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石田三成の挙兵 ★2
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0491人間七七四年
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2022/10/08(土) 21:30:47.08ID:E0ByclAV
大体、自分の命惜しさで命令出すような奴を主人に仰ぐか?って問題がね。秀頼が大坂城に立て篭って徳川に救援要請してたらまだ主人として認められたかもしれない。
0492人間七七四年
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2022/10/09(日) 10:04:23.94ID:Rj8FJBgJ
秀頼からの命令って出てたんかね?
関ヶ原前後の西軍への秀頼なり淀の文書って
確認されてたっけ?

そりゃ同じ城に兵を詰められて
命令出さなきゃ殺すとまでなりゃ
出さざる得ないだろうけど
そこまでやったのかな?
0493人間七七四年
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2022/10/09(日) 10:28:06.36ID:bjpuaooD
現状確認されてるのは、奉行集が秀頼の名前で命令書を出していることだけ。
これをもって秀頼が西軍についた、と解釈している先生もいるけど、
奉行が勝手に名前を使ったって解釈もできる。
         
0494人間七七四年
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2022/10/09(日) 12:09:20.84ID:H8vyz6gl
豊臣は秀頼の名前が使用されることはおろか豊臣配下武将の土地収奪や秀頼馬廻衆の派遣などを許してる。これらが豊臣の意志でなかったならば討伐ものだがそうした命令は現在確認されてない。ということは豊臣は西軍に与していた事になり少なくとも東軍はそう見ていたことは間違いない。
0495人間七七四年
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2022/10/09(日) 12:41:41.01ID:kQlDNSdV
少なくとも清正は秀頼が幼いことをいいことにという認識だな
東軍全体が共有してた認識かは不明だが、豊臣は西軍側だと東軍が認識していたとは断定できない

(慶長5年)9月15日付中川秀成宛加藤清正起請文
「秀頼様御幼少ニ付而、大閤様御置目をそむき、内府公へ別心仕衆有之ニ付而」
0496人間七七四年
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2022/10/09(日) 13:21:39.64ID:CSvolnBK
小学校あがるかどうかの幼児だからな
そもそもまともに命令できるとみなされてるなら
遺言もその後の権力争いも無意味だ

>>494
流石にその理屈はどうなんだ
脅して従わせれば全ては望み通りとはならんやろ
0497人間七七四年
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2022/10/09(日) 13:55:45.30ID:dCXlDAVL
やっぱ幼君の場合誰からも認められる直系の成人した親族がいないと駄目だな
主家としての意思表示ができないからその時近くにいる実力者の意のまま追認するしかなくなり
簡単に傀儡化してしまう、つまり政争が起きやすくなる
恐らく秀吉はその親族の役割を家康と徳川家に期待したんだろうけど他の大老や奉行には全く認められなかった
0498人間七七四年
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2022/10/09(日) 16:06:15.61ID:/5/1UOj2
ねねが尼御台になれていればなあ
0499人間七七四年
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2022/10/09(日) 16:51:29.55ID:uDk3eZ7C
つまり北政所自らが秀頼と淀殿を排除するのか
0500人間七七四年
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2022/10/09(日) 18:28:01.44ID:H8vyz6gl
>>496
冷徹な話だが豊臣が否定してない以上、西軍の動きは豊臣の認可があったものと見なすしかない。
そもそも西軍の動きを拒否するのは簡単で本丸にでも篭って輝元と三奉行の動きは謀反だと叫べばいい。西軍が正当性に秀頼ら豊臣公儀を使おうとしてるのは火を見るより明らかでということは西軍は秀頼に害を加えられない。もし豊臣を武力攻撃すれば西軍の正当性は完全に消失し家康に鎧袖一触に滅ぼされる。つまり豊臣が「許さない」と言えばそれで全てが終わってたのよ。
0501人間七七四年
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2022/10/09(日) 23:52:54.91ID:TGZHYuMJ
>>500
冷徹とか、どう見做すかとかの話じゃなくて
俺がしてるのは実際どうなのかな話だよ
あなたの言ってる「簡単」な方法は
同じ城の大兵力を敵に回し襲撃される危険と
背中合わせで全然簡単ではないよ

逆に本当に積極的に支持してるなら
もっと簡単に出陣せずとも文書で命令出すなり
西軍支持を表明すればよい

でもそういう証拠を残すことはしなかった
大阪の周りどころか大阪城内まで西軍の兵がいて
大義名分を求めてたにも関わらずね
0502人間七七四年
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2022/10/10(月) 06:39:03.51ID:d1k9zobn
イヤミな比較になるが室町幕府の3代義満、江戸幕府の4代家綱7代家継も幼君だったが
周りを固める運命共同体たる一門譜代の質量ともに秀頼とはまさしく雲泥の差天地の違い
あれくらい充実していないと幼君で政権維持は不可能というのが歴史的な定理
秀吉が秀頼に遺したものは政権などではなく傀儡となって飼い殺しされるか殺されるかのどちらかしかない運命だけ
その意味では実に哀れだが逆に言えばやはり秀頼は産まれてくるべきではなかった
0503人間七七四年
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2022/10/10(月) 07:25:31.70ID:RERBhWpi
>>497
だったら何故秀次を殺した、という話になるな
こういう事言うとすぐ秀次と秀頼で跡目争いが、とか言い出す奴がいるが
そもそも譜代のいない豊臣で身内以外に幼君を誰に託せばいいというのだろう
信用信頼できる部下?そいつはいったいどこのどなたですか?って本気で聞きたいわ
ここで三成とか言い出したら腹抱えて笑うけどさ
秀家?お前はまず豊臣だの天下だの語る前に宇喜多家の内情どうにかしろよって話だな
0504人間七七四年
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2022/10/10(月) 07:57:00.13ID:ZBzbCPLh
ていうか直系の成人が誰からも認められてるなら
幼児ではなくそちらが後継ぐわな
0505人間七七四年
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2022/10/10(月) 08:41:47.78ID:d1k9zobn
直系の成人というのは徳川家のようにもともと赤の他人なのに押しかけ一門化したのではなく
秀長とかそれこそ秀次のように秀吉と直接血縁がある縁者という意味で傍系としたほうがよかったかも

秀吉のエゴ的にも最もよかったのは鶴松が夭折しないことで
秀次が一門の代表として鶴松成人まで後見するという体制だったろう
ただその場合でも鶴松成人まで関白をどうするのかという問題はあるんだが
それは関白という職を政権トップに選択した豊臣政権の構造的欠陥でまた別の話
0506人間七七四年
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2022/10/10(月) 09:01:44.57ID:mMeb5wwa
>>501
西軍というか毛利は「家康に味方するとはけしからぬと秀頼が言った」として蜂須賀領を収奪してる。これこそ積極的な参加に他ならない。土地の保証・配分は武士にとって正に一所懸命の価値があるからね。
仰る通り豊臣はビビって両建てして身の安全を確保したかったんだろうがその真の意味を理解してなかったんじゃなかろうか。この後豊臣は諸将の支持を失っていくわけだがそれは関ヶ原のこの動きに理由があるとしても不思議じゃない。
0507人間七七四年
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2022/10/10(月) 11:27:16.86ID:7vo3zsdr
直系というのは家系図上で一直線で表せる
親子関係でのつながりのこと

なので秀吉にとって秀長は直系ではない

>>506
その命令を豊臣家が文書化してるか?
それがあればこの上ない正当性を主張できるが
そのお墨付きがないと単に西軍が秀頼の命令だと
称してるのと変わらない

そのレベルのコミットメントなんよ
0508人間七七四年
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2022/10/10(月) 14:22:21.46ID:mMeb5wwa
なんで大名が公儀に従うかっていうと土地を保証してくれるからだぞ?逆に言えば保証してくれないなら従う事はない。
秀頼が蜂須賀を改易にしたことは書状で残ってる。これは実際に実行された。豊臣が西軍に与して無いならそれこそ書状に残してこれを否定しないといけない。ところがその形跡はなく蜂須賀領を回復させたのは徳川家康ときてるからなぁ
0509人間七七四年
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2022/10/10(月) 17:12:19.31ID:rn7dF0tm
>>508
だからそれは秀頼自身の発給文書でもなんでもない
そもそも秀頼が知ってたかどうかも定かでない

秀頼の命令を西軍が騙っただけかもしれんし
秀頼や淀も承知で加担していたけど
具体的なお墨付きは与えなかったのかもしれない

実情はそれでわからないのだから
だら豊臣が西軍に加担してた、とはいえない
0510人間七七四年
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2022/10/10(月) 17:41:46.75ID:HugnfGf6
豊臣家の人間がかかわったのって身内のいる大津城の開城以外にあったっけ
東軍も西軍も関が原前に領地を失ってる者がいるけど
彼らに対して豊臣家がなにか保証してやったという話はあるの?
そういうのがないなら西軍が秀頼の意向と称しているだけに過ぎないと思うが
0511人間七七四年
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2022/10/10(月) 17:42:50.13ID:mMeb5wwa
蜂須賀領が収奪された時点で「秀頼は西軍についた」のが確定したのよ。輝元が大坂城に入って一緒に豊国社に参拝した程度ならまた豊臣が西軍についたとは言えなかった。でも土地の収奪はそうした範囲を遥かに越えてる。改易は公儀の権能なんだから。
「秀頼の名を騙った」なら即座に毛利・三奉行討伐命令を発付しないとならない。ところが豊臣はその様な動きを全く行ってない。そもそも、大坂城に籠城すれば西軍は攻撃できないのに戦ってすらいないどころか秀頼馬廻衆は西軍についてる。これで「豊臣は西軍では無かった」というのは相当難しい。上方では豊臣vs徳川と捉えられていたらしいが当然なんじゃなかろうか。
0512人間七七四年
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2022/10/10(月) 18:30:31.37ID:hw0VkBwp
豊臣家が東軍と西軍にしたことって
対東軍→特に無し
対西軍→北政所が西軍首脳部と豊国社参拝(秀頼も同時期に参拝している)・西軍に秀頼馬廻衆を与える・西軍に四国九州での土地収奪権を付与・徳川に情報工作を行い石田三成、大谷吉継による小規模騒動と誤解させる・大坂城物資の供与
こう見てみるとあからさまに西軍なのよね豊臣は。ていうか徳川を排除する為に毛利輝元を呼び寄せたと見ても良いかも。少なくとも東軍はそう見たろう。
0513人間七七四年
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2022/10/10(月) 19:06:30.45ID:oYP1hCVG
>>511
確定したと言うのは誰にとっての話だ?
あなたはそう解釈してるし
そう解釈してる同時代人もいたろう

でもそのことと実際にどうだったかは別の話
0514人間七七四年
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2022/10/10(月) 19:07:54.54ID:U4zGdLlp
表向きは西軍側に見えるってだけで、秀頼発給文書でも出てこない限り実情は不明としか言えんと思うがな

義演准后日記七月十九日条によると大坂城には6万の毛利兵が居た
数の誇張はあるかもしれんがそれでも相当数の毛利兵が居た状況下で、
秀頼やその周囲の側近に毛利や三奉行に追討令を出すだけの胆力はないだろ

(慶長5年)9月22日付前田利長宛徳川家康書状
「大坂も一両日中相澄可申候、即乗懸雖可責崩候、秀頼様御座所ニ而候間、致遠慮候」

仮に家康が完全に豊臣を西軍と見做してたんならこんな遠慮なんかしなくてよかったのにな
0515人間七七四年
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2022/10/10(月) 21:56:27.57ID:mMeb5wwa
胆力云々の問題では無く公儀としての資質の問題だからな。
まず毛利軍が居たから怖くて言う事聞いてたってのは論外。そんなの豊臣に公儀たる資格は無いって言ってるに等しい。大坂城に籠れば西軍は攻撃出来ない。攻撃したら西軍の「秀頼のため」という正当性は失われるから。徳川に助けを求めずあまつさえ西軍の行動に助力してる以上豊臣は西軍に属してた。東軍だってこれは分かってた。だから誰もが秀頼では無く家康を主人と仰いだのさ。
0516人間七七四年
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2022/10/10(月) 22:39:28.93ID:U4zGdLlp
>>515
東軍も分かってたって史料はないよね
あくまであんた個人の解釈であり主観でしょ
個人的には東軍全体でも清正のように幼君を出しに使いやがってと、
秀頼は利用されてると感じてた人が多かった可能性の方が高いと思うがね

あんたの言う大坂城に籠もればいいってのも現実問題として輝元と毛利兵がいる状況で簡単にできる事ではない
結局実情は不明としか言いようがないし断定は難しい
0517人間七七四年
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2022/10/11(火) 00:29:18.50ID:Ddy9Mm0Z
>>514
というか発給文書で秀頼の
西軍方の動きが確認できても
大阪城占拠されてる訳で
脅迫されてる可能性は捨てきれない


>>515
論外とかではなく普通にその可能性はあるだろ
信頼してた奉行と大兵力持つ毛利が脅してきたら
実際のところ女子どもが抵抗できるかと言う話

それでも跳ね除けて従わせる超人的な資質が
秀頼の天下には必要でそれがなかった
というのならまさにその通りと思うけど

そうあるべきなのにしてないから
協力してたんだとか断定されても・・・
0518人間七七四年
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2022/10/11(火) 00:38:00.67ID:hNlYU7Ue
実際のところ大軍で主君の城を占拠する
ってのはそう言うことだと思う

主君からしたらクーデターみたいなもので
自分の意思を通すどころか迂闊に表明もできない
支持を表明しても額面通り受け取れるか疑問符付くし
むしろその状態で具体的な支持表明してないなら
圧力に屈してなかったとさえ取れてしまう

もちろんそれは会津征伐前の家康についても同様だが
秀頼も淀も自分の意思を表明することも
ままならない状況だった可能性は普通にありえる
0519人間七七四年
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2022/10/11(火) 06:32:34.01ID:Xo3luwlb
9月の時点で西軍に勝機はほとんどない
どうせなら破れかぶれで夜襲するとか、刺客送って家康殺るとかしたら良かったのに
家康さえいなくなれば挽回も可能だったろうに
0520人間七七四年
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2022/10/11(火) 06:58:08.19ID:T4zRTamA
じゃあ伏見に抑えの兵をおいて
清州から東海道を江戸まで一気に攻めるって積極策はどうよ
0521人間七七四年
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2022/10/11(火) 07:19:15.03ID:SA9B3hIk
>>520
以前あった関ヶ原スレでの記録を見る限り、東軍の前田が南下して終了だな
近江が東軍に染まった時点で西軍崩壊だろ
0523人間七七四年
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2022/10/11(火) 09:10:48.46ID:JX4D2LtB
>>514
それはものの言い様じゃろ。例えば何故家康は秀頼に遠慮しないといけないのか?豊臣が単純に東軍に属しているなら家康は遠慮する必要なんて無い。八月八日より行われていた毛利との和睦交渉は関ヶ原で合意に達してる。後は毛利軍が大坂から退去するのみ。徳川軍は解放軍として大坂に入るだけではないか?何故遠慮するかといえば秀頼が西軍と誰もが思っていたからだろう。つまり毛利ごと秀頼を粉砕してしまえという風潮が徳川、下手すると東軍全体に存在し家康は苦慮していたのかもしれない。結局のところ豊臣が東軍に属していた証拠にはならないのだ。
0524人間七七四年
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2022/10/11(火) 09:20:30.88ID:x1XJN3dB
>>516
大坂城に籠るなんて簡単に出来る。三奉行や毛利は秀頼を攻撃出来ない。攻撃して秀頼らを殺害すれば西軍の正当性は潰えるんだ。また徳川に「毛利と三奉行が謀反している。伏見城も攻撃された」と伝える事だって出来たろう。何故やらなかったのか?「怖かった」なんてのは戦国時代だと大罪に等しい。少なくとも天下人たる資格は無いな。豊臣が徳川を信じていたなら本丸に親衛隊を集めて立て籠り全ての手段を使って太閤恩顧衆に討伐命令を出す。それをしなかったので豊臣は西軍に属してると見做された。だから家康は公儀を主張してないし東軍は家康の指示で動いてるだろう?
0525人間七七四年
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2022/10/11(火) 10:56:42.56ID:wtR6sO+O
西軍が公儀名乗ってんのに東軍が名乗ってないのが物語ってる気がする
0526人間七七四年
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2022/10/11(火) 11:10:38.70ID:Fab8DjTk
ミッツは完全に詰んでるな
0527人間七七四年
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2022/10/11(火) 11:42:09.84ID:wtR6sO+O
三成は毛利から兵隊送ってくれないと戦えない。
0528人間七七四年
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2022/10/11(火) 11:56:52.74ID:+AQDNG2B
>>523
単純に、どちらかに属していると
言える状態じゃないんだって

公式に文書も出してなきゃ自身も動いてない
西軍は秀頼の命令を喧伝してるけど
それはクーデターなら当たり前のこと

>>524
奉行も西軍周りも西軍に取り囲まれて
どうやって関東の家康に連絡すんの?

毛利や西軍が暴挙に出ないというのも
希望的な観測でしかないしな
奉行「我々の正当性を根底から覆す書状を
内府にお出しになる。宜しいお通りください」
なんてことが起きると思うの?

恐怖という個人の感覚の問題だけではなく
その状態で軽々に行動することは
豊臣の権威や政権の命脈を断ちかねない
0529人間七七四年
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2022/10/11(火) 12:22:03.12ID:wtR6sO+O
秀頼の命令で西軍によって改易が行われてる以上西軍じゃないって言うのは不可能だろう。脅されて仕方なくなんて言い訳が許される立場じゃ無い。毛利が大坂城に入った時点で豊臣は死んだんだ。
0530人間七七四年
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2022/10/11(火) 13:06:37.69ID:CRVNHA5L
そもそもこの時期秀頼の名で出てる書状って何あったっけ
0531人間七七四年
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2022/10/11(火) 14:37:57.66ID:ZMzQ2KWx
>>523
「致遠慮候」を現代人の感覚でいう秀頼への「遠慮」と捉えている時点で基礎知識もないし、古文書読みのセンスもない
間違った解釈の上に憶測に憶測を重ねれば壮大なゴミができあがる
0532人間七七四年
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2022/10/11(火) 14:41:56.54ID:wtR6sO+O
関ヶ原以前で秀頼名義の書状って確かにあんまり思いつかん。
0533人間七七四年
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2022/10/11(火) 17:32:14.98ID:qb1EvyJ+
というか輝元が大坂城に籠城しようと言い出しても広家に秀元とか福原をはじめとした宿老達が付き合うとは思えんのよな
0534人間七七四年
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2022/10/11(火) 17:38:00.44ID:qb1EvyJ+
ああすまん秀元が徹底抗戦主張してたとされてたのか
だとしたら関ヶ原での対応は何だったのだろう?
0535人間七七四年
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2022/10/11(火) 20:13:28.86ID:x1XJN3dB
秀元が後世「俺はヤル気だったけど広家が止めた」って自己弁護しただけ。広家も言ってたらしいが南宮山では既に秀元含めた毛利軍は誓紙人質出して降伏を決定してる。輝元含めた毛利軍は降伏した以上戦闘は出来ないから動かなかった(この事実を知らない、若しくは知らされなかった者達は南宮山で徳川軍と小競り合いを起こしてる)
0536人間七七四年
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2022/10/11(火) 20:40:21.21ID:+AQDNG2B
>>529
その秀頼の命令って西軍が言ってるだけやん
脅されて云々は単にその可能性あるってだけで
西軍が捏造した可能性だって普通にある

その可能性を排除するには正式にでも私的にでも
秀頼自身の文書を出させるしかないのだが
西軍はそれを引き出すことはできてない
0537人間七七四年
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2022/10/11(火) 20:55:48.28ID:x1XJN3dB
ちょっと謎なんだけどこの時期秀頼って自分の意思で書状出せてるのかな?「西軍に対する秀頼の書状が無い」って事は逆言すればそれまで秀頼は領地宛外や事件解決において書状を出していた筈だけど…尤も、東軍にも秀頼の書状は無かったんだが。秀頼が自分の意思で書状を書けるならどうして西軍の横暴を徳川に訴えなかったのか。秀頼は輝元が降伏してからもそうした書状は書いてなかった気がする。逆に秀頼が書状を書けなかった場合「秀頼さまの意思」と言えばそれがそのまま公儀の意思だったことになる。
0538人間七七四年
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2022/10/11(火) 21:01:57.98ID:4rTHduZH
秀頼を抑えてる以上表向きは西軍が公儀を名乗ることは別に否定してないよ
ただその内実は分からんよねってことなんだが妄想くんは断定しないと気が済まないんだな

7月27日付秋田実季宛榊原康政書状で三成・大谷の別心により淀殿と三奉行が家康へ上洛要請をする
同月29日付黒田長政宛家康書状では三奉行も騒動に加担していた情報を掴み長政にその旨を知らせている

情報が錯綜する中、家康としては秀頼・淀殿の真意が掴めない以上文書の上では
「公儀」や「秀頼様御為」等の文言を安易に使用せず差し控えてたって見方もできると思うがな
0539人間七七四年
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2022/10/11(火) 21:19:40.50ID:x1XJN3dB
内実とかイタコで秀頼の霊でも呼び出さないと判らないものを長々論じても仕方ない。秀頼は西軍と行動を共にして東軍と敵対している。であるからして豊臣は西軍だよねって話。実は心の内側では違ったんだとか想像逞しくしても東軍には何の影響も無いわ。しかも秀頼若しくは豊臣関係者が徳川に救援要請した史料も無いのに幼児の心情を語られてもなぁ。
0540人間七七四年
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2022/10/11(火) 21:25:19.70ID:x1XJN3dB
一個思い付いたのは三成襲撃事件を家康が裁定した時に輝元と取り交わした起請文。この中に「天下の儀について秀頼さまから粗略には思わないと仰せ頂いて重畳」とある(ただし家康が送った起請文には「秀頼がいうのはもっとも」とあり恐縮してない)しかし秀頼が真に事態を解明した訳じゃ無い。この一件は家康・輝元・北政所による会議で解決されてる。おそらくこの時期は「秀頼さまが仰った」と言えばそれが秀頼の意思と同視されてたんだろう。つまり西軍の「秀頼さまが仰った」事は全て秀頼の意思と見てなんら問題無い。少なくとも諸将にはそれで通ってたことになる。
この効力を否定するには秀頼が否定するしかない。ところが豊臣は日和って若しくは内心に反徳川の思考が有ったが故に機を逸した。それが太閤恩顧衆の離反を招いたのは間違い無い。
0541人間七七四年
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2022/10/11(火) 21:31:23.51ID:xrhKKH7P
幼児といえる秀頼が緊急事態を自分で判断して政治的な指示を出すのは不可能というのは誰が見ても明らか
当時の政治は秀吉の遺言もあって家康が担ってきたわけで
秀頼の側近たちは秀頼の命を守ることを優先させるだろうから戦火を交えることはさけるはず

その状況で上方で大阪城に乗り込んできた西軍が勝手をしても止められる勢力は無い
そしてそれは秀頼の天下人としての権威喪失とイコール
0542人間七七四年
垢版 |
2022/10/11(火) 21:48:03.69ID:+AQDNG2B
>>537
秀頼自身の発給文書がこの当時ないよ
なのに西軍は急に「秀頼の命令」を持ち出した
何の文書的裏付けもなしに
0543人間七七四年
垢版 |
2022/10/11(火) 21:49:51.81ID:+AQDNG2B
>>539
実際に協力したかわからないのだから
協力したかはわからないが正解
何故協力したと言い切れるのよ
あなたこそ降霊術でも使ってるのか?
0544人間七七四年
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2022/10/11(火) 21:53:22.29ID:4rTHduZH
>>540
嘘はいかんよ
闕字や平出こそないが「様」は付いてる
あと「秀頼が言うのはもっとも」って何?「秀頼様に対して疎略なきことは尤もだ」だけど

(慶長4年)閏3月21日付毛利輝元宛徳川家康起請文
「今度天下之儀、各申分在之處、被對秀頼様、無御疎略之通尤候」
0545人間七七四年
垢版 |
2022/10/11(火) 22:20:47.53ID:x1XJN3dB
>>538
つまりお前さんはあの殺人者は心の中で泣いていたのだという。その心は大変美しい。だが私が言っているのは心の中で何してようが殺人に及んだなら最早意味は成さないということだ。
そもそも秀頼が脅されていた可能性からして怪しい。それは西軍の主張、内府違いの条々を読めば分かる。西軍は明確に「秀頼の為に」徳川と戦うのだと宣言してる。つまり西軍は絶対に秀頼、豊臣には手を出せない。豊臣が西軍の行動を不服としたなら「太閤の遺言に逆らうなら我らは大坂城を枕に討死にする」と叫べば良い。そうなったら西軍に出来るのは下手に出て説得するくらい。大坂城が燃えれば西軍の寿命も尽きる。つまり豊臣が西軍に同調していた可能性はかなり高い。残る可能性は豊臣が西軍の行動に全く関心が無かったというものだがだとすると怠惰というより無能ではないか。太閤遺言を反故にされ、土地は勝手に収奪され、馬廻衆すら使役され、大坂城の物資は使われている。これを見過ごす程豊臣は政治に無関心だったのだろうか?
0546人間七七四年
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2022/10/11(火) 23:25:29.22ID:fgycc6Kw
ここでいう豊臣家って具体的に誰のこと言ってるの?
秀頼は幼いし三奉行のことか?
0547人間七七四年
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2022/10/11(火) 23:31:45.75ID:TaWFeR3h
また妄想太郎がデタラメな訳を基に妄想広げるのね
0548人間七七四年
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2022/10/12(水) 00:12:08.92ID:hnp7VeTv
>>506
徳川政権では武家諸法度の何条に違反したと法治主義を前面に出して進めるけど
豊臣政権というのは法も何もない人治主義政権なので
「〜がけしからんと言った」というのがまるで法律のように前面に押し出される
こんな無茶苦茶な人治主義政権には東軍大名はもちろん西軍大名の大半もついていけないのは当然だろう
豊臣には元から法治という概念自体が存在していなかった
0549人間七七四年
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2022/10/12(水) 08:14:27.70ID:JsZqbKZl
>>545
それは西軍の主張を鵜呑みにしすぎだね

脅して命令を引き出してるかもしれないし
(というか同じ城に兵を入れてる時点で
 脅してるのと同じ効果ぎある)
そもそも命令なんてないのに捏造してるかもしれない

手出しできないというのも希望的観測でしかなく
拒否されたら暴発する危険はある

その仮定の上でそれでも屈しない英雄的存在であれば
豊臣の威信は守られた(はず)というなら
それは一面正しい
でもそれをもって秀頼は西軍支持してるとは言えないよ
0550人間七七四年
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2022/10/12(水) 08:26:59.38ID:JsZqbKZl
>>548
その辺の法治主義の破綻は重要な指摘と思う

ただ「元々」というのはちょっと考える必要がある
政権発足からながらく秀吉という一個の
巨大権力者による支配が続いてたのは確か

でも秀次事件以降は御掟や秀吉の遺言を
基にした政治を行うという「建前」はあった
特に奉行らは序列、実力ともに二位の権力者である
家康への権力集中を阻止するために
御掟や遺言違反だと牽制してきた
つまり本質は権力争いであっても建前は法治

ところが西軍挙兵以降は「秀頼がけしからんと言った」
という非常に雑な人治主義で大名を攻めてる
「建前」は以前とコロッと変えられてしまった
そりゃ付いてけない人増えるよね
ってのは確かにあなたの言う通り
0551人間七七四年
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2022/10/12(水) 09:44:24.34ID:UFT2M+26
まず三成ら奉行からして秀吉の御諚や遺言覚書を遵守せず破ってる
輝元は生前の秀吉の裁定を反故にして三成もそれに加担してるし

秀吉が人治主義の独裁制とった弊害なのか奉行らに遵法意識がハナからなかったんだから話にならない
0552人間七七四年
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2022/10/12(水) 10:08:08.96ID:fHEpT8eb
>>543
まず豊臣は大坂城に毛利軍が来た時に抵抗や抗議、報告を行ってない。更に豊臣は蜂須賀家政を改易処分にした。理由は「家康と親しいのはけしからぬ」とのこと。同じ理由で改易が出てる事から豊臣は反徳川思想を持ってた事が証明される。
また豊臣軍は全面的に西軍についており弓鉄砲隊はおろか馬廻衆までもが西軍に与してる。馬廻衆は親衛隊、ほぼイコールで本人がいると見ていい。これほどの事をしているのだから豊臣は西軍に与してた事になる。
0553人間七七四年
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2022/10/12(水) 10:10:39.65ID:fHEpT8eb
>>549
脅してる可能性は皆無。加藤清正すらそうは見てなかったろ?そもそも三奉行はおろか毛利すら豊臣を攻撃出来ない。攻撃すれば「秀頼のため」という正当性が消滅する。攻撃出来ないのだから脅せない。当然の帰結である。
細川ガラシャの件を思い出して欲しい。彼女は西軍の人質収容を拒否して死んだ。天下人である豊臣が明智光秀の娘にすら覚悟で負けるというのか?
0554人間七七四年
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2022/10/12(水) 11:39:32.90ID:gOL2tJUg
歴代の治部少輔に有名人はいますか?
0555人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:14:58.04ID:gG5o/3ww
>>552>>553
軍隊連れて乗り込んできた相手に
抵抗やら抗議やら悠長な話だな

あとその論法だと秀頼はそれ以前に入城していた
徳川家康もまた支持していたことになる

脅した可能性が皆無というけど
軍隊駐留させる行為自体が脅しになるし
情報ないのになかったと言い切れるのは単に
あなたが西軍をそうみてるというだけの話
0556人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:16:53.09ID:gG5o/3ww
九州にいた加藤清正が実際に見てるわけでもないし

そもそも「秀頼の命令が出た」ではなく
「西軍方がそう言ってる」という
限定的な物言いをしてる
0557人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:21:48.33ID:gG5o/3ww
>>553
死の覚悟がどうこうの話は
何も断定する根拠にはならんよ

ガラシャの死はむしろ当時武家において
最も大切な家の邪魔にならないためのもの
秀頼の死は家の断絶を意味する

必要とする覚悟の質も引き起こす事態もまるで異なり
それを個人の死の覚悟という意味で一緒くたにするのは
現代人的な勘違いだとしか言いようがない
0558人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:38:05.01ID:vFSW00+1
とりあえず関ヶ原に勝って大坂城に乗り込んだ家康はどう思っていたんだろう
「女子供のことゆえ」お咎めなしとしたのは史実なんだろうか
史実なら西軍に与していると見たが女子供だから許したるよ、ともはや主家に対する態度ではない感じがするが
0559人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:41:39.12ID:fHEpT8eb
>>555
豊臣が単なる平民ならそりゃこんな事は言わんよ。でも豊臣って一応天下人なんだろう?なら彼等はこれに対処する義務がある。抗議や抵抗して当たり前でそれをしないのは同意してるのと同じ。まぁこれは平民でも同じなんだけどさ。
0560人間七七四年
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2022/10/12(水) 12:53:33.09ID:fHEpT8eb
西軍の行動を黙認、もしくは協力した時点で豊臣は謀反人として処罰されるか無能なトップとして天下人の位を明け渡すしか残ってない。で、家康に天下人の座を明け渡して延命させてもらった。家康からしても義理の孫を殺したくは無かったんだろう。身の程を知ってくれればそれはそれで使い道もあるしね。東軍諸将としては不満もあるだろうが、謀反人秀頼の土地を取り上げて分配してくれた家康には頭は上がらんし。
0562人間七七四年
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2022/10/12(水) 16:26:52.56ID:2iuROlAc
訳もメチャクチャ、会話もできない妄想太郎だよ
0563人間七七四年
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2022/10/12(水) 17:17:21.06ID:hQyOgRSh
>>560
伊達政宗が秀頼の自殺知った時の書状の内容からして
家康に秀頼を殺したくないという気持ちがあったとは思えんがな
0564人間七七四年
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2022/10/12(水) 17:51:16.05ID:A+7/3b6j
秀頼が自殺ってそれ家康に刃向かった後じゃん。
しかも一度許してやったのに。そりゃ愛情も冷めるだろ。
0565人間七七四年
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2022/10/12(水) 18:25:38.58ID:JfrIp5Gd
どこを擁護してんだこのバカ
何で5周遅れみたいなことドヤ顔で言いだすのか謎過ぎる
0566人間七七四年
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2022/10/12(水) 18:46:24.48ID:iLIXVb7K
秀頼の配給文書が無いなら「秀頼が言った」ことがそのまま秀頼の意思として認識されるのは当たり前だし脅されてたんだとか想像が行きすぎてる。馬廻衆筆頭に豊臣親衛隊をかき集めて籠城戦しても良いし決死行覚悟で使者を徳川に送っても良い。そうした動きが全く無いからには豊臣は心情的には西軍だったんだろ。北政所なんて宇喜多や毛利と豊国社参りしてるからな。
0567人間七七四年
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2022/10/12(水) 18:48:01.59ID:ockGV9DM
ID変えて妄想垂れ流さないで欲しい
貴方の書くことには興味ないから
0568人間七七四年
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2022/10/12(水) 19:18:28.98ID:iLIXVb7K
確かに「秀頼が脅されてる」なんて妄想は良くないよな。
そんなこと書いてる史料無いし。
0569人間七七四年
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2022/10/12(水) 19:32:35.50ID:926oOonz
>>540
輝元の起請文にも「秀頼様から仰せ頂いた」なんて文言はどこにもない
誤った解釈の上にあんたの妄想が加わって酷いことになってんな

(慶長4年)閏3月21日付徳川家康宛毛利輝元起請文前書案
「今度天下之儀、各申分御座候処、我等事、秀頼様御儀不存疎意之旨申入之通、
被聞召分、重畳御懇意之段、誠以過分存候」

天下の儀について各々申し分もあるところに、私(輝元)が秀頼様に対し疎意なき旨を(家康へ)申し入れましたが、
それを(家康が)お聞き入れになり、重ねてのご懇意誠に過分に存じます
0570人間七七四年
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2022/10/12(水) 19:54:00.20ID:926oOonz
>>545
何このくそ気持ち悪いポエム
頭おかしいんじゃね

ちかひの条々に秀頼のために徳川と戦うなんて文言はないぞ
ちかひの条々と同日付で出された三奉行連署状の方は
「家康は誓紙と秀吉の置目に背き、秀頼を見捨てて会津征伐に向かったから戦うことにした」
と、秀頼のためにとは言ってないもののそれに近いニュアンスは多少含まれてるが
あんたこそちゃんと読んだらどうだ
0571人間七七四年
垢版 |
2022/10/12(水) 20:04:23.63ID:iLIXVb7K
秀頼が脅されてたって話の史料はなんなんだろ?
誰がそんな事を言い出したんだか。
0572人間七七四年
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2022/10/12(水) 20:09:38.30ID:M2FtgADI
>>571
ちゃんとレス返しなよ
そういうところだよ君が嫌われるのは
0573人間七七四年
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2022/10/12(水) 22:31:04.55ID:JsZqbKZl
>>559
どうあるべきか?を論じるのは歴史じゃない
どうであったのか?の話をしてくれ
0574人間七七四年
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2022/10/12(水) 22:34:32.74ID:JsZqbKZl
>>566
それはおかしい
発給文書もない上に
「秀頼が言ったと言ってる人がいる」だけ

心情的に西軍であったなら
それこそ西軍の行動にお墨付きを与えるために
文書を発給すれば良い

死を覚悟する籠城なんかよりよほど簡単だが
それをしなかった
0575人間七七四年
垢版 |
2022/10/12(水) 22:35:14.09ID:JsZqbKZl
>>568
秀頼が脅されたかどうか関係なく
軍隊で居城を占拠されたら圧迫されるだろ
0576人間七七四年
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2022/10/12(水) 22:36:14.28ID:JsZqbKZl
脅されたと断定してる人もいないからな
一方あなたは西軍を支持したと断定してる
それを証明する発給文書もないのにね
0577人間七七四年
垢版 |
2022/10/12(水) 23:20:46.69ID:vMXSH7CS
>>569
解釈というより単なるひどい誤訳だね
「申入之通」ってあるんだから「我等」(私、つまり輝元)が秀頼に疎意がないと申し入れたとしか読みようがない
「秀頼様被仰出之旨」とかならともかく

双方の起請文から、秀頼を互いに粗略なく扱おう、盛り立てようという誓約だ
ここに秀頼の意思や、秀頼の意思に仮託されたものなんて一切ないね

まあそもそも妄想さんがなにを言いたいのかもよく分からないんだよな
たぶん本人もクリアに思考立てされてない
それだけならともかく、誤読を垂れ流されるのだけは勘弁なんだが
0578人間七七四年
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2022/10/13(木) 05:56:16.95ID:xbQ8bMAN
>>563
盗将大権現様の生き方って、野望の為にここまで情を捨てられるかですもんね。

漢の武帝は「仙人に成る為には妻子を捨てる覚悟」といわれて、即答で「ぞうさもない」と
言ったそうですが。

嫁も、息子も、孫娘も、ノータイムで捨てられる人だけが挑戦者になれるんだろうなあ...
こういう人って最後の時に何を思うんだろ
0581人間七七四年
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2022/10/13(木) 09:06:36.35ID:WJ0PcGzW
豊臣VS徳川の図式に囚われすぎだよね

調べるほどに関ヶ原時点まではあくまで
豊臣政権を牛耳るための権力闘争で
劣勢の側が武力蜂起に踏み切っただけ

秀頼はこの時点では自発的な支持表明もしてない
少なくとも記録されてない
0582人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 12:26:01.35ID:qRB/xvd5
家康はそもそも豊臣の大老で一門筆頭者
会津征伐軍を率いるにあたっては
秀頼と淀に拝謁してせん別を与えられ
それによって両者の了解の下の
政権としての出兵という大義名分とした

回りくどいようだがそれが当時として
家康を支持する表明であったわけだが
その後の蜂起の際に家康は大老の地位を追われ
秀頼の支持も失った、あるいはなかった
というのが対する西軍の主張

であればそもそも「秀頼の支持」は
状況によって変わり得流ことになってしまい
何ほどの意味があるんか?となる

また政治的に無意味になった家康への支持より
一層のコミットメントが秀頼になされたか
となると疑問符がつく
0583人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 12:35:22.40ID:APHrXVlX
西軍に豊臣馬廻衆が参加してる事を知らないんだろ。馬廻ってのは親衛隊で乱暴に言えば大将がいる様なもの。豊臣が西軍に属してなかったら絶対に参加させんわな。平和な現代日本人からすると「軍勢が来たら降伏するのは当たり前」かも知らんけど当時はバリバリの戦争してる訳でナメられる訳にはいかない。大坂城本丸に豊臣親衛隊集めて籠城しつつ徳川に密使を送るくらいやらないと豊臣が西軍に反対してたことにはならん。少なくとも歴史的には行われてるしな。
0584人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 12:41:51.55ID:+YnU3Xhq
あの秀頼馬廻衆の参戦ってあんま重要視されないよね
もっとスポットライト当たってもいいと思うんだが
西軍が松尾山に迫った時も三成が大将で馬廻衆が後備の位置に見えてきてしっくりくる
0585人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 12:43:21.78ID:APHrXVlX
>>574
西軍は徳川派と見做した大名の領土を改易し、豊臣馬廻衆を動員し、大坂城物資を使用してる。これに対して豊臣は抗議反抗、面従腹背の行動等一切を行っていない。
これが大坂城を占拠して豊臣の意思を脅迫した結果なら、なんで西軍は秀頼のお墨付きを出させない?改易や軍役は豊臣公儀の権能でこれを行使させた時点で公儀を乗っ取ったようなもの。これらに抵抗せずお墨付きだけは死守するとか意味不明過ぎる。この時期、秀頼のお墨付きなんて無いからそもそも必要が無かったんだろうけど。
0586人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 12:50:02.48ID:lzDJ6a/1
>>583
上の誤訳についてはスルーですか?
0588人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 19:35:24.95ID:xQ45GdgM
西軍に脅されてたならそれこそ秀頼のお墨付きを徳川に届けてるだろ。乱終わった後毛利が自分達をどうするかわからん豊臣じゃないわ。
0589人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 21:21:44.02ID:WJ0PcGzW
>>585
全く同じことが言える

それらが全て秀頼の支持や命令によるのであれば
何故ちゃんと秀頼名義で命令を出さない?
それさえあれば完全に西軍は豊臣正規軍で
内府は反逆者というお墨付きになるというのに
0590人間七七四年
垢版 |
2022/10/13(木) 21:22:46.64ID:WJ0PcGzW
>>588
西軍を支持していたならそれこそ
お墨付きを与えていただろ

それをしていないということは
支持はしておらずせいぜいが日和見だということ
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