393が通りますよっと。

まず負傷した人間がはっきりと覚えているかどうかだが、
確かに乱戦になれば覚えていない事も多いだろうが、
遠戦(投石・弓矢)→集団戦(長槍)→乱戦の流れなので、
遠戦および集団戦の最中ならば相当の頻度で自己判別がつく。
バッターが怪我をしたとして、
バッターがバッターボックスに入っているのならばその怪我は二塁手とのクロスプレーとは考えられまい。
あとこの当時は既に検死の概念があって、
もちろん今の検死に比べれば幼稚だが、
凶器が何か、如何なる殺され方をしたかを判別できる位のノウハウの蓄積はある。
また硬球とバットで作られる痣が違うように、投石と金砕棒・鉄棒との痣の形は別物になる。
検死の応用でこの判別くらいはつくよ。


攻城戦は、
近世城郭はともかく、中世城郭は上でも挙げた遠戦→集団戦(長槍)→乱戦の概念が踏襲される。
もちろん乱戦に至るまでに、より多大な犠牲が必要になるので、
指摘されたように野戦と攻城戦では負傷の比率は変わるのは間違いないと思う。
とはいえ戦闘手順が野戦と変わらないので、比率は変わっても矢・飛礫>槍>刀という怪我の頻度は変わらないと推測される。

あと当時の史料を疑うのは良いけど、疑うにたる根拠を示してくれよ。
>打撲傷を一まとめに「投石」としただけじゃないのか?
これの説明責任はそちらにある。
当時の史料で投石・飛礫による負傷とあるのならば、そうなのだろうし、
投石や飛礫が一般的に使われていた証左でもある。