1983年に実現可能なPC part 4
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「1983年末に定価10万円台で実現(市販)可能なPC」を考察するスレです。
史実ではあれもこれも、まだ何もかもが足りなかった1983年当時。
あと少しここを頑張っていれば、当時のロジックやプロセッサでもこういう構成なら…といった、当時適わなかった「あと少し」を、後知恵チートで妄想しましょう。
予算も技術的制約も度外視した青天井ではどんな妄想でもアリとなってしまい、手が付けられなくなるので、「PC本体を定価10万円台(20万円未満)で発売可能な構成」というのが条件です。
キチガイ荒らしが涌くので、「スプライト機能は求めない」と明記しておきます。ホビー向けに限定もされません。ホビー用途を一切考慮しない製品もokです。
また、ゲーム機のように収益をライセンス収入に頼る事で原価率100%や逆鞘に設定して性能を盛るのも禁止。
あくまでパーソナルコンピュータ事業として収益を設定可能な範囲内の予算で、1983年に実装可能なロジック規模や調達コスト等を想定の上で妄想に励んで下さい。
※ 実在した半導体パーツ等の既製製品を、史実より前倒しで登場・採用する設定は禁止、と明記します。
※ 実在した既製製品の改変を行う妄想では、ゲート数の増加は原型から5%までを区切りとすることにします。if設定であることを明記すれば、5%までの範囲内で実現可能な機能が登場時から追加されていた妄想はokです。
妄想スレですが、敷居は案外低くない…と思いますよ?
前スレ
1983年末に実現可能なPC part 3
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/i4004/1638952421/
1983年末に実現可能なPC part 2
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/i4004/1530134686/
1983年末に実現可能なPC
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/i4004/1523570304/ キーボードのマイコンですが、マスクROM品かと思ってました。
ワンタイムEPROMのマイコンは読み出す方法がなかったりしてなかなか厳しいですね。 1983年に売ってた廉価パソコン
PC-6001mkII, PC-8001mkII, MZ-700, MZ-2200, FM-7, ベーシックマスターレベル3mark5, PASOPIA7, FP-1100, MULTI8 >>901
調べたら8ビットPCのキーボードのマイコンはマスクROMなんですね。
言語分全部用意したのか... >>905
アレ、無駄に高価な機種もあったから・・・ スレの10万円台縛りって結構ブルジョアだわな。
これにCRT, 外部記憶装置を入れたら庶民にゃとても(元々親が使うために買った等の例外を除けば新品は)無理な金額だ。
しかも付属はBASICくらいしかない。 >>910
結局TMS9918Aが使われた理由がそこなんだよな
テレビ表示出来て安かった
パピコンもMC6847も同じ
テレビ表示するにはカスタムチップ起こす以外この2択
そらどこもTMS9918A採用するわ >>911
9918Aが優秀なのはいいのだが、9918が1979年、9918Aが1981年それから2年で採用するだけ。
これを参考にでもより良いものを作るとしたのが
83年のFCのPPUと85年まで遅れてヤマハの9938やmk3のVDPってのがね。
PC-6001mk2のTV出力はイマイチだし、MZ-1500のも解像度はまだしも色数が少ない。 >>912
それは仕方ない日本にはまだTVゲーム市場がなかったんだから
FCの前がカセットビジョンだぜ
アメリカはアタリVCSが大ヒットして市場ができてたからビデオチップの開発競争が起きた
TI-99/4(9918)のライバルがアタリ800とVIC-20
VIC-20の後継が1982年のC64
急に登場したわけじゃなくて単に順当進化しただけなんだよ しかしまぁ、チャンネルのオンスクリーン表示用チップでゲームするなんて誰が考えたんだか >>914
TVゲームの話じゃなく、PC用のモニタとしてTVを使う発想はあったし、
パピコンのMC6847のように同類のチップもあった。
9918が急に登場したということは言ってなく、
早い登場であったにもかかわらず83年時点で順当進化系を作らかなったなあと。
9938もmk3のも登場時期からするとちょっと微妙ねと。
9938の横512出せる点は良いとしてもね。 9938の80桁表示はMicrosoftの強い要望でゲーム用途ではなかったから 512ドットだと80で割り切れないけど、6ドットx80桁で左右16ドットずつ未使用かな >>917
テレビだと色が滲みまくりだったけど、常用してた。
マイクロソフト大正解。 MSが80桁 何に使いたかったのだろう。CP/Mマシン? 当時の 専用CRTで表示できる現実的な解像度から 80 x 25行が逆算されたんじゃね?
NTSCテレビだと 40 x 20行だったけ? MSX2の時期なら80桁へのシフトはもう世界の常識なレベルになってたよ プログラムの見通し、という観点では、文字は多ければ多い方がいいね。
せっかく縦ドット数増えたんだから、26行モードとかインターレースで52行モードとかあればいいのに、とかよく思ってた。 関係ないけど、83年ごろ一世を風靡してた(よね?)ジャストシステム創業者が、日経新聞の「私の履歴書」に登場してた。
この1ヶ月、何を書いてくれるのか楽しみ。 >>923
てっきりVGAあたりが世に広めたのかと思ってたけど、ググってみたら後なんだね。
Wikipediaみたら87年ってある。 CP/M用のソフトが80桁前提だったから
AppleII用の80桁カードなんてのも出てたくらいで当時のPCは80桁が要求されてた MSX-DOSはCP/M上位互換だったので普通にMSXでCP/Mのソフトを動かしたかったのであろう MSX2の頃だとS端子出て無かった?もう少し後か? >>916
作れる訳ないでしょ
国内の半導体メーカーどこもビデオチップなんて作ってないんだから
せいぜいカセットビジョンクラスのローレゾ表示用ぐらいだよ
だからどこもTMS9918Aに飛びついたんだよ シャープとバンダイのRX-78は驚きの27色! 東芝パソピアのタイリング詐欺とは違うぞ! 年々色数が増えていく勢いは早かったな
VAを除くNECはずっとセルフ8色縛り、16色縛りしてたのは謎だが ビジネス用途にフルカラーは不要
その分を高解像度に回したい 解像度も640x400縛り
殿様商売のPC-9801 >>936
日電も長いことそう考えていたようで、85ボードの頃は256色のみで
640x480x1677色とか800x600x65536色とかのドライバが提供されなかったね >>930
ダンナの方。
でも、初回から夫婦の写真だし、今日も彼女あっての一太郎、みたいなこと書いてるし。
ずっと登場しそう。
先日はNHKでも番組あったね。「へんかん夫婦」
阿波踊り踊ってたw N5200があっという間に衰退したから趣味は88でビジネスは98にしたかったのだろうが、もう少し柔軟に考えて欲しかった。 >>937
90年代初頭
PC98用のエロゲー作ってる小さな会社でプログラマーとして少し働いてたが
98はなんていうかボッタクリ マシン >>936
ビジネス用だから多色発色は要らないって発想が頭が固いな
よりビジネスコンピュータの可能性が広がるとは考えられないのだろうか 趣味=パソコンいじり
なので全員が多色化望んでたかはわからんけど
せっかくのアナログモニタなのにもったいない状況ではあった
多色ボードだせばSB2ばりに流行っただろうに >>938
V-RAMに1MBも割り振れるわけ無いだろ…
当時のメモリー価格知らないのか? だから85ボードの頃って書いてあるでしょ
(ビデオメモリ1MB搭載) 85ボードって928だし1MBなんて最低限のレベル
持ってたStealth Proは2MBだったたしか GDCはVRAM512kBまでしか扱えなかったからな
9821Aシリーズは640x480x256色止まりで、
結局は汎用VGAチップに頼ることに 9801の640x400は今だととんでもない低解像度に思えるけど、
DOSのシングルタスクのアプリケーションでつかう分には不満はなかったよ。
高解像度が欲しくなったのはWindows3.1が普及しだしてからだなあ。 それでもPC-98HAのハイレゾ画面は羨ましかった 6601の1024字32KB漢字ROMを漢字テキストVRAMで使えるようにすればできたろうにな 文字コード乱立はダメだよ。中国みたいになってしまう。 オプションな第一水準や第二水準とは別な標準装備な機種依存文字ってだけだ
機種依存文字を無くせない時代だから同じでしかない フォント二重に持つの?
32KBもったいない気もする。 1959年に最初の日本語コードCO-59が制定された。12ビットで2304文字。
コンピュータで日本語を扱う方法って意外と古くからあったんだなと感心する
https://www.jagat.or.jp/past_archives/story/10887.html 80年代の256kbit程度の半導体技術ではビデオ回路のコアとなるシフトレジスタの高速版の
入手が難しかったからせいぜいVGA640*480までが目一杯という話を聞いたことがある。
知り合いの開発会社でアポロドメインの特注ビデオ基板開発ではハリス社とかの超高価な
バイポーラなデバイスが必要だったとかいう話。90年前後以後、1M bitDRAMの時代になって
ようやくSVGAとか実現できる半導体製造技術基盤が整い始めたのだとか。9801の時代に
高解像度を求めるのはお高くついたのよねH98とか。メガバイトな9821時代になるまで
1024*768超の高解像度はお預けだったですよね ‘83年だったらPCで普通にSHIFT-JIS使ってたでしょ。
>>961 なんで日本語処理が始まってるのに
違うコード体系に移行するんだよ。 80年代って範囲なら、真ん中の85年のEGA互換で800×600に対応できてたのだから、
VGAの640×480ですら低価格低解像度
モニタが低価格化せず低価格帯だと560ラインがせいぜいで800×560なんて変形解像度で使う羽目になってた
20ドット漢字フォントでも作って800×550あたりを1024×768が低価格化するまでの中継ぎで使ってれば良かったのに 80年代前半はアメリカも日本も同じくらいで、
80年代半ばから80年代後半はアメリカと台湾が同じでドンドン日本を置いて高性能化してった
日本だけが劣ってただけで、アメリカだけ最先端って訳では無くなった 1024x768の5550は1983年なのか... 1024x768の5550は1983年なのか... 5550のグラフィクスってモノクロ1ビットで長残光モニター(インタレース)じゃなかったけ?
その点、83年のPC-100はカラー対応だったね。Amigaもそうだがあの時代インタレース流行ってた 5550系は会社で使ってた
5550そのものもあった
長残光モニターで画面をクリアすると残像が残る感じにフワッと消えるようだった
単純なモノクロ1ビットではなく
ノーマルの状態とより明るい高輝度状態があった
高輝度状態の設定は文字単位だったかもしれん 長残光のグリーンモニタいいね
産業用の機械で使ってた 緑のモニタって、オシロの緑と同じ色なんだろうか・・・ >>913
CRT分だけ定価上がるから難しい。
82年のMZはI/O BOXやG-RAM入れると値ごろ感が吹き飛ぶ。 CRT内蔵は、余計なもん内蔵させてそのコストで圧迫して低解像度にするしかない→低解像度でビジネスは使い物にならないからゲーム指向するしかない
って方向へ誘導したい奴の妄言
あと目の負担減はアンバーって話ももう大昔のことだが
情報のアップデートされてない奴が21世紀になってもまだグリーンモニタとか言ってる >>939
踊りちょっ見てみたかったw
ところで”私の履歴書”は年寄りが多く連載後を時を経ずにお亡くなりになるパターンがあってね。
ある死亡フラグだから不安だわ >936
>ビジネス用途にフルカラーは不要
暴論乙!と思ったがあのころは印刷前提でしかも多色インクジェットプリンタも無かった時代だからか ワープロ専用機って大成功してたのが史実
9インチモノクロ高解像度CRTを内蔵した低価格機がビジネスに使われてたのを忘れてる 多色インクジェットプリンタは80年代末期にはあったよね
MSX2+ベースのワープロがあった気がする >>982
MSXのプリンタは、インクリボンのイメージ
コスパ最悪w ピエゾ素子(電圧を与えると体積が変化する素子)による低コスト化に成功して普及価格帯に降りてきたのは90年代だが
それ以前にもインクジェットプリンタは存在した。カラーとは限らないが4色インクジェットなんか100万近かったり超えたりするレベルで ところで次スレどうします?
思いつく選択肢はこんなもんだけど個人的には住人被った同じスレは二つも要らないと考えてます。
(1)ワッチョイなし
(2)ワッチョイ入れて向こうのスレと差別化
(3)次スレなし スレタイは「1983年に実現可能なビジネスパソコン part 1」にしよう 慌てて立てない方が良かったか(反省)。
個人的には >>986 で言ったように同じスレは二つも要らないんで”次スレなし”が好ましいんだがな。 >>992
そっちはクソ荒らしが勝手に改変して乱立させたクソスレだし >>995
いつも汚い言葉で荒らしてるのは貴方のほうですよ そっちはきれいなクソ荒らしがきれいなクソ勝手に改変してきれいにクソ乱立させたきれいなクソスレだしうんこ 仮に次スレ立てるとしてもせめてID,ワッチョイくらいは必要でしょ?
と言うか、次スレ要らんよね。自作自演問題やレッテル貼りとかあるし。 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。