういった人間については」と彼はいたずらっぽく目をきらきらさせて彼女を見つめた。
「殺さないまでも、すくなくともその男が同類の人間をこの世に送り出さなくなるような措置を国家にとってもらいましょう!」 「すばらしいわ」とリッツィはうっとりと、歌うようにいった。
「そうすれば、あの小人も、車いすにのったあのおそろしい、小さな老人も――あのスペイン人たちも見なくてすむようになるのね!」
「ほかにも大勢いますよ! われわれの新世界のために――」とリーバーはいって、グラスをあげて彼女のそれにかちあわせた。 かがやかしい未来像を夢みて愉しくなり、急速に元気をとりもどした彼は、
きらいな人びとをいくら殺してもその中に彼がいちばんきらいな人間――アルネ・ハンセンをふくめることはおそらくできないであろうということをほとんど忘れていた。 ハンセンは彼自身たくましく、すこやかな、有用な、強力な人間の一人である。
身を守る方法を心得ている人間である、つねに、どこでも、自分の名札のついた椅子を見つけ、それを取る人間である、
あるいははっきりとリーバーの名札がつけられたデッキチェアのばあいにそうしたように力ずくに訴えても椅子をうばう人間である。 あのライオンと格闘するにふさわしい毛むくじゃらの手、
大きな四角い歯がそろったあの顎――リーバーはとつぜん身震いした。
そんなことは考えただけでも何もかもぶちこわしになってしまう――明日まで考えないことにしよう。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 251ページより
音楽がルンバにかわると、キューバの学生たちはスペインの踊り子をパートナーにしようとして一斉に行動を起こした――
それは、だれでも自分が一番さきに駆けつければその女をパートナーにできるというにぎやかな競争だった。
はみだした二人はすぐさまべつの相手をさがしにかかった。
一人はフライタークとの踊りをおえようとしていたジェニーをつかまえた。 もう一人は微笑みをうかべ、演奏されている曲のハミングをしながら、エルザに腕をまわし、その手をとった。
彼女は彼女の大好きな異国の人、美しくて陽気な人の目を見つめた。
目がくらむ思いがした。
ちがう、現実であるはずがない―― だが、いぜんとして彼はやや眉を寄せながら微笑んでいた。
そして彼女は、一本の筋肉をうごかすこともできずに、根が生えたようにつっ立っている自分の腰を彼が抱きすくめるのを感じた。 「さあ、いやがらずに、いらしてください」と彼は非常に丁寧な、説得的なスペイン語でいった。
すこしも傲慢なところはなかった。
「踊りましょう」 エルザはじっと立っていた。
「わたし、踊れないの」と彼女は、おびえて、小さな子供のように小声でいった。
「だめ、だめなの――踊れないの」 「踊れないはずがありませんよ」と彼は快活に彼女をはげました。
「脚があるひとならだれだって踊れますよ!」
そして彼は、重すぎて土台から押し動かすことのできない不動の物体を抱きながら、ひとつ場所で踊るというはなれ技を披露した。
「どうです、おわかりでしょう?」 「ああ、だめ」とエルザは絶望的な叫びをあげた。
「踊り方を習ったことがないんです!」
彼は両手をおろし、後じさりした。
しんそこから不快に思っているような彼の表情を見て、彼女は恐怖におそわれた。 「失礼しました!(ぺルドネメ!)」
と彼はいい、極度に不愉快なものを見たというようにすばやく顔をそむけ、
その場に彼女がたたずんでいるうちに、ふり返りもせずに立ちさった。 ああ、あの人はもう決してふり返ってはくれないだろう。
数秒後にはすでに彼はミセズ・トレッドウェルと踊っていた。
彼女はこの浮かれ騒ぎの申し子というべき愉快な男とひと踊りするために若い高級船員のそばをはなれたのだ。 エルザは胸が張り裂けるような思いを味わった。
すぐにベッドへはいり、心ゆくまで泣きたいと思った。 結果こんな状況になっている辺り
あほなフラットアーサーは消滅したの? tadaup.jp/52756db0d.png
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tadaup.jp/5275fe396.png お前らに見せてる情報など一部だという事を忘れるな
自分で調べろ
人に会って話したり、移動してる暇なんかねーよアホ 大谷がなぜユニコーンって言われてるか分かるか?
分からんだろうなぁ〜マトリックスにずぶずぶのNPCには 小説『愚者の船』の書き出しは今日でラスト
夜にやろう 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 252ページより
アルネ・ハンセンは、アンパロがまずマノロと、ついであの気違いじみた学生の一人と踊るのを眺めていた。
彼女は夜になってから一ぺんも彼のほうへ視線をむけなかった。
三曲目にドイツのワルツが奏されたとき、彼は、扇をつかいながらマノロのそばに立っている彼女のほうへのっしのっしと歩みよった。
マノロは慎重にその場から蒸発した。 ハンセンは彼女の両ひじをしっかりとつかんだ。踊るときに彼が好んでするつかまり方である。
アンパロは口をきくなどという無益なまねはしなかった。
ぐいと腕をひねって彼の手をのがれ、扇を下へおとした。彼はそれに気づかなかった。
つかまえなおそうとして彼が突進してきたとき、彼女は扇をひろいあげるために体をかがめ、彼の足を踵でじゃけんにふみつけ、
だしぬけに体をおこして頭のてっぺんで彼の顎の下を突きあげた。
あまりにだしぬけに口を閉められたために、彼は舌を噛んだ。舌は出血した。 「おい、何てことするんだ」と彼はとがめるようにいい、大きなハンカチをとりだし、何べんも何べんも舌にあてた。
ハンカチには真赤な斑点がいくつもついた。
「だからほっといてくれというんだよ!」とアンパロはいきりたって叫んだ。
「今晩だけはそのくさい身体で行くさきざきへくっついてこられちゃ困るんだよ。
仕事があるんだからね。おっつけ福引きの時間になる。
あんたはあっちへ行っておとなしくビールを飲んでりゃいいじゃないか。じゃましないでおくれ」 「おれだって四枚も買ったんだぞ」とハンセンは彼女に思い出させ、シャツのポケットをさぐり、チケットの控えをとりだした。
「そうだったね、四枚も買ってくれたんだっけね、けちな私生児め」とアンパロは故意にいった。
「四枚も、だなんてぬかしやがる!」そういって彼女は、彼の左袖すれすれにつばを飛ばした。
「いまにおまえはそれを取消すだろうよ」とハンセンはとつぜん威厳をとりもどしていった。
「きっと後悔するだろうよ」彼は椅子へもどり、ビールをさらに二本注文した。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 268ページより
リーバーはまた楽団にビールをとどけさせ、四回目の『ウィーンの森の物語』を注文した。
音楽と、発砲ぶどう酒(シャウム・ヴァイン)と、星のきらめく空と、やさしい、見込みありげな気分で
くるくるとワルツを踊るリッツィとが、彼をいまも喜びにひたらせ、ほとんど先の愉しみを忘れさせていた。
彼のよだれかけは耳の下にまわり、赤ん坊の帽子はえりくびにずりおちていた。
この世に気苦労がひとつもないといった風情だった。 にたにたと倦むことなく笑みをたたえ、時おり濡れた桃色の舌の先を見せて唇をなめ、甘美な喜びの味をあじわっていた。
リッツィの腰と手をにぎりなおして、彼は、かたお小さな腹を彼女におしつけ、高いテノールで歌詞ぬきの歌をうたいだした。
「ラ・デダダ、ラ・デダダ、ラ・デ・ダ、デ・ダー!」
とリーバーはフォーン〔『ローマ神話』半人半羊の林野牧畜の神〕のようにとびはね、爪先で軽快に回転し、うっとりとリッツィを見あげながら歌った。 リッツィはエコー〔『ギリシア神話』空気と土の間に生れた森の精〕そのもののようにすぐさま「ラ・デダダ」とそれに応えた。 彼は自分がフォーンであるような気がした。
森の空地の奥ふかくすばやく跳び、駆けていくフォーン、するどい、小さな、磨かれたひづめで
腐葉土に深く裂け目のはいった花模様を押しつけていくフォーン。
木々の梢で風がヴァイオリンのようにうめき、ハーブの弦がためいきをついている枝のあいだで
鳥たちの甘美な声がおたがいにラ・デ・ダと呼びあっている。 そして森の精は若い半人半羊の少年を待っている。
はねまわることが大好きな、緑の衣を着た、あつらえむきの、脚の長い森の精を見つけたら、
すぐにとびつく身がまえをしながら、足どりも軽く駆けまわる半神を待っている! アー、ラデダダ、デ・ダと若いフォーンはするどいひづめの爪先そのもので狂おしく急旋回しながら陶然と声をはりあげて歌った。
一方、森の精は上体をうしろへそらし、レースのスカートが浮きあがり、ひらいた扇のようにゆっくりと背中のほうへひろがるほどくるくるとまわるつづけた。 ハンセンは深々と椅子に身体を沈め、ビールびんを抱きながら、眉間にしわをよせて上目づかいぶ彼らをにらみつけていた。
彼らは何べんも彼のまえをとおりすぎた。
最後のときには彼らがあまりにも近くまでやってきたためリッツィのスカートが彼のひざをはらった。
いきりたった彼は、彼女がこんどそうしたら、足をつきだして彼女をつまづかせ、両人を腹ばいにさせてやろうと決心した。 ふたたび彼らがまえよりも一そう騒々しく彼のほうへ近づいてきたとき、彼は身がまえ、さっと足をまえにつきだした。
こんどはリッツィのスカートが彼の顔をなでた。
彼は目ばたきし、ひるんだ。
リーバーの長靴が彼の足指を容赦なく踏みつけた。
ハンセンは地鳴りのようなうめき声をあげてそくざに立ちあがり、肩をそびやかし、
無帽、無防備なリーバーの頭に力をこめてビールびんをうちおろした。
リーバーはびっくり仰天してその場にぴたりと立ちどまった。 ガラスがくだけ、たちまち真赤な長い筋が彼の頭にあらわれ、血がにじみ、急速に下へ流れおちはじめた。
「わかったか?」とハンセンはあたかも何かを論議の余地なきまでに証明しえたかのようにいかめしい口調でいった。「わかったか?」 びんの一撃はリーバーをなお一そう深く幻想の世界へはいりこませた。
彼は山羊のように「めー、めー!」と鳴き、ハンセンめがけて突進し、ちょうど肋骨がわかれる敏感なみずおちに正確な頭突きをくらわせた。
ハンセンは上体を深くおりまげ、あえいだ。
彼が立ちなおらないうちに、ものの数秒とたたないうちに、リーバーはまた突進した。 「めー、めー!」と彼は鳴き声をあげ、全力をこめて頭突きをくらわせ、ハンセンのシャツの胸部に不ぞろいな赤いしみを残した。
「それだけはやめてくれ」とハンセンは胸を波うたせてあえいだ。
彼はまたも頭突きの威力に屈服し、平手でリーバーの顔を押しつけた。
「ちょっと待て。それだけはやめてくれ!」
リーバーはその手をはらいのけ、三回目の頭突きのために後へさがった。 打楽器奏者が紙の帽子を額から押しのけ、リーバーに組みついた。
リーバーはとまどったような顔をし、抵抗しなかった。
ヴァイオリニストはやさしく制するようにハンセンの腕に手をかけ、仔猫のようにふりおとされた。 音楽がだしぬけにやんだとき、
スペインの踊り子とおどっていたキューバの学生たちはその有様を眺めるためにむらがり、
血の花づなで飾られたリーバーの頭を認めて叫んだ。
「何という生々しい血だ! 蛮行万歳!(ヴイヴア・ラ・バルバリダード!」 フラウ・リッタースドルフとフッテン夫妻は
傍観者というよりもむしろ不謹慎な光景を公然と非難する端正の生きた見本として一しょにすわっていた。 フラウ・リッタースドルフはいった。
「この分では、生きて港に着くことができたら、幸いと思わなくちゃいけませんわね!」
あまりにも自明な結論であるがゆえに、フッテン夫妻は答えてやる価値はないと考えた。 リッツィは口に手をあて、衝撃のあまり額にしわをよせて、茫然とたたずんだ。
ヴァイオリニストが彼女の頬をかるくたたいた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と彼はなだめた。
このやさしい言葉を聞いて彼女は、意識をとりもどし、自分がどんな災厄におそわれたかに気づいた。
小さな、こまかなしわを顔にきざんで、彼女は、彼のそばをはなれ、掌を前へむけて両手をあげ、
苦悶する雌くじゃくのようなかん高い悲鳴をあげながら、上体をまえに倒して、盲めっぽう駆けだした。 ヴァイオリニストはすばやくそのあとにつづいた。
「フロライン、お力になってあげましょう、ぼくにできることは何でもします。おひとりで行くのはおよしなさい」
彼女は肩をすくめて彼の手をはずし、泣きながらかん高い声で笑いだした。
彼女はリーバーのまえを彼には目もくれずとおりすぎた。
彼は彼女が行くのに気づかなかった。あるいは彼女のことを失念していたのかもしれない。
ハンセンは組んだ腕で腹をしっかりとおさえながらひとりでに立ち去った。 ヴァイオリニストは悩める女性を助けてやろうという自分の心意気をすでに後悔していた。
女はきわめて恥知らずにも、いささかの感謝の念をしめさず、
彼が彼女の腕をとって連れていこうとするたびごとに手ごめにされるみたいに「さわらないで!」と金切声をはりあげたからである。
女は左右の壁にぶつかりながらよろよろと廊下を歩きつづけている。
まったく、こんな醜い女は見たことがない。 しかし、育ちがりっぱで、また生まれつき気性がおだやかであるためだろうか、
彼は自分に課した仕事に敢然と立ちむかってへこたれず、ついにやっかいな女をしかるべきドアのまえまで送りとどけることに成功した。
彼は思いきり音をたててノックし、そして待った。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 288ページより
リッツィはまだ踊っているだろう。
そして踊りのあとで彼女の豚ちゃんと時のたつのも忘れてどこかの片隅にしけこむだろう。
ミセズ・トレッドウェルはほとんど顔がくっつくほど鏡にむかって体をのりだし、しげしげと容貌を点検し、
仮装舞踏会のさいにいつもしたように顔をつくりかえる愉しみに興じはじめた。 ドアがさっとおしあけられ、リッツィがとびこんできた。
がくっとひざをつき、泳ぐようにして起きあがった。
顔がゆがみ、支離滅裂なことを口ばしり、目に涙をいっぱいためていた。
「この方をおねがいします、奥さま」と若い男はいった。
「わたくしは楽団の者ですので、すぐに部署へもどらなければなりませんから」
「ごくろうさまでした」とミセズ・トレッドウェルはこの上なくやさしい口調でいい、ドアをしめた。 リッツィはあたりはばからぬうめき声をあげた。
寝いすに長々と身体を横たえ、堪えがたいほど長いうめき声をあげつづけた。
「ああ、けだもの、野蛮人、畜生」と彼女は単調にくりかえした。
ミセズ・トレッドウェルは、リッツィが服をぬぎ、ナイトガウンに着がえるのを手伝ってやりながら、
気分が浮きたち、「だれが?」ときいてみたくなったが、かろうじてこらえた。
彼女は体熱でぬくもり、すさまじい、すえた、じゃこうの臭いを発している衣服をひろいあげ、きちんとかたづけることまでしてやった。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 303ページより
船長はブリッジでの午前なかばのコーヒーにシューマン医師を招待し、すぐに会話の口火をきった。
「いつになく事件の多い航海でした――」
「災難でしたね」とシューマン医師は無関心をかくそうともせずにいった。 「彼らには船上での作法というものがわかっていないのだ」
「知合う期間もみじかく、なじみのない状況におかれて苦労しなければならないのですからね。
たしかに、自分の美点を最高に発揮できる人はきわめて少いようですね」 船長は語りつづけた。
「伯爵夫人の真珠がぬすまれたと聞いているが――不幸な方だ!
ようやくわしもそう考えるようになったんだが、どうやら彼女の精神状態はかならずしも――」彼は額に人さし指をかるくふれた。
「考えられることです」とシューマン医師はその話題をきりあげるためにいった。 「真珠がはたしてぬすまれたかどうか、たしかではありません。
伯爵夫人は子供たちからとられたと申していますが、
彼女の看護にあたっていたスチュアデスの言によると、夫人はあの日は真珠をつけていられなかったそうです。
子供たちが何かを海へ捨てたのは事実です。ルッツ夫妻がそれを目撃しましたから。
ところが不運なことに二人の証言はくいちがうのです。
けっきょく何ひとつ証明がついていないわけです」 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 321ページより
リッツィはようやく勇を鼓して床をはなれ、思いきって甲板に出た。
彼女は病人のようにショールやらえり巻きやらをまいてデッキチェアに寝そべり、熱いスープを飲んだ。
彼女はじつに無口になり、航海がおわるまでひとりですわり、ひとりで散歩し、食事は部屋へとどけさせ、
目がよく見えないかのように、あるいはつらい知らせをうけとったばかりであるように、憂鬱そうな、途方にくれたような顔をしていた。 ミセズ・トレッドウェルは朝食の帰りにリッツィにオレンジをもってきてやり、そしていった。
「今朝はリーバーさんが起きて、歩いていらしたわよ。とても元気そうだったわ」
リッツィはオレンジの皮に爪をつきさし、悲鳴をあげることのできる何かの皮をはいでいるかのように、一部をひきちぎった。
「関係ないことよ、わたしには」
と彼女はいって、果実に歯をくいこませた。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 329ページより
船がワイト島にさしかかったとき、ジェニーはエメラルド色の芝生のなかに、
小さな、可憐な森にかこまれて、お伽話に出てくるような城が立っているのを見てうっとりした。 芝生は波うちぎわまできちんと刈りこまれていた。
船が岸すれすれに通過したとき、彼女はまたも自分は錯覚をおこしていると思った。
彼女の嗅覚はおうおうにしてありもしない異臭を感じるからだ。
さまざまな草、刈りこまれたばかりの芝生、草をはむ牛のにおいだった。 「そうよ、そうよ」とエルザはほとんど仕合わせそうにいった。
「ほんとうよ。わたしはまえにもここを通ったことがあるの。これで四度目だわ。
そしていつもすてきなにおいがするの。
ちっちゃいときは、天国ってこんなふうじゃないのかしらと思っていたわ」 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 330ページより
ヴェラ号が水門をとおりぬけ、ヴェーゼル河にはいったときもまだリッツィは、
リーバーが彼の席へもどっていると知って、船長のテーブルへかえることをこばんでいた。 彼女は、デッキチェアにかけているときに、それを彼女はリーバーのデッキチェアからずっとはなれたところへ移動させていたのだが、
せかせかした足どりで通りかかる彼に気づくと目をつぶり、眠っているふりをした――
禿げた頭に大きな絆創膏をはったりして、ほんとに豚みたいな男だわ……ほんとにいやな生活だったわ! 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 333ページより
「エルザ、何を見ているんだい? だれをみているのかね?」
二人が話してるあいだ、エルザがかすかに顔をかたむけ、いままで見たこともないような表情をうかべて、
なかば閉じたまぶたの下からひそかにゆっくり視線をさまよわせているのに彼は気づいたのだ。
父親としてゆるしがたいエルザの振舞だった。彼は胸さわぎを感じた。 エルザは真赤になり、口に手をあてた。
「何でもないわ、だれも見ていたわけじゃないわ」
と彼女があまりにもろうばいしながらいったので、彼は口をつぐんだ。 その瞬間にしかめ面をしたハンセンが猛烈な勢でそばをとおり、行きがけにエルザに一瞥を投げかけた。
それは彼が何気なく偶然むけた一瞥だった。
しかしエルザにとっては彼が意図してそうしたかのように残酷な一撃となった。
これまで彼は、いつもうすい空気でもみるような、あるいはめくら壁でもみるような目で彼女を見てきたからだ。彼女はひるんだ。 彼女の父親はいった。「あれは、けっきょく、おまえにふさわしいような男じゃなかったのだよ」
彼女の母親も衝撃をうけて同意した。
「おまえに似つかわしいなんて」と彼女はあざけりをこめていった。
「たとい束の間にせよ、いったいだれが考えたんだろうね」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています