【陰謀論】フラットアースを優しく論破するスレ 第23日
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レーヴェンタールは読んだ。
『ユダヤ人が人間の仲間入りをゆるされたら、その機会を活用するがよい。二度とそういう機会はないかもしれないのだから』
彼は余白に濃いえんぴつで注意ぶかく書きいれた。
『いかなる人間を指すか?』そして彼は大いに満足して散歩をつづけた。 リーバーとリッツィはあのスペイン人たちがほかの人びとを攻撃するために掲示したこっけいな文章を読んで
一ぺん笑うために歩みをとめ、そして次の文に目をとめた。
『もし桃色の豚がビールをがぶ飲みすることや、雌くじゃくに色目をつかうことをやめるならば、
この航海における社交生活のもっと気のきいた一項となれるかもしれない。』
その次に赤いクレヨンで次の言葉がなぐり書きされていた。
『起て、スペイン! 奮起せよ、あぶらむし! 無関心なる者たちに死を!』 「でも、それとわたしたちと何の関係があって?」とリッツィは怒りにふるえていった。
「彼らの野蛮な政治とわたしたちと何のかかわりがあるというの?」 シューマン医師は例によって十一時半の黒ビールを楽しむためにバーへはいった。
キューバ人学生の一人が新しい掲示を告知版にとめていて、そばに小柄なコンチャが立ってそれを眺めていた。
医師は立ちどまり、眼鏡をかけて読んだ。 『ガラスの宝石とガラス玉の真珠をつけたにせの伯爵夫人は
ダンスが大好きだが、費用を負担するのはきらいだ――典型的な無政府主義者の態度である。
彼女の献身的な医師は麻薬から船長謝恩パーティのチケットへ処方をあらためるべきではなかろうか。』
シューマン医師は目をぱちくりさせ、ほこりが目に吹きこんだかものように顔をしかめた。 彼はその紙きれをひきはがし、親指と人さし指でつまんで
舞踏団の者たちがコーヒーを飲んでいる隅のテーブルへもっていった。
「わしにいわせれば」
と彼は殺人狂であるかもしれない患者を相手にするときのように用心ぶかく毅然としていった。
「君らのばかげた茶番もこれでは少少度がすぎるというものだ。
やり方を、またできるものなら作法を、すくなくともこの航海のあいだあらためたらどうかね」 彼は掲示を細く長くひきさいてテーブルにおきながら、半円をえがいてすわり、
彼にひややかな凝視をそそいでいる彼らの顔を見つめ、自分が人間のものではない目に見いっているような印象をうけた。 洞穴の中からのぞいている獣、襲撃の身がまえをしながら血の臭いをもとめてジャングルを徘徊する猛々しい獣の目なのだ。
彼がかつてリックとラックの目にそれを認めてろうばいをおぼえたのとおなじ表情がやどっていた。
ただそれより一そう老獪で、より強烈な自覚とかまえをひらめかせていた。 彼らのだれも口をきかなかった。
そして彼らは潜伏する山ねこのように身じろぎせずに彼を見つめることによって、彼の目を伏せさせることに成功した。
知らず知らず彼は目をしばたき、そらしていた。
彼はきびしい口調でいった。
「こうしたたわけたことはやめたまえ」
背筋の凍るような爆笑が甲板へ立ち去る彼のうしろからおそった。 グロッケンは医薬を必要としていたばかりでなく、魂がめちゃくちゃに痛めつけられていた。
ローラの襲撃をうけていたのだ。
「この手に銀貨をのっけてみなさいよ、小人さん」と彼女はいった。
「そうすりゃきっときれいなレースの扇があたるチケットをあげるから。かわいいドイツの恋人のおみやげになるじゃないの?」 グロッケンは身ぶるいした。
苦痛と恐怖のために顔が痙攣するのおさえることができなかった。
彼は顔をそむけて、目をつぶった。
彼女はしんけんに彼のほうへ体をかがませ、むごくも彼のこぶを指でするどく突いた。
「幸運のおまじないをさせてもらったよ。それしか役に立たないんだよ、おまえさんは!」 翌朝、バーの壁板にまた紙きれがはり出された。
『あらゆる種類の堕落の象徴である背むしは、ふつうの人間のよおうに振舞わなくてもよい。』
ほかのえじきに向けられた掲示のいくつかを見ていともうれしそうににたにたしているところを人目にさらしてきたグロッケンは、
すばやく周囲に目をはしらせたのち、そのそまつな紙きれをむしりとり、もみくしゃにしてポケットへつっこみ、なにいくわぬ顔で歩きだした。 ほそいすねが彼を、屈辱を目撃した者のいない甲板へ無事にはこんだ。
乗客たちは例外なく彼を大事にあつかい、朝夕のあいさつをする労をいとわなかった。 彼らは彼の姿を認めても彼について何かを考えるわけではなく、彼がとおりすぎればその瞬間に、
自分たちはおちいる心配がないと感じている不幸を眺める者のくったくのない無関心な態度で彼のことを忘れてしまうのだ。
彼らにとって彼は憎む必要もおそれる必要もない存在だった。
彼の病気は伝染性のものではない。
彼の不運はもっぱら彼ひとりのものである。 「でも、お気のどくなことですわね」
と小柄なフラウ・シュミットはフラウ・リッタースドルフに話しかけた。
「あの方を見ると、わたしなぞほんと仕合わせだと思いますわ!」 フラウ・リッタースドルフは赤革表紙のノートにそそくさと書きこんだ。
「あえて問う。
不具の子供すべてにたいし、誕生のさいに、もしくは社会の不適格者たることが明らかになりしだい、
安楽死の恵みをあたえるべきことを規定せる法律が施行されるならば、人類は恩恵に浴するのではなかろうか。
しんけんに考慮し、これを支持する論をすべて読む必要あり。
きわめて妥当と思われるこの見解に異をとなえし者ありとはいまだかつて聞かざるなり」
彼女はノートを閉じた。
余白はもうほんの数ページしかのこっていなかった。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第二部 142ページより
キューバ人学生たちは頸にカメラをぶらさげ、ブリキのラッパを吹きならしてねりあるき、
「起て、スペイン――反あぶらむし派に死を!(アリバ、エスパーニャ――ムエーラン・ロス・アンテイクカラーチエロス!)」
とわめいていたが、やがてまったくとうとつにそれをやめて、バーのすみでチェスをやりはじめた。 告知版からは陸の人間たちの場ちがいな所業が一掃され、
かんけつな、まばらにはり出された掲示が、その前をとおる人びとに陸地がすでに見えたことを告げていた――
ヴェラ号は東へ航行する船にとってはカナリア群島中のさいしょの島であるサンタ・クルス・デ・テネリフェへ近づきつつあるということを。 ほかにも、いやいやおしえてやるのだという調子のみじかい情報が、
自分たちの所在も海上用語も知らない人びとにもわかるような言いまわしでつぎつぎに出されていた。
明日明朝、入港の見込みである。
同日、希望者全員上陸。出港予定は四時半。 明日は九月九日、水曜日、満月の二日前である。
フラウ・シュミットは書きもの室のひとつでカレンダーを見てそういい、
軽率にもミセズ・トレッドウェルにむかって話しかけた。
「上弦は二日の水曜日。あれはエチェガライが水死した晩でしたね」
ミセズ・トレッドウェルはテーブルのまえに立ってファッション雑誌のページをくりながら、顔もあげずにぼんやりとつぶやいた。
「ずいぶん昔のことのように思われますわ」 グロッケンはドイツ語で「鐘」のこと
映画版の愚者の船では冒頭と終わりに観客に向って話しかける第四の壁を認識できる登場人物
最初と最後を担当するキャラクターってことだな
映画の話だけどね >>611
×痙攣するのおさえることが
〇痙攣するのをおさえることが 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第二部 143ページより
例によって船内偵察中のリックとラックは、人気のない長い廊下の端で、
ローラとアンパロがいつも話題にしているネックレースをつけたあの気違い女の姿を認めた。 彼女は素足で、全身を白のうすものでつつんでいた。
なかば目を閉じ、ゆっくり歩いていた。
リックはおぼえたふりをして「幽霊だ!」といった。
彼はラックと目くばせをかわし、おたがいに相手の手をとり、爪を食いこませて、どんないたずらができるかと様子をうかがった。 ゆっくりと、くねるような足どりで伯爵夫人が近づいてくるにつれて、
二人は同時に、彼女の真珠のネックレースがひとりでにはずれ、胸をすべりおち、
腰帯のひだにひっかかり、そこから長さいっぱいにぶらさがり、彼女の歩みとともに前後にかるくゆれているのを認めた。 彼女はすぐそばまで来てようやく二人に気づき、うわのそらで手をあげて輪をえがき、どけと合図した。
二人は後へさがることも片側へよけることもしないで、乱暴に彼女をおしのけてそばを駆けぬけた。
そしてより近くにいたリックは出合いがしらネックレースをひったくり、
二人でよろけるように甲板へむかって走りながら、それをシャツの中におしこんだ。 とおりぎわに彼らからはげしく突きとばされた伯爵夫人はのどに手をやり、真珠がぬすまれたのにすぐ気づいた。
彼女はくるりと向きを変えて、彼らのあとを追って走ったが、やがて船のゆれが彼女をひざまずかせた。
彼女はスチュアデスが彼女を見つけ出すまで、両手でのどをおさえながらその場にぺったりすわりこんでいた。 スチュアデスは彼女をふたたびベッドに寝かしつけながら、必死の勇気をふりしぼった者のけわしい口調でいった。
「奥さま(マイネ・ダーメ)、そうできるものなら、もうこれいじょうお世話いたしたくございません。
ご自分のお身体にさわりがあるばかりでなく、わたしまで叱られてしまいますわ」 伯爵夫人はいった。
「勝手におし、でもそのまえに事務長を呼んでちょうだい。あの子供たちに真珠をぬすまれたから」
「どこで? いつでございます?」
「たったいま、廊下を歩いているときよ」 「奥さま(マイネ・ダーメ)、失礼でございますが、今日は真珠をつけておいでになりませんでしたわ、早朝からずっと。
数分のあいだ席をはずすおゆるしをおねがいしたときに、それに気づいて、めずらしいことだと思いましたもの。
真珠はつけていらっしゃらなかったんですよ、奥さま。
この部屋にございますよ。見つかりますわ、きっと」
伯爵夫人はいった。
「わたしはね、いつもばか者を相手にしなければならないのを、生涯のわざわいと思っているのよ。
さあ、事務長を連れてきなさい。あんたの意見は、わたしがそれを求めたときにしてちょうだい」 エルザは、両親と一しょに散歩していて、リックとラックとほとんど衝突した。
二人はいつもいじょうに何かから逃げているような、あるいは何かを追いかけているような様子をしていた。
彼らのほうもルッツ一家をさけようとしたのだが、完全に身をかわすことはできなかった。 リックがミセズ・ルッツの左ひじにつきあたり、それが全身に震いをひきおこすあの不思議な神経を刺戟した。
ミセズ・ルッツはそくざに彼の腕をつかんだ。
若いものに躾けをたたきこもうとする彼女の母性的本能がいっせいに頭をもたげた。
「あんたにはお行儀をおしえてあげる人が必要だ」
と彼女はドイツ語なまりのメキシコふうスペイン語でいった。 「手はじめに、わたしがおしえてあげよう」
彼女は思いきり彼に平手打ちをくらわせた。
彼があまりにはげしくあばれたために、シャツの下からネックレースが落ちた。
ラックはとりもどすために跳んでいき、それをだらりと垂らして両手でひろいあげた。 ルッツは彼女をとりおさえようとした。
しかし彼女は逃れ、手すりへ駆けよってよじのぼり、真珠を海へほうった。
ミセズ・ルッツはリックを解放した。
リックは手すりでラックと一しょになった。 フラウ・シュミットは、甲板のやや下手のさわがしい情景に気づいたが、双子の姿を認めると、何事かしらと自分に問いかけてもみなかった。
彼らのいるところにもめごとが、混乱が、悪事がつきまとうのだ。
よくわからぬが、おそらくそれは神さまの御心に、神さまの偉大にして神秘なる計画に関係があるのであろう。
でも、あの子たちがいま海に投げたのはいったい何かしら。 スチュアデスは事務長へ伯爵夫人のところへ来てくれるようたのんだ。
事務長は出かけていき、彼女の話に耳をかたむけ、麻薬の影響がしゃべり方や態度にあらわれているのに気づき、
すべては彼女の夢であると判断し、医師を呼びにやった。
シューマン医師は彼女の言葉を信じ、事務長にむかって自分は彼女の気質を理解している、彼女の幻想はこのような形はとらないと説明した。
彼はこの窃盗事件を船長に報告したらどうかと事務長に助言し、船長はかならずや捜査を命じるだろうといった。 シューマン医師は伯爵夫人にたずねた。
「たしかですね? あの子供たちなのですね――?」
「あなたまで事務長みたいなことおっしゃるのね! 何てことおききになるんです」
「あなたはいつもこういうふうに起きだして、おひとりで歩きまわっていられるのですか?」
「スチュアデスがいないときはいつでも」 「真珠がみつからなかったら」と彼は心配そうにたずねた。「どうします?」
「まだエメラルドがありますし」と彼女はいった。
「ほかにもいくつか小さいものをもっていますから」 「伯爵夫人のお医者だ」とルッツはいった。
「彼女が真珠をなくさなかったかどうか彼にきいてみよう」
フラウ・ルッツはいった。
「やっかいな目にあうだけですよ。無分別ったらありゃしない! あれがどうして真珠だとわかります? ガラス玉かもしれないじゃありませんか」
ルッツはいった。
「止金にダイヤモンドがはめこまれていた。あの子はシャツの中にかくしていたんだろうね?」
「ダイヤモンドだということがどうしてわかります?
あの子がかくすとすればシャツの中にきまってるじゃありませんか」 ルッツはふかく息を吸い、とほうもないため息をついてそれをはき出した。
「あんたはここにいなさい。先生に話してくるから」
彼はまっすぐにシューマン医師のほうへ歩みより、彼のまえに立ちふさがり、ひと息いれて、かんたんに二言、三言しゃべった。
シューマン医師はいとも重々しくうなずき、歩み去った。 軽喜歌劇団の四つの特別室がてってい的にひっくり返された。
事務長はローラとチトーを呼びにやった。
しかし舞踏団全員が、捜索の船員たちによって部屋から追いだされていたため、一団となって事務長の執務室にはいった。
チトー、ローラ、リック、ラックをのぞいて、ほかの者たちはそこから追いだされ、外で待つようにいわれた。 事務長は、くだけた態度で、ローラからチトーへ、チトーから双子へ視線をうつしながら、
「こりゃあんたたちの子かい?」とたずねた。
双子はぴったり肩をくっつけてうしろへかくれ、危険におちいった山ねこのような顔をのぞかせていた。
「もちろん、わたしたちの子供ですよ」とローラはいった。「だれの子だと思っていたんです?」 「話を聞きおわらないうちに、よその子だったらいいのにと思うだろうさ」と事務長はいった。
だしぬけに彼はリックとラックにむかってどなった。 「貴婦人のネックレースをぬすんだのは、おまえたちだな?」
「ちがう」と二人はそくざに、声をそろえて、いった。
「あれをどうした?」と事務長はほえるような、きびしい口調をゆるめずに問いただした。
「答えるんだ!」
二人は無言で彼を見つめた。 ローラはリックの項をつかんでゆさぶった。「答えるんだよ、おまえ!」
事務長は彼女の顔が異様に黄色くなり、唇から血の気がひき、いまにも卒倒しそうな様子をしているのに気づいた。 じつのところ、ローラはいままで船員たちが船内を捜索している理由を知らなかったのだ。
仲間と一しょに伯爵夫人からぬすむ計画はたててはいたが、
さいごの瞬間まで待機するつもりでいたのだ、
彼女が下船するときか、その直後に決行するつもりでいたのだ。 それなのに、この餓鬼どもが何もかもめちゃめちゃにしてしまいやがった。
わたしにはもうわかっている、最悪の事態は事実だということが――それが何であろうと、リックとラックがやったんだということが。
ひとに胆をつぶさせたりしやがって、餓鬼どもが。
この太った豚みたいな事務長にあやうく気どられるところだったじゃないか。 「あわてないようにしなくちゃ!」
リックは大へん明瞭に、おちつきはらって、いった。
「何をいってんだか、あんたのいうことはさっぱりわからないよ」
ラックはほかの人たちではなく、リックにむかってうなずいた。 事務長はチトーとローラにいった。
「何も訊かずに、しばらくほっておきなさい。あんたがたに心当りがないというのなら、ほんとうに知らないなら」と彼はあてつけがましくいった。
「話してあげよう」そういって、彼はこの事件について集められた断片的な情報を彼らに語った――
医師が伯爵夫人から聴取したことを、まずルッツが、そのあとでしぶしぶフラウ・ルッツが、それにエルザまでが医師に告げた話の内容を―― そう、ラックがネックレースをもっていて、それを海に捨てたのだ。
ローラとチトーは、それはすべて誤解であろうという信念を、子供たちの無実を証明する証拠があがってほしいものだという願いを、
自分たちでなお子供に問いただし、真相を究明するというかたい約束を、それにくわえておどろきあきれてるという気持をよどみなく表明した。 それを聞きながら、事務長は彼らは演技を、自分をだますほどうまくない演技をやっているにすぎない、と終始、考えていた。
「好きなようにしない」と彼はいい、ひややかに彼らを追いはらった。
「こっちはこっちで調査をつづけるから」 チトーとローラが部屋へもどったとき、船員たちはすっかり元どおりに整理してひきあげていた。
ところが、アンパロにペペ、マノロにコンチャ、パンチョにパストラと、みんながおし黙ったままよりかたまって、待っていた。
彼らは無言のまま立ちあがり、それぞれ双子の片割れを腕のつけ根のあたりをにぎってつかまえている二人をかこんだ。
彼らの吐く熱い息がおたがいの顔をなでた。 「どういうことなんだい?」とアンパロはひくい声でいった。
「あたしたちに関係のあることかい? 学生たちはそういってるけど、だれも何もおしえてくれないんだよ」
「どいておくれよ」とローラはいった。「ほっといておくれな」
彼女はひじでおしのけて部屋へはいり、リックをひざのあいだにしっかりはさみつけて、寝いすの端に腰をおろした。
チトーはそばに立ってラックをつかまえていた。 ローラはいった。「さあ、話すんだ」
彼女は両脚ですっぽり彼の身体をかこみ、両手をつかんで、
指の爪を情け容赦なく、一ぺんにひとつずつ、ひややかに、じりじりと力をくわえ押しはじめた。
たまらず、彼は身体をよじらせ、悲鳴をあげた。
しかし彼女は
「さあ、話すんだよ。いわないと、爪をひんむいてやるから。爪の下に針を刺すよ! 歯をひっこ抜いてしまうよ!」
というだけだった。 ラックはチトーの手の中であばれ、支離滅裂なことを口ばしりはじめた。
しかし彼女は白状しなかった。
ローラはリックの目ぶたを親指と人さし指でまくりはじめた。
そのため彼の悲鳴は苦痛から恐怖へかわった。
彼女はいった。「目玉をむしりとってやる!」 マノロはふだんとちがうひくい、しゃがれた声でいった。
「どんどんやれ、やってやるんだ、やめるんじゃないぞ!」
ほかの者たちもそわそわ身体を動かしながら、それに応じて、
やめるな、つづけろ、口を割らせろ、とてんでに声をかけた。 ついにリックは彼女のひざのあいだで精根つき、
がっくりと顔をのけぞらせて彼女の腕にもたれ、
涙をながし、息をつまらせて、叫んだ。
「骨折りがいのない、ただのガラス玉だっていってたじゃないか。ただのガラス玉だって!」 ローラはただちに彼をひざのあいだから押しだし、
おまけとして彼に平手打ちを見舞い、憤然として立ちあがった。
「この子はばかだ」と彼女はいった。
「養っておく必要はない。ヴィーゴにおまえを捨てていくからね」と彼女は彼にいった。
「餓死するがいい!」 ラックはそれを聞いて金切声をあげ、チトーにつかまえられながらも跳びはね、おどりはねた。
しまいにチトーは彼女の頭と肩にげんこつをたたきつけたが、彼女はそれでも叫んだ。
「あたいも! あたいも捨てていって! あたいも残りたい――ヴィーゴに残りたい――リック、リック」
と彼女はいたちに噛みつかれたうさぎのようにきーきー声をはりあげた。
「リック、リック――」 チトーはラックをはなし、父親のしつけをリックにむけた。
彼はリックの手首をつかみ、腕をじりじりと、いともゆっくりと、肩の関節がほとんど一回転するまで、ねじった。
リックはひざをおり、長いわめき声をあげたが、
それはこのおそろしい折檻がゆるめられたときには仔犬のようなよわよわしい泣声にかわっていた。
寝いすの上に身体をまるめて傷をなでていたラックはリックと一しょにまた泣声をあげた。 やがて、マノロとペペとチトーとパンチョ、それにローラとコンチャとパストラとアンパロは、
いずれも不快なおどろきをかくしきれない表情で、
この困った事のなりゆきの各段階について検討をくわえるために一しょに二人のそばをはなれた。 二言、三言、話しあい、うなずきをかわした彼らは、
バーへ行ってコーヒーを飲み、夕食にもいつものように姿をあらわし、そのあと甲板で練習するのが最上の善後策であると判断した。
だれもがいまにもおたがいののどにとびかかるのではないかと思われるほど興奮していた。
出がけに、ローラはラックの髪をつかみ、彼女が黙るまで、こわくて泣けなくなるまで、たっぷり彼女の頭をゆさぶった。 彼らがいなくなると、リックとラックは上段の寝だなへはいのぼり、避難した。
二人は半裸の身体をそこに横たえた。
洞穴のなかのいじめぬかれた、できそこないの、奇怪な動物のように混乱し、つかれはて、もの思う気力もなく、じきに二人は眠りこんだ。 >>625
×おぼえたふりをして
〇おびえたふりをして 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 166ページより
スペインの舞踏団はいつになくむだ口ひとつたたかずに、目を前方にすえ、かたい、きびしい表情をして、そろって出発した。
いまだにうちのめされた表情のリックとラックは、ふてくされて、のろのろ歩いていた。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 188ページより
「このサンタ・クルスで福引きの賞品を買うと彼らはいってましたね、おぼえていますか?」フライタークはデイヴィットにたずねた。
「ところが、やっこさんたち、それを大量にぬすんでいるんですよ――一見する値打ちがありますよ、まったく!」 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 192ページより
グロッケンは、何となく見すぼらしい服をひきたててくれるような服飾品がほしいと思いながら、
男性舞踏手専用のひろい、深紅の腰帯や、ほれぼれするような、白い、ひだをとった胸あてや、
闘牛士用のなまめかしい細襟のシャツをうらやましげにいじくった。
ネクタイは細い、くろいひもみたいで、そうでないのは仮面舞踏会とか仮装のときでもなければ着用できないほどけばけばしいものばかりだった。
彼は自分の好きな真赤な色の美しい絹のスカーフをのどから手が出るほど欲しいと思いながら指でいじり、勇をふるいおこして値段をたずねようとした。
きかなくてもとても手が出せないことはわかっていたのだが、そのとき女主人が不安におびえた顔をしてやさしく彼にはなしかけた。 「中へいらっしゃい――こっちにもっといいものがありますから。値段だって高くないですよ――」
そのとき軽喜歌劇団のあまりにも耳になじんださわがしい話し声が聞こえてきた。
女はせきたてた。
「中へはいってください、おねがいです。彼らの見張りを手伝ってください!」 彼女は襲撃者たちに皮肉な口調であいさつし、
だれでもいいから店へはいって買物をするのは一人だけにして、ほかの人は外で待てと命令した。
彼らは彼女の言葉には耳をかさずに、せまくるしい店の中へどやどやとなだれこみ、
品物をひっぱったり、価格をたずねたり、仲間うちで議論したりしはじめた。 コンチャはかくれようとするグロッケンに気づいた。
「おや、縁起のいい小人さんがいるよ!」
とうれしそうに叫んで、とんでいき、彼のこぶにさわった。
ついでみんながそれぞれ彼のそばへ近づこうとあらそい、混乱に拍車をかけた。
彼らはどこからともなく手をのばしてさわり、平手ではげしく叩き、ついに彼ががまんしきれなくなった。
あわてて彼は彼らの囲みをやぶり、外へ飛び出した。 見張りに立っていたリックとラックがそれを見つけ、自分たちも幸運にあずからんものと金切声をあげて彼を追いかけた。
やみくもにつっ走って、彼は、バウムガルトナー夫妻と、その先のルッツ一家に衝突した。 ミセズ・ルッツはそくざにまた母親たるものの義務に目ざめ、
リックに足ばらいをかけてよつんばいにさせ、ラックの腕をつかんで思いきり平手打ちをくらわせ、グロッケンをきびしくたしなめた。
「どうして自分で身を守らなかったんです? 何を考えてぼやぼやしていたんです?」
グロッケンは大いにくやみ、恥じいって、おとなしく答えた。
「考えが及びませんでした。なにしろすずめばちの群につかまったようなものでしたからね」 スペイン人たちは店いっぱいにちらばっていた。
女主人が彼らすべてを同時に見張ることなどとうていできなかった。
また彼らを追い出すこともできなかった。
彼らが耳をかさないからである。 ローラは、彼女の注意をひきつけておくために、早口に長々と値切り、品物にさんざんケチをつけ、
しまいにレースのふちどりがついた、刺繍した、小さな、紗の切れを硬貨を出して買った。
片隅へおしこめられていた女主人は、みんな出ていけと死にものぐるいで叫んだ。
ローラが金をわたし、女主人がつりを数えているあいだに、彼らはみな潮がひくように通りに出た。
一座の者たちの姿がどれも妙なところでふくらんでいるのが、見物人たちにはありありとわかった。 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 195ページより
自分を救ってくれたとはいえ、無神経な介入の仕方をして自分に恥をさらさせたフラウ・ルッツに何となく腹を立てていたグロッケンは、
思いきって話を事実にひきもどそうとした。
「彼らは、今日、いたるところでぬすみをはたらいていましたよ。
船でだってしょっちゅうぺてんをやっていたんです――れいの福引きがそれですよ
――あの子供たちは、小さな怪物どもは、伯爵夫人の真珠をぬすんで、海へ捨てましたね――」 「それはまだ証明されたわけじゃない」とルッツはいった。
「はたしてあれがほんものの真珠だったかどうか、わかっていないんです。
それどころか――捨てたものが彼女のネックレースだったのか、それともガラスをつないだしろものだったのかということも――」 フラウ・ルッツは憤然と、ひややかにしゃべりはじめた。
「主人は強度の近眼なんです」と彼女はいった。
「あるいはすくなくとも目がよく見えないのです。
あの子供たちが甲板でわたしたちとぶつかったときのいきさつが、主人にわかるはずがありません…… わたしにはわかっています。
あれは留金にダイヤをはめこんだ真珠のネックレースでした。
それをあの邪悪な子供たちがぬすみ、女の子のほうが海へ投げすてたのです。それだけのことですわ」
と彼女は皮肉をこめていった。
「それだけのことよ。さわぎたてなきゃならないほどのことはぜんぜんないのよ。あんな微罪のことで気をもむなんて、まちがっていますわ――」 こんどはルッツのほうが妻がその場にいないかのように他のひとたちに話しかけて、彼女を非難した。
「なにしろ家内は高潔きわまりない女ですからな、どんなささいな悪事でもすくなくとも絞首刑くらいにはすべきだと考えておるんですわ。 自分いがいの人間の性格については、どんなに小さな欠点も見のがしたことのない女なんです、これは。
外見はどうあろうと、状況証拠をぜったい的な決め手としてはならない、
どんなに軽微な事件のばあいでさえそれに頼ってはならない、といくらいってもわからないんですよ――」 フラウ・ルッツはおくせず、きっぱりといった。
「エルザ! あなたも見たわね、そうでしょう?」
両親から顔をそむけ、ほとんど彼らのやりとりを聞かずに、黙って、もさっとつっ立っていたエルザは、びっくりしてそくざに答えた。
「ええ、ママ」 >>640の会話と言ってることが夫婦逆になってるってことね
真珠のネックレスの止金(留金)にダイヤモンドが見えたって気付いてたのは本当は父親の方なんだよな
でも>>677-679ではそれが入れ替わってる たぶん、夫婦の仲があまりよくないって設定を印象付けるためのシーンだと思うんだよ
父親が「いや、あれはガラス玉だったかもしれませんよ」って母親が言ってた意見をパクった
だから母親も父親の「留金にダイヤモンドが使われていた」って意見をパクって皮肉っった
そして母親が「微罪だから騒がないでいい」って言った直後に、
父親が「家内は小さな悪事でも絞首刑にするべきと考えているんです」と返したところを見ると、そういう解釈で良いと思う 愚者の船(下) K・アン・ポーター
第三部 219ページより
フライタークは、体を拭き、髭を剃ろうと考えて、部屋へはいった。
ハンセンが、着衣をなかばつけたまま、素足をたらして上段の寝だなに腹ばいになっていた。
「どうされました? 船酔いですか?」 ハンセンの大きな、いらだたしげな顔が、寝だなのへりからつき出された。
「わしが? 船酔い?」
いまにも怒りだしそうなけんまくだった。
「わしは漁船の上で生まれたんだ」
そう自分の身の上をうちあけて、もっともうちあけ話のつもりかどうかわからないが、彼はくるりと仰向けになり、上を見つめた。
「わしは考えているんだ」 フライタークはシャツをぬぎすて、洗面器にお湯を注ぎはじめた。
「わしは考えているんだ」とハンセンはいった。「どこでも人がおたがいを不幸にするためにやらかしていることをあれこれと――」
「お母さんは漁船でどんな仕事をしていたんです?」とフライタークはたずねた。「女人禁制だと思っていましたがね――」
「親父の船だったんだ」とハンセンは陰気にいった。 「いいかね、だれもひとの話に耳をかそうとしない、ここに大きな問題があるんだ。
ばかげた話でないと聞こうとしない。そんな話だと一言も聞きもらすまいとする。
まともなことをいおうとすると、ご冗談でしょうとか、とにかく皆目わからないとか、
うそだとか、信仰に反するとか、ふだん新聞で読んでいる話とちがうといいたがるんだ――」
ここでフライタークは聴くのをやめ、ブラシで石けんの泡を顔にぬることに専念した。 船のゆれにあわせてうまく平衡をとりながら、まっすぐのかみそりでひげをそりはじめた。彼ご自慢のはなれ技である。
だれか見ている者がそれについて何かいったら、彼はきっと自分にいわせればほんとうのひげのそり方はこれしかない、といったであろう。
航海のあいだ一ぺんもハンセンはフライタークのひげのそり方に目をとめていなかった。
ハンセンはでき合いの泡をチューブからしぼり出してなすりつけ、安全かみそりで頬と頤をせかせかとこすり、
ほかにひげのそり方があることにぜんぜん気づいていない様子だった。 次にフライタークがハンセンの声を聞いたとき、彼はいっていた。
「いや、ひとはやろうとしないんだ。たとえばフランスでは――白ぶどう酒も、赤ぶどう酒も、桃色のぶどう酒も、
シャンパンをのぞいてどの酒も――みんなびんには肩がある、ちがうかね?」
「まったくそのとおり」とフライタークはいい、靴下をくるくる巻いて、緑色の糸で洗濯物(ヴエシエ)と刺繍した褐色のリンネル袋へおさめた。 「ところがドイツへ行くと――そうだ、国境を越すか越さないうちに、
ドイツ本土へはいりこまなくたってアルサスまで行っただけで――どうなると思う?
肩のないびんばかりになるんだ、ボウリングのピンみたいなびんに!」 いきりたった彼の語調がフライタークの神経をゆさぶった。
これじゃひとが聴こうとしないのもむりはない、と彼は思いやりをこめて考えた。 「しかし、国境は仮想的なものじゃない。それなりの目的があって存在しているんです。
つまり、あるものを明確にし、理念に形をあたえ、特定の人びとの言語や習慣を表現しているのです……いいですか」
と彼は頭上の片意地なしかめ面をちらりと見あげていった。
「だれもびんの形をめぐって争ったりはしません。そもそもちがった形のびんんをつくらせる心の中のちがいをめぐって争いが生じるのです……」 ハンセンは体をおこしてわめいた。
「そうだ、そこだよ、まさにそれをわしはいおうとしていたのだ。わしがいおうとしていたのはそれだよ」
「ぜんぜん気がつきませんでしたね」とフライタークはかみそりをたたみながらいった。 ハンセンは体をおこし、靴下と靴をはき、寝だなからとびおり、いちばん上の横木にかかっているシャツに手をのばして、いった。
「すべてがゆがんでいる、何もかも――あのスペイン人たちを見てみろ! やつらが淫売でありひもであることはだれでも知っている。
やつらのパーティに出たいなどと思う者は一人もいない――ところが、わしたちはみな金を出し、行こうとしている、羊みたいだ!
やつらはゆすり取り、うそをつき、サンタ・クルスでは島中の人間から見境なしにものをぬすんだ、
それをだれもが見、知っている――それでわれわれは何をしたか。ただ手をこまねいているだけだ」 彼の耳ざわりでたいくつな咆哮はほとんど堪えがたいほどになった。
「おみこしをあげて、一杯やりにいきませんか」とフライタークは打開の方法として提案した。
ハンセンは両手をおろし、首をふった。
「飲みたくない」と彼は五歳の童子のようにわがままに、またそっちょくにいった。 フライタークは外へ足をふみ出しながら深く息をすい、
海の老人〔『アラビヤ夜話』の人物で、シンドバッドの背中に幾日もくっついてはなれなかった老人〕がそこにしがみついているかのように肩をゆすった。 >>696
この前のセリフも無いと分からないな
220ページより↓
「こうしたことが問題なんだ」とハンセンはいった。
「あるところではひとが肩のあるびんをつくることにこだわり、そこから五十フィートとはなれていない、
たんに仮想上のものにすぎぬ線の反対側では
ひととちがうところを見せようというただそれだけの理由のために、肩のないびんをつくっているんだ!」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています