上級生から下級生へ、「伝統」のもとに受け継がれた指導。「あれはハラスメントだった」と、2003年に入学した91期生の東小雪(ひがしこゆき)さん(35)は、今振り返ってそう思う。

「予科顔」や「予科語」など数々の決まりに入学早々強い違和感を覚えた。「でも環境に適応するために、受け入れざるを得ませんでした」

ほかにもある。たとえば「歩き」。放課後、夜9時ごろまで校舎の廊下をひたすら往復させられた。指導係の本科生がレッスンを終えて廊下に姿を現したら、すぐさまその日の反省を伝えるためだという。

連日、本科生から一つ一つの言動を点検されて怒られる。「制服のボタンが曲がっていた」「表情が気にくわない」。言いがかりと思うことも多かったが、逆らえなかった。

指導の名目で同期全員が1番教室に集められ、指名されると本科生から厳しく責められる「シメ」も行われた。

下校しても過酷な寮生活が待っていた。深夜や明け方まで本科生の指導が続き、「慢性的な睡眠不足で、同期内でカフェイン入りの錠剤やドリンクがはやりました」。入学の2カ月後、ついに心の糸が切れ、寮から数日脱走した。

一方で本科にあがる直前、先輩から「シメ」などの指導方法が伝授された。「宝塚の伝統」「先輩も通った道」と自らに言い聞かせ、やられたことを繰り返してしまったことをいまは悔やむ。

そんな東さんも、こうした経験を正面から見つめ直すには時間が必要だった。2006年に退団し、宝塚から離れて数年後。実体験を笑い話にしていたら「笑って話すことじゃないよ」と周りから指摘され、はっとした。「暴力的な指導まで、美談や笑い話として回収するのはまずい」と思うようになった。

期によって、指導の一部が変わることはあるという。「でも、私の頃もハラスメントは続いていました。被害者が今度は加害者になるという『負の連鎖』に、すぐに取り込まれてしまいました」。先輩の誰が悪いというような個人の問題ではなく、「組織の中で続いた構造的な問題」だと受け止めている。

今回、見直しに取り組んだこと自体は肯定的に受け止めており「変わるきっかけになれば」と強く願う。ただ「枝葉が変わっても、問題の根っこに向き合わないと、同じことが繰り返されてしまうのでは」との危惧がぬぐえない。

創設時から、宝塚の劇団員は劇場内外で規律正しさを厳しく求められてきた。

宝塚歌劇に詳しい立命館大文学部の宮本直美教授(文化社会学)は、創始者・小林一三(いちぞう)の教えに触れて「華やかな世界だからこそ、規律正しく生きるべきだという価値観が根本にある」という。

宝塚歌劇の特徴にも言及する。一般的な演劇やショーとは異なり、舞台に立つのは音楽学校の卒業生のみ。歌などの技術だけでなく所作や規律を受け継ぐことで、様式美を形作ってきたと説明する。

そのうえで、一対一の「指導」が密室で行われる場合、過剰になる危険性があると指摘。「スポーツや会社でも起こりうることだが、可視化することで防げる部分はある」と話し、「規則や習慣のなかには形骸化したものもある。創設当時の理念はそのまま、方法は時代にあわせて合理的になったといえるのではないか」と受け止めている。