「深夜特急」のようなもの 第2便
イッチョンアゲヨ―――――――――――――――――― 正直すまなかった
でもお前らも悪いぞ。スマホが使えないパッカーもいるんだ >>6= >>8 = >>10の自演が酷すぎ
年寄りは歯もレスもニチャニチャ粘着しやがる ほらほらまたスマホバカキター!
常駐するほどこのスレが気になるんだ?w スマホバカ連投即レスだもん
ずーっとこのスレチェックしてんだろうなw >>13
スマホがないと何もできないスマホバカは放っておこうぜ
即レスじゃない俺たちでこのスレを盛り上げて行こう ここまで自演だけで、スレタイ通りのレスが1つもない。終わったな 2010年前まではスマホ無しで海外旅行していた。
バンコクで知り合った娘に勧められてMBKで生まれて始めてスマホ買って以来
スマホ無しの旅行は考えられない あのぅ、その話は前スレで終わりにしませんか?
いつまでもしつこいと馬鹿だと思われますよ? 沢木はバンコクでどこに泊まったんだっけ?
なぜか30−40年前はマレーシアホテル周辺がパッカーの生息地の一つだったんだろ?
一度も行ったことないが。
1989年ですでにカオサンはパッカー街だったしなあ。おれが学生だったときはヤワラとカオサン半々 カルカッタのサダルはもうパッカー街じゃないだろう。外国人旅行者かつてほど多くない 今は重装備パッカーの存在は昔のヒッピーみたいなもんじゃないかな
LCCでお手軽にさらっと楽しむ層が厚い ゴアのビーチにコテコテのヒッピー、おらんかったな。
圧倒的にインド人旅行者がビーチで群れてる。白人はビール飲みに店でグダグダ 空港の案内板を見るのはスマホ見るのと同じなんですか? スマホ見るより早いし確実。そんなことも分からない馬鹿がいるのか イッチョンアゲヨー――――――――――――――――!!!! 正宗 以下省略さん ↓
975正宗 以下省略
バンコクのサーモンフォアグラ丼も結構旨いよ
977異邦人さん
>>975
その旨いサーモンフォアグラ丼が食えるとこの
店名と場所、価格を教ええ下さい
978異邦人さん
>>975
バンコクで旨いサーモンフォアグラ丼って珍しいのではないですか。
どこだか店を知りたいですね。
↑ 逃げ回ってるようだけど回答しないのですか? 正宗 以下省略
ラックらバーン駅周辺の宿なら空港から無料送迎付きで格安に泊まれるだろ
1泊して電車で市中心部まで移動すればいいし
修行好きなら空港で寝たほうが良いが 正宗 以下省略さん
ラックらバーン ラックラバーン
どちらにしても酷い表記だねw 正宗 以下省略さん
タイで生インゲンボリボリ食べたのでしょうね
どんなものと一緒に食べましたか
美味しかったですか? >>25
そんなこと聞いてませんが?
スマホと同じなんですか?と聞いているんですが?
同じなんですか?同じじゃないんですか?どっちなんですか? そこまで説明しても分からんようなら話にならんな
何らかの言質を取りたいんだろうが、荒らしにこれ以上付き合う義理はない 付き合う義理がないなら的外れなレスしなければいいのにレスしないと気が済まないんだろうなw 同じか同じじゃないか、二者択一を迫るには抽象的だな。的外れなのは荒らしの方 ああ、うんこだったのか。ではさようなら、うんこ君
君がまた誰かのケツの穴から出てこれますように
繰り返し繰り返し、ケツの穴を無事に通れますように
君がこのままずっとうんこでいられますように うんこもこの詩を 読んで喜んでるだろうな。うんこ冥利っての? 感じてるはず エサ撒いたらすぐ食いつくなこの人w
やっぱりレスせずにいられないんだなw 下手に荒れるよりう○こと言ってたほうが平和でいいじゃないか 結局このスマホバカって英語わかんなから騒いでたんだろ? 16年ぶりに海外に旅に出る。
そのため旅先でスマホ使うにはどうしたら良いか凄え勉強した(未だに腑に落ちないが)
で、便利を享受するために縛られた感は時代と共に比重を増しているように思った。
昔は通信なんて気にせずどこでも行き当たりばったりだったんだがなぁ〜歳食ったもんだ。
自由になりてえのに、すがっちまってる。
なんにしても久々の旅だ〜。 今は選択の時代なんだよ
東南アジアで ぼったくりタクシーとちまちま交渉するより
GrabTaxi使った方が安くて安心
しかし交渉も昔の旅では醍醐味の1つであった
昔を懐かしむ旅行者は今すぐスマホを家に置いて旅に出ればよい
時代のせいにするとは心まで老いたか、 >>52
はぁ?
なんだテメエ?
そんな言い草ねえだろ。 反論すらできないとは
やはり歳はとりたくないものだ このスレはこんな方々にオススメです!
深夜特急まともに読んだことない。
ガクブってパッカー出来ないスマホバカ。
他人のレスに文句しか言えないカマ。 >>65
最初は笑えたけど、だんだん哀れになってきた 一生懸命荒らしてるのに冷静な振りをしてるところは笑えるわな >>70
前スレで何度も持論を披露してたけど、その情熱が間違った方向に行ってしまったんだなあ
そこが運の尽き(うんこだけに) >>72
いや、駄洒落も言いたかったのは確かだが(w)実際そうだろ。宮崎文夫のような煽り運転する奴の思想と一緒
「自分が正しい。この考えを受け入れられない奴がおかしい。だから荒らす」
荒らせば自分が負けた議論はとりあえずなくなると考えたが、結局は馬鹿にされるだけで
それでも意地で引けなくなってしまった
そこが運の尽き(うんこだけに) せっかく16年ぶりに旅に出るのに、火病起こすとは。 ユーチューブで大沢たかおの深夜特急見れる
懐かしい >>71
粘着質が荒らしになる典型的なパターン。ってかもう誰も見てないかw
次スレが立ってたと思ったら、何この流れw 中年童貞の粘着が必死チェッカーでストーカーしてますよーw 正宗 以下省略さん ↓
975正宗 以下省略
バンコクのサーモンフォアグラ丼も結構旨いよ
977異邦人さん
>>975
その旨いサーモンフォアグラ丼が食えるとこの
店名と場所、価格を教ええ下さい
978異邦人さん
>>975
バンコクで旨いサーモンフォアグラ丼って珍しいのではないですか。
どこだか店を知りたいですね。
↑ 逃げ回ってるようだけど回答しないのですか? 正宗 以下省略
ラックらバーン駅周辺の宿なら空港から無料送迎付きで格安に泊まれるだろ
1泊して電車で市中心部まで移動すればいいし
修行好きなら空港で寝たほうが良いが 正宗 以下省略さん
ラックらバーン ラックラバーン
どちらにしても酷い表記だねw 正宗 以下省略さん
タイで生インゲンボリボリ食べたのでしょうね
どんなものと一緒に食べましたか
美味しかったですか? 正宗 以下省略さん ↓
975正宗 以下省略
バンコクのサーモンフォアグラ丼も結構旨いよ
977異邦人さん
>>975
その旨いサーモンフォアグラ丼が食えるとこの
店名と場所、価格を教ええ下さい
978異邦人さん
>>975
バンコクで旨いサーモンフォアグラ丼って珍しいのではないですか。
どこだか店を知りたいですね。
↑ 逃げ回ってるようだけど回答しないのですか? 正宗 以下省略
ラックらバーン駅周辺の宿なら空港から無料送迎付きで格安に泊まれるだろ
1泊して電車で市中心部まで移動すればいいし
修行好きなら空港で寝たほうが良いが 正宗 以下省略さん
ラックらバーン ラックラバーン
どちらにしても酷い表記だねw 正宗 以下省略さん
タイで生インゲンボリボリ食べたのでしょうね
どんなものと一緒に食べましたか
美味しかったですか? おまえが欲しがってた泉州のスケベ情報なんだが感謝の言葉はないのかね? 誰か欲しがってたんだ?
正宗 以下省略さん ↓
975正宗 以下省略
バンコクのサーモンフォアグラ丼も結構旨いよ
977異邦人さん
>>975
その旨いサーモンフォアグラ丼が食えるとこの
店名と場所、価格を教ええ下さい
978異邦人さん
>>975
バンコクで旨いサーモンフォアグラ丼って珍しいのではないですか。
どこだか店を知りたいですね。
↑ 逃げ回ってるようだけど回答しないのですか? 正宗 以下省略
ラックらバーン駅周辺の宿なら空港から無料送迎付きで格安に泊まれるだろ
1泊して電車で市中心部まで移動すればいいし
修行好きなら空港で寝たほうが良いが 正宗 以下省略さん
ラックらバーン ラックラバーン
どちらにしても酷い表記だねw 正宗 以下省略さん
タイで生インゲンボリボリ食べたのでしょうね
どんなものと一緒に食べましたか
美味しかったですか? 深夜特急のオープニングにあるタイプライターで紹介されてた、映画ミッドナイトエクスプレスを観た。
凄く良い映画だった。
オススメします。
きっとここに来る皆さんは好きだと思う。 >>106
オリバーストーンだかアランパーカーだかの映画だね
昔何回も観た
あの緊張感というか緊迫感がオレも好き ミッドナイトエクスプレスもミッドナイトランも好きw 年末までならゴーンが主役でミッドナイトエキスプレス主演で映画化されたのに
今ではダイヤモンドプリンセスから脱出する団塊が主演に 大ベテランの大御所とはいえ沢木とは近い世代
深夜特急を意識してタイトル付けたのだろうか
https://www.mag2.com/m/0001571691.html >DAN深夜EXPRESS 団しん也超特急
そうだろうねw バックパッカーとか放浪の小説で面白いのないかな?
アウトサイド、アンダーグラウンドな感じの希望。
色々読んで、もはや読み尽くした感。
やっぱアジア、アフリカ地域が好き? 珍夜特急は面白い
戸井十月のリアル一般人版みたいな感じ この手の奇行記でよかったのは
深夜特急
珍夜特急
戸井十月のいろいろ
いろいろと緩いが一応猿岩石
金子光晴
開高健
他お勧めあたら教えてくだちい あとvですが
ユアンマクレガーのロングウェイシリーズ
戸井十月の5大陸シリーズ
深夜特急のv
恋するベトナムもおまけで
猿岩石と
水曜どうでしょうベトナム
あとはテレ朝のネイチャリングシリーズは当然として
同じく古いのだと、光太夫をなぞった、tbsのアレ
言わずもがなの名作ですな 河童がのぞいたインド
もの食う人々
ゴーゴーインド
12万円で世界を歩く https://news.yahoo.co.jp/articles/415bac348e6a69316ecc903f17dc363ee6e40448?page=1
初めての一人旅は高校1年生の春休み、国鉄の切符を手に周遊した東北地方だったという作家・沢木耕太郎。
それから半世紀以上、さまざまな国々を旅して回ってきた彼は、新型コロナウイルスで世界への門扉が
閉ざされる今、何を思うのか。沢木が語る「コロナ禍」「東京五輪2020」、そして「旅と人生」。
想像し得ないことが起こるのは当たり前
80年代・90年代のバックパッカーブームを後押しし、日本中の若者を旅へと駆り立てた沢木耕太郎の『深夜特急』(新潮文庫・全6巻)。
主人公「私」の一人語りで綴られる、アジア、中東、ヨーロッパの旅は、いつ読み返しても新鮮なときめきを与えてくれる。
沢木は現在72歳。一貫してメディア出演を控えているというが、すらりとした体躯に背筋の姿勢の伸びた姿勢、
精悍なまなざしは、旅に生きる作家のイメージそのまま。はじめに、この春のステイホーム期間はどのように過ごしていたのか尋ねた。 「とても規則正しい生活ですよ。朝は6時に起床したら、顔を洗って、白湯を一杯飲みながら原稿を書き始め、
9時に朝食。そこから10時に仕事場へ行き、14時くらいには自分でクッキングをして昼食をとる。
食べながら欧米のニュースダイジェストを見て、15時から18時までまた仕事。帰宅したら、19時に夕食。
21時くらいから音楽を聴いたりしながら、少し調べものなんかをする。この3月以前から、
ずっと同じ作業を繰り返していました。そこに、『旅』がなかったというだけ。日常は、何も変わらなかったですね」
変わらない日常を過ごしながら、世界中に広がるコロナ禍のニュースを眺めていたという沢木。
20代の頃から世界を股にかけたハードな旅を経験してきた彼に、新型コロナウイルスはどう映ったのだろうか。
「語弊があるかもしれませんが、ごくごくシンプルに、大したことではないんじゃないかなと思う。
僕たちのように高齢だったり、もともとハンディを抱えている人が肺炎になったら重症化するのは、
実は当たり前のことですよね。仮に僕が、この新型ウイルスにかかってしまい、重症化して死ぬことがあったとしても、
それは病気に『縁』があっただけだと思うわけです。もちろん、罹患を避ける努力や、
人に何か迷惑をかけないように心がけるのは大切なことだと思うけれども、
生活のすべてを変えようという気には全然ならない。それでも、もしかかってしまったとしたら、
ちょっと予定よりは早いかもしれないけど、70代までは生きることができたし、
人生を十分楽しませてもらったんだから、何の文句もありません。
だから、何か世界はすべて変わって生き方を変えなければ、
というような話になると……そういう人がいたって構わないけど……、僕はタイプが違う、
それだけのことかなと思います」 熱心な『深夜特急』ファンなら、お気づきだろう。この流行り病についての考え方は、
すでに『深夜特急』で表明されている。当時、天然痘が流行していたインドから、
パキスタン国境の街へとバスで移動するシーン。
---
インドを歩いているうちに、ある種の諦観のようなものができていた。
たとえば、その天然痘にしたところで、いくらインド全土で何十万、何百万の人が罹っているといっても、
残りの五億人は罹っていないのだ。そうであるなら、インドをただ歩いているにすぎない私が感染したとすれば、
それはその病気によほど「縁」があったと思うより仕方がない。ブッダガヤで何日か過ごすうちに、
私はそんなふうに考えるようになった。
(略)
そのうちに、私にも単なる諦めとは違う妙な度胸がついてきた。天然痘ばかりでなく、
コレラやペストといった流行り病がいくら猖獗(しょうけつ)を窮め、たとえ何十万人が死んだとしても、
それ以上の数の人間が生まれてくる。そうやって、何千年もの間インドの人々は暮らしてきたのだ。
この土地に足を踏み入れた以上、私にしたところで、その何十万人のうちのひとりにならないとも限らない。
だがしかし、その時はその病気に「縁」があったと思うべきなのだ。(『深夜特急4 シルクロード』より抜粋) ニューノーマル。新しい生活様式。ポストコロナ社会。もはや世界は、これまで通りではない。
……毎日そんな論調が世に溢れるが、沢木には少しのブレもない。
「若いうちにやっておいたほうがいいことに、『旅』と『スポーツ』があると思っています。
それはどちらも、『思いがけないことが起きる』から。例えばサッカーならば、90分間の中で、
瞬間瞬間にどう対応するかということを常に問われるわけです。そうすると、それに対応する能力が身についてくる。
旅もそう。思いがけないようなことが起こるんだけど、『思いがけないことが起きる』ことを予想することは可能なわけです。
大事なことは、それにどう対応するか、ですよね」
人生もまた、思いがけないことが起きるもの。今回のコロナ禍も、同じことだと沢木は言う。
「こういう想像し得ないことが起こるのは当たり前で、自分がそこにどう対応するかを決めていくだけだと思う。
世界や人生が変わっちゃうとか、それほど大騒ぎするほどのことなのかな? 僕の場合は、
高齢というリスク要因を抱えていることになるし、場合によっては死ぬこともあるだろうけど、
その時はその時。『それで何か問題がありますか?』と自分に問えば、何もないと答えるだけです」 >>127
沢木、感性が老いたな
多くの人がコロナを恐れるのは、自分が感染することではなく、他者に感染させる可能性なんだよ
日本より安全管理が徹底していない国では、事故などのリスクは日本より高い。それでも私は旅をしてきた
しかし、今は高齢の家族や知人に死に至る伝染病をうつすリスクはとれない 万が一の可能性だけですべてを押しきれてしまうこの状況はおかしいよ。
実際のところ日本国内でインフルの方が感染者も死者も多い状況の中で
新型コロナだけを異常に重視しているのは。 https://news.yahoo.co.jp/articles/415bac348e6a69316ecc903f17dc363ee6e40448?page=2
今回の東京五輪には「大義」が見えなかった
アトランタ五輪を題材にした著作『冠』でも知られ、数多くのスポーツ取材を重ねてきた沢木。
「東京2020五輪」については、どう見ているのだろうか。「昨年末の段階では、取材もしない、
原稿も書かないことに決めていた」が、この春になって、思いが変化してきたという。
「もともと東京オリンピックを取材して書いてほしいという依頼をいくつか受けていました。
でも考えた揚げ句、昨年末にすべて断った。この東京オリンピックには大義がないと感じたからです。
そもそも東京で開催する意味があるのかどうか……。オリンピックというものは、
自国で開催したいという国民の強い欲求とともに、他国の人たちもその国での開催に納得し、
喜んでくれることが必要条件だろうと思います。1964年の東京オリンピックは、
戦後の再建のお披露目のようなものを、世界の多くの人たちが割と温かい目で見てくれていたと思います
。しかし、2020年の東京オリンピックは……積極的に肯定する人たちは少ないんじゃないでしょうか」 「復興五輪」というまやかし。コンパクトでエコロジカルにといいながら、
総額3兆円とも言われる費用がはじき出された東京五輪は、まったく無意味だ、と沢木。
「たった一つ意味らしきものがあったとすれば、1964年を知らない若い人たちが、オリンピックを自国開催するという経験、
それだけでしょうね。今度のオリンピックについて祝福するという気持ちを持てない僕が、
参加する必要はないんじゃないかと思った。だから断ったんです。ところが、だよ」
コロナ禍の影響で、東京五輪は1年延期となった。このニュースが、沢木の意識を変える。 「コロナとの戦いに終わりはないのかもしれませんが、中休みというか、
いったん緩やかな休戦か終戦があるとして、そうした中でのオリンピックというのは、
世界の人たちにとって、意義のあるものになり得るんじゃないか、と思ったんです。
古代ギリシャのオリンピックというのはそういうものでした。それはどの国でやってもいい。
もちろん日本で開催したって構わないわけで、コロナとの戦いに疲れた世界の人々の束の間の休息、
あるいは『祝祭』を、みんなで味わおうというオリンピックが開催されるならば、僕も参加したい。
そう思うようになりました」
しかし現実的には、来年の開催も難しいだろう、と沢木は冷静だ。
「コロナウイルスのローテーションは、まだまだわからない。
来年になれば大丈夫と楽観視することはできませんよね。
だからせめて、2年後がいいと思いました。オリンピックには初期の頃、
『中間年大会』というものが存在していました。第1回の開催国であるギリシャが、
毎回アテネでやりたいというので、一度だけ、本大会と本大会の間に、
アテネで『中間年大会』というものが開催されています。
ギリシャの経済状態が悪くなって、2回目以降は開催されませんでしたが……。
そういう歴史的な前例もあるわけだから、2年延期論ならば賛成だった」 https://news.yahoo.co.jp/articles/415bac348e6a69316ecc903f17dc363ee6e40448?page=3
人生の未来予想図は、今も昔もない
「僕は『こうなりたい』というような思いを持たないタイプの人間です。今、目の前にある仕事をやってきただけで、
自分の生き方、方向性なんて考えたこともなかったし、今もないです。ライフワークとして書きたいというものもない。
これは面白そうだからやってみようかなっていうことは常にあるけれども、
ごくごく近い距離のことしか考えずに生きてきたような気がします。だから、さっきの話に戻ると、
例えば明日、新型コロナウイルスに感染して重症化して、1週間後に死んでしまっても、
1年先にやりたいということもないから、構わないわけ、全然。自分の好きなことだけをやってきたので、
『ここで終わり』って言われても、神さまに不平は言わないっていうことなんです」
こんな書き手になりたい、こういう仕事がしたいと思うことは、なかった。 「やりたいことだけをやってきたらこうなったっていう、それだけの話だから。
だけれども、それを貫くためには、リスクがある。ちょっと偉そうなことを言うようだけど、
力が必要だと思う。やりたいことだけをやって生きるには、やっぱりこちらの力量が必要だし、
場合によっては、相手を納得させる話術だったり、政治力も必要になる。
僕は、基本的には、ほとんどの仕事の依頼を断ってきました。でも、どんな内容なのかは
確認するようにはしていました。まれに、何千個に一つくらい、自分にとって『おっ』と思うことが起きるからです。
そういう偶然に対しては、なるべく柔軟でいたい。自分のやりたいことを通す頑なさと、
その柔らかさを併せ持って、僕である、という感じがします」
遠い先の目標を持たず、目の前だけを見ながら生きてきたという沢木が、
人生の中で魅せられたのが、長距離の移動を伴う「旅」だった。
作家として、一人の人間として、沢木耕太郎にとって、旅とは何か。 「ちょっとかっこよく言えば『途上にあること』、要するにプロセスですよね。
行く先のどこか、何かが目的なのではなくて、どこかに行くまでが『旅』。だと思う。
僕にとっての旅は、やっぱりプロセスを楽しむものなんだよね。
結果的にたどり着けなかったとしても、問題ないんです。
行かれなかったっということがあっても、下世話な言い方をすると、
『それは面白いじゃないか、ネタになるじゃん』と(笑)」
「たとえばケープタウンに行ってみたいということは、一瞬で決められることでしょう。
そこまで行くのに3年かかろうが、目標を決めること自体には1秒かからない。
そこへ行くこと、やりたいと思う仕事に何年もかかってしまうようなことは、もちろんあり得ます。
僕は5年ほど続けている作業があるんだけど、それはやりたいことが5年経っても終わらないというだけの話です。
それが少しずつ積み重なって、今ここに僕がいる、ということかもしれない」 https://news.yahoo.co.jp/articles/415bac348e6a69316ecc903f17dc363ee6e40448?page=4
一方で、若い人に対して、「旅をすべきだ」という物言いはしたくない。沢木は著書で何度もそう書いてきた。
国内旅エッセーをまとめた近著『旅のつばくろ』(新潮社)にもこうある。
日本の若者たちが外国旅行をしなくなったと言われて久しい。それもあって、私のような者にまで、
もっと外国を旅せよという「檄」を飛ばしてもらえないかといった依頼が届くようになった。
だが、申し訳ないけれどと、そうした依頼はすべて断ることにしている。
ひとつには、私も若いとき、年長者の偉そうな「叱咤」や「激励」が鬱陶しいものと思えていた。
だから、自分が齢を取っても、絶対に若者たちに対するメッセージなどを
発しないようにしようと心に決めたということがある。(『旅のつばくろ』より) 「若い人がどうとかっていう物言いはしないようにしてきましたし、それはこれからも変わりません。
ただ、すごく気になっているのは、みんながこの状況を過度に恐れすぎていること。
周囲の目もあるだろうし、罹患に対する恐れもあるのかもしれないけど」
沢木は『深夜特急』の後書きで、これから旅をしようと思う若者への餞(はなむけ)として
「恐れずに、しかし気をつけて」というメッセージを記している。
まずは恐れることなく旅に出ればいい、ただし注意は怠るな、と。
「今、僕が感じているのは逆です。注意深くある必要はあっても、
そんなに恐れる必要はないんじゃないかな。
今ならこう書きますね、『気をつけて、しかし恐れずに』」 沢木耕太郎「旅も人生も深めるなら1人がいい」
8/13東洋経済
https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581
香港、マカオ、そしてデリーからロンドンへ。30年以上前、”バックパッカーのバイブル”などとも呼ばれ、
アルバイト代で買った格安航空券を握り締める当時のロスジェネ世代が、それぞれに冒険へと踏み出し
世界を歩くきっかけとなった不朽の名作、『深夜特急』。
ユーラシアを横断し、乾いた風の中を疾走する長距離バスに乗り、雨に降られ、
異国の仕草や言葉や色が溢れる雑多な路地裏の匂いを嗅ぎ、人々の思惑や優しさに触れ、
やがて華やかな欧州の大都市へと向かったあの沢木耕太郎氏は、意外なことにもう70代だ。
異国を旅し続けた作家が意外にも初めて日本国内を旅して綴り、今春刊行したエッセイ集『旅のつばくろ』(新潮社)に、
2020年の私たちはいま、人生の歩き方を学びたい。(文中敬称略)
■「行き先を決めたときに、旅はもう始まっている」
コロナ禍で自宅に閉じ込められ、本を読むしかなかったという40代の友人が『深夜特急』文庫版全6巻(新潮社)を25年ぶりに再読して、
こうため息をついた。「吹き上げるようなエネルギーと狂気。これは学生時代の私に海外旅行ならぬ”海外冒険”を教えてくれた、
価値観をひっくり返すような作品だったんですよ」。 知識と覚悟があれば、貧乏学生でもバックパック1つ背負って1人で世界を歩けるのだと知った。
何不自由なく用意された綺麗な観光旅行ではなく、現地の日常の中をその日の興味がおもむくままに旅して、
日本の暮らしでは出会えない人々に出会い、漂白されていない貧困や危険、悪意にも出会った。自分が大人になっていく気がした。
やがてサラリーマンになり、家庭も持った今ではもう、ある程度の金額と引き換えに安全と清潔を保証された家族旅行か、
あらかじめ万端に手配された出張しかしなくなってしまった。「あんな冒険は、もう一生できないのかもしれない。
でもコロナが落ち着いたら、また旅に出たいって思いましたよ、いつになるのかわからないけれど」。
そんな40代働き盛りの友人の言葉を伝えるべく準備して、新潮社会議室の扉を開けた向こう側、
沢木耕太郎は静かに立ち上がって取材チームを迎え入れてくれた。
こんなご時世ではもう旅行どころじゃないですよねと嘆いてみせるインタビュアーに、作家はこう答えた。
「しばらく旅行は無理かもしれないね。でもほら、思い描いている時点でもう物語の半分はできているわけだから、
半分旅をしているんだよ」。遠くへ出かけられない私たちにも、旅はもう始まっているのだと。 https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=2
これまでの広く豊かな経験で、彼はどこで誰に会い、どんな何を見てきたのだろう。
沢木耕太郎のコミュニケーションは、端正で無駄の削ぎ落とされた、けれど柔らかい彼自身の佇まいそのものだった。
細く長身の体を穏やかに椅子へあずけた沢木は、こちらをまっすぐに見つめて
「あなたのお友達が『深夜特急』を再読して『ああ、また旅をしたくなったな』って思ってくださったのなら、
『深夜特急』は『深夜特急』の役割を果たしているんだろうと思います」と始める。
「紀行文はガイドブック的な役割を担うものと、旅をする心を何か刺激するものと、
きっと2つに分かれるんじゃないかと思う。ガイドブックを欲しがる人にとっては、
主人公が具体的にどう旅をしていったかよりも外界をどのように感じ取ったかが
描かれている『深夜特急』は何の役にも立たない本だと思うんだよね。
『深夜特急』が今もポツポツと読んでもらえているとすれば、
読む人たちは彼が感受した世界を一緒に感じ取ったうえで、
自分も旅をしてみたいと思ってくださるんでしょう」 沢木の紀行文には、彼自身が「たぶん」と控えめに徹して語る通り「旅に出たいと思わせる力」がある。
新著『旅のつばくろ』は、JR東日本の車内誌『トランヴェール』で4年間連載され好評を呼んだ巻頭エッセイを一冊にまとめたものだが、
異国への旅を繰り返してきた沢木のキャリアでは初めて、すべて国内を巡って書かれた。
「つばくろ」=つばめのように気ままに日本国内を歩き、見て、食べて、飲み、考えたことを、
軽やかに、のびやかに綴った本作は、読む者の旅情を掻き立てる。
■「『どこに行こうか?』で物語はもう半分できている」
沢木はこれを読んだ人に「異色の国内紀行文」と指摘され、気づいたことがあるという。
旅の仕方が”一般的ではない”のだ。
「どこに泊まって、何を食べて、こういう景色を見て、という”普通の”国内の紀行文とは全然違うものですね、
と言われて、自分で『あ、そうだったんだ』と意外な発見がありましたね。例えば『旅のつばくろ』の初めでも、
記憶を確かめるために浄土ヶ浜へ行きますが、自分にとって意味のある場所に行くというだけで、
そこが観光地であることや、そこで海鮮丼を食べることも重要ではない。要するに、自分が『どこに行こうか?』
と思うときに、もう物語の半分はできているわけじゃない? で、実際に行ってみてどういう旅になったかで、
残り半分のピースが合わさって、1つの旅になっていく」 https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=3
ガイドブックに載っているような何かをあらかじめ目指していくのではない、
沢木にとって意味のある物語へ出会いに行く。まさにつばめのように気ままに。
本作に収録されているのは、たまたま風に吹かれたようないきさつの旅ばかりだ。
「僕の恩師である長洲一二さんと、作家の山本周五郎さんが同じ鎌倉霊園に眠っていたので、
2人のお墓参りに行った。それって、すごい旅と言えば旅じゃないですか。
僕にとっての大事な大学の先生と、もう1人、のちに僕が彼の短編アンソロジーを編むことになる作家と。
鎌倉霊園は鎌倉からちょっとした路線バスに乗って15分ぐらい、
それを旅と思わないって言う人もあるだろうけど、僕にとっては旅だった。 で、その往復の間にちょっと寄り道をしてみたら美術館があって、父の記憶と結びつく絵に出会った。
お墓参りに行くという1つの目的から少し逸脱して道を外れていくと、ある偶然が導いてくれる何かがあって、
それをまとめて1つの旅になる。旅行しようと思わなくても導かれる、それを僕は十分に旅らしい旅と感じるんです。
だから今回の『旅のつばくろ』の中で遠く龍飛崎に行く旅も、鎌倉霊園に行く旅も、
そんなに何か違いはないような気がする。『深夜特急』の旅の仕方と、基本的には同じだよね」
どちらかと言えば、私は旅運のいい方だと思うが、それも、旅先で予期しないことが起きたとき、
むしろ楽しむことができるからではないかという気もする。たぶん、「旅の長者」になるためには、
「面白がる精神」が必要なのだ。(『旅のつばくろ』「旅の長者」より)
沢木は、”導かれる”ことを”寄り道の効用”と呼ぶ。”リスク管理”や”自己責任”という世間の言葉に脅された一般の私たちは、綿密な計画や、旅行にかける金額や時間や距離に旅の意味を見いだしがちだが、そうじゃない。予期せぬハプニングを受け止め、面白がれるからこそ、沢木は出会った偶然に価値のある物語を見いだせるのかもしれない。 https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=4
■人生にも旅にも、1人で生きていける力量が必要だ
沢木は、自由な人生を旅に例えた。
「自由に生きられるということは、自分のことは自分でできる、後始末がつけられるということです」
ほほう、と俄然身を乗り出すインタビュアーに、作家は「1人でその時間をどう費やすか、自分を楽しませるかっていうことが、
やっぱりその人の力量だったりするわけだよね」と、微かに挑むような、チャーミングな笑みを浮かべる。
「1人だと、移動している時間に自問自答しますよね。それが旅を進化させ、印象を深める。
2人や3人で行くと、会話の中で消化してしまって、その思いが残らない。
この『旅のつばくろ』でも、基本的には1人で動いて自問自答してるから、
近距離の旅でも重層的にいろいろ深くなっていくんじゃないかっていう気はする。
1人だから感じられる、1人だから深められる。やっぱり旅は、
もし深いものを求めるんだったら、1人のほうがいいんじゃないかと思うね」 旅も人生も一緒、結局は1人で歩くものだ。「1人で生きていけることと、1人で旅ができることは、
わりと近いこと。もちろん何人かで一緒に人生を過ごせればいいと思うんだけど、
どこかで1人で生きられる力っていうのを持っていたほうがいいじゃない?
経済的にも、家事能力も含めて、男であってもね」。
「僕がささやかに、わりと自由でいられるのは、家事能力があるからです」。
70代の沢木はこともなげに言った。「掃除、洗濯、料理、何でも自分でできる。
僕は結婚してるから多くのものは妻がやってくれるけれど、自宅から離れた仕事場の
維持管理や家事、それに毎日の昼ご飯は自分で作って食べるから、仮に何らかの形で
1人で生きなきゃならなくても、全然平気、問題はないんです。
その力はやっぱり人間として自由になっていく、1つの重要な要素だと思っている。
経済力と家事能力、1人で生きていける力量を持った2人がゆるやかに
パートナーシップを組んで家庭を作っていくっていうの、まあ、理想的だと思うわけです。
やっぱり1人で旅するように1人で生きる力量があれば、すごく生きていくのが楽になるよね」。
■どれだけ手帳を空白にしていられるか
沢木の依存しない自由な生き方は、仕事の仕方にも表れている。 https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=5
「僕はこんなに努力している書き手はほかにいないんじゃないかって、日々思っているよ、まったく(笑)」。
沢木の口から、優れた書き手としての信念であり誇りがキラリとこぼれた瞬間だった。
「今日、この取材が終わったら、向こう今年中の約束はあと2つしかない」。
取材チームの驚く顔に、沢木は苦笑した。「手帳にはそれしか書いてない。もちろん心持ちとしては、
あの雑誌に何月頃に原稿書こうかな、ぐらいのことは考えてるよ。だけどそれはタイトな約束ではないし、
仮にタイトな約束だって、どこに行って書いたっていいわけじゃない? だから僕にはめちゃめちゃ隙間がある、
それを自由と呼ぶなら無限に自由がある。そういう自由な予定表を持つ人生を送りたいと思ってやってきたんです。
仕事に関しても『自分のライフワークはこういうので、こういうのを書かなきゃならないんだ』って思ったこともないし、
徐々に締め切りを背負わない仕事にシフトしてきた。目の前に現れた仕事をやるかどうかをジャッジして、
やるんだったら手を抜かないでやっていく、たったそれだけのことだよ」。 だが「それだけのこと」は、努力と、それが培ってくれる自信とがなければ決して実現できないことだ。
「そのためには、やっぱり何かを我慢するってことも当然ある。
経済的にそんなに豊かになれないことを引き受けるとか、例えばもしかしたら、
予定がなくなる恐怖なんかに耐えるってこと。僕は予定がないことを恐怖とは思わないけど、
予定がないことを恐怖と感じる人は多いと思うのね。でも、それに耐える。
そういうことを一つひとつ決めていけば、出版社から『書けたら出してもらいたい』と言われたり、
自分が書いたものを『載せてもらえますか?』『出版してもらえますか?』と言える関係性を作っていくことは可能だと思うけどね。
その代わり、その先の自由を得るためにはすごい努力をしないと。なんてね(笑)」 https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=6
身軽に生きていくために、誰よりも努力して優れた原稿を書き、どの出版社にも組織にも
依存せずに済む強い立場を得る。依存せずインディペンデントであるために、自由であるために、
沢木がどういうルールを自身に課して歩んできたのかが凝縮して語られたこの言葉に痺れた。
生涯1つの会社や組織に依存して生きていくことが考えにくくなった、自立して人生を歩んで
いくことを求められるこの時代の人々にも、響くメッセージかもしれない。
「自信は最初からあるわけじゃない。少しずつ身についてくるもの。それは結局、
一種の経験です。旅に例えるなら、旅先でいろんな人たちの親切を受ける。
それを無防備に受け入れていいのかどうなのか? そのとき『ここまでなら挽回可能だから、この親切に身を委ねる。でもこれ以上行くと、
自分の今の力では引き返せないから、それ以上は行かない』なんてことを、
1回1回ちっちゃいことから経験していくんだと思うんですね。
僕の場合、16歳で初めて東北へ行った1人旅から少しずついろんなものを学んだと思う」
そうやって自分の力量がわかってきて、どこまで応じていいのかを判断できるようになった。
「やっぱりある種の経験が必要だったと思うんです。旅と集団のスポーツは、
いろいろな状況の中で自分がどういうふうに身を処するかをわりと短期間で
習得させてくれて、自分の力の背の高さのようなものも測れる大事な機会だと思う。
だからできれば、その2つは若いときからやっていったほうがいいよね」。 ■身軽でいるために、生活の規模を大きくしない
世界を自由に歩く達人は、「自由になるためには、やっぱりあらゆることをコンパクトにすることだよ」と話した。
以前、沢木が東京メトロの満員電車に乗ってつり革にぶら下がっていたら、
目の前に座って本を読んでいた男子学生がふと沢木を見上げ、自分の読んでいた本と何度も
見比べて「沢木さんですか?今『深夜特急』を読んでいたんです!」と立ち上がったことがあったそうだ。
「満員電車で『サインしてもらえますか?』って言うから、『わかった、わかった。じゃあ、次の駅で降りよう』
って1度降りて、それでサインをしてね。そのときに『沢木さん、地下鉄に乗るんですか?
タクシーとかで移動するんじゃないんですか?』って聞かれて、『当たり前じゃないか何を言ってるんだ、
もうすっかりPASMOだよ』って言ったんです(笑)」 もしかしたらタクシーで移動するのが普通だと感じる人もいるのかもしれない。
「だけど、地下鉄やバスを使って移動するのが僕にとっては当たり前で、
それは生活の規模を大きくしないことで、出版社や何かの言いなりになる関係性を作らないってことにつながるわけ。
それはコンパクトな荷物で旅をしていると旅がしやすいっていうことと同じだよね。
できる限り、あんまり無駄なことや贅沢なことをしないで、家の経済もコンパクトにしてごく普通に生きていく。
それは自分の自由度を増すため。お金を使っていろんなものをそろえたりするのって、不自由になることでしょ?」。
あれもこれも手に入れて成長拡大することがいいと信じてきた私たちは、
すっかり荷物も考え方もフットワークも重たい人間になってしまったような気がする。
果たして私たちには、沢木のように身軽に動き、新しい出会いや発見を吸収し、
楽しむための自由な隙間はあるだろうか。 ■面白くない人がいたら、それ自体が面白い
しかも新型コロナウイルスの影響で、自由な移動も自由な飲食も奪われ、まだ明けぬ閉塞感に包まれる日々だ。
沢木はふと、映画評論家であった故・淀川長治の話をした。「淀川さんって本当に面白い人だったんだけど、
『嫌いな人、面白くない人に会ったことがない』って言うわけ。僕もそれに近い感じがあってね。
面白くなかったら、面白くない人がいるってこと自体が面白いじゃない、すごく。
どのような局面や状況でも面白がることはできるし、面白がってしまうことで切り抜けるっていうことが
ありうるから、一種の心の持ち方のレッスンとして、意識的にやっていくといいと思うんだよね。
これは滅多にできない経験だから」。
これもまた経験と面白がり、いずれまた自由が訪れたときに2020年の”あのとき”の気持ちを思い返そう。
まずは、沢木の本を読んで身軽な旅を思い描くところから。だって「どこに行くか決めたとき、
すでに物語は始まっている」と沢木が教えてくれたから。遠くへ出かけられない私たちにも、
旅はもう始まっている。これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fb248e925a7658a1e8eac00fd95adbfaf5e55581?page=7 劇的紀行買ったAmazon三巻セットで1万円。。高い 日本映画専門チャンネルで(今年?)6、7月にやってたみたい 今年はマジックバス(ロンドン―デリー)が復活予定だったのに
無くなってしまった… 昨日劇的紀行見終わった
第三部の前半、薄っぺらトレンディードラマみたいだったね(´・ε・`) 奈々子が ボナペチ とかいうあたりから
ちょっとしたAVになった 深夜特急2021
僕は国境を超えるとまずsimを買う。
たった一枚の小さなカードを入れるだけで、僕は自由になる。
よく考えたら、いやよく考えるまでもなく、ロンドン中央郵便局ではなく、香港からでもワレトウチヤクセリと送れることに気づいた。-------
やっぱりもうあの時代のバックパッカーの酔狂な旅は無理だな。
スマホと共に終焉した。 >>167
とりあえず国境でひたすら検疫されて出国すらできないな 第二部の最後の方を当時オンエアで観たんだけど、道中知り合った女の子とのワンナイトを匂わせるシーン無かった?
当時は深夜特急として認識していなくて、大人になってDVDを観た時に「あの時のドラマはこれか!」と記憶が蘇った。
でも肝心のシーンはなかった。
女が部屋から出ていった後、窓から眺める様なシーンだったんだけど。。
そしてバスに置いていかれる場面に繋がっていく感じ
DVD版でカットされたのか、単なる俺の記憶違いなのか。
知っている人いない?? 娼婦に誘われたら知り合った現地の若い女が追い返した的なエピソードが印象に残ってる ネットが発達してなかった頃は海外からハガキを送ると喜ばれた。 インタビューをいくつも載せてくれた人ありがとう
やっぱり沢木の価値観好きだわ 全く話題になってないようだが沢木氏がクローズアップ現代にでてたよ、明日bsでも再放送やるよ。 沢木耕太郎の深夜特急は74年の話らしいけど、作品のなかに何年か書いてあるとこある? >>183
原作手元に今ないけど
作者の自伝的小説と思えば
会社辞めた年とか逆算すればわかるんじゃないかなあ やっぱりプロのナレーターじゃないとダメだなぁ。 これは朗読じゃなくて、ただ字を読んでるだけだな。 >>183
キンシャサの奇跡をイランでテレビ観戦してる。 >>183
沢木耕太郎、ある男を追った25年と50時間 深夜特急と重なった
https://www.asahi.com/articles/ASQDN3SVDQCXUCVL00W.html
1974年夏、26歳の沢木耕太郎はインドのブッダガヤにいた。 ドラマの香港編で出てたファン・ビンビン50後半なのに今でも綺麗だなぁ ファン・ビンビンではなくキャシー・チャウでした
スレ汚し失礼 先日までヨウツベでドラマが全て見れていたけど、もう見れないのね。 沢木も下川もよーく読むと結局売春宿巡りの旅
なんだよな
何とかならんのかこの人たち >>199
売り込みPRではナルシストで気持ち悪い売り方しているけど
ナルシストの旅の現実は、安宿と売春スポットの往復で惰眠を貪っていただけで
安い国で安い女を抱いてポコチンを抜かれまくっただけの貧乏旅行だったんじゃないw
白人の女はアジアのブ男はまず見向きもしないだろうし
沢木は骸骨みたいな外形の顔で色男とはいいがたいね
拉致問題の蓮池氏にも似てるw
妖怪人間ベムにも似てる アンチ日本の沢木チョン太郎www
エセウヨクの夜逃げ特急(笑) >>200
普通の人が1分で終わる話を10分、20分とちんたら話し続けるとろい頭
物書きなんてナルシストが少なくない。
大昔にバッパーやって一発当てた只のライター
先生、先生持ち上げるもんだから気がでかくなって
いろんな所でうざがられている存在。時代遅れの物書き。 今はインターネットもあるしスマホもある
世界のどこからでも日本の情報が手に入るし
Googleで全部わかる
本に描かれたこういう世界は永遠にないよ ギリ、インターネットはあったがスマホはなかった00年代までかなあ
風情あったのは
ネット環境を求めて現地のインターネットカフェを探すのがルーティンだった時代も過去の世界 >>200
ネットすらない時代が時代だから
ハッタリとねつ造で売れた運もあったよね。
売り込むのにゴマすりも才能の一つ
この人は、力のある人間にゴマをするらしいので
どこかの俳優と同じでゴマすりの才能w
>>202
一発屋でもそのネタを細切れにして
だらだらと売って食つないでこれたのも才能では?
今の時代だったら平凡な物書きで終わってたよ ナルシストなのは間違いないけど見た目もそれなりにいい(よかった)と思うよ
でなければ藤圭子に惚れられないだろう ↑
若い頃の写真見ても朝鮮拉致の蓮池氏かマンガのガイコツ人間、韓国ドラマの俳優にしか見えないけどw
どこが色男なのか理解できない
人によってはあの顔が二枚目、色男に見えるんだろうねw >>205
出がらしのような旅ネタで何時までも食いつないでいるような
ライターのお爺さんだからなw
沢木チョン次郎は時代遅れで風前の灯
地方では警備、建築、工場、清掃、林業、農業、飲み屋の仕事しかない
年収はアメリカの3分の一から5分の一
だけど年収100−300万円台が人口の半分いる。
日本もアメリカのように移民を呼んで経済が伸びる国になればいい。
軍隊経験のある中国、韓国、ベトナム、タイ、ブラジルの男たちが移民で来たら
日本の男では太刀打ちできない。 >>207
たしかに顔の形、表情が韓国人に似ているわw
帰化人じゃないすよね?
東南アジアをほっつき歩いてカビの生えた旅ネタでいつまでも食いつなぐなんて
まさにコジキ作家と言えるね。 >>208
沢木がやってた貧乏旅行を中国、韓国、タイ、アジアの男たちが日本でやるようになる。
年収、月給は欧米の三分の一になれば、他の国からも旅行でくる。
安い国になると海外に支配されるだろう。
沢木のような日本語ライターも存在価値がなくなって
移民に雇われて下で働くことになるw 澳門の新葡京が出来た頃にブルータスで組んだ特集が面白かったな
澳門はあの頃までが良かった >>210
そりゃカビの生えたような30−50年前の旅は今じゃ誰もやらんし
それをいま語られても誰も興味を示さないし価値もない。
こんな物置に眠っていたようなネタでいつまでも
喰い続けようという卑しい高齢者作家は哀れだw 未だバックパッカーのバイブルじゃん
全く無知で読んでなかった人も食い付きまくりですよ
これが現実
寧ろ情報に困らないスマートフォン世代以降こそ興味深く食いつく
結局中身とはなんぞやってこと
時代考えて価値換算すると凄いからな
ロバートハリスもね >>215
未だバックパッカーのバイブル???
この不安定な情勢でバックパッカーやってる人なんている?
過去やってた人達の間でだけのバイブルでは?
この程度の作家なんて沢山いるし、宣伝手法とバブル時代と金に余裕があった時代もあって
騙された人が沢山いたって話に過ぎない。
この人個人が優れた物書きでも何でもないし、本当に時代と運が味方した
あとはスポンサーやお偉いさんに対してのゴマスリの才能と言われた(笑)
ある種の有名なところで、それもたしかに才能だ(笑) >>216
この程度の作家が沢山いる?
誰ですか
昔から旅行物は気になってチェックしてたけど、全く思い当たらないなあ
教えてくだちゃい >>216
朝鮮拉致の蓮池氏にしか見えないけどw
ナルシストで気持ち悪い売り方している
帰化人じゃないすよね?
出がらしのような旅ネタで何時までも食いつないでいるお爺さんw >>215
おー詳しいね。
雇い主のお偉いさんへの、ごま擦り(笑)
たしかにそれも才能だね。
司会者や文化人にもいますよね。
ごま擦りで這い上がってきた人たちw 聖なる深夜急行を荒らさないでw
先生も老後を食べていくのでいっしょけんめーなんです
ゴマスリでもいいじゃないすかイジメないで(ToT)/~ 新刊のプロモーションで、ラジオのゲストとして出てるときも
いつのまにかホストのほうが気持ちよがって自分のこと喋ってたりする
だからゴマすりと言うより取材力があると言ってほしいわよ