PC-8801mkIISRとMSX2ってどっちが性能上なの?
SG1000とかm5とかぴゅう太とか、
蛍光カラーみたいな9918は一目見ればすぐ分かったな >>306
MSX持ってた奴から言わせると
MSXはすべてクソ
他のパソコンに乗り換えずにFDD買い足した奴は特殊系
と言ってる奴が居た もし9918がスプライト機能を持ってなかったらMSX2以降もスプライト無しでグラフィック描画も遅いわで本当にガチクソだったな そうしたらMSX1で廃れていたと思う。
MSXFANが仁井谷氏へのインタビューでコンパイルもMSXに手を出したのはセガのSCシリーズとコンパチだったという側面もあったから。 >>279
どこにもヤマハが入れたいと言ったなんて書いてないじゃん
>>263 エアプ確定だな MSXとSG1000?(セガのゲーム機)の区別が出来なかった(笑) >>341
どちらもZ80-9918機だから、似たようなもんだ RX78はシャープ設計だっけ? 9918機とはかなり異なるアーキテクチャだったような RX-78はシャープ独自のVDPで27色表示
27色は多分デジタル8色のタイリング MSXはシルフィードでなかったからなぁ。
3Dシューティングは企画されたがポシャリが多かった。亜空戦記グリフォンとかポーラースター2とか。 >>349
やったけどのんびりしたシューティングゲームだった。バックが出来るのが斬新だけど。 >>348
88で唯一遊べたアクションゲームがシルフィードだった
でも背景とかが出てスクロールすると、やっぱり88だな・・というがっかり感はあったが
その後、アクションゲームの憧れが消えず、広告でデカデカと「メガ○ラを超えたデカキャラ」と打って出たスタートレイダー
頑張ってはいたが・・・・一応クリアするまで遊んだ
ヴェイグスなど他にもアクションゲームを買ったがどれもこれもという感じ
ヴェイグスは本編より付属のBASICで作られた、おまけゲームの方が面白かった >>348
SA-8シルフィード・・・・
PC88のFDDであってこその作品かなぁ(OPの事)
FDDの仕様もあるけど
MSXってメモリからGRAMの転送が88以上に死んでるから難しいと思うなぁ あっあっあっあっあーあああっあっ
あーあああっあっあーあああっ(じゃかじゃー) ファイアーホークはMSX2はSCREEN4を使っているから
PC88版よりもレスポンスが良かった
画質は当然落ちるが 描画速度というか、ゲーム性、操作性かな
デザイン諦めて冷蔵庫が飛んでくるP6スペハリとか MSXのレリクスは巨大でダイナミック!
階段上がるとテープロードの指示
以後MSX様無反応になる
(いつもの事なので誰も怒らない) >>357
当時P6持っててスペハリ発売後すぐに買ったが当時のパソコンでグラフィックを除けば初めてまともなアクションゲームをプレイ出来たと感動した
それくらい操作性など動きがまともだった メガROM版出たよ。
2500円払って交換できました。 88のグラフィクツールというと、ダ・ビンチとcamel位かな?余りよく知らないので。 >>361
それ以外で思いつくままに
InkPot
アートマスター88
Z's STAFF Kid88
LALF
他、各種ワープロソフトに付属してたもの(ユーカラart、SUPER春望、P1など) アートマスターは、98用も全く同じ作りだった(200ライン用) MSX2は
・グラフザウルス
・DD倶楽部
・ソニーのMSX2に付属したHAL製の奴
が三本柱? ユーカラ+アートマスターのユーカラartなんて製品もあったな MSX2用
・Pixel2/3(T&E)
・DD倶楽部(T&E)
・ユニペイント(松下)
・ビデオグラフィックス(松下)
・グラフィックスタジオプロ(ソニー)
・写画楽(ビクター)
・ザ・ペインター(ヤマハ)
・ミケランジェロ(リットー)
・グラフザウルス(ビッツー) CHEESE2(日本エレクトロニクス)
レオナルド(オメガシステム)
GABAN(マイクロネット)
ダ・ビンチ(ポプコム、開発HAL研)
これも追加で。 この頃はジョイスティック端子に繋ぐマウスが12800円したんだよな
2+の頃には4000円くらいまで下がったけど よく覚えてるな
MSXって盛り上がってたんだなあと思う そら当時は金が無くて雑誌だけ穴が空くほど読んでたから >>370
ギャバンではなくて、ガバン(画板)ですね。 88用の変わり種
ビデオアートボードペイントツール
まんま捻りのない名前
もちろん要ビデオアートボード なぜかPC-8801-17に付属しないで別売
しかも15000円のぼったくり価格 日電、使い勝手の悪いソフトあれこれだしてたね
ネットアクセスとか NECにソフト開発能力なんて無いだろ
主要な日本のメーカー何処も無かったと思う
製造側の工数節約論が絶対な時代
訳:ユーザーの使いやすいようなめんどくさい仕様にはしたくない >>379
コンピューターじゃないけどビクターがレコードプレーヤ(ハード)、レコード(ソフト)を作っていたが、ハードの赤字をソフトが補填する経営状態だったので親会社の松下電器から松野社長が就任し、テコ入れの一環で分社化しろとなり、ソフト部門はビクター音楽産業になった。 >>380
RCAレコードのコピーライトの表記の移り変わり
本レコードは商標RCA、Camden、Red seal、Dynagrooveの所有者、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカが所有し管理する原盤より日本ビクター株式会社が製造したものです。
↓
本レコードはRCAレコードの原盤よりビクター音楽産業株式会社が製造したものです。
商標RCA、Camden、Red seal、DynagrooveはRCAコーポレーションの許可により使用されています。
↓
本レコードはRCAコーポレーションが所有し、または管理する原盤よりRVC株式会社が製造したものです。
商標RCA、Camden、Red seal、DynagrooveはRCAコーポレーションの許可により使用されています。 RCAピンジャックは業界標準として現在も使われている(減ってはいるが) >>383
同軸PCMだと現役だったりするね。
この前自作したPCはマザボが廉価版なのでデジタル出力がなかったけど カーナビの外部入力も三色RCAからHDMIに以降し始めてる? うちのカーナビはHDMI入力ってのがあるな
使ってないけど 21年製の液晶TVは4極ミニピンジャックのコンポジ+オーディオ入力端子があったわ。 MSXって128KBのGRAMにどうやってアクセスするんだろ・・・・
といいつつ調べる気が全くない
88はグラフィックは48KBしかなく、メインメモリの空間に現れる(バンク式 オレX1やったからわかれへんねんけど
88はバンクメモリにグラフィック書き換えるコードは置けないってことなんか? 88は0-7fffhとc000-ffffhがバンクエリアだから
安全な場所は8000-bfffhしかない そこでテキストウィンドウですよ
8000-83FFの1KB分しかないけど
グラフィックなどの別バンク選択中でも
任意の位置のメインメモリをここに反映させてアクセス可になる テキストウィンドウはN88BASICモードでしか動かないから
64k RAMモードの場合一旦N88に切り替える必要あり
割り込み禁止→N88 ROMセレクト→テキストウィンドウ設定→アクセス→ウィンドウ復帰→64k RAMに戻す→割り込み許可→ret
と面倒くさい 64K RAMモードでもテキストウィンドウ使えたらなお良かったけど
それでも全く使えないのと面倒でも使えるのとでは大きな差 CP/Mの漢字ドライバがまさにそんなやり方してたね
http://www.wheel.gr.jp/~dai/software/cpmkbios.html 390やけどテキストウィンドウなんて知らんかった
有賀豚 最近MSX2手に入れたばかりで分からんが
ビジネスソフトだの同人ソフトだのサードパーチーのハードだので
なんやかや88の圧勝なんじゃないのけ?
ちなみに俺はFM7ユーザーなので98と88はこれからも意地でも買おうと思わない >>397
俺も1982年末にFM-7買ってもらってPC人生始まったけど
X1勢とFM勢の意味不明な争いが嫌なのとz80の簡単さから88に行ったわ。6809は凄いけど覚えられないや。6800やってれば違ったのだろうけども。そんな年齢でもないし https://imgur.com/GkqXBiM.png
MSX2+自然画モード 使用色数1790色
最大19268色もあるのでほぼ写真画質といってもよかった 記録メディアの容量と速度を気にするレベルかね
88でもSB2のADPCMとか コスパを重視せずとにかく安く抑えろ勢がいるからなぁ SRはDTM用途で買ったからMSX2は眼中になかったね
そっち系の雑誌では初心者向け以外あまりMSXは扱ってないしソフトも出てなかったので選択肢として88SRになった
安くはなかったけど当時の音楽機材からして高かったので専門機の画面の狭いシーケンサーよりはゲームとかも出来るからいいかな的な
一応ゲームはザナドゥと信長の野望全国版は買ってやったけどあまりハマらなかったなぁ
ゲームに時間掛けるなら楽器の練習した方がいいかなとか
SR以降はワークステーションシンセやQYとか使いやすいのが出てきたのでMac触るまでPCから離れた
98はちょっと自分の用途だけで使うには高過ぎた
98買う金があったら当時はサンプラー欲しかったもんね 比較に入れる方がおかしいな
対応ディスプレイとセットで当時いくらすると思ってるのか
そしてアーキテクチャ手を入れない宣言で自爆 88で作ったプログラムをアスキーセーブして
98に持ってこれたのはプログラム資産が無駄にならなくてよかった >>399
色数はそこそこだけど、青系のグラデには弱かった。 そんなの、色数以外は88SRの圧勝でしょ
どれだけの価格差があると思うよ
時代と価格帯からいけばSRのライバルはターボやAVだし MSX2の直接のライバルといえばMZ−1500とかPC−6001SRあたりだな
入門機を少しゴージャスにして価格を抑えたクラス
X1FやNEW7だと元は82年組だけど中級機で格上になる。
結局A1、F1でゲーム機の値段で買えるようになったからMSX2が爆売れしたんだよな だから、MSXは1も2もパソコンの形をしたゲーム機だったわけで BASICが出来て単色スプライト(単色)でキャラが軽快に動くゲームが出来れば
というのがSORD M5とそれを参考にしたと思われるSG3000、PV2000、MSXといった
日本のテレビパソコンの基本コンセプトだったわけだけど、
14800円でスプライト4色のファミコンや640x200 8色表示可能なPCの低価格化で
機能面、価格面ともあっという間に陳腐化してしまった。
MSX2はテレビ前提で若干解像度(512×212)が劣るのを覗けば
FM-7やX1と同等か凌駕する性能になっていたけど
一度ついた負のイメージは代替わりしても払拭出来なかったように思う。 結局MSXはぴゅう太に標準でまともなBASICを付けたくらいのゲームパソコンなんだよな
一家に一台レベルで普及させるホームコンピュータという構想だったがハードスペックは
MSX2は色数の増えたゲーパソ
256色使えるMSX2のレイドックより8色のX1のスーパーレイドックの方がずっと出来良かったし turboRのR800はZ80換算で28MHz相当 新品価格だとNSXよりMSXの方が1kg単価が高い MSXは戦略がズレちゃった気がしている
初代の時に色んな周辺機器が出てたけど性能的に使いこなしきれなかった
せめてMSX2であの周辺機器群が出てたらホームコンピュータ需要で面白かったけどMSX2は撤退メーカーも多くゲーム需要に特化したよね
蓋開けたら微妙な制限の多い仕様でカタログスペック見ると良さげだがいざ使ってみると総合的にファミコンの方がいいやというぐらいだった
ファミコンがヤバ過ぎてMSXは完敗、MSX2でも微妙となると期待も薄れちゃう
高解像度やFM音源、使いやすいディスク周りでパソコンゲーム需要は88が正解だったかと
結果的にファミコンでは出来ないタイプのゲームを求める層が多くて黎明期のCGやDTMも88の方が選択肢が多かったし売上通りじゃないのかな
ファミコンというかゲーム機に対してのコンプレックスは残ってX68で小爆発する訳だ >>421
その微妙な制限のおかげでMSX2は大きく評価が分かれるマシンなんだよな
色数増やしただけではダメなのよ!の典型。静止画は綺麗だったが
相変わらず横スクロールガクガク、スプライトもショボい。結果全体として見ればファミコンやマーク3にまだ負け続けてるみたいな
そんな中アレスタ2やスペースマンボウは驚異的だったが MSXは2中期からCPUに限らず色々遅くなってたのが浮き彫りになってたからなぁ MSXはパソコンとして使用するなら解像度の低さが致命的
MSX2で640x400は対応してほしかった。
R800は当時そのクロック数に驚愕したけど
あまりぱっとしなかったね。
あと88FEのビデオ出力ってまともに見えたの?
X1Gのビデオ出力だとテキストがにじみまくりで
まともにプログラムできないレベルだった。 映像出力先がNTSCアナログブラウン管テレビな時点でお察し
テキスト画面用にはビデオ出力用の太字フォントが装備されてたのでまだマシだけど
グラフィック画面は滲みまくり
あくまで当時の環境での話だから
コンポジットビデオ入力を受け付けてくれる今時の液晶テレビだとどうかは分からない >MSX2で640x400は対応してほしかった。
call kanji3とかすると、512x424になったが 横256ドット超えると座標指定が2バイトになるからメモリ食うし速度も落ちる 専用モニタを考慮しないMSX2の時点で640x400は非現実的
640x200も難しくてあの中途半端な解像度になってしまったわけだし