最後までやり抜いたこと、ルーミィをちゃんと母親に会わせたこと 以上
だけで正直十分だよ でも、いくつか今思い出せる範囲で

・長距離の移動も多かったけど弱音一つ吐かなかったこと。当たり前にやるべきこととして受け止めていて、大変さは書かれていても弱音なんか書かれてない
 特に印象的だったのはエルフの里での移動
・トラップと和解したこと(これはトラップ側の成長だとも思うけど)
・なんだかんだで戦闘も全部参戦してること
・マリーナ実家のクエストで一人になったときも立ち止まるとかそういう気は全くなかったこと
・人の縁の大切さについてしみじみ感じ取れること
・ゼンばあさんの言葉に涙を流せるのは旅路と成長の感覚があって、その感覚を持ってること自体が成長だと思えること
・示される旅路での再会やら自他の心の機微、それらが成長している若者のモノの見方だと思えること
 (これは多い、カシアス・ギアとの再会のときとか、ルーミィと自分の関係について思うときとか)
・最後、自分なりに頑張ったという実感を持っていること、そしてそれをちゃんと表明できること

旅行を振り返って「いい旅だったなー」って思える全体的な感覚と、一人称小説が「自分のものの見方が変わったなー」って感覚を与えてくれる、これまた全体的な感覚かな
凄い自然な感覚で、パステルの落ち度リストみたいなのを洗い出すようなアプローチの逆をするって感じではない
そういうモノの考え方をする人がいるのは理解してるし、そういう人のある種の解像度の高さは良くも悪くも驚かされるけど
なんだろな、「ちゃんと読む」は落ち度をリスト化したり、至らない点・気に食わない点ををあげつらうことなの?
当たり前にやって考えているように見えることが、元々は当たり前じゃなかったんだってことを読んでないの?
その立場で、「FQをちゃんと読んだ?パステルの心をちゃんと読んだ?」と逆に問いたい