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石田三成の挙兵
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0001人間七七四年
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2022/03/07(月) 02:55:02.62ID:gll72NsS
石田三成が上杉討伐で挙兵をしない、もしくは合戦
勃発後に挙兵していたらどうなっていたか。
0153人間七七四年
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2022/05/20(金) 10:13:15.96ID:cvCNF77U
豊臣体制からの離脱を宣言し瀬戸際外交を継続する会津上杉は、
徳川を筆頭とする五か国協議に復帰することを急がねばなりません。
0154人間七七四年
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2022/05/23(月) 11:26:08.57ID:EEe8rG7T
>>152
ただ東軍も問題多いいんだよなあ
秀忠軍の遅参は最たるものだけど
積極的に裏切る者はいなくても三成憎しか勝ち組に付いた大名ばかりで
家康に忠節を誓ってるのは黒田と藤堂くらい
西軍の内応組も戦況しだいではどっちに転ぶか分からない
あと家康本隊3万は数ほどの脅威はないと思う
メンツを見ても主力は秀忠軍で、朝鮮で戦ってない徳川軍は
大阪の役以前から昔年の強さはないと思う
家康もそれを知った上でのあの運用じゃあないかな
従来説準拠であれば決戦前日に三成に転生しても勝ち筋は充分見える
0155人間七七四年
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2022/05/23(月) 11:42:56.39ID:YIH534BI
>>154
従来説の決戦前日ってまだ両軍とも赤坂に布陣で小早川が松尾山に陣取ってるんだぞ
御高説を願おうか
0156人間七七四年
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2022/05/23(月) 11:55:55.12ID:6vLeCx2l
元々の西軍の戦略では南宮山を境に東軍を迎撃するというものだった。ところが三成が突如西進、佐和山方面に向かってしまう。これで西軍は動揺して東軍に寝返る者多数という有様になった(吉川家書状)ちなみに既に南宮山の毛利軍は戦うつもりは全く無かったので山を降りて無い(三成に不満を言われてる)
尤も三成は逃げたんじゃない。三成は既に「秀秋が裏切った」という報を受けてそれに対処する為に松尾山を攻めに行っただけ。秀秋は既に西軍の指示を無視していたから疑われていたけど西軍には何も出来んかった。
0157人間七七四年
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2022/05/23(月) 12:33:27.02ID:uPcb7SkN
挙兵した時点で負けだろ
どんなに挑発されても挙兵はしない
家康はあの年なんだからひたすら隠忍自重しようって考えはなかったのかな
0158人間七七四年
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2022/05/23(月) 17:56:01.25ID:LbCPX632
何も行動を起こさないなら反徳川勢力が家康に各個撃破されていくだけなのだから、まだ大同団結すればギリギリ勝ち目があるうちに賭けに出ようという気持ちは分からんでもない
家康が畿内から遠く離れる好機も何回あるか分からんし

ただ重要なのはこの各個撃破されるであろう「反徳川勢力」に豊臣家は含まれていないことだな
豊臣家のことだけを思うならやはり忍術すべきだった
0160人間七七四年
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2022/05/23(月) 18:20:52.58ID:sxxxYQSl
石田三成よりも毛利輝元がお手付きした疑惑が強い
0161人間七七四年
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2022/05/23(月) 20:03:57.49ID:x9QT5W09
>>158
正直奉行や宇喜多は自家や己の立場や行く末と、豊臣の立場を天秤にかけちゃった時点で
もうどうしようもないんだよね この時点でどう言い訳しようと批判は起きてしまう
後の徳川と比較するとよくわかる、江戸幕府の最初期において政争に敗れた大久保一派は
許しを請うたり、減刑を求めたり政敵を批判したものはいても、復権を求めて
武力行使に訴え出るようなものはいなかった
たとえ不満があっても、それをすれば幕府そのものが弱体化することがわかっていたのだろう
0162人間七七四年
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2022/05/23(月) 23:03:37.96ID:wXy1TiYs
石田三成自身は巻き込まれてどうしようもなかったって説もあるけどね。まぁだからなんだよって話でも在るけど。
0163人間七七四年
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2022/05/24(火) 12:42:53.34ID:7DCllqer
https://i.imgur.com/rFfkKLy.png
>>155
とりあえず一番有名なこの布陣前提で議論したい
新説やらなんやらで毛利や小早川の数が多過ぎるとか
布陣が違うだろうとか思われる方もいると思いますが
前提を決めて置かなくては議論も出来ないので
旧参謀本部によって刊行された「日本戦史関ヶ原の役(附表・附図)」をベースにしたこの布陣で話すことをお許し頂きたい
0164人間七七四年
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2022/05/24(火) 13:59:52.69ID:I4fRxB+2
>>163
長宗我部と長束
ぐるりと回って
京極の背後を突く
バレないように旗だけ残しておく

東軍不利と見た小早川秀明は
はよ裏切れとうるさい
奥平貞治と大久保猪之助を切って捨て
すぐさま松尾山をかけ下り福島正則の背後を突いた


赤座 小川 朽木 脇坂 らは遅れてはならぬとすでに長宗我部にボコボコにやられている京極めがけて
さらなる追い打ちをかけるのであった
0165人間七七四年
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2022/05/24(火) 20:38:51.78ID:qwNU5S+u
小早川秀秋は松尾山取った時点でもう後が無いから東軍一本なんだよなぁ
0166人間七七四年
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2022/05/25(水) 08:34:21.26ID:vLoM7vEj
新説だとそのとおりかもしれないですけど
私にとっては新説は有象無象の珍説のひとつに過ぎないので従来説準拠で議論します
東軍:従来説どおり
三成:理由はどうでもいいので最新の関ヶ原の戦いに関する知識をもってる

西軍:宇喜多、小西、島津、大谷、安国寺、長束、長宗我部、毛利秀元、平塚、戸田
一応西軍:小川、朽木、赤座
内応組:小早川、脇坂
傍観約束:吉川
戦後の処置を見ても事前に東軍に通じてたのは小早川、脇坂、吉川だけであり
彼らとしても御家大事が一番であって、家康に忠誠心を持っているわけではないので
状況しだいでどっちに転ぶか分からないでしょう
以下の従来説準拠で14日昼前に赤坂に家康到着を確認した時点から開始したいと思います
0167人間七七四年
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2022/05/25(水) 09:41:16.89ID:gaA7P0lg
wwwww
0168人間七七四年
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2022/05/25(水) 12:28:58.62ID:vLoM7vEj
何か言いたいことがあるのであれば日本語でお願いします
0169人間七七四年
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2022/05/25(水) 13:53:12.95ID:whworicZ
元々西軍の作戦では南宮山を中心に赤坂からの東軍を迎え撃つ計算だった、というのが吉川家文書にある。ところが十四日突如石田三成が佐和山に向けて出撃、これを逃走とみて西軍は大いに動揺してしまう。
何故三成がこんな動きをしたかというと松尾山を小早川秀秋にとられたから。秀秋は元々西軍の陣替命令も無視してたんだがいよいよ東軍に与するという動きを見せてたので警戒されてた。警戒はされてたけどどうしようもなかった。
0170人間七七四年
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2022/05/25(水) 18:09:32.34ID:7FqhpI2B
>>169
三成と配下の豪の者は
合戦前夜
小早川秀明と謁見
すぐさま秀明の首を跳ねた
同行していた伊賀者がケムリ玉を投げ
三成達は笹尾山に舞い戻るのである
0171人間七七四年
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2022/05/25(水) 18:30:15.61ID:whworicZ
つまり関ヶ原の戦いは東軍を迎え撃つ西軍の背中を小早川秀秋が刺したのでは無く、
小早川秀秋を討とうとしたら東軍に背中を両断されたという締まらないお話なのだ。尤もこれは三成の才能に問題があった訳じゃ無い。三成としては南宮山の毛利隊が東軍を防いでくれる(例え消極的でも東軍に対する牽制にはなるはずだった)と思ってたんだろう。そうでないとあの動きは出来ん。ところが毛利は既に家康に内通していたから牽制にすらならずに東軍主力隊が雪崩れ込んできやがった。
だから秀秋よりもまず毛利をなんとかしないといけないんだけど大坂城を握ってる毛利は三成がどうこう言える相手じゃないし…
0172人間七七四年
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2022/05/25(水) 18:44:12.57ID:wiOuZ4wP
大津城攻めをしていた小早川秀包と立花宗茂は
家康が赤坂に旗印を上げたと聞き入れると
すぐさま大垣に矛先を向けた

長束配下の伊賀者はその様を鍋島に伝達
九州に帰ろうとしていた鍋島は長束と供もに関ヶ原に向かうのであった
0173人間七七四年
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2022/05/25(水) 20:34:47.33ID:qavM4xFr
三成大勝利の架空戦記を作るスレ?
0174人間七七四年
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2022/05/26(木) 03:35:56.67ID:KE32+5Pz
三成がどうしても勝つなら、家康に刺客を送るしか手はない
挙兵は100パーセントの愚策
最初から無理筋

家康と三成ではそもそも人間が違いすぎて話にならない
0175人間七七四年
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2022/05/26(木) 09:12:03.68ID:TDd3cKml
>>174
福島ら先方隊が来る前に清須を制圧
石田 小西 織田秀信 長束
とにかく7月中に清須
伏見は小早川秀明と毛利と長束の忍者で
0176人間七七四年
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2022/05/26(木) 09:47:13.89ID:wdGeyfhk
以前「どうすれば西軍が勝てるか」スレでけっこうやったけど、9月14日時点では既に西軍の勝ち筋はほぼない。
8月中の岐阜城後詰決戦案が一番勝てる可能性がありそうだった。
0177人間七七四年
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2022/05/26(木) 10:00:09.46ID:fp+eYkls
古田と筒井は西軍に参加すべきであった
0178人間七七四年
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2022/05/26(木) 10:12:55.01ID:fp+eYkls
竹中重門に金森長近もなんとかならんか
0179人間七七四年
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2022/05/26(木) 10:39:30.26ID:a6jm1kE/
西軍が押し気味と見た筒井が突如西軍に寝返る
島津は石田に加勢
黒田加藤細川が押され始める
そして竹中古田織田有楽金森も西軍に寝返る

それを聞いた大谷吉継跳ねた赤座小川朽木脇坂らに
小早川の睨みはといて京極に出陣せよと下知
赤座小川朽木はすぐさま動いたため
脇坂はいやいや京極に突き進む

西軍有利なのに吉川広家は動かない
毛利秀元はどいてくれない広家を罵倒し単騎池田軍に突き進む
広家は流石に死なせてはと後に続く

池田浅野山内有馬対南宮山方面軍
石田島津竹中古田織田有楽金森対黒田細川加藤
小西筒井対田中井伊直政松平忠吉寺沢
宇喜多対福島

戦っていないのは徳川家康と小早川秀明のみとなった
0180人間七七四年
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2022/05/26(木) 10:43:37.32ID:0RMW/zIu
もし西軍が勝った場合、残った奉行と毛利上杉ら大諸侯で秀頼成人まで合議制を続け
成人したら秀頼を関白として秀吉の頃のような独裁体制にするつもりだったのか
それを毛利や上杉その他大名たちは望んでいたのだろうか
0182人間七七四年
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2022/05/26(木) 10:57:03.40ID:0RMW/zIu
>>181
毛利や上杉はもちろん加増されるだろうけど
秀吉の頃のようなトップの気分次第で海外遠征まで命じられる独裁体制を望んでいたのかな
毛利は秀吉の裁定した秀元への領地割譲を三成と共にひっくり返そうとしたそうだし
成人した秀頼と利害が衝突する可能性もあるとすれば結局政権が安泰だったかは不透明
0183人間七七四年
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2022/05/26(木) 11:50:00.59ID:HBpl7mA4
加増というか、毛利や上杉は自力で獲得した領域は手放さないぞ
毛利は伊予・讃岐・阿波
上杉は山形

戦乱が長期化すれば、
毛利は九州方面
上杉は越後方面

特に毛利は、家康の後任よろしく大坂に居座る
長期化すればするほど実効支配が進み、史実と同じく豊臣政権の弱体化は避けられない
合議制など機能するわけない
0184人間七七四年
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2022/05/26(木) 12:57:45.19ID:Sb/DkZSX
https://i.imgur.com/rFfkKLy.png
従来説の布陣図
https://i.imgur.com/rqGg3LT.png
架空の新布陣図(開戦直前:午前8時頃)
とりあえず新布陣図を貼っておきます
左上の石田傘下(2000)は北国街道から更に4、5km西の枠外に控えてると考えて下さい
この図を見れば大体の戦略をご想像頂けると思います
その新兵力どこから湧いてきたとかはおいおい解説します
0185人間七七四年
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2022/05/26(木) 18:11:28.55ID:Cb8HyQ60
徳川サイドの話を信じるなら三成は何度か家康暗殺の刺客を送ってる。軒並み失敗してるけど。
0186人間七七四年
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2022/05/26(木) 20:07:00.87ID:dTeAOdqM
そりゃ成功してたら家康しんでるし
0187人間七七四年
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2022/05/26(木) 21:37:16.15ID:dYaF+o3e
>>176
岐阜城が落ちたのは大垣城に一万から二万弱しか居なくて後詰しようにも東軍先手衆(約四万)に勝てなかったから。
でなんでそんか事になってるかと言うと西軍首脳部が伊勢方面を重視していて毛利ら主力部隊はそっちに居たから。つまり三成はもう岐阜城が攻撃された瞬間に詰んでいた事に…
0188人間七七四年
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2022/05/26(木) 23:51:49.19ID:O6OWC3w6
>>179
島左近が覚醒して無双
一直線に徳川本陣を襲い家康の首を取る
これで完璧
0189人間七七四年
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2022/05/27(金) 07:31:07.41ID:dhXHO/0z
>>187
渡河迎撃せずに始めから岐阜籠城、しかるのち宇喜多到着を待って東軍先発隊に対し後詰決戦。
しかもここで勝ってもまだ東軍には徳川本隊、秀忠隊が残っているので勝ったとは言えない。
0190人間七七四年
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2022/05/27(金) 08:35:50.24ID:H5Q5Brxs
結局西軍が勝っても豊臣家と豊臣政権が強化されるどころか
秀頼と豊臣家にとって他人でしかない200万石級大名が複数できるだけでさらに統制が難しくなりそうなんだよな
これで西軍が勝ったら豊臣政権は安泰だとなぜ思えるんだろう

むしろ豊臣家の権威を背景に徳川が前田→上杉→毛利と大諸侯を潰していっていけば
残るスーパーパワーは秀頼の密接な親類徳川家のみとなり
秀吉が想定したであろう豊臣の権威と徳川の実力が融合した政権が実現したかも知れないのに
0191人間七七四年
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2022/05/27(金) 08:59:47.42ID:2x5kLUxD
https://i.imgur.com/rqGg3LT.png
私の書いてる内容は9月14日の時点で関ヶ原の戦いを逆転出来るか
それ1点です
とるべき手段
1 東軍の集中攻撃を受ける石田本隊の増強
2 西軍の士気高揚と東軍の動揺
3 南宮山の遊兵を参戦
4 伊勢街道の情報遮断
5 小早川を西軍側で参戦
6 脇坂ら四将を西軍側で参戦

1のために大垣城守備隊7500のうち6000を抽出し石田隊に加える
1及び2のために佐和山城に早馬を飛ばし守備隊2800のうち2000を援軍として派遣
3及び4のために島津義弘に毛利秀元を、島津豊久に長宗我部元親の説得
この際、吉川以外の南宮山部隊と作戦共有
別働隊で伊勢街道の情報遮断と主戦場の偵察
5のために従来説の恩賞に加え上方に更に二か国加増を約束
ブラフを含めた作戦を伝える
6のために大谷吉継に全作戦内容を伝える
0192人間七七四年
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2022/05/27(金) 09:40:16.25ID:Bg6MsNPG
>>191
だから9月14日時点では無理だって、散々考えたんだから。
まず南宮山の毛利はよほど戦局有利にならなければ動かない(逆に言えば有利ならば動く)。

次に東軍はあと5〜6日もすれば秀忠隊が、北陸の戦況次第では南下中の前田も合流する、
つまり東軍は無理に関ヶ原に前進する必要がない。
理由不明ながら、西軍が大垣を手薄にして
主力が関ヶ原に転進するようなら大垣を落としてしまえばいい。
小早川秀秋の寝返りと毛利の不戦が確実となり、
大垣から西軍主力が関ヶ原方面に移動したので
東軍も関ヶ原に向かったのだろうが、
小早川が寝返らない、毛利との和睦交渉が進展しないのなら、
素直に秀忠隊の到着を待つだけ。
もう一度言うけど、9月14日時点では無理。
覆せられる戦力比ではない。
0193人間七七四年
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2022/05/27(金) 09:50:21.44ID:Crj7wYwF
>>188
三成軍崩壊

だが左近は生き残っていた
取り残された島津は徳川本陣めがけて猛進
それを見た左近は島津と共に家康めがけて突き進む
あまりにも家康軍はもろく
逃げるつもりであった島津義弘は家康と刺し違えてでも決意
左近義弘豊久は無双となり家康軍を滅多斬り
0194人間七七四年
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2022/05/27(金) 09:53:52.57ID:Crj7wYwF
>>187
東軍が来る前に美濃勢と近江勢で清須城を攻め落とす
毛利輝元が大阪城に入るころには制圧

これで奥美濃 伊勢 などほぼ西軍に付く
0195人間七七四年
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2022/05/27(金) 10:04:34.20ID:UioXDGhg
>>192
朝のうちに西軍優勢のうちに筒井が裏ぎる
竹中古田金森も裏切る

田中も裏切ってくれ
0196人間七七四年
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2022/05/27(金) 10:15:44.85ID:Wj/79eLX
西軍は松尾山並に笹尾山の要塞化していた

大阪城城から持ってきたフランキ砲の玉には仕掛けがあった
秀吉は生前三成に

村上軍が使っていた焙烙玉をヒントに
炸裂する玉をひそかに開発せよ
また国友にも大筒を大量生産し佐和山城に隠しおけ

と命じていたのである

三成は秀吉死後には炸裂玉を開発していた
0197人間七七四年
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2022/05/27(金) 10:19:51.12ID:/9eaExcA
雨あられと黒田隊に降注ぐ炸裂玉
黒田隊はほぼ崩壊
それを見た筒井は東軍を裏切り加藤嘉明に襲いかかるのである
0198人間七七四年
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2022/05/27(金) 17:33:29.30ID:Yh+eDw9t
岐阜城については割と攻められた時点で詰んでる。東軍が西軍より多いって状況で仮に籠城しても大軍に包囲されて数日しか保たない。状況的に後詰も期待出来ない。三成が「宇喜多を待とう」と考えるのは道理だが宇喜多がいつ大垣に来るかもわかってない。なら撃って出るしかない。で、負けた。しかも犬山・竹ヶ鼻が東軍に内通してたからどのみち負けてたろうっていう二重の詰み。
0199人間七七四年
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2022/05/27(金) 17:39:24.13ID:Yh+eDw9t
次に毛利だけど元々家康派の吉川広家と奉行派の安国寺恵瓊が両立して外交してたけど岐阜落城と伊勢方面の苦戦を受けて輝元は広家を支持。結果広家が必死に家康と交渉してる。
南宮山に陣取った時点で毛利軍は家康に人質を出して不戦と引き換えに毛利本国安泰の取引をしてる。そうとは知らない三成が小早川秀秋に対処しようとして関ヶ原になった。
広家は南宮山から動かなかった事について「全員で決めていたこと。仮に裏切るとしてそこから山を降りて二万人の東軍と戦って(数キロは)離れた関ヶ原に行くなんて無理」と言ってたらしい。
0200人間七七四年
垢版 |
2022/05/27(金) 22:34:44.31ID:WzcUKD7R
8月20日時点での西軍戦力表
大垣城:石田5700、小西5000、島津1000、計11700

岐阜城:秀信+美濃衆6000、石田援将河瀬、松田ら1000、計7000

犬山城:石川貞清400?、稲葉貞通・稲葉典通1400、稲葉通重400、稲葉方通150?、
     加藤貞泰1200?、関一政900?、竹中重門150?、大坂弓鉄炮衆2400?
     計7000

伊勢桑名、長島周辺(推定):明石掃部3000~8000(推定)、
おそらく南濃周辺:長島城への備えとして原勝胤(長頼)800

近江草津:宇喜多秀家10000~15000、(宇喜多は明石掃部と足して総計18000)

伊勢国内:安濃津城攻略に向けて、安国寺恵瓊1500、長束正家1000、吉川広家ら5000、
  後続として毛利秀元ら1万、長曾我部盛親2100、鍋島勝茂9800、堀内氏善300等約29700

その他伊勢の在番、守備隊等
滝川雄利400、山崎定勝400、中江直澄390、蒔田広定370あたり。

瀬田守備隊等
相良、秋月ら約6900、
美濃、近江周辺立花宗茂3900、
推定佐和山在番筑紫広門500、

あとはよくわからんが伊賀在番7000、新庄直頼とかのことかな?
大坂は輝元・元康15000、小早川秀包1000、増田3000、前田1000、
その他大坂城在番衆詳細不明ってとこかな。

秀信は渡河迎撃時の6530から少し割り引いて計算、そのまま計算なら秀信6330になる。

それと「9月3~5日頃 相良、熊谷、秋月、高橋、垣見ら大垣入城(4000~7000?)」
これは8月下旬以降、垂井~赤坂を東軍に押さえられているため、
近江伊勢の白瀬峠を越えて大垣南方から入城という遠回りをしているようで、
東軍が垂井を押さえていないのなら2~3日は到着が早くなる。

毛利は、毛利総兵力:41500(大津攻城時での計算)と仮定
毛利秀就10000(所在地不明)
毛利秀元&吉川広家15000(南宮山)
安国寺恵瓊1500(南宮山)
毛利元康10000(大津)
毛利輝元5000(大坂)

なので、秀就がどこにいるかにもよるけど、輝元が出陣しても兵は5000しかいない計算。
毛利約120万石で41500人動員ならけっこうがんばってるほうだとは思う。

■安濃津城攻城戦での吉川隊(秀元等他の毛利含めず)の死傷者数。

・戦死75名、負傷226名。死傷者計301名。
負傷内訳:銃創126名、槍創60名、矢創24名、刀創1名、銃槍創5名、銃矢槍創2名、
       矢槍創8名、計226名。

吉川広家が推測で兵3000引き連れていたとしたら、安濃津城力攻めでの死傷率は10%と言える。
けっこう高いね。
毛利の他隊も同様の損害が出てるなら、南宮山の秀元&吉川は13500くらいかもしれない。

それと東軍先発隊の兵数については、一般的には渡河部隊約35000と言われているけど、
>>5にあるように福島覚書準拠でいくと49300~58000くらい?となる。
かなり差があるのでこれをどう見るか、だけど。
0201人間七七四年
垢版 |
2022/05/27(金) 22:36:12.31ID:WzcUKD7R
史実時系列表(仮・本戦後を加筆)

6月6日 会津征伐に関する軍議、芳春院(まつ)、人質として江戸に到着
6月16日 家康、大坂出陣
6月23日 細川忠隆隊上杉征伐に丹後宮津を出陣
6月27日 細川忠興隊上杉征伐に丹後宮津を出陣
7月1日 家康、江戸到着
7月2日 秀家、出陣式
7月12日 前田、増田、長束が輝元に大坂出陣を要請
7月15日 輝元、広島出発
7月17日 前田、増田、長束「内府ちがひの条々」、細川ガラシャ自害
7月19日 輝元、大坂城入城、伏見城攻防戦開始、秀忠が会津へ出陣
7月21日 家康、江戸から会津に向け出陣
7月22日 宇喜多、小早川、鍋島伏見到着、毛利軍が瀬田の砦構築を担当することとなる
7月25日 伝「小山評定」
7月26日 東軍諸将、西進開始、利長金沢を出陣
7月29日 三成伏見到着
8月1日 西軍伏見城攻略
8月2日 前田勢大聖寺城攻略
8月3日 大谷ら約6000敦賀着陣
8月4日 瀬田の砦構築完了
8月5日 家康江戸入城
8月8日 前田勢約25000大谷らの流言飛語に掛かり金沢へ引き返す
8月10日 石田、小西大垣到着(6700、5000)
8月14日 東軍先発諸将3万数千清洲到着
8月16~17日 市橋長勝・徳永寿昌・横井時泰らが福束城を攻略。
         福束城主丸毛兼利、大垣からの援軍伊藤盛正・武光忠棟・石田らは敗走
8月17日 伊勢方面攻略隊より小早川秀秋勝手に行軍より離脱、病と称し近江を放浪
8月19日 市橋・徳永らは高須城高木盛兼、駒野城高木帯刀、津屋城高木正家を攻略
8月20日 島津義弘大垣到着(1000)
8月22日 東軍先発諸将木曽川渡河、織田秀信が迎撃に失敗し岐阜城へ敗走、島津義弘墨俣の守備に就く
8月23日 東軍岐阜城攻略
8月24日 西軍鍋島ら伊勢松阪城攻略、東軍先発諸将赤坂に布陣、秀忠宇都宮城を出陣
8月25日 西軍毛利秀元ら伊勢安濃津城攻略
8月27日 宇喜多秀家、長島城攻略を止め大垣入城(18000)
9月1日 岐阜城落城の報告を受け家康は江戸から出陣
9月2日 大谷ら関ヶ原山中村着陣(9600)
9月3日 犬山城開城。石川貞清ら一部を除いてほとんどが東軍につく
同日  京極高次が北陸から大津城に帰城、東軍方として兵3000で籠城する。付近にいた毛利元康、立花、筑紫ら約15000がこれを攻める
9月3~5日頃 相良、熊谷、秋月、高橋、垣見ら大垣入城(4000~7000?)
9月上旬 鍋島勝茂南宮山へ向かう西軍主力から離脱、伊勢美濃国境付近に留まる
9月7日 毛利秀元、吉川ら毛利勢南宮山着陣(約2万?)
9月7日頃 小早川秀秋佐和山付近をうろつく
9月8日 家康が西上したことにより上杉軍が最上領へ侵攻
9月9日 大久保忠益が秀忠の元に到着、即日上田攻めを中止
9月9~10日 尾張の野間・内海にて毛利水軍が合戦
9月10日 秀忠西上開始。家康、熱田到着。
9月11日 家康清洲入城(33000?)、前田利長再び金沢出陣(今回は利政抜き)
9月13日 西軍小野木ら約15000、丹後田辺城を開城する
9月14日 家康赤坂着陣。秀忠信濃本山(塩尻の少し南)到着、小早川秀秋、伊藤盛正追い出して松尾山占拠、西軍毛利元康ら15000、大津城攻略
9月15日 毛利元康ら大津入場
同日   関ヶ原の合戦(本戦)で東軍勝利、宇喜多石田大谷が壊滅、島津長束長宗我部他は撤退又は敗走
0202人間七七四年
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2022/05/27(金) 22:48:57.89ID:WzcUKD7R
宇喜多については既に先発隊の明石掃部隊が推定桑名周辺にいる。
秀家も草津にいるので、7日あれば大垣に着ける計算。
後詰戦力はある。

犬山・岐阜・大垣・桑名の諸城は敵主力が襲来した場合は徹底した籠城策で
7~10日はかならず持ちこたえられるようにすること。
持ちこたえられさえすれば他方面より戦力を抽出し、当該地域での後詰決戦が可能となる。
東軍先発隊主力がどこに来るかによって、犬山城後詰決戦だったり、岐阜城後詰決戦だったり
桑名城後詰決戦だったり柔軟に対応できる。

西軍は戦力劣勢なので敵主力の撃滅を狙った各個撃破を狙うしか勝ち筋がないと思う。
家康を討ち取る、というのでも勝てる可能性は高いが、いずれにしても
野戦での決戦という形態になると思う。

3~5年前の「関ヶ原合戦はどうすれば西軍が勝てたか?」スレを見てもらえばわかると思うが。
0203人間七七四年
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2022/05/28(土) 09:02:59.84ID:DXtDcIYH
>>192
広家は動かないとしても秀元なら朝鮮で共に戦った義弘の説得に応じたと思います
前進を主張して広家と衝突し、大阪城での徹底抗戦も主張しましたから
従来説では広家に前進を阻止されましたが
広家は無視してそのまま囮にし、反対の伊勢街道におりればいいのです
大垣城守備隊が7500から1500に減ってるなんて瞬時に分かるはずないので
西軍を追って東軍が関ヶ原に入る史実は変わらないでしょう
真夜中に西軍転出の報を聞いた家康は寝床に入ったまま即座に出撃を命じたくらいですから
私も当時居れば参加したかったですが
その議論されたスレでは伊勢街道からの南宮山部隊突入は挙がりましたか?
「日本戦史関ヶ原の役(附表・附図)」を見る度に
何で西軍は伊勢街道を利用しなかったんだろう
何で東軍は伊勢街道をこんな無防備にしたんだろう
何で誰もそれを指摘しないんだろうと常々考えてたもんで
0204人間七七四年
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2022/05/28(土) 10:51:02.39ID:QXiH/Y+T
色々説があるんだろうけど(そもそも南宮山から伊勢街道に迅速に下山出来るのかとか)
一番あり得るのは既に毛利は家康に内通していて南宮山の毛利隊は戦う気が全く無い。安国寺隊みたいな一部の過激派はヤル気だったっぽいけどね。そんな少数が関ヶ原に向かったところで瞬殺されるのがオチだから誰も動かなかった。
次に恐らくだけど撤退路の問題があるかと。小早川秀秋はどうも佐和山方面から東山道を使って松尾山まで来たらしい。と、なると東山道は東軍の勢力下にある可能性が非常に高い。こうなると退却が困難極まる。無事に逃げたければ徳川との不戦の約定に縋るしか無い。
0205人間七七四年
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2022/05/28(土) 12:22:43.48ID:cqIhBHlR
大垣城の西軍主力は大垣南方から長曾我部の陣方面から関ヶ原に向かっている。
また、その際外曲輪を焼き払っているようなので
大垣に戻ってくるつもりはなかったかもしれない。
史実でも大垣城は水野隊に攻撃され、曲輪への進入を許している。
松尾山の小早川を撃退して畿内方面への連絡線の復旧を試みようにも、南宮山の毛利が赤坂の東軍を牽制してくれなければ史実通り。
9月14日時点でどうにかしようと思ったら、
いちかばちかで赤坂の東軍に夜襲を仕掛けるくらいしかない。
0206人間七七四年
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2022/05/28(土) 16:18:19.56ID:QXKBSXiq
慶長七年、豊臣政府は、家康、秀忠の死一等を免ずる代償として、反逆首謀者三名を出すべきことを命じた。家老の席次からすれば、本多平八郎、井伊直政、本多佐渡であったが、本多佐渡はこのとき行方不明、忠勝と直政はすでに自刃しており、結局、四番目の席次にいた榊原康政が、当家の責任を、一身に帯びて切腹をする。
慶長八年、徳川家は一般流罪された
0207人間七七四年
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2022/05/28(土) 18:34:59.59ID:QXiH/Y+T
地味に痛いと言われてるのが岐阜城が落ちた直後の東軍攻撃隊を止められずに赤坂と垂井を取られたこと、って話も。
これで大垣が曽根・赤坂・垂井と東軍拠点に圧迫されかつ東軍からは大垣や南宮山の西軍の動きは丸見え。投了したくなるような状況。
0209人間七七四年
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2022/05/29(日) 12:18:25.51ID:mHUvuLtm
https://i.imgur.com/ELidjAH.png
開戦1時間後(午前9時頃)の状況図です
開戦の合図(石田隊の大筒)と同時に移動した
島津と毛利・長宗我部主力は伊勢街道で合流済み
現地に行かれた方はご存じだと思いますが南宮山なんて子供の足でも1時間もあれば登れる小山です
道などなくても戦国時代の兵士なら1時間もあれば伊勢街道に降りれるでしょう(そもそも夜明け直後から移動準備している)
じ後、島津の伊勢街道分遣隊と合流して状況を確認後、直ちに関ヶ原に突入
安国寺、長束、毛利・長宗我部残余も開戦と同時に移動し
蚊帳の外の吉川を囲むように布陣して東軍の南宮山警戒部隊を牽制
その際、毛利・長宗我部残余は旗差物等を多く持って主力の分離を偽装
0210人間七七四年
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2022/05/29(日) 12:34:47.23ID:mHUvuLtm
佐和山城からの石田援軍2000は開戦と同時に前進し、この頃到着
14日に早馬で三成に指示された通り、大津から早馬と湖上の早舟を利用して借り受けた
毛利秀包や立花宗茂及び捕獲した京極の旗を15日の朝に受け取って石田の旗差物と付け替え
大津城攻撃部隊の先遣隊に偽装
西軍の士気高揚と東軍の動揺を誘う
ちなみに真の全作戦計画を共有してるのは石田、島津、宇喜多、小西、大谷、安国寺のみ
小早川や長宗我部、長束には田辺城と大津城は既に陥落し
攻撃部隊3万の主力及び先遣隊は本日朝には到着とブラフ込みで作戦を共有
吉川には嘘情報しか伝えない
松尾山の小早川からは伊勢街道の動きや北国街道からの援軍の動きは手に取るように望見出来たはず
ごちゃごちゃするので省きましたが東軍は既に史実どおり笹尾山、天満山等の西軍に突入し交戦中
家康本隊は南宮山西軍の東山道接近を警戒して桃配山を動いてないと思われます
0211人間七七四年
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2022/05/29(日) 12:44:48.24ID:ctBzdPJk
>>209
だから東軍が関ヶ原に前進する理由がない。
毛利との和睦交渉が進展しないなら秀忠隊と前田との合流を待てばいい。
0212人間七七四年
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2022/05/29(日) 12:54:26.06ID:E3Qih3Uy
14日の時点で士気が最高潮の東軍と最低状態の西軍じゃな
西軍諸勢が三成の急な指示に従うとは思えない
ウクライナでの戦争で士気、兵站、信頼が大事というのをあらためて思い知らされた
0213人間七七四年
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2022/05/29(日) 13:06:54.66ID:mHUvuLtm
関ヶ原に突入した島津・毛利・長宗我部軍21000は徳川軍を牽制しつつ
東軍左翼の藤堂・京極・福島隊を背後から攻撃(午前10時頃)
この瞬間、笹尾山に初めて狼煙があがる
小早川への徳川軍への攻撃と宇喜多・小西隊の総攻撃の合図となる
小早川が動いた時点で大谷吉継は自隊と脇坂ら四将に石田隊と戦う東軍の背後を攻撃するよう下知
以後の戦いは家康の決断次第ですが、私の考えでは関ヶ原の合戦に見切りをつけて
南宮山警戒隊を翼側援護と殿にし、東軍諸隊を捨て石にして撤退して秀忠との合流を目指すと思います
そうなれば、徳川軍と南宮山警戒隊は損害を出しつつ撤退に成功しますが
残った関ヶ原の東軍諸隊はカンネの戦いのように殲滅されると思います
徳川軍にはまだ大きな戦力が残ってますが
ひとまず関ヶ原の戦いは西軍の完勝となります

>>211
家康に入る情報は何一つ変わらないのになぜ方針が180度変わるんですか
>>212
杭瀬川の戦いで士気は幾分回復しただろうし
史実では急な真夜中の関ヶ原転進も三成の指示どおりに動いてますよね
まあ水掛け論をする気はありませんが
0214人間七七四年
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2022/05/29(日) 13:26:17.49ID:E3Qih3Uy
>>213
水掛け論で言うと小早川が西軍につく前提がある時点で駄目だろ
官位と領土だったらすでに十分なものを西軍は提示している
俗説では関白職までちらつかされてるんだぜ
それと広家から秀元たちの動向が家康に筒抜けの場合はどうすんの
広家抜きでも伊勢街道にも間者はいるだろうから伊勢街道で迎撃される
伊勢街道を無視したというより伊勢街道が使えなかった可能性もある
ぶっちゃけ妄想するなら何でもありになってしまう
0215人間七七四年
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2022/05/29(日) 13:37:16.05ID:E3Qih3Uy
前提は>>191
なろう小説でも書くつもりなのかな
議論の価値は無いね
0217人間七七四年
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2022/05/29(日) 14:53:38.39ID:YY61P54l
>>213
徳川と毛利の和睦交渉が成立し、小早川秀秋が寝返るという史実通りの前提ということか?
ならば毛利は上で挙げたように戦況有利にならない限り動かん。
徳川と毛利の和睦交渉は本多忠勝・井伊直政と吉川広家・福原広俊が行っている。
吉川広家単独で行ったわけではない。
で、東軍の前進理由は小早川秀秋攻撃を企図しているであろう西軍主力を
関ヶ原で挟撃し撃滅すること、となるが、
佐和山の在番と大垣の在番を削って前線投入したところで戦況に与える影響に疑問。
長束や長曾我部が陣を移動させれば大垣への後詰戦力はなくなる。
史実では水野隊は曲輪に侵入しただけだったが、大垣落城もありうる。

仮に小早川秀秋が寝返りを止めて西軍として戦闘参加しても、
東軍先鋒の木曾川下流渡河組は大損害を出す可能性があるが、
勝ち切るまでには至らんだろう。
前田隊と秀忠隊が合流すればさらに劣勢になる。

毛利が不戦を決めてしまった以上9月14日以降もう西軍はどうにもならん。
0218人間七七四年
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2022/05/29(日) 19:54:19.74ID:87BL51Rh
吉川広家の記録が正しいとなると九月時点で西軍かなり厳しいんだよなぁ。あと石田三成が増田長盛に資金と兵糧を依頼してる書状があったけど増田長盛も切り捨てに走ってたんかな
0219人間七七四年
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2022/05/29(日) 22:04:36.33ID:esnhRzGn
>>917
小早川隊が動いても勝ちきれないは言い過ぎでしょ
あの時点で徳川の本陣は前に動いてるし、あの狭い場所で東軍先鋒が崩れたら
立て直す事なんて出来ないよ

賤ケ岳の戦いでも、佐久間隊が崩れた後は動揺が激しくて柴田の本隊は何も出来てない
0220人間七七四年
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2022/05/30(月) 00:42:02.12ID:kppqDGmJ
とにかく理屈抜きで西軍に都合の良い変化があり
東軍には一切何の変化もなく史実通り動く
その上で西軍がまるで東軍の動きを見越したような
采配のもとに一糸乱れず動けば勝てる

あっそうwそりゃそうだろとしか
0221人間七七四年
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2022/05/30(月) 06:10:16.86ID:nT7Y9eeN
そもそも関ヶ原に限らず、史実の敗北側を理屈抜きに勝たせたいんなら
『敗北側が当初考えていた勝利ルートの想定通りに物事が進みました 終わり』でいいのよね
0222人間七七四年
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2022/05/30(月) 11:07:16.49ID:3bWbvUqn
>>219
松尾山は東軍先鋒の側面を突ける位置にあるけど、
後退されるとその効果は薄れるよ。
0223人間七七四年
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2022/05/30(月) 11:30:33.14ID:k0S+Z4eG
吉川広家の記録によると
1 既に南宮山の毛利諸将は連署して家康に起請文出してるので戦闘することは出来ない
2 よしんば裏切りをするにしても山を降りたその先には東軍の監視隊二万がいる
3 しかも当時は濃霧で身動きが取れなかった
と書いてある。
毛利軍が動かなかった事は既に東軍に降伏してるからなんだが幾つか他の要因が説明されてる。
0224人間七七四年
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2022/05/30(月) 11:38:50.28ID:k0S+Z4eG
まず確かに南宮山は簡単に登り降りが出来るような山じゃない。だが仮に毛利軍が下山(方向は問わない)しようとすると東軍の監視隊が前進してくる事になる。下山してるところを襲われるのも反対方向に降りてる時に山を登られても面倒なことになるし。しかも毛利軍には東軍の総数が分からないから下手すると南宮山を包囲しながら伊勢街道を突かれる可能性も考えていたはず。
次に石田三成らの関ヶ原進出は事前から決まっていたものじゃ無かった。だから南宮山の毛利軍はそもそも関ヶ原の布陣を知らない。しかも濃霧となると尚のこと。下手に突っ込んでそこが味方でした、なんていう事になったら笑えん。それで二重に動けなかったんじゃなかろうか。
0225人間七七四年
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2022/05/30(月) 12:18:00.22ID:n0a8FSed
https://i.imgur.com/ELidjAH.png
>>214
秀秋が逡巡してた話しや問い鉄砲、家康が焦り黒田長政に詰め寄った逸話も全てなかったということですか
広家にだけは嘘情報を流すって書いてますよね
あと東軍は午前2時頃に西軍移動の情報を入手し
取るものも取りあえず関ヶ原に進出したので情報や作戦会議なんてできません
夜が明けて各自、目に付いた敵の前に布陣しただけで
それは極端に右翼に偏った布陣にも現れてます
あと伊勢街道は不思議なほど東軍は無警戒です
証拠は西軍が問題なく関ヶ原への移動に使ってるし
島津が撤退する時も追撃のみで何ら途中の妨害なく伊勢街道を離脱してる
また敵の物見を防ぐためにわざわざ島津の別働隊も情報遮断のため残置してます
>>217
秀元と広家を毛利として同一視し過ぎでは
秀元と広家は仲が良いとはいえないし
秀元が広家に出陣を詰め寄ったり大阪城でも主戦論を張ったという逸話は無視ですか
また最悪大垣城が落城したとしても八倍以上の東軍を関ヶ原に参加させなかっただけでも充分な働きでしょう
0226人間七七四年
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2022/05/30(月) 12:26:42.36ID:n0a8FSed
>>221
私は14日の時点で西軍が物理的に可能なあらゆる手段(兵力、布陣、偽装、ブラフ、嘘)を講じ
それを東軍が察知出来ないなら大まかな動きは史実どおりに動くと思います
結局私が事前にしつこいくらい前置きしていた
従来説に沿った議論という前提と、わざわざ説明した西軍諸将の立ち位置まで崩さないと否定出来ないなら
机上の作戦としては問題ないということでしょうかね
あとこの板に限らないですが、歴史修正不可能派とでも言いましょうか
史実はどんな改変を加えても絶対に変化しないという人が多いいですが
私は逆で、さじ加減ひとつで歴史の天秤は大きくぶれ180度史実は変わると思っています
0227人間七七四年
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2022/05/30(月) 12:32:13.16ID:n0a8FSed
最後に家康を神格化する人も多いいですが、私は家康にはもはや長久手以前の切れはないと考えてます
勝ったから良かったものの、秀忠軍の遅参は東西両軍でも最大の誤謬であり
その責任の大半は秀忠ではなく家康にあるでしょう
東軍諸将にはあれほど気を配っているのに息子と直参の将には不思議なほど配慮に欠けてます
徳川軍自体にも往年の精強さはないと考えてます
精強揃いの秀忠軍ですら上田であの体たらく
関ヶ原本戦でも目立った働きはなく、逃げる少数の島津すら反撃されて取り逃がす始末
お陰で東軍諸将に大幅に加増せざるを得ない羽目になってますが
これらの理由は朝鮮の戦いに参加せず実戦から遠ざかっていたためでしょう
逆に朝鮮で鍛え抜かれた島津や毛利、長宗我部と相対してれば
15年早く、遥かに寡勢の寄せ集め浪人衆に潰乱した大阪夏の陣のようなことになるかもしれません
14日の時点でも西軍が絶望的とも思いません
大局的に見れば前田利長と徳川秀忠が参戦出来ない時点で五分と五分
作戦次第で移ろいやすい人間の心情を変え
勝利することは可能だと考えてます
0228人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 12:58:38.69ID:fQmxQ5In
>>226
西軍だけは無制限に動けて
東軍だけは史実から一歩も外れられない

それがちょっとした匙加減?
0229人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 13:40:42.94ID:ZaEV0nw7
>>225
福原広俊がどういう立場の者かよく確認してくれ。
輝元は秀元に「福式とよく相談するように」と書状を送っている。
0230人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 16:57:20.67ID:nT7Y9eeN
>>226
最初の2行でもう論外としか言いようがないね、その部分の変更はできない前提で考えている
そこを変更した時点で理屈抜きで勝たせようとしたと判定するな、私は
0231人間七七四年
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2022/05/30(月) 18:54:53.46ID:eS5gPzpB
結果論なんだからこうすれば勝てていたなんてことは誰でも言える
IFにはなぜ史実とは違う行動をとったのか・とれたのかという説明・設定が必要なんだよ
0233人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 19:07:47.68ID:bNFhlZSu
>>191>>226の最初の2行で
>さじ加減ひとつで歴史の天秤は大きくぶれ180度史実は変わると思っています
が無理だと自分で言ってる

歴史の天秤を動かすには莫大な力が必要だと思ってるが何故か自分でそれを認められない
あるいは自分が何を主張してるのかがわかっていない
0235人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 20:51:34.36ID:41LOfKPW
小早川秀秋が史実どおりの動きを見せるが、
実はその全てが家康を罠にはめるために西軍首脳部と示し合わせた
行動だった、って仮定かな?
一番の問題はその作戦が西軍内部の裏切り者を通じて東軍に漏れないように
する方法が無い、ってことだろうか。
0236人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 21:34:52.14ID:c9lPhzCm
異説では石田三成と家康は縁戚関係
乱の首謀者は大谷吉継
0237人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 21:52:49.30ID:k0S+Z4eG
関ヶ原での一番の問題は既に毛利が降参してるっていう状況だよな。この時点で西軍は瓦解してる。後は毛利の生け贄処分セール。
吉川広家は一貫して徳川との和睦を叫んでいた訳だけど彼単体で毛利軍を止められる訳じゃ無い。秀元含め毛利軍全体として不戦の約定を守る気だった。こうなると三成は辛い。舞台に上がったのは三成の意思じゃないのに…
0238人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 22:48:18.32ID:ej1uXXLd
毛利の内通と小早川の寝返りがなければ関が原がああいう形にはなりえないし
それらを家康をおびき寄せる偽装工作でしたとするなら
それこそ徳川家以上の領地を彼らに恩賞としてくれてやるくらいの見返りがないと無理じゃね
仮にそれで勝てたとして何のために戦を起こしたのか分からなくなる事態になりそう
0239人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 22:57:45.81ID:bJbBwlbY
>>222
関ヶ原は平地が殆んど無い狭隘な地形で、ここで崩れると部隊の再編制とか
出来ませんよ

こうなると、敗走する東軍先鋒は東軍本隊の直ぐ横を通って敗走になるんだよね
これが起きたとすれば、本隊の士気も低下して逃げるしかないのでは

賤ケ岳の戦いだと、佐久間隊の敗北より裏崩れ「後方の部隊が勝手に退却」が起きた
事が「前田隊」致命傷だったんですよ
味方が逃亡して自分達が取り残されるって恐怖が伝染すれば士気は簡単に崩れる

柴田の本隊は未だ数も居るし、堅固な陣地に居たはずなのですがね
柴田軍右翼が総崩れで敗走してるの見せられたら...(-_-;)

あの地形で先鋒が崩れたら本隊まで巻き込まれますよ
0240人間七七四年
垢版 |
2022/05/30(月) 23:08:03.33ID:n0a8FSed
別にあなた方とシミュレーションゲームをしたいわけじゃあないんですけどね
こうなることが簡単に予測出来たから
163や166や191で前提や状況をしつこく何度も前置きしたんだけど案の定、完全無視ですか
>>228
東軍が動きを変更するには西軍の新たな情報を入手する必要がありますが
どうやって大垣城守備隊の兵力をリアルタイムで知ったんでしょうか?
どうやって南宮山の部隊が伊勢街道に下りるのをリアルタイムで知ったんでしょうか?
情報を短時間で処理し決断に変える時間的余裕はあるんですか?
それを明示したなら別に変更してもかまいませんが
>>229
福原広俊?吉川広家と同じで使いっ走りの黒田や藤堂としか接触せず
家康本人には一度も直接交渉しなかったため
約束を反故にされ毛利を滅亡の危機に追いやった無能ですよね
>>233
私は人間の小さな決断次第で歴史は大きく変わると書いたんで
そこに莫大な力が必要なんてどこにも書いてませんが?
>>237
秀包が何人もの武将や重臣を失ってでも大津城を落としたことや
秀元が出撃を主張して広家と対立したことや大阪城で徹底抗戦を主張したことには全く触れませんね
そんなに意思統一が出来てたのなら戦後、秀元が広家を恨んだ訳は?

結局、勝者の行動は全て合理的で事前の計算どおりであり
勝者は常に勝つべくして勝ち、敗者は常に負けるべくして負けるという考えなんでしょうね
まあその方が物事考えなくていいから楽なんでしょう
0241人間七七四年
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2022/05/31(火) 00:08:57.71ID:7WS2jj4m
負けたら後がない関ヶ原よりもその前で勝ちを狙えよ
0242人間七七四年
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2022/05/31(火) 01:07:19.45ID:+W5/AraP
まあ実際合理的な行動をした方が勝って
負けた方はそうではなかった訳だがな

それなのに西軍だけは謎の要因で
勝てると言ってるのは何が言いたいんだろ
0243人間七七四年
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2022/05/31(火) 01:13:09.16ID:DiPWXD+3
やっぱり菅沼例え話だったわ
都合の悪い質問はスルーするから
0244人間七七四年
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2022/05/31(火) 04:32:32.61ID:U9HFGhjy
シュミレーションゲームがしたいわけじゃないと言いながら自分がやってるのは渾身のギャグかな?
0245人間七七四年
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2022/05/31(火) 08:09:49.77ID:EcBs40se
>>238
小早川への見返りとしてはすでに「関白」を提示しているわけで、
それ以上は無理でしょ?
毛利・吉川は負け、と判断してるわけで、恩賞とかよりも、
勝てる、と判断できる材料が必要
0246人間七七四年
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2022/05/31(火) 08:21:53.12ID:AwSXWHYR
>>242
人間が常に合理的理由で動くと思ってるのがなんも分かってないなと

ギャンブルと言う物を理解してないから、同じ話のループになるんだと思うね
ギャンブルを理解するのに重要なのは大抵の場合答えは二つあり、そのどちらが実際に来るのかは
実際には確率でしか分からないって事ですよ

例えば、投機の世界では皆が恐怖に怯えると「リスクオフ」安全資産の値段が上昇
するという法則が有ります

金とかの値段が買われて上昇するって事ですね、でもこの法則は実は絶対では無く
逆に金が暴落する事も「コロナ恐慌の初期に実際に起きてる」あります

この現象を理解出来ない人が暴れてるんじゃないのかな?
0247人間七七四年
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2022/05/31(火) 08:36:40.34ID:AwSXWHYR
通常、世界的な危機が起きればリスク資産は値下がりし、これで損した投資家は
これ以上の損失の拡大を防ぐ為に手仕舞いします
そして手仕舞いした資金で安全資産を買い込む為に、金価格が上昇するわけです

でもね、本当に危機が深刻になると正反対の行動する人も出て来るわけ
非常用に貯めてた金を処分して当座の資金を何とか確保しようとする人もね
だから、この動きが大規模に起きれば逆に金価格が下がる訳ですよ

同じ、世界的に恐怖が蔓延するという同じ現象に対して、正反対の結果が起きてる訳です
ギャンブルって、実際はこういうものなんだよ
0248人間七七四年
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2022/05/31(火) 08:47:28.52ID:+W5/AraP
>>246
合理的に動くのと合理的理由で動くの
全く違うことなんだがそれすら区別してないの?
0249人間七七四年
垢版 |
2022/05/31(火) 09:16:10.66ID:kPDtSMqJ
なんつーか、「関ヶ原本戦で小早川秀秋が西軍側で参戦したらIF」でしかないわ。
そしてなぜ小早川秀秋が西軍側で参戦するかの理由はない。
伏見攻略後自分勝手に近江うろついてた小早川秀秋が
急に西軍側でやる気出しだす理由がね。

松尾山占拠したら9月15日に西軍に松尾山包囲されたんで、山降りて布陣し直し西軍側で参戦しました、ならまだわかる。
なにもなしで都合よく西軍側で参戦など、
だれも納得しない、そんなのはおかしいと言われるだけ。

そして何度もいっているが、和睦がなった以上、
もはや毛利は戦局有利にならない限り動かない。
無能がどうとか関係なくて、立場。
本多忠勝、井伊直政と吉川広家、福原広俊、
同格同士で交渉してる。
家康と交渉?なら輝元連れてこいって話。
0250人間七七四年
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2022/05/31(火) 10:28:39.91ID:qHp8EU++
>>249
実は連れてきていたとか

小早川 裏切りは許さない
と輝元に言われてしまう
広家も渋々引き下がる
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