萩本欣一って芸人は全盛期はどれくらい凄かったん?
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噂には視聴率100%だったらしいけど
そんなに凄かったのか 禁ちゃんが面白かったというより他がつまんな過ぎたのかも
禁丼は面白かった印象 少なくともたけしや松本なんかに比べたら遥かに革新的だったよ 視聴率は3番組合わせて100%って言う意味でひとつの番組での数字じゃない 元々ラジオ番組だった欽ドンをTVに持ってくるという離れ技をやった 55号は話芸は正直あんまりだったから体を張る笑いに専念した 55号時代の毒を捨ててうんともすんとも面白くない国民的司会者に ラジオにネタコーナーを作ってハガキ職人を育てたのが欽ちゃん
それまでは普通のお便りしかなかった
そしてそれをテレビに展開したのが欽ドン! >>10
坂上二郎がセリフを覚えられないから苦肉の策だな テレビでやってたけどお笑い番組とかの基礎を作ったのは欽ちゃんだとかなんとか フジと朝日とTBSで持ってた冠番組を3つまとめた特番をやってたよな 萩本欽一とドリフは同世代だったはずだがどっちが凄かったんだろう スター誕生
オールスター家族対抗歌合戦
欽ドン
欽ドコ
週刊欽曜日 欽ちゃんを大将と呼ぶ人が出現しだしてから微妙になってきた 欽ちゃんの影響でデビューした素人で最後まで残ってるのは
見栄晴と高松君(西山)と・・・ 全盛時も欽ちゃん自身が面白いという訳ではなく
新人や素人を発掘してスターにするのがうまかった 一世風靡のモブだったギバちゃんをスターにしたのも欽ちゃん 85年45歳のとき自分で全番組降りて幕を下ろしたんだな 週間欽曜日の
先生! 慎吾くーん B作もいます ってやつ好きだったな そうやって考えると欽ちゃん随分早く一線級から降りたんだな 欽ちゃんが世に出はじめたのは1968年頃からで高視聴率を維持していたのは1985年頃まで
1980にひょうきん族が始まり漫才ブームが起きた頃には落ち目になってた
つまりトップランクの人気芸人だったのは20年間くらい
たけし、さんま、ダウンタウン、内村のほうが売れてる期間は長い
この中では小者の内村が日曜ゴールデンで司会をやってるイッテQはすでに17年続いてるし冠番組を持ちはじめた頃からの通算期間は30年を超えてる 全盛期の欽ちゃんは動きが切れ切れで毒があって飛び蹴りとかで突っ込みいれたりして面白かったぞ >>38
当時を知らない若造が知ったかぶりして書いてる 50才の俺の記憶では低学年の頃は欽ちゃんで高学年の時だとドリフターズ マエタケとお昼のゴールデンショーやってた頃が一番凄かった 欽ちゃんのプロデュースのやり方をトレースしたのが島田紳助 >>33
すげえアーリーリタイアfireかな
でも当時は金持ちの税金高かったから後の仮装大賞とかの方が重要な仕事かもね 週刊欽曜日は観てたはずなんだけと欽ちゃんバンドしか覚えてないな 昔なんかで読んだけど清六って日大法学部卒業してんだよな 欽ちゃんの方は若い頃もっと尖ってて当たり強かったからね ユニコーンが次郎さんとコラボして歌番組で放送事故起こしたのを今でも覚えてる そういえば良いOLの人と清水由貴子は亡くなったんだよなあ さんま師匠の鉄板話
ジミーに衝撃を受けた萩本が呼び出して話を聞いたら天然じゃないかよと突き返された 24時間テレビのギャラの話で1番かっこいいパターンの人 TVというものを知りつくして上手く利用した人
女言葉っぽい喋りも素人をトチらせるテクニックも全て計算ずく コサキンの二人が話す欽ちゃんの元での修行話は面白いけどゾッとする テレビに素人を引っ張り出した元祖が萩本欽一だよ。
後にそれをさらに進化?悪乗り?させたひょうきん族にやられちゃうわけだが。 全盛期の後期は若い子を見出して光を当てる達人だった
イモ欽・見栄晴・わらべ・欽ちゃんバンド・CHA-CHA 細川たかしが北酒場でレコ大とったのも欽ちゃんのおかげ 高部知子に電話で謝罪させてわらべ全員で号泣生放送したのも
確実に視聴率が取れると踏んでの確信犯だったと今になってわかる
俗で露悪的で残酷な人 落とし前をどこかで付けなきゃ一生出てこれないんだし 85年に半引退したのは高部知子の騒ぎなんかで疲れたのもあると思うけど
高部知子wiki見ると今は立派になってんだな 慶応の通信で学士取ってんだよ
そんなことができるのは数%の本気の奴だけだ 高部知子NPOの代表か何かやってんだっけ
ニャンニャン写真は仲間たちと役づくりの遊びで撮ったとかいう言い訳を何年か前にしてたっけ
今の立場だとバツが悪いから黒歴史改変したい気持ちもわかる あやちょがトークショーやったから土屋Pが作った欽ちゃんのドキュメント映画見に行ったけど
それなりのおじいちゃんなのにすげえパワフルな人だなとよくわかった この前わらべ三人のの映像が流れた時一人だけボカシがかかってた くりぃむしちゅー有田が一番とがってた時期に欽ちゃんの舞台に参加したら性格見透かされて
そこからキャラ変したら仕事どんどん増えたので師匠の存在ってのがいい話 >>5
欽ドンは元々ラジオ番組でリスナーのハガキを読んでただけじゃなかったかな 色んなフォーマットで数字取ったのはまあすごいわ
さんまでもだいたい同じフォーマットの番組しか当たってない 高部知子の事件のとき現代社会の20代のヒョロガリメガネの講師が書店回ったけどフォーカス売って無かったと授業中に10分くらい熱く語ってた
男子校ならでは およげたい焼きくんもそうだけど本当にすごいのは老若男女みんな知ってた
それが欽ちゃん ダウンタウンもラジオで欽ちゃん批判のネタに対して大将の悪口は止めてくれと言ったくらい 欽ちゃん大好き世代のおじいさんが若僧を叩き斬りたくてウズウズ >>68
そのテレビの変化についていけなくて滅んだひと 欽ちゃんバンドあたりが最後だったと思うけどもうすでにかなり落ち目だったな 萩本は偽善者と散々叩いてきたたけしが最近になって芸人の地位を上げたのはやっぱり萩本さんだなあとか言っててた コント55号が凄かったって小林信彦が書いてるけど
映像とかで見ても「そんなかな?」って感じ
でも凄かったのは映像とかに残る少し前くらいだから残ってる映像は大したことないらしい 時代の機を見るに敏な人だから自分からレギュラー全降板したんでしょ フラットな状態じゃないからコント55見ても何も感じないと思うよ 関根勤70前であれって若過ぎひん?
あと60超えた寺門ジモン。欽ちゃんファミリーじゃないけど。 関根さんはゴルフガチ勢だしジモンは鍛えてる
年取っても定期的に運動してる人は若いね 関根やさんまもだけど首元しわしわで若づくりがきついよ
相応に老ければいいのにと思うわ
かつてのおひょいさんみたいに髪白くしてから息が長い方がいい気がする 天然ボケの言い間違いやドンくささを煽って殴る蹴るするコントの創始者
コント55号 コント「机」
https://www.youtube.com/watch?v=z3M3YaoBLz8 欽ちゃんはそれなりに知名度あるが大村崑が何故有名なのか知らない 昔白黒映画で見たことあるけど軍手の中に磁石入れてパチンコの玉ガラス越しにチューリップに入れてた 大村崑と三木のり平がごっちゃになる
桃屋のCMのせいだろう コント55号とザ・ドリフターズは週刊少年ジャンプで漫画化されてる 悪いのは全て萩本欽一であるみたいなタイトルの番組で何年か前に検証してたな
YouTubeに転がってないかな >>114
二郎さんは誰か知らんけど雰囲気はあるな
欽ちゃんは大泉かなるほどね似てるわw 欽ちゃん役には大泉はデカすぎる
欽ちゃん164cmで大泉は178cmだし たけしは存在感なくなったの最近だけどこの人は若くして仕事がなくなったので長い晩年になってしまった もう一生遊んで暮らせるだけの金を稼いで隠居したなら若くして隠居も良いんじゃないか このスレがフラグにならないといいな
もう良いお年だから 元々は原宿の不良軍団だからな
血気盛んなそいつらを
ちょっと喋っただけでまとめ上げて
芸能人として飯が食えるまで育てたからな
あの辺の奴らは萩本欽一には絶対に頭が上がらない >>15
少年ジャンプにも掲載されてた
面白いネタにはジャンプ賞とかプレイボーイ賞とかつけてた
野球拳でも有名 >>138
お前いつもいるな
そんでいつも予想を外してるな 50の俺が小学一年生の時にハイスクールララバイが流行ってたよ >>143
1981年の曲だけどそんなときに流行った? 欽ちゃんがPの先駆者だったのか
欽ちゃんやり手だな 「ハイスクールララバイ」は、イモ欽トリオの楽曲、1枚目のシングル。
1981年8月5日発売 >>143
54歳の俺が中1の頃流行ったのがハイスクールララバイだよ 52の俺が小5の時流行ったよその年流行ったのはキッスは目にしてとかみちのく一人旅かな そう考えると涙のテイクアチャンスと時代変わんないんだな 欽ドン
イモ金トリオ
よせなべトリオ
欽ドコ
わらべ
週間欽曜日
風見しんご
最低一組はデビューさせて当ててる
佐山サトルがマスクを脱いだのも欽ドコだった 2001年
原辰徳「斎藤くん、いやセイロク」
俺「今時斎藤清六ってw」 昔Michael Jacksonの曲にせいろくさんのまんこ臭さっ!
って何度も言ってるのがあったな 仮装大賞の司会しか知らなかったが
初めてそれ以外で見た番組がよっ大将見っけ
恐ろしくつまらなかった >>26
楽屋裏では
たけしは「トノ」と呼ばれ
さんまは「わか」と呼ばれてるのに
欽ちゃんの「大将」だけ一般化して
画面とちがい裏では偉そうにしてるんだろうなと
イメージダウンにつながった
なかでも勝俣が特に貢献した 数年前欽どこを懐かし番組で流してたが
のぞみかなえたまえの幼児時代がゼンマイ仕掛けの人形で
3体がジージー鳴らしながらハイハイしてて笑った >>170
勘違いを訂正してんのに一時間以上たってよく読みもせずレスすんなボケ 終わるも終わらないも間違えを認めりゃいいだけだろw >>174
すでに認めてるのに何回認めさせたら気がすむの >>143が馬鹿なだけなんで皆さん落ち着いてください
代わりに俺が謝ります まあどんな計算したのかは気になるわなw
単なる勘違いなのかね スマンな俺の勘違いのせいでバカを引き寄せてしまって >>166
横だけどさいきなり怒るこいつも悪いよ
カルシウム足りてないなw 読み直せ言うても訂正はその下にあるでしょ
>>186も落ち着けよ >>182
昔は雑談スレだけは平和だったのに煽り厨が行き過ぎてどこでもこうなってしまった 結構時間たってんのにわざわざアンカーまでして言う事かよw 高部知子って精神保健福祉士やってるのか
まあそれなりに悪いと言えば悪いけどあそこまで騒ぐようなことしたかね
まあしたかw >>197
へー
高部 知子は、日本の女優・タレント・精神保健福祉士。
心の専門家を育てる悠学塾主宰。慶應義塾大学文学部卒業。学士。
東京福祉大学精神保健福祉士養成コース、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存薬物専門課程修了。
東京都認定薬物専門講師。浄土宗西山深草派教師。 でも今の時代にあの写真が出ても相当インパクトあるぞ 見栄晴は高部を見て「変な事件を起こすと大将に迷惑がかかる」と自戒したとか 人気絶頂の最中の1983年6月、高部がベッドで裸体に布団を掛けた状態で煙草を咥えた様子を捉えた写真が写真週刊誌「FOCUS」に掲載され
性行為疑惑と未成年喫煙疑惑が浮上(ニャンニャン事件)。
この影響で高部は出演中のテレビ・ラジオ・CM全てを降板。
主演予定だった劇場版『積木くずし』も代役が立てられ
同年秋から開始が内定していた『スケバン刑事』も、製作が中止されたが約1年半後斉藤由貴の主演で日の目を見た。
堀越高等学校を無期停学になり謹慎を余儀なくされた。
スケバン刑事は知らなかった やった事は事実だろうけどそれを食い物にする人らってクソだな 高部知子ってアクション出来るのかな
ちょっと見てみたかったな 高部がその事件に何も言及してないのはつまりそうゆうことだ
ちなみに写真を売った元カレは死んだと言われている 俺が聞いた話は3の主演が松本典子だったがあまりにもドン臭いので浅香唯に代わったとか スケバン刑事の件は知らなかった
塞翁が馬ってあるんだな
高田純次がおたふく風邪になったおかげで明石家さんまが売れた級のハプニング >>215
初代ブラックデビルは高田なんだよなw
これあまり知られていない 広瀬すずが売れたのも能年が急に事務所辞めたからなんだよね 松平健はウルトラマンタロウのオーディションに落ちてる 松田優作が翔べ!ヒューマンの主役だった世界線を見てみたい 新八先生岸田敏志の代打で急遽起用された金八先生武田鉄矢の話がすごくね 松田優作がわれら青春の主役になってたらさわやかな学園ものにはならなかっただろうな 思えば遠くへ来たもんだと金八とどっちが先か知らんが教師役が合ってたんだろうな
ハマり役がいなかったら毎年主役を替えた○八先生シリーズだったのか
シリーズ化の前に打ち切られたか >>212
お前2代目の南野陽子のウルトラ鈍臭エピソード知らんのかw 思えば遠くへ来たもんだは国鉄のキャンペーンソングにしようとしたが別の曲に負けた
そうなったら映画はなかったかもな
キャンペーンソングに採用されたのは山口百恵のいい日旅立ち 浅香唯も地方育ちでそうとうドンくさかったみたいだよ 55号時代は相方の二郎さんをイビるイジメ芸やってた
ピンになってから偽善芸路線になってたけしにそこを突かれて抹殺されてThe End スケバン刑事は斉藤由貴と南野陽子の順番逆だったら成功してなかったと思うわ悪役の高橋ひとみが本当に憎たらしかったから俺も本気で見てたんだなと
2代目からサブキャラが増えたけどあれが今の2号仮面ライダーのはしりだと思う 言っちゃ悪いけどたけしの芸人としての旬も短かったよすぐにさんまに取って代わられた 風見しんごの涙のtake a chanceがヒットしたあと風見がラップやりたいとかダンスにもっと力入れたいと言ったら
「ボクはそういうの好きじゃないのネ!」と言って全部潰したらしいね たけしが肩をいからせてなんかわめいてるだけで笑いが取れたちょろい時代 さんまは持ちネタがいい年こいて恋愛トークで若い芸能人相手に「告白」がどうしたとか「お前彼女おらんのかい」とか「お前ら付き合ったらええやないかい」とか
若い女優に「僕と付き合ってくれませんか」とかそんなんで中身が無かった たけしって早稲田中退だったっけ
それでも昔は芸人なのに高学歴だって神様扱いだったよな 初代タイガーマスクが欽ちゃんの番組で初めてマスクとって素顔さらすくらい凄い ひょうきん族やいいともでのさんまはいじられ役だった
そのころの方が面白かった
偉くなってつまんなくなった TVの汚い裏側まで知りつくしてそれを粉飾して人気者になった代表格萩本欽一
対するたけしは川口浩探検隊がウソッパチな事を漫才のネタにするような暴露系芸人とでも言おうか
たけしの登場で視聴者も少し目が覚めたと思う
やらせ臭いものを皆がつっこみ出した たけしの映画が本当に凄いのかは議論の余地があるがラジオとお笑い界と司会と映画と4回天下を取ったのはモノが違うと言わざるを得ない あしたちょうど日テレでさんまを美化したシリーズで欽ちゃんとのやつやるじゃん さんまといえば爆笑太田の話を思い出す
さんまが欽ドンにゲストで出てボケもツッコミも全部自分でやって
萩本に何もさせなくてなんて酷い奴だと子供心に思ったという話 >>249
川口探検隊などは今の目でなく当時の目で見てもウソ臭いのに誰も大っぴらには馬鹿にできなかった
そういった欺瞞や偽善に対して「王様は裸だ!」と言ったのがたけしでそれが毒舌などと称された
欽ちゃんもそういったたけしの偽善の告発のターゲットにされた 元気が出るテレビはやらせ番組だろ視聴者もわかってるやつ 川口探検隊をネタにしたのは嘉門達夫が先じゃなかったっけ? たけしのネタを歌にまとめたのが嘉門達夫
たぶん無断だろうけど当時のたけしのリアクション知らないや 嘉門達夫、桂雀々、北野誠、笑福亭笑瓶
漫才ブームとダウンタウン世代に挟まれた谷間世代 「われわれは、お客さんより下なんです」というボケに対して、
お客さんのレベルにいる突込みが、お客さんの代わりに優越感を持って
突っ込んで笑いをよびおこすというのが漫才のパターンやったんです。(略)
そのパターンを打ち破ったのが、萩本欽一と坂上二郎の「コント55号」です。(略)
つまり、欽ちゃんの場合は、
「そんな無茶言うたったらいかんやろ。それは突っ込む方が悪いんとちがうか?」
と、お客さんがボケに同情するくらいの突っ込みやったわけです。
つまり、お客自身が突っ込まれてるのと同じですからね。
お客を突っ込みだしたということで、欽ちゃんはものすごく革命的やったんです。
(上岡龍太郎 よく欽ちゃんファミリーなんて括りをするけど
ガチで欽ちゃんから薫陶を受けてるのってコサキンの二人と勝俣くらいだよね 面白かったかどうかは今となっては知らんけど
ダウンタウンなんかは勿論、お笑いビッグ3も頭が上がらない存在なのは確か
物心ついたころに良い子悪い子普通の子だっけ、見てた記憶は微かにある ファミリーって言っても代表的な3番組で被ってた芸能人一人もいないだから3番組が合体してフジとTBSで特番やった時も東映漫画祭り状態で見てる方も楽しかった 俺が初めて水谷豊の物真似する芸能人見たのは寺脇康文ではなく欽ドンの柳葉敏郎 佐山サトルは欽どこの前にもう正体明かしてマスク脱いでなかったか
マスク脱いで皆驚いてるのを見て「え?今更?」と思った記憶がある BS-TBS来週火曜23:00からの番組で欽ちゃんファミリーの話題で1時間番組がある
関根小堺とかが出る タイガーマスクの正体が佐山サトルだって知らないプヲタはいなかったから 今じゃあり得ないと思うけど自分は関西人だけど子供のころ関西人という意識なかったね
それを初めて意識したのがイモ欽トリオの長江健次の登場だった
他の芸能人とは違うイントネーションで喋ってるなあ・・・・あれ?そういえば俺も同じだ!みたいな。
笑えるよね。 >>270これね
X年後の関係者たち
あのムーブメントの舞台裏
遡ることおよそ40年。
1980年代にお茶の間を席巻し、人気レギュラー番組で高視聴率を連発。その視聴率の合計から「視聴率100%男」と呼ばれたタレントがいました。“大将”萩本欽一。
今宵は「欽ドン!」「欽どこ」「週刊欽曜日」などの大人気番組で欽ちゃんのわきを固めた「欽ちゃんファミリー」の同窓会。
“大将”萩本欽一の裏の顔を、関根勤、小堺一機、山口良一といったファミリーのエースたちが語り尽くします。欽ちゃんの一風変わったエンタメ論やタレント育成術、そして笑いなしには語れない当時の仰天エピソードの数々をお見逃しなく。
番組後半では、ザ・ドリフターズやビートたけし、明石家さんまなどなど、今や超大物となったレジェンド芸人たちと欽ちゃんの関係性にも切り込みます。
MC:カズレーザー(メイプル超合金)
<関係者>
関根勤
小堺一機
山口良一
鶴間政行(放送作家)
https://bs.tbs.co.jp/entertainment/xnenngo/ >>114
90年代に日テレあたりのスペシャルドラマで
坂上が鶴太郎、欽一が小堺でやった記憶がある >>248
ちなみに理工学部のはず
当時は工学部かな のりおとか紳助とかはドリフや萩本欽一の笑いを認めてないんだよねさんまやダウンタウンは違うけど
紳助が山口良一の所属するボードビルドショーの舞台観に行った時に佐藤B作が山口良一に「萩本欽一の笑いは違うと言え」って言ってたとか
しかし後に佐藤B作も… この人に限らず爺さん世代ってなんか無理やり笑わしてる感があって嫌だった くりーむしちゅーの上田とかみたいに無理矢理相手の粗探してツッコみいれるパワハラスタイルだから苦手 あまり知られてないけど欽チャンとたけしは師匠が深見千三郎なので兄弟弟子(欽チャンが兄弟子)
欽チャンの嫁が元ストリッパーなので当時のことを黒歴史にしていてたけしのほうからもメンションできなくなっている まだ欽ちゃんが全盛期だった頃欽ちゃんのお宅訪問みたいな番組があったんだけど電化製品やテレビが古い型のしか無かった
物凄く稼いでいたはずなのに 半年間休業したのが命取りでその後は人気は戻らなかった
ただ低迷期に若手時代のダウンタウンを抜擢して好きにやらせてくれたことを
ダウンタウンは感謝しているね ダウンタウンがTV演芸に出た時に観客には受けたのに
司会の横山やすしにボロクソに酷評された
欽ちゃんは褒めてやすしは酷評ってなんか面白い 強烈なマザコンのやすしには親を馬鹿にするようなネタが許せなかった 単純に芸人として怖かったんだろやすしは
自分の芸風を否定するようなスタイルのダウンタウンの漫才が ダウンタウンはのりおも認めてないさんまもちょっとそんな感じ認めてるのは紳助いとしこいし西川きよし桂文枝坂田利夫笑福亭鶴瓶etc ダウンタウンと紳助もさんまはお笑いとしてはそんな評価してない
あれはクラスの人気者カーストが今で言うパリピがそのまま司会やってるようなもんだて 上岡龍太郎とダウンタウンが共演した番組で、アニメや漫画の事を語っているのが良かった 今の老害はいつまでも自分の地位にしがみつくけど
萩本欽一は自分が若い世代に敵わないと思ったら潔く第一線から身を引いて後進を育てることに尽力したからな
萩本欽一を慕う芸能人が多いのはそういう理由 >>293
何回も番組立ち上げては終わらせてたじゃん ~が認めてないとかよく言うけどそういうこと言ってる奴てだいたいつまらんやん特に吉本 視聴者の投稿ハガキを叩き台にして番組が進行する欽ドンは当時としては画期的な素人参加型番組
ナイトスクープや空耳アワーなどもこの発展形 >>264
上岡龍太郎はお笑いのセンスがなくてまともに笑いをとったことがない
天才ボケ横山ノックの引き立て役として最適だっただけで現役当時も上岡がお笑いを語っているのがみじめでしょうがなかった
ただ滑舌が良いだけ >>1
今見たら全く面白くない
と思ってたけどたまたま Amazon プライムにあったコント55号の映画を見たら信じられないような狂気の演技をしていて驚いたわ
今で言えばビートたけしが面白くないって言ってんのと同じなんだな 欽ちゃん昨日緊急搬送されたのかよ!
なんてタイムリーなスレ立て [2019年3月8日5時37分]
元タレント「気仙沼ちゃん」こと白幡美千子さん(64)夫婦が経営する民宿「アインスくりこ」(宮城県気仙沼市大島)が50周年の節目を迎えている。
震災前は半年先まで予約で埋まる人気の宿だったが、津波被害の改修工事などで1年8カ月休業。営業再開後も以前のにぎわいは戻っていない。
白幡さんは恩師萩本欽一(77)の「人と同じことをするな」との教えを常に胸に刻み、「日々努力をして、自分の足で前に進まないといけない」と心掛けている。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201903070000657.html ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています