椿大神社・猿田彦神社
>>100
伊勢市近くの松阪市大阿坂町・小阿坂町の阿射加神社二社も猿田彦を御祭神とするが
地名&社名の阿坂・阿射加(あさか)ってどういう由来の名なんだろう?
猿田毘古が漁をしていて比良夫貝に手を挟まれ溺死したのが阿邪訶(あざか)の海と古書に
記されてあるから伊勢地方の海べりの地名なんだろうが?隣の津市にあるのは阿漕(あこぎ)浦 >>100
猿田彦を御祭神とする白比古神社の社地は能登の鹿島郡旧田鶴浜町白浜(シラハマ)で
猿○地名ではないが読みから「新羅+浜」の意なら社名シラヒコも「新羅+彦」なのかな?
ともに海べりにある白比古神社と近所で古称がアラシト神社と伝わる荒石比古神社は
ともに海上から上陸来臨された漂着神が祀られた神社との伝承があるらしい >>103
阿坂の阿は曲がり角や入り組んだところの意味らしい
坂は境の意味だとされる
黄泉比良坂も傾斜地というわけではなくあの世とこの世の境目を表していた
猿田毘古が海に消えたアザカもそんな場所ということなのかも
思えば最初に現れた天の八衢(やちまた)も天と地の中間だった
サルタヒコは次元の狭間で現れたり消えたりする神なのかもしれない
なにしろ塞の神(境界の神、道祖神)でもあるしね >>105
イザナギが桃果を投げつけ黄泉国から逃げ帰った黄泉比良坂の地とされている出雲の地は
傾斜地でなく平地らしい。ヨモ・ツ・ヒラ・サカのサカが現世と黄泉国の境界語義とすると
ヒラは?平地の意味なのかな?黄泉国はヨミと読むのにこの地名をヨモと読むのも訝しい 日本語の音は平安時代でもけっこう違ったらしいので古代の言葉とかマジよくわからないよ
ちなみに飛鳥時代に確認されていたと言われる大祓詞では神をカムと読ませるね
伊褒理(いぼり)とか今となっては意味のわからない言葉も出てくる 「黄泉ツ平坂」は「黄泉の平坂」の古い言い方で
黄泉をヨモと読ませるのは音便だろうけどね >>106
黄泉比良坂比定地の伊賦夜坂は一応坂、軽い山道になってるぞ まあ比定するなら雰囲気のある山道とかにするしかないだろうな