[Saburo]高田三郎の合唱曲[Takata]
「水のいのち」や「ひたすらな道」、「心の四季」など、
高田三郎の合唱曲について語りましょう。 「珠玉のハーモニー」の山形西の演奏は音質がひどすぎて
とても名演には聴こえない。 >>271
う〜ん・・・。
抽象的な事を言ってるのは分かるけど、未だに深い意味は分かりません<m(__)m>
誰かフォローよろしくです(^^;
>>272
私もその話聞いたこと有る。
元来女声用の曲だって。
当時は山形西の全盛期だったし・・・。
おうめい(変換出来なくてスマソ)女声合唱団も最近全然話聞かないし、どうしちゃったの?
高田の女声を歌わせたら、右に出る者無しの勢いだったのに・・・
嚶鳴女声合唱団の近況
ttp://homepage2.nifty.com/jagaimo/new_page_33.htm
ttp://yaplog.jp/officefon/archive/21
ttp://oumei.jp/activity.html 合唱団の演奏会の選曲で毎回候補落ちします…
彼の曲は今のニーズに合わないのでしょうか… >>277
「指揮者や他のスタッフの趣味に合わない」というのが最大の理由ではなかろうか。
ポップさとは正反対のところにある作品ばかりだもんね。
歌うことを通じて考えさせるという哲学的な媒介としては優れた曲だから、そういう点なら時代を超えたニーズは間違いなくある。 「確かなものを」は高田作品の中では有名な部類ですか? >>281
演奏会で「確かなものを」を歌うことに先生から反対される合唱団は
相当やばいですか?? 何を持ってヤバイとするのか・・・
そういう思考回路もそれこそヤバイかもww >ID:XCF4vwqN
「やばい」からどうだとか「先生から反対される」理由などを書かないお前さんの脳味噌のほうが、よっぽどヤバイ。 CD 豊中混声合唱団による 高田三郎作品集 vol.1
高田三郎 混声合唱作品集T
ttp://www.kamome.ne.jp/gvcs/10805.html
ってどうよ?
曲名忘れたけど、パイプオルガン伴奏の「かみのみわざがあらわれるため」て歌う曲好き。 パイプオルガンなら聖書三部作ではなさそうだし
典礼聖歌にはありそうだけど思いつかないな あった!
典礼聖歌だわ。
「神のみわざがこの人に」 言われて見たら
「典礼聖歌 合本出版後から遺作まで」に「遺作」として収録されてるやつか
ちゃんと聴いたことはなかったわ そうなんか。
なかなかよい曲ですな。
他におすすめある? >>282
高田作品だから先生がビビった>以上
ソンナンデOK?
>>295
まず、作曲者本人の随想集「来し方」を読むべし。図書館で取り寄せてでも。
話はそれからだ。 >>297
「なまずの孫」は素晴らしい本だけど、「水のいのち」の章については、それだけ読むのはおすすめしない。
作曲者本人の著述にあたらず書いているせいで、踏み込みの足りない部分がある。
いくつか文中で指摘されている疑問があるんだけど、それって作曲者の著書を読めば解決する疑問なんだよね。
(逆に、詩人の著作だけでよくあそこまで分析できると驚嘆する部分もあるけど)
なお、著者・深沢眞二氏は、後に作曲者の言を知り、別の団体で「水のいのち」を再演した際に解説を全面的に書き直した。
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~koyukai/zmizunoinoti.html 豊中混声は高田三郎が最も信頼していた合唱団ですか?? >>299
そんな質問は高田三郎ご本人にしか答えようがないし、尋ねたところで「特にない」という答えになるのがオチだろう。
豊中混声が高田作品を毎年のように取り上げるのは、高田氏の高弟である須賀敬一の影響。
(須賀氏の指揮する合唱団は高田作品を積極的にとりあげるところばかり)
>>300
大久保混声は、高田氏に師事した辻正行の影響だな。
ただ、辻氏が亡くなられ、高田氏の影響を受けてない人が指揮者になったから……。 演奏会で、やたらと高田作品ばかりを取り上げるので有名な合唱団は
豊中混声、神戸中央、大久保混声くらいですか?? >>304
入ると思います。そのような合唱団があれば是非教えて下さい。 >>302
神戸中央はビクターから「水のいのち」録音を頼まれて歌ったぐらいで、ほかは全く歌ってないよ。
ttp://www015.upp.so-net.ne.jp/kobe-chuo2005/09rekishitosiryoushu.html 高田作品を多く取り上げるのは、団のカラーというより指揮者のカラー。
鈴木茂明・友清和親・阿部昌司・松田晃・須賀敬一の名前で検索してみればわかる。
>>307
東海メールは隔年ぐらいのペースじゃないか? 松原千振による北欧もの路線もあるから。 大学合唱団でいいなら、筑波大学混声合唱団が毎年やってる >>309
そこは鈴木茂明が常任指揮者だから。>>303の団も同様。 >>308
隔年は「やたらと」に十分当てはまるだろw >>311
だが「毎回必ず」ではないw
東海メールクワィアーが高田作品を積極的に歌うようになったのは、
1980年代後半だか1990年代初期だかに高田三郎を客演指揮者に呼んで指導を受けたところ
「自分らが見失いかけていた、歌うことの原点を思い出させてくれた」とショックを受けたのがきっかけだそうな。 >高田三郎
「へヴィロック唱法の奥義」監修した人か・・・ よく同一人物と間違えられるから困る
まあ平凡っちゃあ平凡な名前だからしょうがないけど… もう30年も前になるけど、四国の高松で、コンクールの大会があった時、会場は、
外のトンビの鳴き声が聞こえるような所だったが、秋田県の団体が歌った、
『心の四季』の中の、『雪の日に』が、圧巻だった。
なぜか、涙が流れてきた。隣の友人も、感激に声を上げて泣いていた。
・・・ああ! 俺にも青春があったんだな〜 >>238
詩は 歌え! 詩は 語れ! といいますね。 >>295
とりあいず演奏をCDでもなんでもいいから100回以上聴く。
そうすれば自ずと心も体も高田ウイルスに汚染されてるんジャマイカ?
いまさら高田曲なんか知らない大学合唱団の後輩やら合唱に縁のない家族やらにばかにされても、
高田ウイルスはそのままキャリアに居座り続けるぞ。
>>308
阿部昌司氏って、山形西高の先生だったんだね。
1979年のNコンで、「弦」を歌って最優秀校(今でいう金賞)に輝いたのを、覚えている。 >>320
安女ハーモニーの生みの親、康夫先生の
目の上のたんこぶだったのが、阿部先生様よ!
NHKでも朝日でも、
常に山西に背中を見せつけられていた当時の安女にとって、
山西に追いつけ追い越せが、
その成長の原動力だったのよ。
現在の福島県や郡山市の合唱音楽発展の礎は、
山西の阿部先生にあるって言ってもいいくらいさ。
水のいのち:名古屋出身・高田三郎の命日前に編曲
http://mainichi.jp/enta/music/news/20081015k0000e040075000c.html
ピアノ、管弦楽伴奏に加えて弦楽合奏伴奏によるものが生まれたよというニュース。
次は吹奏楽だろうか。 >三郎に師事し作曲を学んだ今井さんは
故人は呼び捨てで現存者はさん付けなのな >>322
オルガンに1票。既にあるかもしれないけど。
>>324
高田三郎を歴史上の偉人とみなせば、そういう書き方もあり得る。 >>43
エコーの「海よ」聴いたことあるけど、ひどかった
演者オナニー >>320
当時の山形西の全盛は、阿部先生が居たからこそでは?
だから山形西OG合唱団の「嚶鳴女声合唱団」も、阿部先生が指揮してた訳だし。
当時の安積女子(現・安積黎明)と、全国でNO1争い状態だったし・・・
Ubi CaritasがTaizeのやつがそっくりなんだけど
なんでここまで似てるんだ
もしかしてグレゴリオに似せたのか 高田三郎の合唱指導が厳しかったのは有名ですが、ピアニストにも厳しかった
のでしょうか?? >>329
ttp://chorch.fc2web.com/log/1005140665.html (13とか41とか) 「バカヤロウこの田舎ピアニスト!!!」
「わたし東京出身です!」
「バカヤロウ都会はなあ パリだ」 正月早々旅先で聴き歌う高田曲
今年はいい年になりそう 「水のいのち」と「心の四季」は名曲であり最高な作品です。 東海メールクワイヤーってたまたまちょっと高田三郎の指導を受けただけで天狗になってるな >>335
むしろ高田に天狗の鼻をへし折られたんでは。 >>336
聞くところによると、
高田三郎ゆかりの他の団を「高田精神を忘れたか」と貶したり、
オリジナルが混声or女声の曲を「この曲は男声向きだな」と悦に入ったり、
自分達が高田音楽の唯一の継承者のような振る舞いをしているらしい
あの発声でよく言うよw 東海メールは多くの録音を残しているのは素晴らしいと思うが。。。
名盤はひとつもないね。 >>338
戦旅ぐらいはまだなんとか聴けるんだが、
それも他所の上手い団がやってないだけなんだよな 自分が今いるアマチュア合唱団も、高田作品を結構歌って、定演では必ず一作品は採り入れている。
前に、
「高田作品歌ってみたい」
と近所の高校の合唱部員が何人か入団してきたが、何故か、その高校の合唱部顧問から、
「高校生に高田作品は相応しくなく、合唱の楽しさを奪うものでしかない」
とクレーム?が入り、本番が終わって退部していきました。
高校生が高田作品歌うのは好ましくないのか? >>340
単にその顧問が高田作品嫌いなだけかと。
かつての山形西高校みたいに高田作品ばかり歌う合唱部も存在するわけだし。 >>341
顧問の好き嫌いで曲が選択される合唱部…。 東京荒川少年少女合唱隊を指揮した、東京カテドラル聖マリア大聖堂でのコンサートは良かったな。 渡辺先生の追悼ミサ行ったなあ
「わたしが荒川を振るのは今日が最後だ」って言ってた
僧渡辺氏がカトリックの聖歌指導ってやっぱなんかすごいよ 荒川の指揮者だった渡邉顕麿氏が、最初に高田三郎氏に指揮を依頼に行った時、「私は小児科はやらない」と言われたそうだ。
それでも長時間説得して、指揮をしてもらう事が実現したとの事。 >>347
(^p^)おれたちは高田教の信者なのれす
その割には・・・ねぇ・・・ >>340
その顧問曰く、
「高田作品は、難解な詩の解釈から入らなければならず、また、演奏法の指定が多すぎる。完成するまでかなりの時間が掛かる」らしい。
また「高田作品を取り上げる指導者は高校生の指導には向かない」とまで言い放った。 >>349
「高校生の指導には向かない」のは、その顧問のほうだと思う。
確かに高田氏の合唱作品の出版譜には、歌詞と一緒に「演奏上の注意」が記されたものが多い(全部ではないが)。
そこまで事細かに書く作曲家は他に萩原英彦氏ぐらいかな。
しかし、譜面そのものに記されている表情記号やテンポ指定などは、平均的な分量。
曲に真摯に向き合い掘り下げていくと、誰の作品でも「演奏上の注意」にある以上の指定は必然的に出てくる。
詩の解釈(難解でない作品もある)は練習を積み重ねていくプロセスにおいて避けては通れないが、他の作曲家も同じ。
それに、詩の解釈から入らなければならないだなんて高田氏本人も言ってない。
(詩を大切に演奏して欲しいとは言ってるが、出発点までは言及してない)
高田氏の合唱曲には内向性の高いテクストが多く、曲に向き合っていく中で深い思索を伴うものが多い。
それを理由に高校生に不向きだと言ってるなら、むしろ逆の見方もできる。
「青春期だからこそ、高田作品を通して思索をめぐらすこともできるでしょ」と。
かんぐるなら、顧問先生は、受験予備校化した高校のシステムに毒されているか、
他の作曲家の作品を「サウンドだけ磨き上げればそれでいい」などとナメてかかっているかという人なんだろうな。
個人のポリシーとして特定の作曲家を好んだり敬遠したりするのは趣味の問題。
しかし、それを生徒に押し付けて部員個人の活動にクレームを付けるなんて、教育者失格だろ。
そんな人の指導を受ける部員が気の毒だ。 >>350
顧問がある程度、特定されかねないので大まかに言うが、その顧問自身は高校時代に、全日コン本大会を経験。
で、その顧問が赴任してきた我が母校は、全くの合唱無名校。しかも教師になって最初の赴任校。
高田作品を歌いたい、と入ってきた子たちは刺激?を求めたのかも知れないが、高田作品の指導では一定の評価がある指導者の曲づくりに感化されたのか、そのまま高校の部活と並行して残ろうとして横槍が入りました。
ちなみに、その顧問は一年で教員を辞めました。 >>351
なるほど。コンクールの弊害が悪い面で出ちゃったような感じだね。その人が1年で教員を辞めたのは正解だと思うよ。 >>352
コンクールの是非はスレチなので、ひとまず置いといて。
コンクールとは無縁の無名校で、部員の、合唱に対するモチベーションの異様な高さを理解できなかったのかも知れん。
そこに、高田作品を歌った、という経験が加わり…。
そもそも、アマチュア合唱団に混じって高田作品を歌ってみよう、と部員たちを誘ったのは前任の顧問だったのだが…。 おまえら一度殴られてみろ
なぐられたことないだろ?
おまえら一度怒られてみろ
おこられたことないだろ?
ちじむぞ。
それだけでじゅうぶんだ。
たかだをりかいするには。
わからなきゃ、こんどはりろんてきにおしえてやる。
きなさい
(このラストがわからなければ、くるかちなし) 俺は「そこのメガネ!」止まりだな
もっとも周囲5名ほどメガネだったわけだが 高田さんのはよくわからない。時代とずれてると感じる。 どっちかっていうと
普遍的な真理が多い気もするけど。 >>356
本人も「水のいのち」を発表した当時そう思ったらしい。 「堅物」「時代遅れ」と言われることを覚悟してた と著書で書いてる。もちろん実際にそうはならずに当時どころか今でも売れ続けてるわけだが。 >>361
きっと356でなく357のつもりなんでしょ ttp://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009090502000223.html
合唱音楽の作曲家故高田三郎さん 幻の管弦楽曲60年ぶり発見
2009年9月5日 夕刊
戦後日本を代表する合唱音楽の作曲家、故高田三郎さん(一九一三〜二〇〇〇年)の初期の主要作品とされながら、
これまで詳細が不明だった管弦楽曲五曲の自筆楽譜が約六十年ぶりに見つかった。
東京都渋谷区のNHKの資料庫から“発掘”した名古屋フィルハーモニー交響楽団元奏者の岡崎隆さん(61)=愛知県知多市=は
「日本人独自の作品を生涯追い求めた高田さんの軌跡をたどる上で、大変興味深い」と話す。
高田さんの妻でピアニストの高田留奈子さん(90)=東京都世田谷区=が
〇五年、日本人作曲家の作品を研究する岡崎さんに調査を依頼。
高田さんが太平洋戦争中から戦後直後の四年間に作曲した自筆楽譜五冊(計約百九十ページ)が
NHKの資料庫にあることを突き止め自筆譜に基づいて演奏用楽譜を完成させた。
発掘したのは▽組曲「季節風」▽舞踏組曲「新しき泰(たい)」(戦後「新しき土と人と」に改題)
▽バイオリンと管弦楽のための譚詩(たんし)曲▽狂詩曲第一番「木曽節」▽狂詩曲第二番「追分」−の五曲。
いずれも約六十人編成のオーケストラを要し、演奏時間は八分から十八分の作品だ。
譚詩曲以外の曲はNHKの依頼で作曲。一九四二〜四七年、海外向けラジオ放送や東京都内のステージで演奏された。
留奈子さんによると、狂詩曲第一番は、放送初演の直前に東京大空襲で楽譜が焼失。
高田さんが記憶をもとに再び楽譜を起こし四五年十月十八日、日比谷公会堂で自ら指揮し初演したという。
五曲ともその後、再演されず未出版のまま、自筆譜だけがNHKに保管されていた。
岡崎さんは「特に日本民謡の旋律を取り入れた二つの狂詩曲は素晴らしい」と評価。
留奈子さんは「組曲『季節風』は戦時中に書いた小品集ですが、戦時中の時局から超然として、
親しみやすいメロディーが印象的。こんなにかわいい曲があったのか、と驚きです」と話していた。
たかた・さぶろう 1913年名古屋市中区矢場町に生まれ、愛知一中(現愛知県立旭丘高)を卒業後、作曲家を志して上京。
41年東京音楽学校(現東京芸術大)を修了、同年「山形民謡によるバラード」で作曲家デビュー。
64年初演の合唱組曲「水のいのち」は、合唱譜の発行数が延べ60万部を超える不朽の名作に。
無償で取り組んだ「典礼聖歌集」の作曲に後半生をささげ、宗教音楽に新境地を開いた。
自作を中心に指揮者としても活躍した。 >「典礼聖歌集」の作曲に後半生をささげ
うーむまあ晩年まで典礼聖歌作ってはいたから
「典礼聖歌」の作曲に後半生をささげ にするか
どっちかというと作曲と普及にとかもうちょっといい言い回しはないのかと 高田三郎の曲って、簡単すぎるし、
正直、全然面白くないなー。 >>367
学生なら納得。
30過ぎなら「お気の毒様」としか言えない。 「簡単すぎる」と言ってる時点で釣りじゃんじゃないかと思うが 主題のわかりやすい詩の
言葉と心に沿う作曲だから
とても簡単だよ 「簡単」なものほど聴き手のハードルが上がるんで、簡単だからと言ってなめて演奏してはいけない。 簡単・・・そんなわけない。
高田三郎についていえば、聞く人皆耳がこえてるわけだし、聞き手にとっては、
そうそう名演はないと思う。 十分な実力のある
人数をそろえるのがとても難しいです