源義経=チンギス・ハン説を議論しよう
ジンギスカンの男系遺伝子はC3c系統で1600万人くらい同じ遺伝子持ってる人間がいるってロシアの学者が解明している
一方で義経の男系遺伝子は男系の天皇の子孫や清和源氏の子孫の男系遺伝子がD1b系統だった事からD1b系統だったと思われ
男系遺伝子が全く違うからジンギスカンと義経は別人 >>410
数十のコロニーが数十万のコロニーに紛れ込んだ時、いくら男系遺伝子が男から男へ遺伝していくとしても、統計的処理を施す系統に変化を及ぼすとは思えない。仮にモンゴルに日本人が数十人帰化したところで系統は少しも変化しない。
系統でもって、義経チンギスハン説を否定するには無理がある。
モンゴル人一人残らずDNA解析をして、D系統が一人もいなかったなら別だが。そんな調査は誰もできないだろう。 『成吉思汗の秘密』
井村助教授との対決あたりまではまだ考証ゲームの体裁保てているけれど
成吉思汗の子孫から清朝の皇帝が出てきたという話題のあたりが本当に意味不明・・・
いや、メタ的には従来からある成吉思汗説と清朝皇帝先祖説をいっしょに採用してしまおうと欲張ったんだろうけれども。
清朝皇帝先祖説が昔からある(といおうかこっちの方が歴史は古い)ことを伏せたまま
神津が自分で思いついたアイデアにしてしまったせいで
なんでこんな仮定が成り立つのか意味わかんない感が倍率ドンさらに倍増しになっている。 今日の大相撲を見ても
日本人がモンゴル征服するのはムリだろと思う これ、北行伝説や清朝皇帝の御先祖説はけっこう成立の経緯がはっきりしているんだけれど
ジンギスカン説がどこから出てきたか分からない。
幕末明治になって突然発生する。
ホントにシーボルトのアイデアじゃないかと疑いたくなる。 『成吉思汗の秘密』のタチ悪いところは
トンデモ説そのものより、
研究者disっておいたら
トンデモ並べても説得力があるように見える、という手口を確立したこと。 >>414
韓国人が
天皇の祖先(神武だったり崇神だったり)は韓国人!
韓国から日本へ渡った!
といっているのと本質的には同じなんだろな。 >>412
うーん
俺が初めて『成吉思汗の秘密』 を読んだ時の印象で言うと
良い意味で斜め上というか怒涛の展開で意外と面白かったけどな
もともと『成吉思汗の秘密』 は天城山心中の章で終わりだった(初出時)
つまり本来の終章だった愛新覚羅の悲恋話へ結びつける効果を考えれば
「元祖説→清祖説」の順に出した方が効果的だったのは確かじゃないかな
ていうか、ググって初めて知ったけど天城山心中も異説(無理心中説)があるんだなw
↓
天城山心中 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%9F%8E%E5%B1%B1%E5%BF%83%E4%B8%AD
天城山心中 - Google 検索
https://www.google.co.jp/#q=%E5%A4%A9%E5%9F%8E%E5%B1%B1%E5%BF%83%E4%B8%AD そういえば、元と清の関係について最近たまたま見つけたのがこれ
これ読む限りで言えば、元≒清みたいな話も一概に噴飯物とは言えないのかなあと思った
↓
東アジア歴史人物辞典【北元・モンゴル】
http://homepage1.nifty.com/history/history/beiyuan.htm
教科書によると『元』は中国人王朝である『明(みん)』によって滅ぼされ とって替わられたように書いてある。
「えらくあっさりと滅びたなあ。」 俺も、そう信じ込んでいた。でも、実際は全然違ったんだよね。
中国とモンゴルは別のモノなんだから 明王朝が中国を奪還しただけであって 元の皇帝は本国であるモンゴル高原に戻っただけなんだよね。
んで、その後もずーっと存続した。これを「北に行った元」という意味で『北元』というんです。たぶん。
中国・明王朝の時代から清王朝が始まるまで北の強国としてがんばってた。中国に攻め込むことたびたび。
最後は分裂して、同じく北方民族の満州族に吸収された。この満州族が明を滅ぼし、清王朝を作る。
そのときの大義名分は 「我々はモンゴル大ハーンの後継者である」だった。
俺、この「元の末裔たち」について調べようと思ったのだけれど しろうとが近所の図書館で探した程度では何も、なーんにもわからんのですよ。
あちこち資料を探し回って、ようやくなんとなーく解ったような気がしてきたので、とりあえず彼らの系図を作ってみた。
本職の研究者が見たら笑われてしまうだろうがわかりやすい系図を作ってくれないあんたらが悪いんだよ!
実際、文献がほとんど無い時代らしくて、研究者もわからない謎の時代らしいから、しかたないんだけどね。
日本で言うと、邪馬台国の時代みたいなもんだ。…と思う。 >>415
うーん
シーボルトより前というと、先ずは吉雄忠次郎(※)の線になるけど
「吉雄本人が何か書き遺してないか遺品を探し出して確認する」
とかはもう流石に俺は全然ヤル気無いw
そもそも遺品なんか残ってるかどうかも分からないしなあ、、、
(※)以下参考
謎解き 超常現象3 - ASIOS - Google ブックス
https://books.google.co.jp/books?id=7MhdDAAAQBAJ&pg=RA2-PA196&lpg=RA2-PA196&dq=吉雄忠次郎 ウィキペディアの「義経=ジンギスカン説」を久しぶりに見直してみたけど
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E7%B5%8C%3D%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3%E8%AA%AC
俺が指摘した間違いについて一部は直してるところもあるみたいだけど
( >>331-337 >>344-345 >>371 >>377 )
全体としてはむしろ明らかな間違いがより増殖・悪化しててワロタ
全然気が進まないけど(他の編集者と揉めそうだし)ウィキ編集に俺も加わった方がいいのかなあと というわけで約2年ぶりにこのスレに来てウィキも見たけど
とりあえずウィキは最後の外部リンクを充実させた方がいいのかも
この説について一気読みできる入門的なサイトを並べてみたいな
あと>>387-388も、せっかく見つけてくれたから是非追求してみたい
まあ時間があればまた来週w 生活再生支援ならNPO法人STAで
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詳しくはHPもご覧下さい。 ふう、一気読みできそうな入門的なサイトをどうにか集めてみた
>>424は昔からある定番的なサイトが多いかな
>>425(「37.義経=ジンギスカン説」)はなぜかNGワード扱いで貼れないんで
google検索結果を貼ってみた、検索トップに出るのが該当サイト
>>426は明確に否定的立場からのもの
web.archiveのサイトは直リン出来てない様だからアドレスを手動コピペして見てくれw >>428の「北行伝説」「Electronic Journal」は古くからの定番
特に「Electronic Journal」は成吉思汗説までの集大成
北行説から始まり成吉思汗説に至る内容詳細がほぼ分かる
「源義経死なず」「新・成吉思汗」はまあ余力があればw
最後の「モンゴル・ウルス」はとにかく独自の見解展開で
個人的には超読み応えがあったんで貼ってみた 今日貼るのは入門的なサイトのみのつもりだったけど
次に来れるの何時か分からんし本格的なのも貼ってみた
じゃ来れたらまた来週w >>419
>我々はモンゴル大ハーンの後継者である
たぶん、それは>>325-326の
ホンタイジが北元を併合してハーン位に就いたという話をいっているんじゃないだろか。 私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組の官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部に送っていました。
別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化して使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄へ落ちる、
朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ
馬鹿らしくなって脱会しました。
それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全部自分の出来心から起きた事で、どこに訴える訳にもいかないのですが、
何とかあの人たちと縁を切った上で、新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。 「成吉思汗の秘密」の最後の方で
「成吉思汗」を万葉仮名として読んだら「なすよしもがな」になると書いてあったけれど
万葉仮名は一字一音で読むんだから「せきしか」とか「なよしか」になるんじゃないか? 別にモンゴルに渡る意味が無いように思える
北海道でも行った方がまだ解る >>436
伝説では北海道からモンゴルに渡ったという伝説だよ。
積丹半島から渡ったそうなw
あの当時(平安末期)の小船で日本海の荒波を渡るとか、ちょっと有り得ないと思うけどw エッセイストの木屋隆安氏はメキシコの旅行社から送られた英文パンフレット『メキシコの伝説』にある話として、次の「伝説」を紹介している。
「兄頼朝に追われた源義経は、かつてメキシコの領地であったカリフォルニアの地に漂着して、アステカ族の大酋長となり、テメフ王国の始祖になった。
こうした多くの伝説のため、アメリカ・インディアンやメキシコ人の中には、自分たちと日本人は同じ祖先を持っていると信じている者が多い」
いわゆるジンギスカン義経説の一変種といえよう。
(「偽史列伝 古代中国人のアメリカ渡航」より。アドレスはNGワード規制で貼れず) 【歴史】直虎は「女城主」ではなかった?別の男性とする新たな新史料見つかる
959 : 名無しさん@1周年 2017/04/12(水) 03:41
義経ジンギスカンまであと一歩
ttp://itest.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1492482101/
【悲報】井伊直虎は「女城主」ではなかった?別の男性とする新たな新史料がまた見つかる
71 : 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 2017/04/11(火) 13:56
> 54
それならそのハッキリした人で女城主やればいいだろ
直虎を女と決めつけるなら義経がチンギス・ハンになる大河ドラマだって出来るわ
ttp://itest.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1491882053/ 「源義経北行伝説」の謎 _ 歴史人 _ KKベストセラーズ
千葉信胤
http://best-times.jp/category/rj-column-yoshitsunehokko
第1回 _ 史実と伝説が渾然一体となった謎めいた源義経の人物像
2017.3.23
http://best-times.jp/articles/-/5036
第2回 _ 義経の伝説が生まれた背景にある「あまりにも静かな最期」
2017.3.26
http://best-times.jp/articles/-/5047
第3回 _ 義経伝説のエンディングは「衣川の戦い」で分岐する
2017.3.30
http://best-times.jp/articles/-/5048
第4回 _ 源義経が海を渡り大将軍に!蝦夷地に渡る「偽書」の流通
2017.4.6
http://best-times.jp/articles/-/5049
第5回 _ 義経=チンギス・ハン説を唱えたのは、あの有名な「外国人医師」だった!
2017.4.9
http://best-times.jp/articles/-/5237
第6回 _ 源義経人気に火を点けた、江戸の「メディアミックス」
2017.4.13
http://best-times.jp/articles/-/5250 第7回 _ “伊藤博文の片腕”の卒論は「源義経=チンギス・ハン説」だった
2017.4.20
http://best-times.jp/articles/-/5251 【日本 武器】義経=チンギス・ハン説を唱えたのは、あの有名な「外国人医師」だった!
https://ヤフコメ.com/comments.html/20170409-00005237-besttimes-cul 義経=チンギス・ハーンはシーボルトがいいだしっぺというのは
高井忍が小説で書いていたなあ。
清朝皇帝の先祖が
いつからチンギス・ハーンになっちゃったのか
そっちの方がいいだしっぺを知りたい。末松でいいのか? 第8回 _ ファン、研究者を駆り立てる「源義経北行伝説」のロマン
2017.4.27
http://best-times.jp/articles/-/5252 昭和33年(1958)推理小説作家高木彬光が『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』を発表して再び「義経=成吉思汗説」が話題になった。
本書は戦前の小谷部説にいたるまでの経緯を大略踏まえているだけでなく、アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)ならぬベッド・ディテクティブの傑作としても名高く、今なお読みつがれるロングセラーである。
「北行伝説」は本書によって歴史ミステリーとしてよみがえったといってもいい。そのことは、現在に到るまで、しばしばマスメディアが好奇の眼でもってこの伝説を取り上げていることと深く結びつく。
ttp://best-times.jp/articles/-/5252 この説で一番ムチャなのは
ジンギスカンの子孫がヌルハチだってことだと思う。 「義経=成吉思汗」本・基本必読書一覧
1.高木彬光『成吉思汗の秘密』1958、光文社
(1960〜、カッパノベルス/角川文庫/ハルキ文庫/光文社文庫)
2.佐々木勝三/三大町北造/横田正二『成吉思汗は源義経 義経は生きていた』1977、勁文社
(『義経伝説の謎 成吉思汗は源義経か』1986、勁文社)
(『義経伝説の謎 成吉思汗は源義経か』1991、ケイブンシャブックス)
(『源義経と成吉思汗の謎 衣川偽戦!義経は生きて北へ』2000、勁文社)
3.『歴史への招待 9』1980/復刻版1994、日本放送出版協会 ー「義経は生きていた?」
(『NHK歴史への招待 第5巻 無敵義経軍団』1990、新コンパクトシリーズ/日本放送出版協会)
4.NHK歴史発見取材班『NHK歴史発見 5』1993、角川書店 ー「義経渡海伝説、ここに始まる」
5.丘英夫『新ジンギスカンの謎』2002、叢文社
6.荒巻義雄/合田一道『義経伝説推理行』1993、徳間文庫
7.森村宗冬『義経伝説と日本人』2005、平凡社新書 (>>449解説)
どれも一般読者向けに書かれてるからそんなに難しくないし、5と6を除けば大きな図書館だと置いてる所が多い。
1は最初に出た1958単行本には第16章(最終章)が入ってない。光文社文庫版は高木彬光の関連エッセイとかも一緒に入っててお得。
2は同じ三者共著で何度も出てるけど題名変えてるだけで内容はどれも同じ。
3は大型ムック本で写真も多く楽しい、1994復刻版も同型ハードカバー。1990版は新書判で手に持って読み易いけど写真は無い、ただ編集が違ってて「無敵義経軍団」も入ってる点はお得。
4は小さい白黒写真だけど、加藤謙斉『義経実記』中の金史別本の引用ページが載ってるのが珍しい。
5の丘さんは後にもう1冊出てるけど、たぶん内容同じで題名変えただけだと思う。
6はロシア領の蘇城(義経の城とされた所)に行こうとしたら案内人に誤魔化されて素通りされた話とか。
7はAmazonから電子書籍も出ててそっちが便利そうだけどちょっと高いな(\1780)。 このスレ、ずいぶん久しぶりに来たな
>>449のリストは以前に画像アドとかも含めたメモ作ってたはずだけど、PC内に見つからないから書誌情報だけ改めて作った疲れた、ふう
>>449以外にも「義経=成吉思汗」本は色々あるけど、別に新説は無いとか入手が難しいとかネットで十分とかがほとんど
ずいぶん間が空いたけど、これでネット上のサイトも活字出版本も基本の紹介は終わったから
後は実在や真偽が怪しい文献の検証とかウィキペディアの改訂案とかに本格的に入りたいっす そういえば
『義経伝説と日本人』を探しに本屋に行った時、同じ新書棚で目に入った『偽書「武功夜話」の研究』もざっと立ち読みしたけどなかなか面白かったな
その『偽書「武功夜話」の研究』のAmazonレビュー読んでみたら面白いの発見、民明書房恐るべしw
↓
「戦国から江戸初期を舞台にした歴史小説では」「『ザビエル河童説』などの民明書房の優れた文献群ぐらいである。(一部に記憶違いがあれば許して欲しい)」
https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4896916263 もう一つ
栗原柳庵の名が出てるの発見
この人の著書がシーボルトの「義経=成吉思汗」説関連で出てくるから、図書館行って確認したばかりだわ
↓
「栗原柳庵「真書太閤記」で,永禄5年に秀吉が墨俣城を作った,それも奇計で一夜で作ったように見せかけたという筋立てにした」
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R18P1EO3KB60SV /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ャ、
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イ´ヽ:::::::::/ ≦三モ廴、 |:::丿
| t )::ノ .::: _ ≦三≧ f::f
! 匕 ,:: ,::.. .弋´モ与 ::. ..:: _ _ ノ゙ 屋上
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ヽ`´ ':: :.. : |ノ
ー!: ':. r'..: .:{ !
|:: ( rュ__ r .} ノ
| !:: ,:: i__!;.. /
! i::. r 二、ヽ ::. /
l ', .:弋` ̄‐了 ノ
l ヽ  ̄ イ
! .\;.. `´ ノ .|
丿 ` _::::......... .,彳 ヽ、
ノ  ̄ ̄ ー _ (以下訂正)
>>449
× 2.佐々木勝三/三大町北造/横田正二
○ 2.佐々木勝三/大町北造/横田正二
>>450
× 「無敵義経軍団」
○ 「無敵義経騎馬軍団」
× 加藤謙斉『義経実記』
○ 加藤謙斉『鎌倉実記』 wiki改訂は以下3通りの方向で一応考えてみたけど、うーん
1は最初の案内(概説)、2と3は全体的な私案を作ってはみた
1.直接改訂(間違いなく荒れそうでイヤ)
2.新章を作り充実させる(「架空文献の章」)
3.別のwiki(『成吉思汗の秘密』)で充実
義経=ジンギスカン説 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/義経%3Dジンギスカン説
成吉思汗の秘密 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E5%90%89%E6%80%9D%E6%B1%97%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86 義経=成吉思汗説のwikiは何かアレな感じの人が居座ってるみたいだし、編集合戦とかドン引きなことやる気無いから、1(改訂)ではなく2(増補)の方向で考えてたけど、もし俺が一から作り直すとどうなる?と遊びで冒頭だけ作ってみた
意外とよく出来たかな?とも思うし、他に発表する場も無いからここで披露してみる
↓
義経=成吉思汗説(義経=チンギス・ハーン説)
[概説]
義経=成吉思汗(ジンギスカン)説または義経=チンギス・ハーン説とは、日本中世の武将・源義経(1159-1189?)と、モンゴル帝国の創始者チンギス・カン(1162?-1227)を同一人物とみなす歴史上の異説(奇説・珍説)。
主に江戸期を通じ成立した義経生存伝説(北行伝説及び入夷伝説/蝦夷渡海伝説、いわゆる「義経伝説」の一種)の変型・発展型として幕末頃に登場し、
明治から昭和期を通じて広く国内で認知され、現在も一部で根強く主張され続けている一方、モンゴル始め諸外国では基本的に認知されていない。
国内でもアカデミズム(正統史学)の立場からは一貫して否定されてきたが、話のスケールの大きさから一種の大衆向けロマンとして受け入れられやすい傾向があり、
第ニ次大戦での日本敗戦後に大陸(満蒙)への関心が薄れる中で、一人二役トリック・暗号ミステリ的な興味に特化した形でも定着した。
代表的文献としてはオランダで出版されたシーボルト『日本』(1833/天保4)に見られる記述を初出として、
末松謙澄・原著『義経再興記』(1885/明治18) → 小谷部全一郎『成吉思汗ハ源義経也』(1924/大正13) → 高木彬光『成吉思汗の秘密』(1958/昭和33)と辿ることが出来る。
なお明らかな偽書が論拠とされやすく政治色が付きまといがちでもあったため、現在では偽史・偽書や対外意識を巡る研究対象としてアカデミズム(歴史学及び社会学)で扱われることも多い。 投稿の際に「長過ぎる行があります」と出てブツ切り気味になったけど、まあいいか
>>457(冒頭概説)を前提に各論の章立ても考えてみた
↓
1 判官びいきと『御曹子島渡』(前史)
2 蝦夷地経営と『金史別本』
3 義経清祖説の発生と流布
4 シーボルトの主張と影響
5 末松謙澄と『義経再興記』
6『成吉思汗ハ源義経也』(小谷部全一郎・中島利一郎・金田一京助・鳥居龍蔵)
7 満州日日新聞 VS 岩崎克己
8 郷土史と歴史ミステリ(佐々木勝三と『成吉思汗の秘密』)
9 平成以降の研究者紹介(丘・中杉・七海・森村・橋本・池田・ASIOS)
10 モンゴル史研究におけるチンギス・カン像
付・架空文献とシベリア義経遺跡
↑
上記の内、2〜8の各章は目安600字で最大800字以内でまとめ、1は現行wikiの「7 義経不死伝説と御曹子島渡説話」を更に2/3に要約、10は「6 モンゴル史研究におけるチンギス・カン像」をそのまま使えばいい
以上で、ぼくのかんがえたりそうのうぃき終わり >>456の2(新章追加)について
義経=ジンギスカン説wikiの一番最後に「架空文献(非実在文献)」の章を新設して詳述する案
これは半年位前から考えて資料もだいぶ揃ったし計10項目ほどが完成間近まできた
ただ現行wiki自体が既に無駄に長いのに更に新章追加はどうよ?とここにきて躊躇
このまま完成しても、せいぜいこのスレで披露するだけで終わるかも 最後に>>457の3について
2から転じて『成吉思汗の秘密』wikiの方を増補・充実する案
現行は簡単で短いんであらためて章立てし詳述する方向で検討
先週に思いついてあれこれ考えたけどこれが一番楽しかったw
↓
1 ストーリー
2 解説
3 海音寺潮五郎「義経と弁慶」
4 金田一京助「英雄不死伝説の見地から」
5 解題(本作の虚実)
↑
1は現行をより詳しくして2〜4は作品トリビア満載で原案完成
続けて5で義経=成吉思汗説をあらためて詳述説明する予定が
wiki編集方法が義経=成吉思汗説と違っててより難しいと判明
そもそも1〜4はともかく5までやっていいのかも迷って挫折w 先にちょっとメモ
昨日遠出した帰り、光文社文庫版『成吉思汗の秘密』がないかなと思ってブックオフに寄った
最初何気に見た百均棚で鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』が目に入りゲット
結局『成吉思汗の秘密』は無かったが光文社文庫版『邪馬台国の秘密』があり
何気に手に取って解説誰だろ?と開いたら、鯨統一郎だった
『成吉思汗の秘密』が大好きで、それで「邪馬台国は〜」が産まれたらしい
買って帰った『邪馬台国はどこですか?』の奥付見たら第32版(2011)
『成吉思汗の秘密』並みにロングセラー化してて驚いた 昨日は遠出した際に余った時間を使って
高井忍『蜃気楼の王国』所有の某所に寄って「蒙古帝の碑」を再読
前にスレで話題になった時に書店でざっと立ち読みした際は
捏造ワロタの印象しか残らなかったが、あらためて再読すると
かなり興味深い内容なのに気付き、半分ほどコピーさせてもらった
21C版『成吉思汗の秘密』と言っていい内容だと思う
wiki作りも飽きたんで、個人的にはしばらくこっちを検討したい (>>461ちょっと追記)
「邪馬台国はどこですか?」再読して気付いたけど
これ、高木彬光『邪馬台国の秘密』のパロディだわ
発表当時に誰か指摘した人いたんだろうか?
(具体的には以下3点が同じ)
・魏志倭人伝の読み下し文ズラズラ並べてスタート
・倭人伝内の方位方角は現代と違う(ズレてる)説
・2つある奴国は一周ぐるっと回って戻ってきた解釈
『秘密』は方位が黄道修正説でトンデモ化したから(※)
「どこですか?」も狙って超トンデモ方位を出したのか あ、>>463は最後の一行が抜けてた
↓
(※)今出てる『秘密』は黄道修正説を全削除した「改稿新版」 「蒙古帝の碑」だけど、これ間違ってるわ
↓
「嘉永三年(一八五〇)年、永楽舎一水『義経蝦夷勲功記』を著す。」
(『蜃気楼の王国』単行本P136.L10)
↑
嘉永3年出版と言われてるのは同じ永楽舎の『義経蝦夷軍談』で
義経がジンギスカンになるらしいけど震災で燃えて現存してない
『(義経)蝦夷勲功記』の方は序に嘉永6年(1853)と明記してて
ネット(国会図書館デジタルコレクション他)で全文読めるけど
ジンギスカンやら全く出てこない、蝦夷を平定しただけで終わり
(蝦夷平定だけなら先行書がいくつもあって独創性は別に無い)
『蜃気楼の王国』は去年12月に文庫化されてるけど直したのかな ↑(>>465)の該当箇所
http://dl1.getuploader.com/g/gikei/6/136.jpg
以下、永楽舎一水『義経蝦夷軍談』(嘉永3/1850)に関するソース
義経=ジンギスカン説 - Wikipedia
1.16 江戸期の小説など
通俗小説の世界では、嘉永3年(1850年)に、永楽舎一水の『義経蝦夷談』に義経がジンギスカンになったとする話がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E7%B5%8C%3D%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3%E8%AA%AC#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.9C.9F.E3.81.AE.E5.B0.8F.E8.AA.AC.E3.81.AA.E3.81.A9
「通俗小説の世界では、嘉永三年(一八五〇年)の序を有する永楽舎一水の『義経蝦夷軍談』に、ジンギスカンになったとする話がある。」
(H・V・シーボルト『小シーボルト蝦夷見聞記』1996/平凡社・東洋文庫597、「訳注」、P136.L11-12)
http://dl1.getuploader.com/g/gikei/7/173.jpg
「通俗小説の世界では、シーボルトとほぼ同時期の嘉永3年(1850)に至って、小川一水(永楽舎)は自著『義経蝦夷軍談』で義経がジンギスカンになったと書いている(島津久基『義経伝説と文学』)。」
(ASIOS『謎解き超常現象III』2012/彩図社、「第6章/33.源義経=ジンギスカン説の真実」、P196.L23-24)
http://dl1.getuploader.com/g/gikei/8/196.jpg 義経=ジンギスカン説のウィキペディアはシーボルトの章を中心に
『小シーボルト蝦夷見聞記』の訳注から大量に転載引用してるけど
「義経蝦夷談」の様な誤記(正しくは「義経蝦夷軍談」)も多いのな
転載元を明記してないのも問題だけど、まず誤記をどうにかしてほしいわ そういえばASIOSは森村宗冬を批判して
吉雄忠次郎が義経=ジンギスカン説を最初に唱えたのは
充分に在り得る話じゃないの?といった指摘してるけど
義経=ジンギスカン説は吉雄や永楽舎よりもっと前から
誰が思いついても不思議は無かったんじゃないかと思う
それを示すソースにちょっと前に気付いたけどまた後日 ・・・おい、それよりもよ。
ヤマタイ国はエジプトだった!とか、聖徳太子は4人いた。とか、日本列島
はムー大陸だった。なんて、お話をしよーぜ。
「 ○○と××とは=同一人物 」なんてお話は、江戸時代からあるけど。
例えば、松尾芭蕉=水戸黄門は同一人物だった。本当に諸国漫遊をしていた
とか、服部半蔵=千の利休は同一人物だった。とか、ベッキーと卑弥呼は
同一人物だった。とか、キミと俺とは同一人物だったとか。 >>465
文庫本、手元にあるよ。
「嘉永六年(一八五三)年、永楽舎一水『義経蝦夷勲功記』を著す。」
あちゃ。内容じゃなくて、題名に合わせて年の方を修正しちゃったかー。
「孫引きに決まっているではないか」by北斎(馬琴の本について)
きっと↑でそのまま書いちゃったんだね。
同じ作者の他の短編でトンデモ歴史家大戦をやったことあるが(八切×キムタカ×小谷部!)
参考文献に挙がっていたのは長山靖生や原田実の本ばかりで当人たちの著作はなかったし。
たぶん直接は読んでないな。 >>468
ASIOSって何かと思ったら
謎解き超常現象か。
義経=ジンギスカン説もあつかっていたんだね。
最初に誰が考えついたのかと考えると
証拠はないからフィクションとしてしか通用しそうにないけれども
薩摩藩主の島津重豪あたりがいいだしっぺじゃないかとオレは疑っている。
世界史の知識がないことにはまず思いつかない説だし
源頼朝の落胤から島津家が出たと自称していて
支配下に置いていた琉球の為朝伝説を参考にしたとも考えられる。
シーボルトは源為朝の子孫=琉球王も詳しく紹介しているものね。
おまけにシーボルトどころか、
シーボルトのネタ元のティチング先輩とも大の仲良し。国内情報を渡しまくり。
こんな人は他にいないよ。 >>470
おー、わざわざ確認ありがとう
斜め上の修正やっててワロタ
高井先生、何やってんすかw
高井はキムタカ登場作も書いてるとどっかで見たことあったけど
八切や小谷部とトンデモ歴史家大戦って何ぞそれ、面白すぐるw >>471
ASIOSは原田実もいるからジンギスカン説まで扱ったんだろうね
ジンギスカン説の項を書いたのはメンバー中の藤野七穂って人だな
ASIOS - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ASIOS
島津重豪って蘭癖で藩の財政を傾けたあの人か
シーボルトやティチングとの関係とか初めて知ったわ
誰がシーボルトに義経ジンギスカン吹き込んだのか、容疑者が色々いるなw
島津重豪 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E9%87%8D%E8%B1%AA あと、一人二役その他の奇説珍説は色々読んだことはあるけど
これは面白いとかオススメとかなると、うーん
藤本泉(推理作家)の「源氏物語の作者は紫式部じゃなかった!説」
(著作は『源氏物語99の謎』その他)
まあ言われてみれば確かにそうかなという感じだったし
学者さんも敢えてそこには触れないことにしてるらしいし
「楊貴妃は殺されず日本に亡命したんだよ!説」
説の詳細は和久峻三『楊貴妃幻想殺人旅行』これ一冊で十分
意外と面白いとは思うけど、今更追求しようも無いのが難点
「大塩平八郎は死なずに天草から大陸に逃げ延びたんだよ!説」
これ話がやたら具体的だから戦前に天草で現地調査やってるんだな
だいぶ前にネットで読んだけど結局該当者見当たらずで終わってた
フランス鉄仮面は有名だけどロシアも似たような話があって面白い
桐生操「亡き皇帝に生き写しの男」
https://books.google.co.jp/books?id=ZQ8OkqbPR9kC&pg=PT15&lpg=PT15&dq=%E4%BA%A1%E3%81%8D%E7%9A%87%E5%B8%9D%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%8D%E5%86%99%E3%81%97%E3%81%AE%E7%94%B7 あとは写楽別人説(一人二役説)とか
高橋克彦『写楽殺人事件』
渡辺保『東洲斎写楽』
明石散人『東洲斎写楽はもういない』
島田荘司『写楽 閉じた国の幻』
↑
これらは浮世絵自体にほとんど興味や知識が無い俺でも楽しく読めた本
高橋は確か乱歩賞受賞作、秋田蘭画とか知られざる江戸期地方文化の話が面白かった
渡辺は説そのものより江戸の町を彷徨いあれこれ探し歩く感じが読み物として面白い
明石は博覧強記&物量大作戦で写楽の正体探し(別人説)を実質終わらせてる
島田は明石以降に敢えて挑んだ最大最後の一人二役説、もちろん超トンデモw 「シベリア・ヤクート死の谷の大鍋」
これはまあ義経も遺跡ある(ことになってる)シベリアつながりということでw
この話の日本での初出は並木伸一郎『謎の怪事件ファイルX 海外篇』
この本、並木先生だし他の事件は全然覚えてないアレな内容だけど
ヤクート大鍋案件だけはスゴかった、忘れられんw
シベリア奥地に眠る奇怪な超科学の謎物件をナントカ教授の詳細現地レポで淡々延々と紹介
こんだけ具体的なら誰かもっと調べるだろ、なんか続報無いのかよと長年思ってたけど
実際やってたんだな、取り上げてくれてありがとうオカクロw
↓
ヤクート死の谷の謎―永久凍土に眠る大鍋
http://okakuro.org/yakutia/ >>457を加筆訂正してみた、「概説」としては文量的にこれが限界かな
義経=成吉思汗説(義経=チンギス・ハーン説)
義経=成吉思汗(ジンギスカン)説または義経=チンギス・ハーン説とは、日本中世の武将・源義経(1159-1189?)とモンゴル帝国の創始者チンギス・カン(1162?-1227)の二人が、実は同一人物だったとみなす歴史上の異説(奇説・珍説)。
[概説]
主に江戸期を通じて成立した義経生存伝説(北行伝説及び入夷伝説/蝦夷渡海伝説、いわゆる「義経伝説」の一種)の変型・発展型として幕末頃に登場した。
国内で記録された義経生存伝説が、鎖国下でも貿易関係にあったオランダを通じて海外に紹介され、それが義経=チンギス・ハーン説として発展し明治期に逆輸入されるという特殊な経過を辿っている。
海外での初出はオランダで出版されたシーボルト著『日本』内での記述(1852/嘉永5)で、説自体の単著としては末松謙澄が「K.SUYEMATZ」名で1879(明治12)年にイギリスで出版した論文。
明治以後、昭和期までに近代日本の大陸(満蒙)進出政策とも連動する形で広く認知され、現在でも一部で根強く主張され続けている一方、モンゴル始め諸外国では基本的に認知されていない。
国内でもアカデミズム(近代史学)からは一貫して否定されてきたが、話のスケールの大きさから一種の大衆向けロマンとして受け入れられやすい傾向があり、
また第ニ次大戦の敗戦で植民地としての満蒙を失って以降は、一人二役トリックや暗号ミステリ的な興味に特化した形で歴史推理小説の分野でも定着している。
この説を主張した代表的著作(ベストセラー)としては、末松謙澄・原著,内田弥八・訳『義経再興記』(1885/明治18)、小谷部全一郎『成吉思汗ハ源義経也』(1924/大正13)、高木彬光『成吉思汗の秘密』(1958/昭和33)などが挙げられる。
一方、これらの著作で論拠とされた文献に対する本格的な史料批判は、第二次大戦中に自費出版された岩崎克己の大著『義経入夷渡満説書誌』(1943/昭和18)で多くは完了しており、その主な内容は森村宗冬『義経伝説と日本人』(2005)でも知ることができる。
なおこの説は明らかな偽書が論拠とされやすく政治色も付きまといがちであったため、現代では偽史・偽書「や対外政策・意識に関わる研究対象としてアカデミズム(歴史学や社会学)で取り上げられることも多い。 高井忍「蒙古帝の碑」について
蒙古帝の碑でググると、東北にある蒙古の碑が出てくる
燕沢碑は偽作説があって面白い、同じ東北の碑石だと蛇田道公古墳や多賀城碑も後世の捏造説があるね
この辺が「蒙古帝の碑」の発想元なんじゃないかなと思う
蒙古帝の碑 - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E8%92%99%E5%8F%A4%E5%B8%9D%E3%81%AE%E7%A2%91
燕沢碑 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%95%E6%B2%A2%E7%A2%91 >>457
>>477
お疲れさま。
幕末になってから初めて出てきた説だということと
外国からの逆輸入で広まったという点は重要だよね。
もちろん従来の義経北行伝説や清祖説の発展なんだけど
ジンギスカン説はちょっと異質といおうか、
突然変異でいきなり出てきたみたいな感じ。 この説の弱点といおうかツッコミどころは
義経とジンギスカンを直接結び付ける証拠はないから
源平合戦やその後の権力争いで死んだことになっているけれども疑いの余地がある武将は
誰でもジンギスカンの前半生だったことに仕立ててしまえるし
逆に義経が死んでから表舞台に出てきた人間なら
誰でも義経の後半生にこじつけられてしまえること。 >>480
ですね。
だから、歴史の定説にはなり得ないし、逆に異説として残るんでしょうね。 万が一、義経=チンギスハンだとして、世界史上同じような例ってあるのかな?
一人二役が共に有名人というか英雄で、かつ違う国の民族っていうパターンは。 義経が平泉から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった
信長が本能寺から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった
明智光秀が山崎の合戦で敗走し大陸に渡りジンギスカンになった
豊臣秀頼が大阪城から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった
天草四郎が原城から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった
安徳天皇が船でそのまま大陸に渡りジンギスカンになった
坂本龍馬が近江屋から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった
西郷隆盛が城山から脱出して大陸に渡りジンギスカンになった 杉目小太郎とか杉目太郎が義経の身代わりと言う説は
どうなんだろう? 源氏の血を引く人のY染色体と、チンギスの血を引く人のY染色体の、
DNA鑑定をやれば、結論が出るだろうって。 >>478
間宮林蔵は大陸へ渡って
義経の史跡を本当に探していたらしいから
それが元ネタなんじゃない。 >>482
マルコポーロの東方見聞録の共同編集者ルスティケロと
エドワード1世の廷臣であったルスティケロは同一人物という説がある
アーサー王や円卓の騎士、聖杯伝説を著した人物
この辺は憶測になるが、エドワード1世の命で獄中に潜入したのかも 『成吉思汗の秘密』を改めて読んだが
こいつは推理小説としてもねーよ。
なんで傑作あつかいされているんだ? むしろケッサク。
都合の悪いことは文献が信用できないといって押し切っているだけだし
義経が大陸へ渡ったのも、ジンギスカンになったのも、
証拠は何もなくても百パーセント有り得ないとはいえない!で事実認定している。
いや、それは悪魔の証明だろ。推理にも何にもなってないだろ。
清の皇帝一族がうやむやのままジンギスカンの子孫になっていたり
モンゴルに巴御前みたいな女豪傑がいたことまで
ジンギスカンが日本人だったからだと説明されていたりして
ツッコミどころが多すぎる。
小説で書くんだったら、隆慶一郎の『影武者徳川家康』(徳川家康別人説)や
宇月原晴明の『黎明に叛くもの』(松永久秀イスラム説)みたいに
トンデモ設定の歴史小説の形で書いた方がよかったんじゃないか。 >>486
いくらDNA鑑定をやっても、チンギスハンは義経ではないという証明はできない。
両方の末裔は滅んでいるから、確かにY染色体を受け継いでいるという確証が持てない。
もし、それらしき人物が見つかったとして、どちらもD系統でYAP遺伝子を持っていたら、説はかなり濃厚にはなるが。 >>485
あれ、墓の実在やら話が出来過ぎてるし
いかにも後世の創作としか思えないわ 「源義経=チンギス・ハーン説」の真相は?現代の医師が解説|AERA dot. (アエラドット)
https://dot.asahi.com/dot/2017103100068.html
https://dot.asahi.com/dot/2017103100068.html?page=2
いずれの研究でもこのY染色体は、日本人には全く見られない。この事実から、同時代の軍事的天才だった九郎判官、源義経が平泉を脱出し蝦夷から大陸に渡り、チンギス・ハーンになったという伝説は否定できる。 >>493-494
あーあ、結論出ちゃった。
次はジンギスカンの子孫が本当にヌルハチだったかを
検証しないとな。 源義経がチンギス・ハーンになったことより
源義経の子孫からヌルハチが出たことより
チンギス・ハーンの子孫からヌルハチが出たことになっている点について
中国人に聞いてみたい。 >>498
これか、第一話が読めるな
↓
【新連載】『ショート黒松』の新鋭・瀬下猛が描く一大叙事詩。一人の漢が世界を駆け回るスペクタクル新連載『ハーン 草と鉄と羊』、今週のモーニングにて堂々開幕!
http://morning.moae.jp/news/4081
ハーン 草と鉄と羊_瀬下猛
http://www.moae.jp/comic/khan?_ga=2.102213378.204672533.1514602671 >>500
連載第2回(2018年04-05合併号)と第3回(06合併号)も読めるよ
http://manga-town.net/z/34/
もうジャムカと盟友になってる
10回くらいで終わりそうな速さ 『人生はリベンジマッチ』
↑
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Rock54: Caution(BBR-MD5:fc5433912aa55592f73f2dda4d43bdf8) やりすぎ防犯パトロール、特定人物を尾行監視 2009年3月19日19時7分配信 ツカサネット新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090319-00000026-tsuka-soci
この記事で問題になった通称やりすぎ防パトは、創価学会と警察署が引き起こしていたようです
掻い摘んで説明すると
・創価学会は、町内会や老人会、PTA、商店会等の住民組織に関し、学会員が役員になるよう積極的に働きかける運動を
90年代末から開始し、結果、多くの住民組織で役員が学会員という状況が生まれた
・防犯パトロールの担い手は地域の住民と住民組織で、防犯活動に関する会議や協議会には、住民組織の代表に役員が出席する為
防犯活動や防パトに、創価学会が間接的に影響力を行使可能となった
・防パトは住民が行う為、住民が不審者や要注意人物にでっち上げられるトラブルが起きていたが
創価学会はその緩さに目をつけ、住民組織を握っている状況を利用し、嫌がらせ対象者を不審者や要注意人物にでっち上げ
防パトに尾行や監視、付き纏いをさせるようになった
・防パトは地元警察署との緊密な連携により行われる為、創価学会は警察署幹部を懐柔して取り込んでしまい
不審者にでっち上げた住民への嫌がらせに署幹部を経由して警察署を加担させるようになった
・主に当該警察署勤務と考えられる創価学会員警察官を動かし、恐らく非番の日に、職権自体ないにもかかわらず
私服警官を偽装させて管轄内を歩いて回らせ、防犯協力をお願いしますと住民に協力を求めて回り
防犯とは名ばかりの、単なる嫌がらせを住民らに行わせた(防犯協力と称し依頼して回っていた警察官らの正体は恐らく所轄勤務の学会員警察官)
※これに加えて防犯要員が同様のお願いをして回る
・こうして防犯パトロールを悪用し、住民を欺いて嫌がらせをさせつつ、創価学会自体も会員らを動員し、組織的な嫌がらせを連動して行った
つまり警察署に勤務する学会員警察官、警察署幹部、創価学会が通称やりすぎ防犯パトロールの黒幕
詳細は下記スレをご覧下さい(現在スレが荒されてますので、テンプレと87の連絡先さえ確認して頂ければokです)
やりすぎ防犯パトロールは創価学会と警察署の仕業だった
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/bouhan/1516500769/1-87 wikiでたまたま義経伝説の記事見つけたけど
少なくとも北東北沿岸にのこると言われる義経伝説・伝承地は
戦後なってから作家や郷土史家達が創作したフィクションが多数混在してる
遺物も義経とは無関係な物をわざわざ関連付けした物があるから注意ね
古文書も江戸時代どころか
古びた紙に昭和になって字が上手い人に書かせた物が混在してるはず
知人が義経北行伝説を広める運動をやってたのを見聞きしてたけど
歳で死んじゃったし>>494のDNA鑑定の結果もでてきたから
wiki使ったことないからここに書いとくわ
信じるか信じないかはあなた次第だけど 元寇は高句麗渡来系比企氏の北条家への復讐陰謀説はどうなの?
フビライは日本とは友好を結ぼうと2回も国書を送っているんだろ
それを、比企氏が再三、攻め滅ぼすべきだと説得した どうなの?って言われても
それ電脳ナントカの人の主張だし
その人、極右とか国粋主義みたいな人だしね 512です
亡くなった義経北行伝説を研究していた知人から
生前に譲られた物を整理したけど
よくよく見ると素人が見ても絶対ありえない内容の資料がいっぱいあった
岩手県内から北海道に続く義経伝承の地があるけど
どう見ても意図して手が加えられた痕跡が残ってる
解りやすい例は 明治時代に新しく創建された村社に
義経が立ち寄っていたり遺品を残したことになってる所がいくつもある
あと直接氏子から聞いた話では神社が本で紹介されるまで
氏子自身が神社と義経伝説と関連があるとは知らなかったとか
知人は作家や郷土史家とも親交があって資料の提供をしてたけど
渡した資料その物の信ぴょう性がかなり低い物だったかも
知人とは地縁で知り合った間柄で
知人からもらった物には興味が薄くてよく見てなかったけど
遺品とは言え処分したらいいのか困りますね 日本人が好きな日本の歴史上の時代
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/3998.html
>昭和(戦後)がトップであるが前回より率は大きく低下。
>見直しブームを反映し江戸時代が2位に上昇。
年代別の藩校及び教科目の設置数
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/3998a.html
>江戸時代、藩政改革とともに設置数が多くなった藩校。
>科目も初期の儒学から洋学など多様化。
戦後、日本の社会に大きな影響を与えた出来事
http://honkawa2.sak ura.ne.jp/2640.html
>3つまでの複数回答結果の上位は@東日本大震災・福島第一原発事故(55%)、
>Aバブル経済とその崩壊(41%)、B高度経済成長(40%)の順 吉成りて汗を思う
祖は清和源氏なり、よって国号を「清」とす。
義経=チンギス・ハーン説が昭和に流布した理由が
八紘一宇、大東亜共栄圏思想と相まって日本がアジアを支配する根拠付けのための国策だった
という説があって非常に萎えたなあ
いかにもありそうだし当時の日本人ならやりそうだもの 日本の宣伝担当が外交上ヨーロッパに日本を知ってもらうために出版した創作話が元ネタ。
さまざまな理由で、海外ではあまりいい顔されないので自粛するように。 ビザ無しで渡航できる時代にせよ、文明の利器無しで個人で赴くには遠すぎるよね 北朝鮮の木船がたくさん流れ着いているから不可能じゃないと思うけど。
むしろ今よりも漁師らの腕や勘は確かだったかも知れない。 判官贔屓というぐらい義経はちっちゃかった。
義経はどこに行ったのか、義経が生きてたらどうしても放っとけないと思うのだが、白鵬とかでかいんだよね。 何もないのに無理矢理にこじつけるのやめてほしかった。ロマンでもなんでもなく果てしなく無駄な時間を過ごしたと後悔が酷い。 源義経も京では女性にモテモテで壇ノ浦の戦いの後で
平時忠の娘を妻にしたとか安徳天皇の母建礼門院に言い
寄って手籠めにしたという話があるから、チンギス・ハン
とは女好きで敵方の姫や妃を籠絡するところが共通してい
るというぐらいか。きっと別人だろうな。 >>526
建礼門院と源義経の関係は頼山陽の小説、
壇ノ浦夜合戦記がソースだろ? 幸福の科学の教祖大川隆法によると
中国の習近平国家主席はチンギス・ハンの生まれ変わりらしい。
そのチンギス・ハンはアッシリア王ティグラト・ピレセル3世
の生まれ変わりだそうだ。大川氏が何を言わんとしているのかは
大体想像がつく。 NHK ダークサイドミステリー[終]
▽“怪しい歴史”禁断の魔力 あなたもだまされる!? あなたは信じてませんか?幕末夢のオールスター集合写真!?源義経は大陸に渡りチンギス・ハンに!?東北に幻の古代王朝が実在!?怪しい歴史を徹底検証!謎の真相に迫る。
https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&ch=10&date=2019-10-01&eid=02708
https://megalodon.jp/2019-0928-1515-31/https://www4.nhk.or.jp:443/darkside/ _-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
>ミ/ 'γ、` ミ |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_| 〜 プーン
了| "~`、 "~"` {,',; ;} 。 |;;;;;;;;;;ノ∪ ^ ,,, ^ヽ 〜
"7 `⌒` ⌒ }ミ:. { |::( 6∪ ー─◎─◎ ) 〜
'| / レリ* |ノ (∵∴ ( o o)∴) 〜
+ i ( }ィ' |∪< ∵∵ 3 ∵ノ
` ー--- /|` + \ ⌒ ノ
ヽ  ̄ / |__ \_____/
平敦盛 源義経
今日けふは九郎大夫判官義経、先陣に供奉ぐぶす。これは木曽などには似ず、
もつてのほかに京慣れたりしかども、平家の中の選えり屑よりもなほ劣れり。
面長くして身短く、色白くして、歯出たり
平家物語より 白鵬がチンギス・ハーンの子孫であるって言う話は聞いていたが
その白鵬が去年、遺伝子検査を受けた時に「日本人、アイヌや沖縄人に多い遺伝子の持ち主」だと判明したそうな
義経=ハーン説はトンデモだろうが、日本人がモンゴルに渡り日本人の遺伝子を持つモンゴル人がいても不思議ではないと思うがな
逆に日本人だけど先祖を遡ればモンゴル人とかな
そういや義経も非力なチビだったようだが、同じく小柄でガリヒョロだった白鵬が日本で158キロの大横綱になったのを見ると
案外チビガリ義経がモンゴル帝国を築くってのもありえたのではw 源義経は、チンギスハーンにはなっていないけれど、平泉藤原世界最強軍団はモンゴルに渡って、チンギスハーン軍団と併合してしまった。
だから、藤原軍団が開発した軍馬を斜対歩を側対歩に調教する方法を会得して世界征服を成し遂げた。 この説って、こんなこという人は日本人として恥ずかしい////これ違いますよ〜///誤解しないで〜///みたいなのばかりネットで見るなw
俺は胡散臭せーオカルトみたいな話を聴いて気持ちよくなりたいんだよ! 大多数の日本人が骨董無形な与太話扱いしかしてないし
チンギスみたいな侵略しまくって虐殺しまくった屑と義経を同一人物扱いすんなよ
義経アンチが義経を卑しめる為にやってるようにしか思えなくて不快だ >>540
「源義経=ジンギスカン説の謎に迫る」
文・取材/原遥平
(P82〜85)
https://i.imgur.com/Rq9wPDp.jpg 源氏は北魏太武帝の始祖から分かれた氏族
ハーンは北魏太武帝の始祖が名乗っていた君主号
鮮卑が元祖 >>542
源氏は清和天皇の六男である貞純親王の子供(清和天皇の孫)が臣籍降下されて源経基になったのが始まりだし
でたらめな嘘ついてんじゃねえよ。 10年以上前に平泉から岩手の海岸沿いに義経の足跡をたどるツアーにいったこたがあるんだが
義経が残したといわれる遺品がどう見ても新しすぎたな
小説の伏線や都市伝説てきな流れならフィクションとして楽しめたが
誰かが無理矢理史実らしく作ってるのが見え見えで途中から飽きてきた
釜石で食べた海鮮ラーメンが美味かったのが救いではあった もう話してもいい時代かもしれないが、義経が立ち寄った地の殆どには、タコ部屋や大陸から連れてこられた強制労働者の集落や軍事基地があったと土地の古老から聞いたな。
ざっくり調べたら、世界遺産に登録された釜石橋野鉱山や宮古田老のような戦争前からの鉱山や製鉄所が数多くあって、近くの神社には義経が立ち寄った伝説が残っている。
大陸に思いを寄せる強制労働者や人身売買された人々ような社会的弱者のより所となって創作されたのかもしれないし、国威発揚の名残がその地に残って伝説と化したのかもしれん。
当然それ以前から義経チンギス・ハン説はあったわけだが、アイヌの地に義経伝説が残っていたりと、時代が代わるにつれて色んな人々によって語りつがれたんだろうな。 >>22
あれも年代は合うんだっけ
そもそも説の出典はどこよ? 512です
亡くなった郷土史家からあずかった義経北行伝説の資料を捨てきれずにいるけど
一部を整理してわかったこと書いとくね
一つは、ネットのチンギスハンの物と言われる笹リンドウの紋を
東洋史を研究している方に見せたら「蓮の花」をデザインしたもので
笹竜胆の可能性はまずないとのこと
蓮の花を上下逆にしてるから笹竜胆らしくみえるだけ
シルクロード周辺や東アジアの多くの民族の間で広く使われている伝統模様で
ラーメンの丼の模様のようなものだそうです
「蓮花 文様 デザイン」でググるとアリババとかで似たのが出てくる
それと岩手青森方面に行ったついでに義経伝説のある集落の人達に聞いたけど
鎌倉時代に義経が立ち寄った家系は
実際は戦国時代の落人や戊辰戦争で修験者の変装して逃げてきた人達?らしい
とそっと話してくれました
家の構えが大きくてもお墓の初代が幕末だったり新しいものばかりだそうです
もっと夢がある話だと思っていたけど実際はこんな物なんだね… 自分の近所では昭和やバブル時代に建てられた寺社が廃墟になって、
台風で屋根が飛んだり、風紀が乱れて問題になっているし、
中世や江戸時代の廃寺や神社跡の遺跡が、いくつも発掘されている。
ドラマの舞台の鎌倉周辺でも鎌倉時代から残る寺はごく一部と言う。
神社も寺も庇護者が没落したり、地域が衰退して維持できなくなれば、
半世紀も持たずに廃れる。
平泉の名刹は別として、東北から北海道まで800年以上も
旧家や神社が都合よくルート上に現存しているとは考えられない。
言うまでもなく後世の作為だろう。 ユダヤ人埴輪でトンデモ古代史をリードする田中英道東北大学名誉教授、
最近は何をやってんのかと思ったら、
源義経=ジンギス・カン説に手をだしていたのか・・・
https://www.youtube.com/watch?v=wUUWX2HCBLY
小谷部全一郎も日ユ同祖論の信奉者だったし
原点回帰といえなくもない。
この手のトンデモは根っこで繋がっているんだろうな。 >>555
ゆかりの地に訪ねてずうーーっと不思議だったのは
義経ゆかりの神社の近くに
殆どに日〇財団とか笹〇平和財団系のレジャーや研究施設があるんですよ。
三陸海岸から北海度の積丹町までずっとね。
内陸部の遠野市、十和田市にまで笹〇傘下のB&G海洋センターと言うのがあって
不思議で不思議でしょうがなかったなぁ。
昔の笹〇会長とかは神社庁系とは切っても切れない縁のはず。
日ユ同祖論を検索すると笹〇氏とか財団の名がでてくる。
昭和には瀬戸内の源平合戦の研究者を支援してたとある。
これは単なる偶然なんだろうかね…。
ちょっと気になったのでレスしてみました。 ニュースプラス板の
全国のバブル期に建てられ巨大観音像が老朽化して
住民の負の遺産になっているという記事でここを思い出した。
松尾芭蕉が見た金色堂は
伊達家の保護下で廃墟寸前でやっと残っていた。
なのに義経北行に出てくる小さな神社が
村の氏子の管理で800年以上
平泉から蝦夷地まで残っていると言うのは無理があるな。
北行は近世に創作で間違い無い。 バグダードの戦い、あるいは「バグダッド包囲戦」
1258年にチンギス・ハーンの孫にあたるフレグ率いるモンゴル帝国と当時世界で最も栄華を誇っていたと
言われるイスラム帝国アッバース朝との間に起こった包囲戦である。
モンゴル軍によって攻略されたバグダードは徹底的に破壊され、市内に存在していた知恵の館や数々の図書館に
収蔵されていた何十万冊もの大量の学術書はモンゴル軍によって燃やされるか、または、川に捨てられた。
これによってメソポタミア文明ならびにイスラム文明が築いた多くの文化遺産が地上から消失した。
ムハンマドによるイスラム開教(610年)から連綿と続いていた「カリフ」の系統も殺されて途絶え、市民は皆殺しにされ、
その後数世紀間にわたって当地は無人の廃墟となった。
多くの歴史的記述がモンゴル軍の残虐行為を詳述している。
バグダードの市民は逃げようとしたがモンゴル軍に捕らえられ、子供から老人に至るまでことごとく虐殺された。
14世紀の歴史家ワッサーフは「死者は数十万人であった」と記述している。
ニューヨーカー誌のイアン・フレイザーは「20万人から100万人に及ぶ死者を計上した」と記している
1258年当時のイラクは現在のイラクとは違う。
農業は都市の運河によって数千年守られ、バグダードは世界一輝かしい知の中心地だった。
モンゴル軍によるバクダードの破壊はイスラム教に回復不可能な心理的な痛手を負わせた。
既にイスラム教は保守的になっていたが、このバグダードの蹂躙によって、イスラム教の知的開花は潰えてしまった。
アリストテレスとペリクレスのいるアテネが核兵器により消滅する様を想像してほしい。モンゴル軍がどれだけ
残虐であったか理解いただけよう。モンゴル軍は灌漑運河を徹底的に破壊した。
これと殺戮による過疎化とによってイラクはもはや再起不能の状態に陥り、衰退の一途を辿ることとなった。”
―――スティーブン・ダッチ(ウィスコンシン=グリーンベイ大学) ロシアまで源義経=チンギス・ハン説を検証しに行った人のブログによると
戦前に小谷部全一郎が源義経の墓と主張していた石碑が博物館に残ってて
写真ものってたんだが
読んでみると女真族のエスイクイ将軍と言う別人の石碑で「源義経」の墓とはどこにも書いてないってよ 古代で朝鮮半島南部を制圧
高句麗や唐を退けること出来りゃ、唐の没落以降更に領土を拡大し、
本物誕生前のモンゴル高原にも手を出せたかもなあ ネットが発達してここまで検証ができるようになると
義経ジンギスカン説や義経北行伝説って歴史の捏造のレベルだね
地球平面説と同様にYoutubeで削除になってもおかしくない あまり有名でないけど、
12世紀の文永の役前のに、モンゴルの樺太侵攻と言うのがあって、
モンゴル「元」が樺太から侵攻して、樺太や北海道のアイヌを征服しようとした。
仮にジンギスカンが源義経だったとしたら、
義経の子孫がアイヌをが征服したり虐殺しにきたことになるのに、
アイヌが義経を創造神オキクルミやハンガンカムイとして信仰するのは、
まず有りえないでしょう。
アイヌの義経信仰には作為しか感じない。 最近、救急車のサイレンを、頻繁に聴くようになった
://egg.5ch.net/test/read.cgi/119/1651730996/l50
>>555
その講演大学でやったんだろ
いくらなんでもやばくね? 源義経=チンギス・ハーン説て、ロマンと言うより、ネタでしょ。
村おこしのため、観光客の呼び込みのため、お金のために作られた歴史でしょう。
行政が建てた看板にも、伝説をさも史実のように書いたから、
信じちゃった人が続出したんでしょうね。
なんか義経がかわいそうだは。 義経と言うビッグネームが付くと儲かるから嘘でも生きててもらわないと困るんだろw 本当は義経とは別人の判官の職を持った人が滞在した言い伝えが
九郎判官源義経にすり替えられたと言う神社もあるな
なのであたかも義経が生きて逃げた軌跡のように見えると言うわけだ
何時の時代でも朝廷があるからには判官の職がいるのだから最もな話だな 義経がチンギスハンだったら元軍が和弓を使ってるはずだけど
実際はそんな事なかったし別人なのは明らか >>570
しかも元軍の鎧は騎馬戦に使いやすい革製だった
義経が身に着けていた日本式の鎧ではなかった 飛行機の墜落事故にあったはずの
ワグネルの創始者プリゴジンが生きていると伝説になっている ジンギスカンはウクライナに対して破壊と殺戮の限りを尽くし、
プーチンよりはるかに酷いことをしたことが史実に残っているわけだ。
義経=ジンギスカンであって欲しいと言う人の神経がわからない。 歴史上、最も衝撃的な残忍な復讐行為をした人物と言われてるチンギス・ハンと源義経が同一人物とはね… ラマ教寺院に残されたチンギス・ハーン像の写真
どうみてもコラージュだろ
そこまでして義経に似せたいのかよw やはり義経伝説は帝国政府や陸軍省が関与している説は農耕だろう
東北・北海道間で義経や弁慶の伝説が残る神社は明治政府が制定した”諸社”、
つまり府県社・郷社・村社は帝国政府の命令で県や町村によって建立された”明治時代以降の新しい神社”
ここですでに義経一行と明治政府が建立した神社が無関係であることが子供でもわかる
大陸進出の口実に源義経が征服した大陸を大日本帝国が統治して当然と言う世論を作りたかったのだろうな
陰で暗躍したのが陸軍省通訳官の小谷部全一郎だから、軍部が大きく関与したと言っても飛躍は無い 宮城の金成では
明治時代の文書に杉目太郎行信が義経の身代わりになった
と言う伝説が急に出てきて
源義経の胴塚より杉目太郎の墓のほうが立派に整備される
何のためにやったのか地元民でもよくわかっていない 弁慶「仁王立ちして、忠義示すか...」義経「すまんそいつ影武者なんやw 妻子おいて海渡ったろw」妻子「ファ!?」
嫌やろ?あとそんなことなったらまず藤原は、頼朝の性格的に拷問でもされてないと辻褄合わんやろ そういえば…藤原泰衡を裏切って主君泰衡の首を打ち取った河田次郎と言う家臣は、
首を届けた鎌倉で、源頼朝に自分の主君を打ち取った不忠義者とされ、その場で処刑されたんだってな。
平泉が滅んだ後、源義経が平泉で死んでないと、生きていると東北一円に流布し、反乱を起こした大河兼任と言う藤原の残党も打ち取られるし。
せっかく平泉滅亡後に義経・チンギスハン説より面白い歴史があったのに、全く注目されない気がする。 杉目太郎行信も弁慶のような架空の人物だな
奥州南部封域志や大木戸合戦記で義経伝説を創作するために作られた人物 死んだはずの義経が訪ねて来たと嘘っぱちで言ってしまった手前、引っ込みがつかなくなったのでは?