昔語りしていい
ワイが子どもの頃はWindows95とか、そんなのが出始めた頃やった。 で、そんな頃に校長先生が赴任して来たんだ。でも、その校長がなんつーか、普通の先生とは少し違っていて。
すっごくニコニコしてて人当たり良さそうなんだけど、只者じゃないオーラがある訳。 で、学校赴任と同時に。休み時間に校長室開放して、子どもたちが遊びに来れる環境にしたり、朝会で物語を読み聞かせてくれたり。そういう事をしてくれる先生だったんだ。 校長室に遊びに行く時は、ノックして「失礼します」を言う位で。難しいルールとかはなかったかな ワイはひねた子どもだったから、あまり大人の事が基本的に余り好きではないと言うか、あまり信用していないような子どもだったんだよ。
だけどこの校長先生はどこか他の人と違って、信頼に足る人のように思えていたんだ。 ワイは時々校長室に遊びに行った。職員会議を経たうえで、校長室開放だったから。大体5月頃から休み時間の開放がスタートしたんだと思う。 遊びに行くたびに、色々とあって。運動会の頃だと(その頃は世界の国旗を頭上に飾っていた様な頃だったから)国旗カルタを机上に広げて、子どもたちがそれ使ってクイズしたり。低学年・高学年一緒に楽しんでいたよ。 ある時は天体模型が置いてあって、それを皆んなでながめたり。子どもが持ち込んだ図書室から借りた本で謎々を出していたり。すごく頻繁に校長室に行った訳ではないけど。行くたびに、顔ぶれが違って。そんなに頻繁に校長室に通っていた訳では無いのだけど。それでも今も覚えているんだ そして中でも、忘れられない記憶があって。あるとき校長が、朝会で子どもたちに読み聞かせしてくれる本を決めかねている、みたいな話をしていたんだよね。
なんでも、先生の専門は民俗学らしくて。柳田國男とかその辺絡みの短編の物語を扱おうかと思っているって。けどまだしっかり決定した訳じゃなくて、まだ悩んでいるみたいだった。
過去には時期で縛って、昭和初期の物語と決めて読み聞かせをしたり。毎回先生の中でテーマを決めて、そのテーマにそった読み聞かせをしているらしい。縛りがあるみたいなものだと思う。
なので今は考えている最中だ。みたいなそんな話をしていたように思う。 そして、程なくして先生は、朝会で柳田國男の本の中からセレクトしてみんなに読み聞かせをしてくれた。
だけどそれも短編というのはあるにせよ、あの人全部頭に入れて話すんだ。つまり原稿とか見ないで。そうして空で全部話す訳。すげーよな。 でもワイ実は結構、本読む方だったから。実は先生の話してくれる物語は割と聞いたことある内容のものが多かったんだ。
けど、その事を差し引いてもやっぱり先生が話をすると面白いんだよ。子どもたちがお喋りひとつしないで、その話にききいっているんだ。 物語の力でもあるし、先生の技量でもあると思うんだけど。それって凄いことだよな。 そしてそんなある日、ワイはまた別の時に校長室に顔をだした。そしたらその日の校長は何となく浮かない顔をしているんだ。
子どもたちのおしゃべりを徐に遮って。校長が真面目な口調で言う訳。 校長が、自分のしていることを反省・改善するために子どもたちに意見を聞きたいと、言い出すんだ。
当然、そんな風に聞かれて子どもたちだって、少し緊張感あるし。高学年の子から「面白いと思います」「同じ意見です」みたいに、そう言う回答が続いた。歴代の校長の小言を聞くより、物語の読み聞かせを聞く方がよっぽど楽しいに決まっている。それはそうなんだよな。 でも、ワイは思ったんや。校長は概ねどんな反応が来るか予想していたんじゃないだろうかと。
子どもたちが自分のしている事に対して、好感触の反応が返ってくる事を想定しているのでは無かろうかと。ワイの中で、疑念としてそんな気持ちが過ったんだ。 そして、ワイは一方でこの先生は信じるに足る人ではないかという期待を持ってもいたんだ。子どもなりの試し行動のような部分もあったのかもしれない。
だけど、校長先生に向かって物を申すなんて、年端の行かない子どもにとっては末恐ろしい気持ちになるだろう。 でも迷ったけど、ワイは言った。「先生の話は面白い。けど知っている話ばかり。勿論それでも面白いけど、知らない話も聴いてみたい」上手に言えたかは兎も角として、大体内容はそう言う意味合いの事を言った。
先生は特にそれに対してはフラットな反応で、「そうですか。分かりました」位のあっさりとした応対だったように思う。 それでもワイとしては勇気を出して、自分の考えている事を直接校長に伝えられた事に満足していたよ。
どうせ校長も忙しいだろうから、名前も知らないような1学生が言ったことに対して、ましてや低学年の子どもの言うことなと、そこまで気にしないと分かっていても。それでも勇気を出した自分を褒めてあげたかったね。
チャイムが鳴り教室に戻る廊下で、心臓が早鐘を打っていたのはよく覚えている。達成感がすこしと、緊張感、そうして言わない方が良かっただろうか。いやしかし言って正解なのだと。感情が混ざり合っていた。 そして夏休みに入る前、修業式に先生はいつもと違って、一冊の本を持って登壇したんだ。
そして、1つの物語を聞かせてくれた。それはお侍さんの友情と約束の物語であり。お化けが出てくる怪談でもあり、そして少し悲しい話でもあった。
私はその話を初めて聞いた。 そして皆に言った。いつもは皆さんに原典をお伝えしていますが、今日はそれを致しません。
ヒントを3つ出します。
1冒頭の対句
2物語途中に出てくる菊の花
3江戸時代に書かれた物語
これを夏休みの宿題として出しますので、どうぞ皆さんにとは言いません。答えが分かった人は先生にそっと教えてください。 古典の本の案内。ジュブナイル版の案内。
どのように探し出せば良いのかヒントをくれた先生だったが、ワイは完全これは無理ゲーと、しか思えなくなった。 ワイは図書館で挫折。ジュブナイル版じゃなくて、原本で探そうと思って。古文の本あるコーナーで分からなすぎて泣いた。 小学生の低学年。この世に開いても内容理解が出来ない本があることを知る。って感じよ。 で、世知辛い夏休みは終わった。そして少し時間が経った頃。相変わらず、私は校長室に遊びに行ってたんだけど。
先生がその時居合わせた生徒達に、夏休みに出した宿題に取り組んだ生徒がいるかを聞いたんだ。
少し言葉の調子は厳しい調子だったかもしれない。 ワイは黙った。周囲に取り組んだ生徒は居ないようだった。
ワイは校長に訊かれた。ワイは答えた。
「図書館に行ってみたけど難しく、見つけられなかった。(私の他に)見つけられた人は居たんですか」
「ええ。居ましたよ」
先生はあっさりと答え、それが本当か嘘かワイには判別出来なかった。 ワイの気持ちとしては、あんな難しいもん見つけ出せる奴おるんかいって思っていたから。見つけられる生徒に対しては畏敬の念。高学年になれば余裕なのかな、とか考えていた気がする。 ワイそう言われて、消化不良だったけど。
校長は全体に向けて言ってるけど、きっとワイに対して言ってるんだよな。その頃は沢山いるなかで自分の発言と顔が一致しているなんて夢にも思わないから、ワイに対して言われているなんて思わなかったんだ。 その時は夏休みに聞いた物語と重ねて、約束を守って無い自分、そして課題の難易度が高すぎるからだと思う気持ちとで綯い交ぜになっていたよ。 耳で聞いただけの物語を、探し出すなんて不可能だと、つくづくそう思ったよ。ましてや簡単にネットで検索の時代じゃ無かったし。 でも心の中の半分では、結局探し出せていない自分を責める気持ちも実際あって。無能だし、ある種期待に応えられなかった自分の能力の低さ。先生がワイの意見を反映させて、取り入れてくれたのかもしれないのに。そんなんで内心ぐるぐるでいっぱいだった。 けど、それ以上何かあるでもなく、その日は終わった。 そして時間が経った、冬の日だった。その日は参観日で。参観日後の懇談会終わった親の車で帰りたいと思って、友達と一緒に外で雪遊びして待ってる事にしたんだ。 けど、思いの外懇談会は長引いて。教室のランドセルを取りに行けなくて。友達と困り果てた。スキーウェア(今の子どもたちはそう呼ばないかな?)を下駄箱に押し込んで。行き先が無くて本当に困ったんだ。 パソコン室、図書室、多目的ルーム、案は出たけどどれもしっくり来なかった。そしたら友達が校長室はどうかって。そう言うんだ。 なんでも、留守家庭児童会の生徒は放課後、校長室に遊びに行って良い事になっているらしい。ワイは留守家庭の子どもじゃないのに行っていいのか迷い&例の物語を探し出していない負い目があった。でも行く事にしたんだ。 あの日についてはよく覚えているよ。事情を説明して、校長室に入れてもらって。廊下はしんと静かで、外は牡丹雪みたいなのが降っていた。
いつもの学校の賑やかさが少しも無くて、変な感じだったよ。 子どもも自分達2人だけだったから、色々と話が出来たんだ。