http://blog.tatsuru.com/2023/08/29_1214.html

――社会はどんどん変化する中で、どのように生きていけばいいのでしょうか。
内田 「夢を持て」「夢を語れ」と言われると高校生たちは暗い顔になるそうです。それはそこで「夢」という言葉で指示されているのが、単なる「人生設計」のことだからです。どの学校でどんな専門を学んで、どんな職業に就くか、それを早く決めろと急かされている。早く人生を決めて、決めたレールの上を走って、そこからは外れるなと言われてうれしがる子どもはいません。
 それに、「夢を持て」と言ったって、子どもたちはこの世にどのような学術分野があるか、どんな仕事があるかを知りません。世の中がどういうものかを知らない段階で、「この世の中で、どういう立ち位置を選ぶのか、はやく決めろ」と強制するのはほとんど虐待です。
 ですから、中学生高校生に「将来何になりたい?」というような質問を不用意にすべきではないと僕は思います。そこでうっかり口にした言葉に自分自身が呪縛されるということがあるからです。10代の頃になんか、将来のこtなんか決めなくていいんです。天職というのは、自分で決めるものではなくて、仕事の方から呼びかけてくるものですから、気長に待っていればいい。

――進路や将来就きたい職業について、どう考えていけばいいのでしょうか。
内田 これからの世界で、どんな職業が生き残り、どんな業界が消えるか、それは誰にもわかりません。「この専門を勉強すれば、一生食うに困らない」というような専門分野は残念ながら存在しません。ですから、「あまりやりたくないけれど、この職なら食えそうだから」というような理由で専門を選ぶべきではありません。「やりたくない仕事」の専門家に我慢してなってけれど、それでは「食えなかった」というのでは、救いがありません。
 なかなか「やりたい仕事」は決められないでしょうけれども、「やりたくない仕事」「これは無理」という仕事は高校生だってわかるはずです。とりあえずは、それを選択肢から外してゆけばいい。
 それに僕たちが仕事を選ぶときの基準は実は「業種」じゃないんです。それよりもオフィスの雰囲気とか、着ている服とか、同僚とのおしゃべりの話題とか、そういう具体的な日常の空気感で「できる仕事/できない仕事」を選別している。
 僕の妻は能楽師ですが、前に能楽師になった理由を聞いたら、「着物を着る職業だったらなんでもよかった」と教えてくれました。仲居さんでも舞妓さんでもよかったんだそうです。そういうものですよ。