【瀧川】滝川一益ら滝川氏を語る【忍者】
信長の死を配下の国人は皆知ってるのに自分だけ知らないからなw 昌幸、信長の引き立てのためにマヌケで哀れなおっさん役にwww >>378
池田氏の系図で池田恒利が滝川出身なんだっけ?
大名である池田氏側が、名氏とは言えない滝川氏の系統を
詐称する意味って無い気がするけどなー。 信忠の乳母が滝川出の人でその信忠に池田は付けられていたし、
恒興曾孫光政の娘六姫が一目惚れし再婚したという滝川は一益の系統と
言われているから詐称じゃなくガチだろうなあ。
六姫は庶子とはいえ先夫は元助の孫にあたる一門で支藩藩主実弟だから
池田との格の兼ね合いも込みで考えると滝川とそれなりに繋がりがなければ
再婚は認めなかったと思われ。 69 : 風吹けば名無し@転載禁止2016/02/15(月) 10:17:56.40 ID:fGccl6YN0
本能寺の変時の滝川一益
一益「上野衆はワイらが負けた後はすぐに北条に降るんやで」
一益「上野の人質はここで返す。もし、それでもワイと一緒に行動したいんなら最後までワイが面倒みるで」
一益「もし、我らが北条に負けたら城は空城になるからその前に元の領主に返すから安心せーや」
一益「もし道中に我らが討ち取られてもしゃーないんで別に恨まんで」
一益「みんな頑張って生きろや」
こう言い残して自分の直臣の手勢4千で北条2万にぶち当たって相手を渡河不能にさせてから
ダッシュで伊勢へ逃げてった
これってマジ?お人好しすぎるだろ >>386
出番は多いんだが、ぱっとしない。
巨人軍の黄金期に例えると末次みたいなもんか。 一益と昌幸の策が両方ボロボロだったという
今までに無い不思議ストーリーだった。 >>384
でも池田家譜を書いたのが岡山藩士の滝川の子孫だったりするからな。
ところで岡山藩と鳥取藩というのは、家譜の作成の時、当然
すり合わせをやっているのだろうな。鳥取藩の家譜は書いてあることが
違ったりしないだろうな。 >>390
「池田家」の部分は凡そ合致してるけどすりあわせたかは微妙
あと両藩の藩祖輝政の生母善応院の件で池田家と善応院の実家荒尾家で
相違があるから(信長弟の信勝寡婦か否かをめぐるアレ)藩祖生母ですら
これだからそのあたりも加味して注意してみる必要はあると思われ 早く隠居したいと愚痴ったりとか領地はいらん茶器をくれのエピソードから
何だかあまり野心のなさそうな人という印象があるんだが実際はどうだったんだろう 自分でも驚くほど出世して責任重大な任務を任されまくるとは思ってもみなかったんだろうと予想
野心を抱く暇もないまま年を重ね、簡単には隠居できない身分になっていて
その上領地までもらった日にはそれこそもっと重大な責任を背負わされる
責任感が強い人だからこそ気疲れも激しく、面倒事を増やしたくなかったのではと思う
茶器は本当に欲しかったんだろうなとも思うw 滝川は信忠付けって時点で相当な能力だし、信頼度もずば抜けてたやろなぁ 滝川一益は、信長のワル友達やろ
気の知れた友達だというだけで、十分、信長には
役に立っているやん 取り柄はなくても無能でもない
世の中のほとんどの人はほぼ無能
ただ組織でのストレスに堪えるのが仕事
これが今の社会学、経営組織学の基本的な考え方
能力があって仕事を得ている人、収入を得ている人は全体の3パーセントに満たないと言われている 海音寺潮五郎には高く評価されて、司馬遼太郎には低く評価されていたのか? シバリョに嫌われてたとはちょっと意外かも
お気に入りの明智光秀と微妙にキャラが被るからか? 水軍の活用にも長じていた滝川一益を
なぜ信長は関東の内陸部に派遣したのか? 司馬の小説とかでは評価されてない・・・事もないぞ?
主演にはなってないけど、端々では活躍はちゃんと書かれてる。
そもそも、滝川って主人公向けじゃないだろ。 信長の死亡が無かったら一益は北条攻略成功してたと思う? 対毛利攻略が先に終わり、予定通り四国出兵
四国攻略の援護を中国地方の秀吉に任せて信長、信忠の直轄兵をどこに向けるか次第だろうな
謙信死後の対上杉は防衛から攻勢に転じている
内部の調略も比較的順調
一気に滅ぼすのは難しいにしても少しずつ押し込めているから直轄兵向けるなら北条攻略だろう
家康の処遇が少し難しくなるタイミングでもあるし信長は甲斐辺りまで出張って北条攻略の後詰めやりつつ、徳川ハメにいくかもな どちらにしても滝川一手じゃ無理だよな。
滝川の兵力って1万5千位だろ? 秀吉の伊勢侵攻の時、兵力ナンボぐらいなんやろ?
関盛信追い出して得た分入れても1万が限度くらい? 周辺の土豪の動向がよく分からんがみんな滝川に付いてやっと1万いくかいかないかじゃないか?
秀吉方についたり静観したのもいただろうからせいぜい7〜8000ではなかろうか たしか秀吉は滝川牽制に2万程伊勢に残したんよな
他に信雄信包らもいてこれは幾ら何でも警戒しすぎなような 秀吉からしたら兵力的には優勢だけど三方面作戦&のぶかつ 秀吉からしたら兵力的には優勢だけど三方面作戦&信雄アテにならん
対柴田は城砦揃えてるし多少兵力割いてでも滝川を封じ込めたかったんだろな
信孝は経験値無いし稲葉や森勢いるから積極的攻勢出てこれないしで >>416
> 信孝は経験値無いし
この人、合戦の経験はそこそこあるわけだが。 今も子孫は滝川名乗ってるの?
もしくは瀧川か
名前は一が入ってる? >>417
所詮猿には遠く及ばんし何より領国がなあ
元々伊勢に出向が勝手知らない美濃領国になり西美濃に東美濃に森家と自立心高い輩を束ねなきゃならんかったのはデメリットだろうな
まだ尾張が領国なら侵攻もされにくいし滝川と連動して猿に対抗しやすかったんだろうがな ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と生活保護
を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人全員に支給する、『ベーシックインカム』
の導入は必須です。月額約70000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。♪♪ 美濃攻めから包囲網破綻までの十数年間、織田の急所だった北伊勢を守りながら東国との外交をやりつつ調略三昧。
その実績からノッブに「関東を任せられるのはお前だけ」と泣き付かれる。
神流川以降は大局的勝利には無縁だが秀吉・家康ら相手を一時ながら手玉に取ってる。
晩年は再度東国との外交に活躍。
他の織田家の著名な家臣が五大老なったり画になる最後になる中では地味だけどガチ名将だろう。
それに親族の慈徳院がノッブの側室だし、一門衆に近い位置だったかもと空想してしまう。 小弓公方には接触しようとして古河公方を無視してるところは
織田と関東、豊臣と関東と連動してそうで面白い 運が悪かっただけの人やろ
ノブがあそこまで重用したんだから性格や能力は申し分なかったんだろ >>419
直系子孫は残ってないんじゃ?
一益の従兄弟やそれに近い血筋は複数が徳川家の旗本になったけどそれも竹中半兵衛の子孫が養子に来たりで完全に血は途絶えて家名も変わってしまっていたと記憶 秀吉から徳川と協力して北条に当たれというのはまあ当然とも思えるが
結果的に清洲会議に参加できなかった一益を思うと