あーあ、明といえばもう一つ忘れてはいけない
中国王朝は原則的に穀物の5-10%を肥沃なベトナムから輸入していた
始皇帝が征服したベトナムは中国最重要穀倉帯だった
中国全域は農業生産性が低く税を取れば餓死する
よって肥沃なベトナムから輸入することで米の需給を黒字化していた

けど中華史唯一明のみがベトナムを掌握できていなかった
よって穀物需給が常逼迫したため300年人口経済が停滞する飢餓国家になった

朝鮮征伐時に日本は絶望的な飢餓国家朝鮮の経済価値×領主の旨味がないとしって
この地を割り当てられるのを大名はいやがった
ところが面積単位の収穫量は明のほうが貧しく明のほうが人口増加率が低かったほど

よって明は飢餓衰弱国家だったから低レベルな王権の専横が成立した

尚明と清はじゃがいも流入と日本からの銀流入で殖産が拡大し人口経済は300年ぶりに緩やかに増加を始める
ただ食料は逼迫で清が人口経済を立て直したのは十全武功のインドシナ半島征服により
莫大なコメをインドシナから輸入できる体制を確立して
清は1780-1840年間で人口が倍増と漢帝国以来2000年ぶりの人口爆発がおきた
おまけでその後80年でリン酸農業により人口はさらに倍になった

列強に負けた清だったがインド化を避けられたのは負けても農業生産+人口がインフレ的に増加したことで国家財政は赤字化を回避して成立した