EPSON 98互換機 Part6
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本家の無印Xa,Xtとそれ以降の機種の対応の違いを考えると期待はできんね ↑PC-486HX・HAのローカルバス(PCI 1.0)は付いているけど。
PC-486HX・HAのマザーボードの写真がないから良く分からないけど、
EPSON独自のチップを使ってるのかな?UMCあたりのチップを使ってるのでは
ないかと思ったけど(海外のEPSON PCでUMCのマザーボードを使っているものが存在した)、
しかし海外でPS/2のクローンをEPSONが作っていたので十分にカスタムチップは作れるだろう。 PCIコネクタの形状が定まっていなかった内に開発した極初期のPCI搭載機だという そりゃ、拡張スロットの定義はPCI 2.0のときに作られたものだから、1.0のときはスロット形状は未定義だもんな それでもEPSONはNECが別形状を選んだら
それに合わせるとまで言ったんですよ一応 NECはPCI機のIDE(もどき)でバスマスタDMA対応して欲しかったな。実際はもうIDEはPIO前提
でサウスブリッジ作ちゃったし、IDE(もどき)の仕様変更もいまさら間に合わないぞ状態だった
のかな。あとはバスマスタは相性問題出るし、NEC純正CバスSCSIは16MB問題気にして
採用しなかったりしたから、確実な方を採用したのだろう チップセットのような大規模統合コントローラの開発は相当な費用も時間もかかって簡単にはペイ出来ない
98系ならなおさら独自仕様実装しないといけないし
NECも結局StarAlphaから変えることは無かった
エプソンはエプダイがスタートした時点でもう先は見えてた
EquityシリーズやってたAT互換機のリソースに集中したほうが生き残れるしな 486Hシリーズを作ったときに海外から問い合わせが山ほどあったのに
AT互換機じゃないのをみんながっかりしてたってのが転換点だったって話も聞くが
486MVや586Rシリーズは既に撤退を見越した作りだったんじゃないかと
486MVの中身なんて486GR系統の内部バスに逆戻りしたしな EPSON 98互換機ってNECみたいにコンデンサの液漏れとか起きてない? 多少なりとも起きてるはずだよ
NECより個体数少ないから確認報告されてる事例は相当少ないだろうけど
SRのコンデンサも四級塩だったし 自分はPC-386AR購入しました
CPUを486にして使ってた NATだが液晶死んでる。蛍光灯なのかコンデンサなのか原因わからずほったらかしです。 液晶を直すか取り外して本体側を保護した方がいい
猛烈な酢の匂いは死の香り 液晶死の確認方法
電源入れて光に当てて液晶が動いてるかどうか角度変えながらじっと見る
うっすらと表示してる様子が見えたならバックライト切れorインバータ死亡
まったく写ってる様子が無いなら断線
蛍光管は適合するのを探すしかない
https://shuri-pc.com/backlight/
インバータも自力で基板部品張替え修理しかないだろうな 98互換エプソンの最盛期はPC-486GR頃だったな
後は98自体が終わりが見えてきてしまって互換機そのものが不要に・・ GF/GRは名機これ一台で遊べた。FDのメディアコンバートも3.5から5インチへなんてのも出来たし。486DX2の乗せ換えも簡単だった。 もういいタマないよね。手放してしまったが安いうちにまた買っておけばよかった。 ODPソケットの上のスペースがなくて
ちょっと背の高い下駄をはかせるとヒートシンクがつけられなくてなあ
PK-586x4が出た時にはBIOS書き換えをオプションで抑制すれば使えたので
ヒートシンクを外してヒートスプレッダになる銅板を張り付けてしのいでいたら
あとから出たEPSON用のPK-EP586x4はヒートシンクなしだった 俺は友人に貸したPC286BOOK-STDが返されなかった事を未だに残念だと思ってる
長期間貸しているうちにうやむやになってしまったのだ
液晶画面の映りが好きだった
何より初めて自分の金で買った新品のマシンだった
税込み14万だった覚えがある。
エイデン(今のエディオン)で買って、その時のレシートは未だに持ってる
懐古主義では無いけど、当時は楽しかったなぁ >>816
1台でもメディアコンバートできただろけど、この辺の世代って、他機の外付けFDD扱いにならなかったっけ?
当時はノートに移ってたんだけど、その前に使ってた286VGには、その機能が無くてMAXLINKでデータを移してたよ
その後使ったマックのノートはSCSI外付けHDDにすることができてマックデスクトップとのデータ交換が簡単だった
もう少し後にはイーサネットのLANに移ったからメディアコンバートにはあまり困らなかったな
現役のOSとしてはWin95までEPSONのノートは使ったよ
EPSON98互換機としてはWin95が最後か >>820
いや、普通に使えてたよ三台認識していた。
4台までは接続できるはず。EPSONWindows95は会社の人から譲ってモラタwwww
Windows使うのに最終的にはAMD5x86P75をどっかの知らない変換下駄履かせてライトバック動作させてた。 >>821
GF/GRは対応機種だったけど、古い286VGとかを外付けFDDとして使えたなら手持ちのが使えて良かったんだけどって話
ちなみに、デスクトップ本体にFDD3台内蔵機種をつないだ場合、外付けFDD3台として認識されたの?
ノートPCは110ピン拡張バスに外付けFDDをつなぐことができるはずなんだけど、GR/GFのFDDインターフェースにつなぐとノートPC側から見るとGR/GFのFDDが外付けFDDとして3台認識されたのかな >>822
試してないけど内蔵FDD3台稼働だと外付けインタフェースが無効化される動作のはずなので多分無理 >>822
了解察した。
FDDが5インチx2もしくは3.5インチx2の二台構成のと5インチx2+3.5インチx1の三台構成、もしくは3.5インチx2+5インチx1のが売られていた訳です。
電源入れてDOSが立ち上がってドライブはABCとそれぞれ割り当てられていました。特にに意識して何かしないといけないと言うこともなく使ってましたよ。なのでまだFDDが使われていた時代でしたから結構便利でしたよ。
三代目は外付けとして認識していたと思います。たぶんwwww >>823
たぶん98系は最大4台までだよね
当時を思い出して、286VJ以降がうらやましかっただけなんだ
その後は、NEC製の5インチ外付けFDDも入手したんで不要になった
現役で使う気になれば、故障時の代替機能としてはちょっと良いかもしれないよ
手元には486SRもあるんだけど、これも他機の外付けFDDとして使えるのかな
すでに必要になってなかったから試したことないんだよね >>824
情報ありがとう
1台で使うならFDD3台はうらやましい構成だね 内蔵FDDを3台装備してる場合のターミナルFDDモードは
優先される側のドライブだけが使えるはず
3台目のドライブを第一ドライブにしたときに二台目のドライブがなしになるのか
もう一台も使えるメディアサイズ違いの2台ドライブ構成になるのかは忘れた 当時のフロッピーのインターフェースって、2+2か2+1まではできるけど、普通は2+1+1はできなかったような? SRにターミナルモードは無い
たぶんGRが最後じゃないかな そういえば2台持っていたから使ったことを思い出した。 >>831
うろ覚えだけど、X68000 compact XVIとかX68030compactにも類似の機能があったような希ガス? EPSONのDOSについてくるFEPのWXAってNEC AIかな漢字変換とくらべてどうなの? エーアイソフトのWX IIのサブセットだから
基本はそれなりに悪くないはずだけど当時はOS付属のFEPを使うという概念がなかったなあ
ただNEC AI変換自体はDOS付属ではなくN88BASIC(86)で使ったことあるけど
比較対象がAIと呼ばれるものに失望感しかなかったそれってどうなのよw NEC AI漢字変換に対抗したのがエーアイソフトのFEPって、どちらもAIだな
たしかエーアイソフトってエプソンの子会社だっけ? そう
会社はもう無い
FEPはマイクロソフトに売って撤退
最後の製品はOCRソフトだった 対抗も何も自前で持ってるFEPの技術がそれぞれNEC AIとWXシリーズだったけど
パソコンを使うならなにがしかのワープロソフトはすでに持っていて
そっちに出来のいいFEPが付属されていたから
DOS付属のFEPは普段使いにはまったく相手にされていなかっただけのこと
だからEPSON版DOSもフルセットのFEPは積んでなかった
NECは全力で作ってたのかもしれんが EPSON版DOSは、WXAの前はマックユーザーにお馴染みのEGBridgeが載っていた
そんなわけでWXAのAPIはEGBridge互換だった 今なお使われてるWindowsのMS-IMEのご先祖様 窓のIMEってなんでこの単語入ってないのってのがずーっと続いてたが契約の都合だったのかねえ >>840
DOS時代からのWX2やWXAとマック版WXGで辞書が兼用できた
WXAやMSIMEのDOS用はWX2のサブセットだったからWX2のツールが使えて辞書も一括登録や書き出しもできた
最近は辞書ファイルの大きさなんて気にもしなくなったけど、DOS時代はFDでも日本語変換できたんだよね ヤフオクにエプソンPCの鍵が出品されてた
ものすごく懐かしい かなり久しぶりに98互換機買ったよ。約20年前かー電源入れたらお約束のシステムディスクをセットしてくださいの文字。何だか懐かしくて掃除したりして嬉しくなってしまった。 懐かしいな25年以上前に卒論書くんでPC486MUを中古で買ったな
まだWindows3.1でよくブルースクリーンになってワードのデータが消えて泣いたもんだ
あとティルナノーグやブルトンレイとかソーサリアンとかいろいろ遊んだよ 当時、Win95とかの頃は、今よりずっとフリーズしやすかったなあ
フリーズしにくくする様々な工夫があって、それを駆使してもたびたびフリーズやブルースクリーンが襲ってきたものだった んで、今になって思うんだが、Win95とWin3.1って、どっちの安定度が高かったっけ? >>848
Windows 95かな、体感
くだんのPC486MUもメモリ増やして95入れたら安定したな
その後AT互換機自作したからうっすらとした記憶だけになるけど 95にしたってNTと比べれば…
EPSON機でNT入れてた人は間違いなく少数派だろうけど >>850
Win95とWin3.1の話しに「NTががががが」と言っくる馬鹿 エプ機にNT4.0を入れた人の投稿がバックが緑のどっかの掲示板にあったけど
内蔵デバイスはドライバがないからCバスで揃えないといけないうえに
不安定で使い物にならなかったという話だったけど 486NASに雑誌付録のNT3.5を試そうとしたらキーボードが使えなくなった
保証期間中で助かったよ
その後NT系は試してないね
Winが流行りだした3.0でもEGCが搭載されるまで、NEC製のWinは動かなかった
確か486からEGCが搭載されて、NEC製Winを動かしやすくなった
Win3.1からはMS版もあったけど、やはりEGCが無いと動かなかったんじゃないかな MS版でもEGC決め打ちが仕様だからPC-386初代にはインストールできんかったよ >>855
EPSON版のWin3.1ならEGC無くても動いたんですよね
EPSON版はプレインストールの3.1と中古で買った95が残ってるはずなんだけどMS版しか使ってなかった
DOSもEPSON版だとWXシリーズのFEPが標準だったからIMEと兼用できて便利だった
95に付いてるFEPもDOSで使えたんだろうけどね MSのWin3.1が使えるのは386GE/GS以降やね 386Gと386SってEGCなかったっけ?
ハイレゾがらみで使い始めてたような気がしたけど >>858
一応あるんだけど互換性に問題があるみたい >>856
98XAに一縷の望みでEPSON版入れてみたけど動かず
EPSON版Win3.1のために386GSを買ったのは良い思い出 本体NECでエプソン版Win3.1だとEGCドライバを入れると画面がゴミだらけになるんだよね
GRCG版ドライバで解決するけどハイレゾ機じゃ使えないだろうしな >>860
うちは98XA残ってるよ
286に287を乗せてCADに使ってた
後に、286VGに287は移植して、NEC製だったかMS製Winを使ったことがある
IOのグラフィックボードを使えば、EGCが無くても動かすことができた
EPSON版はプレインストールになるまでは使ったことなかったね
ハイレゾ機としては、98XA後継の98RLを使ったよ
ハイレゾでWinが動いてたけどCADはWSに移行してたから無駄なハイレゾ機だった
EPSON版Win3.1はハイレゾでノーマルDOS窓が使えるとか付加価値があったんだっけ? ハイレゾモードのメモリマップでWindows起動して
ノーマルモードのDOS窓が使えるっていうのはPC-H98でもできたような でも仮想86モードのメモリマネージャーを入れるとハイレゾモード下でDOS窓は使えなくて
HIMEM.SYSだけしか使えないからお世辞にも便利とはいいがたいものだった
確かディスクキャッシュのスマートドライブすら使えなかったはず
結局ノーマルモードでグラフィックアクセラレータ入れた方がよかった 腐海に沈みし、納豆を発掘〜
遅すぎて、SVGAの液晶が腐ってましたので
修理がてらの戯れに増強を考えています。
まず、このSVGAの液晶って、どこか資料ないでしょうか?
出来ればTFTのSVGA品と交換したい・・・
で、86系のFM音源とMIDIも使用したいのですけど
拡張BOX経由なら86音源とMIDIボードさせますよね?
あと理想はCPUもですが
さすがに純正586のボード入手できないでしょうから、これは我慢か・・
たしかNATってベース25MHzでNAVとかの33Mhzよりも低速なので
NAVとかと違ってAMD586の133MHzは対応不可でしたよね?
EPSONのノートで拡張されたかたがおられたら
参考までにどこまでされたか教えてほしいです。
よろしくお願いします。 natにそもそもアクセラレーターが出ていたか?って話で確かなかったと思う。pc-586を買うしかない。もうほとんど出てこないだろうから血眼になって探すしかない。 私はメモリフル実装とCDドライブを少し早いやつに変えただけ。そこにEPSON製Windows95からWindows98にアップグレードして使ってた。 NATってNASNAUNAVあたりとメインボード周りはほぼ同等で、CPUボード変えたら同様にできる(最初のNASは機能面ですこし少ない)のではなかったっけ
CPUボード変えたらクロックも25MHz系と33MHz系で切り替わらなかった?
NASは33MHz系なかったかもしれんけど http://www.mal-o.com/epson%20pc/9711.htm
どうもNATでの5x86動作は思わしくなかったっぽいね
それにしても中の人が身分を明かしての書き込みって
何ちゅう大らかな時代だ >>866
そか、なるほど
486搭載モデルと586(って、5x86? PODP?)の2種類しかないんだっけ
あとからCPUをアップグレードした人自体が多くなさそうな気がするし、その場合でも、(まださほど古くなかった頃ならともかく、今は)CPUだけバラで売ることはないだろうしね 486NATのCPUソケットの横の長いスロットに刺さるのが586NATのCPUボード
そのCPUボードにはPentiumとPicoPowerのチップセットが載ってる ごめ、そういう仕様だったのか
すると、システムバスとか含めてまったく別物になるのか >>870
Pentium75mhzだったかなたしか。
そういやPCMCIAでSCSI-2いれてたの思い出した。lanカードもいれてた。速度は察してくださいwwww >>865
MIDIボードは持ってないから試したことはないけど、110ピンの拡張バスがあるから拡張BOXはつけやすいね
よく見かけたのがIOデータので、1,2,3スロットがあった
NATは、PCMCIAが2スロットあるのも良いね
Card86-Rが使えたか試したことはないけど、まだドライバ提供してるのね
NATのサンドブラスター互換音源もDOSでも使えたかもしれないよ
NAUの拡張ボードのは使えた 液晶が640x480でHDDなしのローエンドモデルは
SB Pro互換音源はついてないから注意
底面の型番がPC-486NATX1で終わってるやつ
X1JとX1JRにはついてる ym2203なfm音源ついてるよね。とりあえずDSTNだと画面が縮小されてもめげずにゲームをするのであった。 >>874
I/Oの1スロット型のボックス持ってたな
あれはたしか、グラフィックボードのセット品だったのかな、たしかGA-1024ALっての持ってたよ >>877
俺は、486NASと2スロットの組み合わせでGA-1024Aを使ってた。
DOSの123や五太郎のドライバがついてた
当時も、メモリやHDD不足な時があって、折角買った486NASでなかなかWinが使えなくて、拡張BOXで使ってた
その後、IOデータの音源付きのグラボにした。
後に、486NAUにして、内蔵のLスロットのも使ったけど、性能は低かったように思う
IOデータのは当時としては良かったよね 何を間違えたか286互換機かって、ワープロもどきでおわった 98互換機でワープロもどきというとMZ書院ことMZ-2861か
はたまたぱっと見はパーソナルワープロそのもののPC-286LPか >>879
ワープロ専用機が24ドットプリンターだったんで、ワープロ用に286VGと48ドットプリンターのAP-900を買ったけど、ワープロソフトが4太郎と花子で24ドットプリンターとしてしか使えなくてがっかりした
奇麗な作図がしたかったんだけど、PCだとプロッターとか使わないと図面は難しかった
会社に入ってからの文書も当時のものは切り貼りで作ってったんだよね
WindowsやMac使うようになってPC上だけで済んで楽になった 本家の48ドット熱転写プリンタもキレイに印字出来るのはプリンタ内蔵フォントだけ
グラフィックスデータとかを送っても24ドット処理でがっかり
3太郎使ってたけど、4太郎と処理が違ったのかな >>881
当時はまだ、48ドット型のプリンタでもその解像度でビットマップデータを印刷するコマンドを持ってなかったんじゃないの? >>882
3太郎はキャラクターコードで文字印刷で4太郎は修飾文字が増えてグラフィックだったんだと思う
4太郎はPC-PR201かESC/P24で互換モードとして使うしかできなかった
>>883
松6とかは対応してたね
DOSアプリは基本的にプリンタードライバ自前だったからね P1EXEはキャラクタコードとコマンドで対処できない修飾に限りソフトウェアフォントだった
ARUGAになってくるとESC/P V2のスケーラブルフォントに対応するようになったけど
グラフィックの解像度は相変わらずだったな プリンタのエプならここまでかっ飛んでてもいいと思うがな・・・ >>886
それ93年のやつだしキヤノンとの共同開発
286LPは90年で自社開発 昔にAUだかAVにSCP-55付けてDOSゲー遊んでたな。 エプソンの98互換機はディスクトップの486GRとノートの386ARあたりが頂点でしたな >>891
Windows95おじさんみたいな人なんでしょう。発売日にテレビインタビューで「本体持ってないのに買っちゃいました(照)」とか言って、Windows95Upgrade版のパッケージを嬉しそうに見せてたあのおじさんのその後が知りたい。 >>890
どっちもう1、2世代後が良かったんじゃないかな
メモリ上限が増えた486GR+やFM音源やモニタ出力が付いた486ASやカードスロットが付いた486AU
AUはちょっと大きかったのが難点だったけど、レジューム機能のあるデスクトップとして使えた
GRのハイレゾはどれだけの人が必要としたんだろう
Windowsアクセラレータで間に合う人がほとんどだったんじゃないかな
会社で本家の9801RLも使ってたけど、CADはEWSに移っててWin3.0くらいしか使わなかった 無印GRと486Pもシステム予約になってるけど
GRPやGRSのメモリスイッチの同じところを切り替えれば
14.6MBの壁は越えられたりする
16MBシステム空間を切り離すのにRECMEM.SYSが必要になるのは
GRSやGRPも変わらなかったし EPSON98互換機で残念だったのは、最後の機種に至るまでアーキテクチャ的に01互換機
までしか作らなかったのが残念ちゃあ残念だったなあ。 B-MATE差し置いていうことじゃないけどな
それに21じゃないと困るような肌色ゲーム志向の人は相手にしなかっただけでしょう NEC自身がB-mateで早々にDOS256色と480ライン放棄してしまったので実際問題としてはスルーしてもいいんだろうけどそこを積極的に突けたかというとダメだったような ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています