>>606
秀吉本人は秀吉のいない豊臣には権威も公儀も感じておらず
まして奉行など単なる官僚としか考えていなかった
だから自分の死後に諸大名を力で抑えるために家康は必要不可欠だと考えていたが

秀吉以外の豊臣家の人々は、秀吉死後も豊臣の絶対権威を信じており
奉行にいたってはその権威を使って全国を統治する大幹部だと考えていた
だから家康なんて必要ない、排除しても大丈夫だと思い込んでいた

三成も淀・北政所も単に現実を理解していない人間だったというだけ
関ヶ原で現実を見せつけられて、各々が処刑されたり保身に走ったりしたに過ぎない