山岳信仰ありきの登山 ★2
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天狗経(山とそこに住む天狗の名前が書かれてるお経)に出てくる山はかつて山岳信仰があったと思慮される
実際にこれらの山に登って山岳信仰の名残を見た事ある人いる?
秋葉山三尺坊 静岡県(秋葉山)
浅間ヶ嶽金平坊 群馬県(浅間山)
愛宕山太郎坊 京都府(愛宕山)
天岩船壇特坊 不明
醫王島光徳坊 鹿児島県(硫黄島)
石槌山法起坊 愛媛県(石槌山)
厳島三鬼坊 広島県(宮島弥山)
飯綱三郎 長野県(飯綱山)
上野妙義坊 群馬県(妙義山)
越中立山縄垂坊 富山県(立山)
大原住吉剣坊 鳥取県(伯耆大山剣ヶ峯)
笠置山大僧正 京都府(笠置山)
葛城高天坊 奈良県(主峰金剛山)
鬼界ヶ島伽藍坊 鹿児島県(種子島、トカラ列島悪石島周辺)
熊野大峰菊丈坊 奈良県(大峯山菊ノ窟)
鞍馬山僧正坊 京都府(鞍馬山)
黒眷属金比羅坊 香川県(金比羅山)
高野山高林坊 和歌山県(高野山)
高良山筑後坊 福岡県(高良山)
宰府高垣高森坊 福岡県(竃門山)
紫黄山利休坊 茨城県(紫尾山)
白髪山高積坊 高知県
白峰相模坊 香川県(五色台白峰)
象頭山金剛坊 香川県(象頭山)
高雄内供奉 京都府
都度沖普賢坊 島根県(隠岐島)
天満山三万坊 岐阜県
長門普明鬼宿坊 山口県
那智滝本前鬼坊奈良県、和歌山県
奈良大久杉坂坊 不明
日光山東光坊 栃木県(日光山)
新田山佐徳坊 群馬県(金山)
如意ヶ嶽薬師坊 京都府(如意ヶ嶽)
羽黒山金光坊 山形県(羽黒山)
板遠山頓鈍坊 不明
比叡山法性坊 京都府(比叡山)
肥後阿闍梨 熊本県(金峰山)
彦山豊前坊 福岡県(英彦山)
常陸筑波法印 茨城県(筑波山)
日向尾畑新蔵坊 宮城県
比良山治朗坊 滋賀県(比良山)
富士山陀羅尼坊 静岡県(富士山)
伯耆大仙清光坊 鳥取県(伯耆大山)
御嶽山六石坊 長野県(御嶽山)
妙義山日光坊 群馬県(妙義山)
妙高山足立坊 新潟県(妙高山)
横川覚海坊 京都府(比叡山)
吉野皆杉小桜坊 奈良県(吉野山塊) >富士山陀羅尼坊 静岡県(富士山)
廃仏毀釈の影響を強く受けており富士山山頂にかつては大日堂があったが今は富士山本宮浅間大社奥宮になり、同様に山頂の薬師堂は久須志神社にと変えられてしまった。
実際に頂上に登ってみて頭のない石仏が置いてあったりと未だに廃仏毀釈の爪痕がそのまま残っていた。 御岩神社は?
あんなの明治以前はどう考えても修験の寺だろ 天狗経には入ってないだけで
かびれ高峰○○坊という天狗がお岩神社にいてもおかしくないよな 陣馬山-高尾山 縦走のどこかで天狗の像を見た気がするけど、リストにはないね。 このリストは天狗経というお経でいつ成立したのかわからず内容も関西が中心になっている
高尾山は元々薬師如来のお寺で(だから薬王院)一度廃れて後に天狗の飯綱権現で復興したから天狗経が作られた時に高尾山は有名ではなかった可能性もある よくわかる山岳信仰という本に「ほとんどの霊場の近くに遊郭があった」って書いてあるんやけど、そうなん?
確かに石清水八幡宮の隣に橋本遊郭があるし、京都なんか町中の神社の隣にラブホ街があるわな。
祇園の花街は八坂神社の門前にあるしな。
他の例はどんなどこがあるかな?
江戸時代、一般庶民が霊場に行って、その後、精進落としと称して遊郭で女を抱いていたらしいな。
あと、御師のツアーで行くと宿泊、宴会、土産の購入など至れり尽くせりだったらしい。
こういうのを知ると、日本の(山岳)信仰はゆるゆるって感じがするなあ。
真剣味が欠けるというか、遊び、観光がメインという感じがする。
信仰そのものが現世利益の追求のみか
(家内安全 商売繁盛 病気平癒 豊年満作 子孫繁栄 恋愛成就 悪縁を切る 呪い 交通安全
火迺要慎 ・・・・)
修験道も一般庶民が求める現世利益の手助けをするという感じやし 伊勢神宮に参拝に行くのはいいけど、その後、その場で精進落としと称して遊郭に行って金を払って
女を抱く必要ってある?
逆に何か日本の(山岳)信仰独特のいわれがあったのではないか?と思ってしまう。
子孫繁栄の儀式とかなんとか・・・・
精進落とし
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E9%80%B2%E8%90%BD%E3%81%A8%E3%81%97
>かつての伊勢巡礼では、お蔭参りで伊勢に向かう道中で身を謹んでいた巡礼者が、外宮・内宮の参拝後に精進落としをするため遊廓に繰り出したため、古市という大きな遊郭が外宮と内宮に間に栄えた。
>古市 (伊勢市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%B8%82_(%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E5%B8%82)
>伊勢参りの参拝客の増加とともに、参拝後に精進落としをする人々が増加したことにより遊廓が増え歓楽街として発達
>妓楼70軒、遊女1000人、浄瑠璃小屋も数軒 江戸時代に庶民の間でブームとなった「売春ツアー」とは? 講=売春ツアーとな? そうなん?
うち(大阪府高槻市 高槻城下の町)には愛宕講があったけど、高槻から京都の愛宕神社まで
売春ツアーに行ってたんやろか?
愛宕神社参詣の場合、どこの遊郭に突撃したんやろ? 清滝・嵐山・嵯峨野に遊郭があったとは
聞かんしな。上七軒? 島原?
江戸時代に庶民の間でブームとなった「売春ツアー」とは?
https://www.rekishijin.com/14413
>江戸の庶民のあいだでは、成田山新勝寺(千葉県成田市)に参詣する成田講、富士山に登る富士講、大山(神奈川県中部の山)に登る大山講などの人気が高かった。
>講は信仰を目的に掲げていたわけだが、男の団体旅行ということもあって、実際には途中の宿場で、飯盛女(めしもりおんな)と呼ばれる遊女と遊ぶのも楽しみだった。中には、女郎買いが目的で講に参加する者も少なくなかった。
>講による団体旅行は、「売春ツアー」の一面があったと言っても過言ではない。 縁日ってお祭りのイメージがあるとおもうけど
元々は神仏に関係のある日にちでその日に参拝するとご利益があるから人が集まった
人が集まるということは商売のチャンスになるということでその日に屋台を出したりしてお祭りなった
神仏の縁日が先で、屋台や祭りは後付けの話
伊勢参りや講も趣旨としては神仏にお参りするのが目的だったけど人が集まれば商機ありで
本来の目的と違って売春ツアー目的の人間が多く賑わっただけの話で
>講=売春ツアーとな? そうなん?
全員が全員それ目当というわけではないだろ 目的地にも大きな遊廓はあったんだろうけど、そこまで行く街道の宿場宿場にも
たくさんの女郎がいて、ストリップ小屋があるような歓楽街だった。
それが昭和の時代には赤線、青線になり、戦後はなくなったことになってるが、
またガールズバーという形で復活してきたりしてる。 5chは裏からは誰がどのスレに居るのかリアルタイムで把握してるからな
書き込んだ内容は一生個人情報としてファイリングされる
IPアドレスから個人名なんて今は容易に特定される
個人情報を集める巨大な装置が2ch、5chです
過去の発言やアクセスログすべて
それが5chの販売物
5chにアクセスすればするほど
5chに書き込めば書き込むほど、大手企業に就職出来なくなるぞ
今はほぼすべてが運営側の書き込みですから、アクセスする人間の過去すべての
情報を持ってる運営と議論しても勝てないぞ
延々と反論スクリプトにやられます。無視するのが一番
5chがマスコミからもアンタッチャブルな存在なのが謎ですね。
バックが右翼団体だったわけで
アフェリエイト業者しか居ないしな
hっbんんんn 信仰あり気で登る訳ではないけど、いつもの山にこの前久しぶりに登ってきた。山頂付近は雪があって長靴さいつよ、雪の下りは気をつけるべき 「神仏習合」と言われても、割と最近ウィキペディアで知った知識なのでもひとつピンとこない。
神仏分離令以降の牛頭天王とスサノオはだいたいこんな感じでイメージされてるようだが、
神仏習合時代の牛頭天王とスサノオはどんな姿をしていたのだろうか?
牛頭天王
https://www.daibitonya.com/sanpodo/images/gozutenou_03.jpg
スサノオ
https://shinwanosekai.info/img/god_photo/susanoo_2.jpg 苦しいときの神頼みという。苦しいときも神頼みしなくなった。
すべては過去に支配されているだけだ
なるようにしかならない これは素数ですよ良い数
37ゲットなら心願成就ッ!てあッ! 信仰ありきの了簡で登山してるから本当は山伏姿で登りたいんだけど現状は金剛杖持参くらいだな
ここのみんなは山伏フル装備なんだろ?憧れるな >>38
錫杖買うつもりがコロナ前はアマゾンで2万だったのが今は3万になってて諦めた 服装ねぇ、この前大峯の山上ヶ岳行ったけど、登ってる人の2/3は登山服、
1/3が白衣(四国遍路と同じやつ)、ほんの数人が山伏姿だったな。 仕事で金剛杖作ったことあった…
納品はしたけどあれ持って誰か山行ったのかな あれは昔はゲバ棒、今は大学の立て看の具材。
山に持ってくれば、金剛杖。100円くらいのもんだ。 有名な霊峰、修験場に限らず神仏由来の名が付いた山や岳が沢山あるって事はそれだけ山岳信仰が浸透してたって事なんだろうな
そんな山々に登山する時はやはり冷水浴びて水垢離などしっかり精進潔斎しないといけないよな 問題は山の名前が古代から何回か変わってしまってる点
忘れ去られた古名もまた良いものが多い >>49
山に限らず地名などにも言えるよな。山岳信仰から所番地まで明治維新前の実体を知るのはなかなか難しいらしい
ところで君も入山前には頭から冷水浴びて精進潔斎してるよな?仲間がいて嬉しいよ 低山高山関わらず多くの山頂で鳥居や仏像など大小様々な像や石碑をよく見かけるがあれは何か昔からの由来があって設置されたものなのか?それとも近年誰かの思い付き的なノリで設置されたものなのか?調べたら色々ありそうやね 大峯だと奈良、飛鳥時代もあるね。戦国時代くらいが多いのでは。
洞辻茶屋に二体の青銅の不動明王が野ざらしであるのだけど、
これはどれくらい前のと小屋番に訊いたら、約500年前と言ってた。 >>60
なんたって役行者のお膝元だから歴史があるね。山によって時代はまちまちなんかな?
戦国時代の像が野晒しってのも凄いなぁ、見てみたい
>>59の江戸から明治ってのは講の隆盛と廃仏毀釈って事かな 江戸時代だと富士講とか大山詣り。 たいぶレジャー化してくる。 関東だと日原鍾乳洞が鎌倉時代からの修験道の聖地。
日原は今は奥多摩とつながってるけど、以前は秩父からのみ。
タワ尾根経由で来てたんだろうね。タワ尾根には遺跡はないが、
古い石組みが残ってる。
他は聖徳太子とか言ってるのもあるけどただの自称だろうね。 聖徳太子信仰も鎌倉時代前後に流行りだしたから時代的にも同時期かな 禁足地でも普通に入って写真撮ってる年寄り割といるね 聖徳太子いなかった説もよくよく中身を見てみると、
十七条憲法に聖徳太子がサインした証拠がないとかその程度のことなんですよ。
キムチ臭い人たちが日本の歴史に難癖をつけてるだけで。 その辺りの有名人は複数の人間の集合体説あるよな
坂上田村磨呂とか キムチ、唐辛子は日本から朝鮮に輸出されたんですね。 朝鮮韓国のものはほとんどが日本出自なので、朝鮮の人たちは
悔しくてたまらないので、日本のオリジナルに難癖つけてるわけですよ。
卑しい人たちです。 禁足地って境内にあって厳重に柵を張り巡らされてる所しか見た事ないんだけど、登山コース沿いとかにあって勝手に入れたりする所もあんの? コース沿いには無いけど、神社の裏だとかの簡単な柵だけだったりピークの反対側には何もなかったりは良くあると思う ぶっちゃけ信仰、修行ありきの心持ち、知識で登ってないと感じないだろ。レジャー感覚の登山で山神様やら不動明王が急に現れたらかなりヤバい奴だろ 現れるとか言ってる時点でアホなんだよw
朝鮮人には難しいか? 何言うか、馬鹿はアンタだ
修験道に影響を与えた儒教、道教、仏教も渡来人によってもたらされたもんだ。謝罪しろ 交番勤務の警察官に覚醒剤中毒者が混ざっている可能性が指摘されている。
剣道や柔道、ラグビー、レスリング、相撲 最近は登山、マラソンなどをしていると、警察の採用で優遇などあるように見える。
たいへん心強く、とてもありがたい。
ところが、学生時代にドーピングで薬物依存症になっている若者が、実は結構いるんじゃないのか。
処分を受けずに出世を繰り返している警察官が存在しているのかもしれない。 とても心配している。
「警察官になれるから大丈夫だよ」 と言って、学生に薬物をすすめている体育会系OBの警察関係者がいるのではないか 心配している しかしまぁ富士などのメジャーな山除くと外国人登山者はまだまだ少なくて静かでいいよな できれば、もうちょっと山知識がある人が書いてほしい 中谷美紀って、オーストリアのインチキ音楽家と結婚して、いまは
ザルツブルクに住んでるんだな。ザルツブルクって日本でいうと、
飛騨の高山みたいなところだよ。 スレ始めにある天狗興味深いな
というか今まで登った大抵の山に神仏に関する何かしらの物(鳥居、祠、石仏など)があったわ。 さほど古くなくて右翼がかった看板の建物やら石碑やらに唐突に山奥で出くわしたことは何回かある 修験はけっこう怪しいところあるね。いわゆる霊感商法とも近い。 そもそものコンセプトが山岳修行して神通力を得るだからな。そりゃ怪しい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています