中国史における酷刑・拷問
余りにも有名な呂后の人豚から
20世紀の清末まで行われていた凌遅刑など
中国史における「これは残酷な…」と思われる刑罰等について
正史野史などから引用して語り合うスレです。 明の正徳五(1510)年、悪宦官として名高い劉瑾は謀反のかどで
凌遅の刑に処された。以下はそれを見聞した張文麟の記録である。
劉瑾はすでに肉を削がれ始めていた。執刀回数は3357刀、10刀ごとに
息を入れ、一喝して正気に戻す。第1日目は親指から手の甲、胸の左右へと
357刀肉を削ぎ取った。最初の一刀には多少の出血があったが、二刀目からは
出血が無い。恐怖で血が下腹部や脹ら脛に溜まり、削ぎ終わってから胸を開けば
一挙に噴き出すという。夜になり、劉瑾は監獄に護送され、そこでなお二椀の粥を
食べたという。賊のしぶとさ、かくのごとし。
翌日は城内の東に場所が移された。昨日劉が宮中の秘密を暴露したため、今日は
口に胡桃の殻が押し込まれている。劉瑾は十数刀肉を削がれたところで気絶した。
やがて日が昇り、監督官が屍を解体する、と宣言した。劉瑾の被害者たちが
削がれた肉の山に殺到した。その肉で殺された者の冥福を祈るためである。
屍の胸に斧が振り下ろされ、血や肉が数丈も飛び散った・・・
被害者やその遺族たちは劉の肉片を生で食べ、恨みを晴らした、という。
明の末期、悪宦官の魏忠賢が傍若無人に振舞っていたころ。
都のある宿屋で、五人の男が談笑していた。一人が言う。
「魏忠賢は天子様を操ってしたい放題だが、もう長くはねーよ」
これを聞いた仲間はたしなめる。
「めったなこというで無い。錦衣衛(秘密警察)に聞かれでもしたら命が無いぞ。」
しかし彼は酒の勢いで更にまくし立てる。
「錦衣衛がなんぼのもんじゃい!いくら魏忠賢が悪者でも俺の皮まで剥げねーよw」
さて夜。一同が熟睡していると、一団の男達が戸を押し破って乱入してくる。何と錦衣衛であった。
松明で一人一人の顔を照らしていたが、大言壮語した男を発見すると縛り上げて連行する。
一緒にいた者たちも同様。やがて一同は役所の白州に引き出された。
座敷には立派な衣装を身にまとい、豪華な椅子に座った宦官がいる。彼こそ悪の大宦官、魏忠賢である。
魏は薄笑いしつつ言う。「私が本当にこの男の皮を剥げないか、試してみようではないか。」
魏は刑吏に命じ、男に煮えたぎる松脂を浴びせかけた。ややあって松脂は冷え固まる。
時を見計らって全身を槌で丹念に打つ。絶叫が挙がり、松脂とともに男の全身の皮は綺麗に剥げ落ちてしまった。
あまりの惨状に、同席していた四人は生きた心地もしない。と、魏は彼らに慰謝料5両をわたし、
放免したのであった。
※スレのルール
・古代から清朝までの時代範囲でお願いします。
・あくまでも「中国史」限定です(モンゴル帝国等の遊牧民国家も含む)
このスレの参考書籍
王永寛 「酷刑-血と戦慄の中国刑罰史」
柳内伸作 「中国拷問・処刑残酷史 絶叫!血も凍る残虐地獄」
山口椿 「中国拷問残酷物語凄惨!血も凍る残忍絵巻」
山口椿 「中国残酷物語」 なんだかグロいスレになりそうな悪寒だが努めて冷静に語ろう。
牛裂きが文章を読んだだけで想像して気分が悪かった。
有名な人豚は、西太后もやっているが男がされた例はあるのだろうか?
それと、男にとって宮刑もかなり残酷であると思う。 >>7
牛裂きは俺も苦手だ。小説に出てくると、股のあたりが痛くなる。
牛刺は好きなんだが。 >>7
宦官に関しては、中華文明圏に限らず、ユーラシア大陸全般に見られたものだね。
発祥は、遊牧民的な文化なのかな? 俺も牛裂きのくだりを読んでいると股に神経がいく。
宦官は中国以外にもあるとは何かで読んだが
そんなに多くの国々にあったのは知らなかった。
孫子も宮刑になったんだっけ? 孫子は宮刑じゃなくて、
罪人刺青+膝の皿を割(取?)って歩けなくする。
だったと思ふ 宮刑に遭ったのは司馬遷。
孫ピンが遭ったのは脚斬りの刑。
牛裂き、車裂きも怖いが、腰斬りも怖い。
巨大な斧や押し切り機で、胴体をザクッと切断してしまうんだよ? >>7
宮刑は女にも存在し、子宮を人為的に下げて膣を塞ぎ、生殖行為・妊娠等を
封じるとも 何晏とか金聖嘆とかがされた腰斬てのは
腰から真っ二つにされると即死はしなくてじわじわ死ぬんだっけ? そうだよ。
胴体切断は、自分の体が真っ二つになって、内臓がはみ出すのを眺めながら死んでいくんだ。
つまり大事な臓器がきれいに残って失血死するわけ?
その前にショック死しそうなもんだが… いや、内臓がきれいに残るとはいえないな。
へその辺りからザクッと斬るから、小腸がグジャグジャになるだろ。 綺麗で有名な姫様を
肘と膝から手足を切断して、鼻を削ぎ落として、便所の底で飼った人って誰だっけ? >>20
ありがとうございます
罪人で自分よりも可愛いと思った女の
頭の皮を剥いで(髪の部分だけ
それを見せ物にした人って誰かわかります? >>20
西太后はやっていない。あれは映画の演出。
ただ、東太后に毒入り餅を送って暗殺している。 西太后は人豚やってないのか。愛人に嫉妬して人豚にしたのは脚色か。
続西太后も観たけど、それでは東太后が推挙した身重の皇后を高い所につるし上げて
そのまま綱を切って落下させて殺すシーンがあった。
呂后は確か最初は戚姫を牢に幽閉していただけだったが
戚姫が自分の境遇を嘆き悲しむ歌を詠んだので、それに激怒して人豚にしたのではなかったかな。 西太后の映画であった甕入り状態のあれは何なの?
ああいう種類の拷問てあったのかしら
それとも只の演出なりか 西太后の映画にあった「甕」は映画上の演出だ。
則天武后がライバルの后の四肢を切断した挙句、酒甕に漬けた真似をしているんだ。
この種の話題は、モンゴルも結構豊富だね。
遊牧民は普段から家畜の屠殺に携わることが多いし。 武后も人豚をやったんだっけ?武后はとにかく何人もの妃を追放したり殺したりしているからな。
最初に人豚を考案したのは誰だろう。
やはり呂后なのか、それとももっと古い時代から伝統的にあったのか。
ただ、西太后の映画に出てきた人豚は喋っていたが本当の人豚は喋れなかったはず。
呂后が戚姫を人豚にした際には、四肢の切断に加えて、目を潰し耳を聞こえなくして
声も出せないような状態にしたと読んだ。つまり、ただ生きて呼吸をしているだけの存在。
その状態で餌だけ与えられ飼われている。この世にこれ以上の生き地獄があるだろうか。 しかも便所に投げ込んだんだよ。
傷口からばい菌が入って、苦しみながら死んだであろう。
第一鼻は残っているから、嫌でも悪臭を嗅いでしまうし。 >>35
鼻を落とされて本当の豚みたいにされた女もいる。 >>35
便器は高い箇所に作られ、
排出物がそのまま下に落ち(田舎の汲取り式のような感じかなー。
そしてその排出物を豚が食べられるような厠作りになってたようですね。
で、その落ちてくるところに四肢切断した人間をおく。
そこから人豚と名付けられたというような話を聞いたことがあります。 莫言の『白檀の刑』って小説もお勧め。
清朝末期の凄腕処刑人が主人公の一人で、
凌遅刑を事細かに描写したり、
クライマックスの白檀の刑もなかなかの筆致で読ませてくれる。 中国の最高刑と言われる凌遅刑は刑法に明文化されたのは五代時代だけど
私刑としては南北朝時代から行われている。 良スレっぽいけどつまらないね。
残酷だよとかだんとつだとおもうがとか、少しは語れよ 明王朝末期の進士、鄭マン(マンの字はおおざとに曼)は文才と声望で世間を
騒がせた。しかし明朝最後の皇帝、崇禎帝の御代に派閥争いに巻き込まれた挙げ句、
「母を鞭打ち、妹を犯した」かどで告発され、大逆非道の罪を着せられた。
帝は非常にも自ら「凌遅」に処すよう指示したのである。
崇禎12(1639)年、八月二十六日の早朝、鄭を北京皇城西の甘石橋下の
四牌楼の刑場に連行するよう、聖旨があった。すでに小屋が造られて前には先が
二股の柱が打ち込まれている。首切り役人達は鉄鈎と小刀を研ぎ澄ました。
午前十時ころ、牢役人が鄭を刑場に連行した。彼は柳の枝の籠に座ったままで、
召使いの少年に後事を細かく託している。すでに周辺の道も空き地も黒山の
人だかり、やがて西城察院の長官が人だかりを掻き分けて到着し、声高らかに
聖旨を読み上げた。「法に照らして三千六百刀!」首切り役人達が一斉に
唱和する。爆竹が三度はじけ、刑は執行された。
群衆は一層騒がしくなった。有る者は首を伸ばし、有る者は屋根に上がり、
切り刻みの様を見物しようとする。しかし群衆はあまりにも多く、少し
離れれば刑の執行など見ることも出来ない。
かなりの時が過ぎ、件の二股の柱に血の滴る新鮮な心臓と肺が吊り下げられた。
又しばらくすると今度は生首が吊り上がり、更に胴体が吊り下げられる。
その肉体は細かい麻糸のように切り刻まれており、まるでハリネズミのよう。
肉は削ぎ落とされてはいなかったのだ。
刑の終了が宣告された。将校が皇帝に執刀回数を報告するため、早馬で
駆け出していった。
首切り役人は鄭の遺体を引きずりおろし、肉を細切れにすると売り始めた。
群衆は競って買い求める。吹き出物の薬にするためである。
>>37
夫が死んだ後に、貞節を守るために鼻を削いだ女ってのもいるな。 三国志(横山版)でも牛裂きがでてきましたね。斬首などグロイ絵を平気で描く横山でもさすがに規制して悲鳴と血だけでしたね。 ああ、董卓が町娘にしてたね>牛裂き
三国や五胡十六国時代では一般的な刑だったけど
コストがかかる等の理由で北宋以後は(表向き)姿を消している。 墨攻の牛裂きも怖かったな〜。
でも、個人的に一番残酷だと思うのは腰斬。
切腹と違って介錯もないし、真横から真っ二つにされるので
相当な激痛を伴いながら死に至るハメになりそう。
>>50
歴史上、何人もいる。
つか、列女伝なんかにそれが載っちゃうと、真似する者がいっぱい出た。
使った刀の切れ味が悪くて、途中で止まってしまい、
砥石で研ぎ直して削いだ者もいるとか。 牛裂きはコストがかかるの??
綱と牛が二頭いればいいと思うけど。 確か、牛の背中に藁束乗せて一度に火をつけるんだよ。
牛は驚いて暴走し、つながれた人体はベリベリベリ・・・・
しかし藁はタダみたいなものだからな。 四台の馬車で人間の四肢を引き裂く車裂きの刑は、五大十国時代以降は行われなくなりました。
しかし日本では戦国時代、車裂き牛裂きが行われています。 あ、そうなのか。単に牛を鞭打って走らせるわけじゃないのか。
俺も日本史で車裂き・牛裂きの類は聞いたことがない。
斎藤道三の件について詳しく。>57 >>57
聞いたことないな、道三自体半分伝説上の人物だから眉唾だが。
日本の戦国時代なら信長に処刑された浅井長政の母ちゃん。
ちょっとした(本場に較べたら)凌遅刑にされたって言うね。
信長はたしか刺客の杉谷善住坊に鋸挽きもやってたよな。
北斗の拳でジャギの手下がやられてたアレwケンシロウヒドスw
五右衛門で有名な釜茹でやら磔刑やら日本でもそこそこエグイのはあるけど、
大陸に較べたらまだまだヒヨッコ感は否めない。 ttp://www.tscholars.com/nihongo/%E6%8B%B7%E5%95%8F
>キリシタンに対する弾圧は豊臣秀吉の時代からあり、
>秀吉の命により子供を含むキリシタン24名の耳や鼻をそぎ落とされ、
>最後には牛轢きの拷問を行ったとされている
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A6%E5%88%91
>四つ裂き刑(よつざき、引裂刑とも)
wikiでスマソ 秦の始皇帝の母親の愛人、ロウアイも車裂きにされた。
彼の巨大なチンチンも真っ二つに裂けたのかな? >>51
美人なら勿体ないって思うけど、
ブス嫁がやったら、世間の笑い者にされただろうな
誰もお前なんかに手をださねーよって 世界史板に似たようなスレあるだろ。
「英雄」板でやることか? 全身の筋を切って手足を動かなくさせ、
傷口に蜜を塗って蟻にたからせる、ってのは実際できたのだろうか? >>61
キリスト教は実際に日本人を奴隷として拉致してたし
その手引きをしてた現地工作員は処刑しただけ 秀吉は秀次の妻子達を虐殺したり、播磨上月城攻めでは捕虜の城兵を
串刺しにしているからさもありなんと思うが。 秀吉は陽気なイメージとは裏腹に結構残虐なことやっているからなあ。 >>72
則天武后が自分の娘を殺して、その罪を王皇后と蕭淑妃になすりつけておいて
両手両足を切断し、酒の入ったかめに放り込んだことだったと思います。 武則天は、王皇后を失脚させるために、産んだばかりの自分の子供を絞め殺しているしな。
武則天を皇后に立てる時、反対した朝臣は全て悲惨な最期を迎えている。 武則天もそうだが、中国で朝臣が処刑されると
その一族は勿論、同僚友人に到るまで累が及ぶのが怖い。 牛裂きとかのこぎり挽きとかは江戸時代の刑罰で存在してたと思うけど
太秦映画村で道具の展示がしてあったw
実際に使用されることは少なかったとか読んだが >>76
反対どころか、積極的に賛成しなかった者にまで報復している。
本当に恐ろしいというか、人の恐怖心というものをよく知っていて、
それを最大限に活用して、権力を手に入れていった女だ。 >>79
日本のはおとなしくて控えめ
中国はもっとえげつない 中国に限らず、大陸の国々はえげつない拷問や処刑をする。
遊牧民の屠殺文化の影響を感じる。 >>83
再婚しないという事を行動で表現するのだよ。 カラマーゾフの兄弟でイワンが語ったロシアの残虐性は、中国に比べれば、
まだまだ全然マシな方とだ思う… お前は鼻を削いだ女とやりたいと思うか?
つまりそういうことだ、それが理解できないなら仕方が無い 548年、梁に対して反乱を起こした侯景は首都建康を攻略、武帝を幽閉、
武帝が死去すると太子を即位させ、簡文帝とした。だが、その簡文帝も一年
後に幽閉した。侯景は頃合を見計らって兵士たちに指示し、床に押し倒した
簡文帝の上に土嚢を次々と積み上げさせた。簡文帝は最初命乞いをしていた
が、声ばかりか息の根もかすれるようになり、蛙が潰される時に出すような
叫びとも音ともつかぬものを上げ、口と鼻から血が溢れ出た。その後にあば
ら骨が潰れ、腹部が破れるような音がした。それでも土嚢が積み上げられて
いき、簡文帝の姿はその中に没した。
侯景は別の皇族を皇帝に即け、一年後には自らその地位を奪って漢帝を称した。 深田恭子でも鼻を削いだらSEXしたくなくなるよなぁ
鼻削いだ女は無理だ >>90
横山光輝の「項羽と劉邦」で鼻を削ぎ落とされた李シが出ているので
それを参考にすると宜し。
結構グロいよ。 >>10
宦官はオスマン・トルコなどにも存在していました。
やはり後宮の世話をするために去勢されています。
俺は体が佐藤江梨子なら
顔が片桐はいりだろうが宣賛だろうが抱ける自信がある 明の滅亡直後、清の軍勢が江南を攻めた頃なんて、
顔ごと削いだ未亡人もいたと思う。 >>88
ソースは柳内新作の『中国処刑・拷問残酷史』にちぶん文庫だな。 1425年、洪熙帝が在位わずか一年で死に、朱瞻基が皇帝となる。宣徳帝である。だが、その即位直後に叔父の漢王朱高煦
による反乱が起こる。朱高煦は戦場では父親永楽帝譲りの才能を見せていたので一時期皇太子にと思われた事もあったが、
暴虐無礼であるため沙汰止みとなっていた。
若き皇帝に対する叔父の反乱は建文帝と永楽帝の靖難の変を思い起こさせ、それが漢王の自信の源ともなっていた。しかし
建文帝と違い宣徳帝は果断な人物で、臣下の勧めに従い即座に親征し反乱を鎮圧した。漢王は囚われ、監禁されたが、数年
後宣徳帝が叔父に会いに行くと、漢王は宣徳帝を蹴倒し、これに怒った宣徳帝は叔父を焼き殺してしまった。宣徳帝には果断
の裏に祖父や曽祖父譲りの残虐性があったようである。 >>98
しかも「焼き殺す」というのが、柱に縛り付けて下から火を焚いたり、
油ぶっかけて火をつけるのとは違うんだよな。
大きな銅の甕を漢王にスッポリ被せ、周囲に炭を積んで火をつける。
つまり蒸し焼きだ。銅の甕は火勢が高まるにつれてドロドロに熔け、
漢王は骨も残らなかった。 そこまで殺し方を追求するともはや芸術の域といえるね。
ただただ殺すことが目的でないというなら、どこまで苦しんで死んだらゴールなんだろう…。
宗教か何かが絡んでいるのかな?あの世でも苦しむように、とか…。 中国の場合、皇帝=地上における唯一の天の代理なので
それに歯向かう事が如何に大罪かを知らしめる為に工夫された酷刑が編み出されたのだろう。 見せしめのためにどこまで残酷に処刑ができるか追求した歴史ってとこですか、怖すぎ・・・
なるほど。日本の刑務所が定員オーバーになるわけだねW 焼けた鉄を押し付けるとか、もう人間のすることじゃないね・・・
いや、むしろ人間だからできることなのかもしれないけど 拷問や処刑をオーバーに伝えてる映画って結構凄くないか 本当の拷問はハリウッド俳優揃えても再現できないのでは?
なんか特殊メイクと演技の範囲では映像にはできないイメージがある。 韓国の時代劇って衣装とか町並みとか、貧乏臭い感じがする。
で、映画の話題で、「八仙飯店之人肉饅頭」という香港映画を思い出した。
あれを見た後は、1週間立ち直れなかった。 あれって最後の手首を刃にゴシゴシやるところが一番個人的には応えた
他は偽者丸出し 『満清十大酷刑』を忘れてもらっては困るな。
あれは名作だ。 >>93
東ローマ帝国なんて宦官が聖職者になったり将軍になったりしてるぞw
簒奪の心配のある玉付きと違って信頼が置けるし、性欲を絶ったと尊敬されてたそうな >>112
アレに出てたアンソニー・ウォンが今香港でも屈指の名優になるとは
誰も予想しなかっただろう・・・・
>>1
手足を落とし、目玉を刳り貫き、耳を聞こえなくし、喉を焼き声を出せないようにした他、
鼻も削ぎ取ってる
かつての美貌を知る人物達に見せ物にした後に、便所に捨てた >>93
クラシック音楽でも、オペラなどで高音を保つため
カストラートと呼ばれる声変わりしないよう去勢された男性歌手が
数多く存在した。
最後のカストラートは20世紀初頭まで存在し、映画にもなってる。 >>118
確かカストラートの場合キンタマ削除で棹は残ってたはず。
1900年代からの去勢って玉を取る事を指してて
肉棒の除去までは含まれないでしょ? 睾丸からを糸で巻いて締め切るという話を聞いたことがある。 たまに男としての機能が復活する宦官がいたらしいね。
具体的にどう復活したのか知らないけど。 女性でも男性ホルモンが強い人はひげが生えるらしい…。
最近誰かアイドルで生えたとかいう話なかったっけ?w 玉残して、竿だけ切り取られるのと、
竿残して、玉を切り取られるのは、
どっちがつらいかな。 中途半端に残っている方が辛そう。
宦官になったら、性欲ってどうなるんだろう?
ホモに走る者や、物欲が燃え上がった者がいるようだけど。 肛門は感じるからアナルオナニーで自分を慰めていたのは事実らしいな。 宦官と一口にいっても幼少期に連座で宮刑にされた人から
金目当てに自分から志願してなった金の亡者のようなのまで居るからな。 明代だっけ、民間から宦官募集したら、
定員の何倍もの数の男があそこちょん切って、応募してきたんだよな。
それで、不採用になった連中って・・・w チンポコ切ると血が止まりませんよ。
玉だけじゃないか? >>133
玉だけ切除しても竿があれば勃起するし、女とやれるわけだから後宮を任せられないと思う
宮刑くらった奴は尿道の確保やらなんやらが大変らしい
確保に失敗すると傷口が回復する際に尿道まで塞いで放尿できなくなり、死ぬしかなくなる
だからカンガンになるのも宮刑を受刑するのも命懸けだったって世界史の教師(中国史が専門)が言ってた 俺、昔に漫画の男塾で凄いシゴキを見たよ。先輩の前で酒好きで強さにも自身が有りますって言ったら、金魚鉢みたいなのをそいつの頭からスッポリ被せて上から酒を注ぎ込んでた!俺。。それは今だにトラウマ。 当時の去勢の仕方は、うろ覚えだけど、
いきなり刃物を使うと死亡率が高いから、
まず、糸で竿の根元付近を縛り、腐らせてから切り落とすって何かで読んだ。 ただこの頃の研究は大したものでね。致死率がかなり低いらしいよ。 エロい酷刑・拷問話を期待したいものだ。
昔読んだ事のある漫画の「戦国獅子伝」
みたいなものを。
酷刑・拷問話からは話が
ズレるが、街中で裸に剥いた男女
を売る奴隷市なんかも古代中国には
あったのだろうか。 飢饉で飢え死にしそうになると、美人から喰うんだよな?(子供の次)
でも、解る話。野郎やブスより美人の方がいいよな。 >>141
その「喰う」っていうのは犯すわけじゃなくて人肉を喰うの方の「喰う」だよね? >>140
例えば昔の中国には、笞刑という、竹や木の枝ようなもので、尻を叩くという刑罰が
あったんだけど、これは姦通の罪などを犯した女の罪人に対して適用された。
この笞刑を受ける女は、役所の前で、公衆の面前でズボンを脱がされて下半身を丸出
しにされ、尻を鞭打たれた。
しかも、怨みを抱いた者から虚偽の告訴をされて、無実の罪でこの刑罰を受けた女も
多かったとか。
ひどい時には、下半身丸出しのまま立たせて、わざと刑の執行を遅らせ、街の男がい
たずらするに任せる、ということもあったらしい。
この刑罰は、肉体的苦痛以上に精神的苦痛が大きく、自殺者が相次いだとか。
>>142
そう、人肉を喰う
胸から喰う、運良く助かっても、胸がない美女とかもいたらしい 今の世の中でも可愛い子(美人)は普通に美味しそうにも見えるもんなぁ・・・ >>147 でも…食べて美味しいワケではなかろう。食べた事ないから知らんけど。
確かに、吸ったら「とても」美味しいけどね。(見える場所をあんまり吸ったら怒られちゃうが) 食うならむさ苦しいおっさんより、美人の方がいいよな。 刷洗
…罪人を裸にして鉄板の上に乗せ、煮えたぎった湯をかけながら鉄の刷毛で皮や
肉をこすり取って殺す方法
(;´皿`)ヒィー 草食動物より肉食動物の方が不味い。
よって、人肉を食するならベジタリアンから食うべきだな。 今の時代に昔あったこういう処刑を復活させたら犯罪も減るかな? >>151
つか、ベジタリアンのライオンはやっぱり不味いだろう。
種の壁は越えられない。 >>152減るかも。現代は犯罪者に甘いと思う。犯罪者てのは常習性があるから、刑を重くすることによってそれを恐れて再犯は防げる。 洪武帝が汚職撲滅のために酷形濫発しても結局、汚職は無くならなかったのと
同じように、幾ら刑を重くしても犯罪抑止には繋がらない。
まあ公開処刑で庶民の娯楽として酷刑復活させるのも一つの手だけどね。 地獄って映画で宮崎勤や麻原が地獄でキツい処刑をされている映画があった >152
同じ時代に酷刑上等の国と犯罪者にアマアマな国が文化的にも地理的にも
近い所にあるじゃん。
両国を並べてみて治安維持という意味で酷刑が果たして効果的かと言われると疑問が残る。
思うに犯罪を減らすという行為は処罰とは別の努力が必要なんだと思う。
ちゃんと仕事をやるとか情操教育の部分もその一環だろう。
勿論酷刑をしながら治安のいい国というのも作れると思うけどね。別なんだから。 昔の女の人って実はほぼ全員強姦された経験あるのかな・・・? 戦乱期には盛大な規模で強姦やっているね
抵抗して殺されたり、自害すれば、めでたく列女伝へ 映画の「あずみ」みたいななのは実際にあったのだろうか
やたらむごい強姦 >>161
中国に限らず、どこの地域でも普通にあっただろう。
やたら嗜虐癖の強い男というものはどこにでもいることだし。
>>161もそうかもね。 エロい話が好きなら、それはそれでスレ立てたら?
ここはちょっと趣向が違う。 女に飢えてる男ら100人くらいのいるところに女の罪人を放流する拷問もあったらしい
ちなみに、さすがに何百人に連続で犯されると死ぬらしい(ほんとかどうかは知らん・・・) 男だってやりすぎると死んじまうらしいから女なら体力が尽きて死にそう
男もそうなの?
まあたしかにヤったばっかの後は無理矢理続行しようとすると痛いな・・・。 逆もいいね。
男に飢えている20〜30代100人の女の群れ
の中に素っ裸で放り出される男一人の拷問。
孔という孔でいかされて果ては手コキまで。
チャ−ジ完了まで薫似地獄。
拷問になってねえよ・・ってか。
>>168
官妓に落とされた場合、それに近い状態になる可能性はあるね。
軍妓(従軍慰安婦)となった場合、戦地で何十人何百人もの兵士を相手にさせられる。
靖難の変で、建文帝の側についた大臣将軍たちの妻女など一族の女性は、
みんな官妓にされている。
>>171
宮中に出入りした男で、女官たちの玩具にされた者はいるかも知れない。 このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
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器具まで作って試していたけど、被験者の女性が一時間程度で精神的に参ってs
突然泣き出したりしてた。
>176
ミスバスターズな。水を垂らす事より拘束される事にすごいストレスを感じてるっぽかったが。
>>178
「拘束されている現実を常に意識させて、逃避や乖離させない」みたいにまとめてたっけ。
>53
うわかわいそう…
牛くん…・゚・(ノД`)・゚・。 >>180
来俊臣とか、周興とか、索元礼とか。
あれって、基本的に貴族が対象だったのかな。 >>182
彼等の主なターゲットは
・李氏の諸王侯
・唐に忠誠を誓う旧臣・貴族
・洛陽・長安などの大都市の富豪 >>131
不採用になった連中の一部は集団で物乞いとか辻強盗になりますた。
馬乗ってる奴ら鞍から引きずり落として、首とか股間握りつぶして金目の物奪っていくの。
『萬暦野獲編』だったかな。この辺の話は。
まあ明代の自宮者で雇用されなかった連中は、
基本的には原籍に戻されるか辺境に送られて兵士にされたみたいだけど。 自宮した兵士って、やっぱり戦闘力もかなり劣るんだろうか。 成人以後に去勢した場合は筋力その他の運動能力には支障は無いそうだ。
逆に幼児去勢だと女性並みの体格。 自宮兵士だったら、軍妓いらないし、
占領地で強姦することもないから、いいかも。 >>188
長い目で見ると子供できなくなるのはマズイだろう >>182
来俊臣と周興のやり取りが面白い。
諺にもなっているんだよね。 >>171
若い女じゃだめだな。
50歳以上のオバサンの群れだったら
拷問にもなりえるが。 殷の肘王がやった「苞絡の刑」(ほうらくのけい)(苞は別字です)
胴柱に油を塗り、炭火の上に掛けて罪人を歩かせて火中に滑り落として焚死させた
刑。渡りきれば刑を許されるが、渡れるはずはない。
鉛を耳に流し込んだ。
全身の皮を剥いだ。
目をくり貫いた。
等など
>>184
この前、スリランカ旅行して、眉間にごま油をたらすシロベーダを受けたいといったら、
それは、一週間ぐらい治療を受けて身体を整えた上ではないと、
いらいらしたりするなどの副作用が出るから駄目だ、と言われた。
眉間への刺激はなんかあるんだろうね。 がんじがらめに縛って水滴を一滴ずつ頭の上に落とすと最初はどうもないが、
最後は気が狂って死ぬ。
非常に残酷な拷問らしい。どんな風に辛いのか試して見てください。
人にはしないでね。
45センチ×縦60センチの箱に中腰状態で頭を下げて押し込む。
下から火でジワジワ焼いて行く。
地獄ですね。実際あったらし。
舌を切って先に焼け火箸を当てて焼き、水ぶくれにして下からとろ火で
やいたらし。
ひど〜。
現代に生まれてよかった! 現代でも中共やロシアでは普通にやってそうな気がするが。 両手両足を切り落とロープで縛って馬で下刈りをした林の中を引きずりまわす。
ロバで四方から引っ張って引き裂く。
頭を縛って絞めて行き頭をつぶす。
ハリセンボンの上に乗せて上から踏みつける。
ペニスを切り落として焼け火箸で傷口を焼いて喉に溶けた鉛を流し込み
耳には焼け火箸を差し込む。目は抉り出す。
先の尖っていない棒を立てて肛門から刺して自分の体重でユックリと刺さってゆき
死ぬ。
剣の刃を上に向けて並べて其の中に集団で押し込んでトビンコさせる。
燃えているボイラーにユックリと薪代わりに燃やす。
目に硫酸を流し込む。頭に蝋燭を置いて人間ローソクにした。
因みに石川五右衛門は空の鉄風呂で焼かれたのです。水とか油などは入って
いませんでした。要するに乾煎りだったのですよ。熱いで〜!
ヨーロッパやロシア、イギリスの拷問はすさまじいですね。
全身の皮を剥いで八つ裂きなんて朝飯まえ。
食事をしながら人間吊るして生きたまま裁くなんてこともあったとさ!
中国も負けていますよ。
楽しいんで拷問をしていますからね。
日本でよかった!!
明朝末期、農民の反乱が頻発した。張献忠は、明朝を滅ぼした李自成と並ぶ、反乱の指導者
で、各地を転戦していた。
1640年、明朝の政府軍に敗退した張献忠は、四川に進撃した。
四川の中心都市成都を占領した張献忠は、皇帝を名乗った。そして、役人を登用するための科
挙を行うことにし、支配地域から志望者を集めた。
試験場の前には長い杭が打たれ、4尺の高さの位置で、杭と杭の間に縄を張った。そこに1人
ずつ名前を呼んだ者を整列させ、縄から背を飛び出している者は、全て用意された宿舎へ連れて
行かれた。
男たちが怪訝そうな表情を浮かべながらそこまで行くと、部屋に閉じ込められて片っ端から首を
刎ねられた。その数は1万人に達したと言われる。
彼らは科挙を受けるために、硯や筆を持参していたので、それが処刑された現場に山のように
積まれた。
縄に頭が届かなかったために、処刑を免れ、役人として採用された者もいた。 張献忠という男は、ただ人を殺すだけではなく、殺し方や、殺す理由にまで独特のこだわりを持
った。
ある時、張献忠は太医院に古来より伝わる「銅人」を手に入れた。「銅人」とは、鍼灸の基本と
なるツボの位置を穿った原寸大の銅製人体模型である。
張献忠はこの「銅人」を使って、新たな殺人を考えついた。
「銅人」の上に紙をかぶせてツボの位置を隠した上で、針術の試験を行うと宣言し、医者を集
めて参加を強要した。そして、ツボの位置を1ヶ所でも間違えば死刑であることを付け加えた。裁
判官に法律の試験を行って、100点満点を取らなければ処刑してしまうようなものである。
医者たちは震える手で「銅人」のツボに針を突き立てていったが、緊張のあまり、多くの者が
途中で間違えてしまった。その者たちは、即座に処刑場へ連れて行かれ、死刑執行人たちが
事務的に首を刎ねていった。
このために、張献忠の支配地域にいた医者たちはたちまち死滅してしまった。 世の中にはどういうわけか女性を敵視する男が存在するが、張献忠もそのような男だった。
張献忠は、女は人の心を惑わすものとして、ことごとく殺し、根絶するように命令した。
張献忠は幼児に対しても容赦がなかった。捕らえた幼児たち数百人を1ヶ所に集め、その周
囲で火を焚いて、逃げられないように火の壁を作った。そうした上で、張献忠は周囲から槍で突
き立て、あたかも小動物狩りでも楽しむかのように、幼児たちが悲鳴を上げて逃げ惑うのを楽し
みながら殺していった。
この他にも、張献忠が試した殺しの方法は多岐に渡った。人間の足の筋を抜いて、歩けなく
してみたり、人間の皮を剥ぎ取ってみたり、まるで人体実験をしているかのようであった。
張献忠が虐殺を命じた地方では、兵士たちが人の頭を放り投げ、それが積み重なった山や
手だけの山、鼻だけの山、耳だけの山が形成されていた。
やがて肉が腐って骨から崩れ落ち、蛆虫が蠢くようになると、辺りを無数の蝿が飛び回り、沸
き立つ悪臭で息も止まりそうであった。 当時の中国の男たちの多くがそうであったように、張献忠もことのほか女性の纏足を愛した。
張献忠は特に、纏足をした女の足首を切り落とさせて、それを山のように積み重ねて、鑑賞
しながら酒を飲むのが好きだった。
この時、彼は気持ちよさそうに独り言を言った。
「足がもう一つあったら、尖った山頂ができるのだがなあ」
「これでどうでしょう」
その場にいた、愛妾が、自分の足を見せた。
「よかろう」
冗談だと、愛妾が弁解しても後の祭りであった。命じられた兵士によって、彼女は足首を切り
取られてしまった。
張献忠は最後に清軍の討伐を受けて敗北し、殺されたが、大好きな人殺しを思う存分に
やったのだから、よい時代に生まれ合わせたと思っていたかも知れない。 「請君入甕」
690年、唐朝を簒奪して周朝を樹立した武則天は、中国史上唯一の女性皇帝である。
自らの即位によって唐朝を滅ぼした武則天は、唐朝の皇族や貴族の抵抗を排するために、恐怖政
治を敷いて、これらの者たちを徹底的に弾圧した。
武則天の恐怖政治は、密告の奨励によって行われた。来俊臣や周興といった酷吏たちがその執行
に当たり、唐朝の皇族や貴族が主要な標的として狙われた。
来俊臣や周興は、告発があった者を捕らえると、残虐な拷問を加えて、自白を強要させた。この手
法によって、それぞれ数千人を冤罪で陥れ、死に追いやった。
2人は、拷問の方法にも趣向を凝らし、より残虐で効果的な拷問の方法を次々と考え出し、実行に
移していた。 ある時、周興が謀反を企てているという告発が、ある者によってなされた。武則天は、来俊臣に命
じて周興を尋問させた。
来俊臣は、周興を尋問するに当たって、特別に趣向を凝らした。
来俊臣は、正式に逮捕して尋問するのではなく、一席を設けて、周興を食事に誘った。
その席上で、わざと周興に教えを請うた。
「周の兄上、なかなか罪を認めようとしない者がいて困っている。どうすればよいか?」
周興は笑いながら、即座に、
「簡単なことさ。大きな甕(かめ)を用意し、炭で真っ赤になるまで焼く。そしてその中に、囚人を投げ
込めばいい。嫌でも自白するはずさ」
と得意げに語った。
それを聞いた来俊臣は、感心した様子で、
「よい方法だ」
と言い、早速部下に大きな甕を持って来させて、炭で赤くなるまで焼いた。そして、周興に、武則
天の命令書を示して言った。
「周の兄上が告発された。どうか甕に入ってもらいたい」
周興は真っ青になり、土下座して、甕に入ることなく罪を認めた。
周興は死罪を免除されて流罪とされたが、配流先へ行く途上、恨みを抱く者に殺された。
この故事により、自分の案出した方法で、自分自身が懲らしめられることを、「請君入甕」と言うよ
うになった。
ちなみに悪行の限りを尽くした来俊臣は、ある時告発を受け、武則天によってあっさりと処刑され
た。彼女は、本来自分に向けられるべき世の人々の恨みを全て来俊臣に背負わせた上で、その来
俊臣を処刑することで世間の支持を集めたのである。 請君入甕 何と読めばいいのかな。
今度使ってみたいですね〜。 >>208>>209
中国史上屈指の人格者張献忠の輝かしい業績は
「蜀碧」という書に記されている。 1620年、明朝の泰昌帝は、半世紀近くの長期に渡って在位した父親万暦帝の跡を継いで即位した
が、わずか1ヶ月余りで、不審な急死を遂げてしまう。
急死した泰昌帝の跡を受けて、急遽即位したのが長子の天啓帝である。
ところが、この天啓帝は、木工細工が趣味という変わり者で、家具を作ることに熱中して政治には
全く関心がなかった。そこである宦官に政治を全て任せてしまった。その宦官こそ、史上悪名高い魏
忠賢である。
魏忠賢は明朝の秘密警察である東廠を掌握して政治を壟断、ただ政権を握るだけでは飽き足らず、
側近に「魏忠賢の功績は多大で、孔子と並んで称えられるべきだ」と進言させ、全国に自らを祭る祠
を建てさせるなど、思うがままに振る舞い、反対する者は容赦なく弾圧していった。
この事態に、魏忠賢の暴政を座視していては国が滅ぶと危ぶんだ左副都御史の楊漣は、24の罪
状を挙げて魏忠賢を弾劾した。
弾劾されたことを恨んだ魏忠賢は、賄賂を受け取っていたという罪をでっち上げて楊漣を逮捕し、投
獄した。 獄中で、魏忠賢の一派は、賄賂を受け取ったという自白を強要しようと、なりふり構わずに楊漣に拷
問を加えた。
拷問に屈することなく罪を認めようとしない楊漣は、床に突き倒され、足や胴体の部分に土嚢を次か
ら次へと積み上げられた。
身動きできなくなった楊漣の耳には、長く巨大な釘が差し込まれた。槌でその釘の頭を叩き続ける
と、耳を貫いて逆の方向から釘の先が飛び出て、床に突き刺さった。
楊漣は目を見開いて、耳から血を流して絶命した。その間にも土嚢は積み重ねられ、楊漣の胸は潰
れ、腹からは腸が飛び出した。
清廉潔白な楊漣は民衆からも慕われていて、多くの人々が楊漣が逮捕されたことを悲しみ、祭壇
を作って無事に釈放されるように祈願していた。
賄賂を受け取ったという罪で楊漣を逮捕し、虐殺した後、魏忠賢の一派は楊漣の家を捜索したが、
朝廷の大臣であったにも拘わらず財産らしいものは何も残されておらず、清廉潔白であった楊漣の生
き様が証明された形となった。
2年後の1627年、天啓帝が死に、弟の崇禎帝が即位すると、魏忠賢は失脚し、追放された。
だが、魏忠賢の暴政によって、明朝は滅亡へ向かって後戻りできないところまで進んでいた。
1644年、李自成の反乱軍は国都北京を占領、崇禎帝は自害し、明朝は滅亡した。
天生萬物與人、人無一物與天、殺殺殺殺殺殺殺
>>213
張献忠のこの「七殺碑」の最後の部分が清代に書き加えられたもんらしいんだ。
巴蜀での虐殺などの残虐行為は、むしろ清軍(旧明軍)によるものだという説もあるので。 えぐいですね〜。
俺が処刑されるんだったらと思ったらぞっとしますわ。
どの辺りまで生きているのかな〜?
動物は恐怖が極限まで来ると痛みを感じないといいますが、人間は
どうでしょうか?? >>218
まあ、人間も苦痛が極限まで来ると、脳内麻薬物質が出て
気持ちが良くなるとはいうけど、そこまでの段階に行くまでがなあw
ほとんどの人間は、そこまで行かないから、拷問というものが有効なわけでw そうですな〜
こわ〜!
こんな状態になったら自分で息を止めて死ぬるわ。
ううってね! >>214-215
明代は時代からして暗黒な雰囲気だよな。 217です
この写真で見る限りは、リョウチも清代末期には簡略化されていたのだろうと思う。
英文なので読みづらいけど、どうも「削ぐ」というよりは、刃物で肉をえぐる感じだし
胸、二回、うで、二回、脚、二回をえぐった後は、うでと脚を切り落としてしまっているように見える。
昔の話にある、三千回とかはやっぱり白髪三千帖の類なのかなと思ってしまう。
それにしたって地獄の苦しみだろうけど。
俺もこれを見たときは胸がむかむかしました・・・。 まあ、切り刻む役の方もいい加減嫌になるだろうしね。 日本のマスコミはくさっとる!報道しろ!
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1170644751/l50
【アフリカ】「メード・イン・チャイナ」と書かれたTシャツを引き裂く…なぜ今アフリカで反中感情が…?[02/05]
中国人監督官が労働者に発砲、46人が死亡した。
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l ./====/ \| .l ,、| ./ , 、 \''゙ <.| i=' `l ヽ\ _ 7 フ,、
/ /.l`‐- ゙、| |=| .i- l ./= ,> /,_、.ノ| |.| !∧.| l' !、`'゙ _,,,..ゝ_,、
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~| |.| !! |.| .|.| | | .|ヽ. ./ .フ <'ヾフ / .| .| /!./ /_ ゙
| .|.!-'`二l .|| |._| .|/ `‐- /,、 |゙、ノ.> '-┐、 `.-‐'' .// ./ ヾ‐---‐、
|_,,,| \_丿!-‐'>,.-'゙~`、/ ` |_,,l/-‐'゙‐、_| `‐- -‐' ヽ_/ `‐- - ‐'
百度で「酷刑」を検索したら、検索不能になった。
以前は大丈夫だったのに。
新たにネット検閲で、規制をかけたのか。 14世紀、明朝を開いた朱元璋は、廷杖という制度を導入した。
廷杖とは、皇帝が制裁を必要と感じた場合、公的な手続きを経ることなく、その場の判断で、官僚に
対して杖責めをすることができる制度であった。
たとえ大臣のような高官であっても、廷杖を免れることはできず、皇帝の胸先三寸でどうにでもできる
ものであったから、廷臣たちが皇帝の発言に異を唱えることに制約を加え、朱元璋が確立を目指す皇
帝の独裁権力の基盤をより強化するものであった。
永嘉侯朱亮祖は、明朝建国の功臣の一人であったが、広東の守備に赴いた際、言質での不法行為
を働いたことが告発された。
朱亮祖は息子の朱暹と共に、皇帝の命を受けた役人によって宮廷の庭へと連行され、左右から役人
たちに俯せに押さえつけられて、露にされた大腿部を杖によって執拗に打たれ続け、結局絶命した。
杖責めとは名ばかりで、事実上の杖殺であった。
朱元璋の治世においては、多くの功臣や官僚がこの廷杖によって殺された。
明代、廷杖は永楽年間に一度は廃止されたが、正統年間に復活し、以後この酷刑は、朝廷で多用
されるようになった。 明代を通じて廷杖は次第に形を変え、処刑の制度として定着し、次のような手順を踏んで行われるよ
うになっていった。
罪状が記された名簿を携えた官吏が朝廷から派遣され、名簿を処刑の執行人に渡した。
そして、処刑を執行される者が本人に間違いないかを確認し、そこで罪について検討をして、減刑の
可能性を見い出すことができないか再度点検してみる。
それでも朝廷に上申するに値しないことが確認されれば、処刑の執行が前日の深夜になって数人
の者に言い渡される。
処刑執行の宣告を待っている間、囚人たちは気もそぞろでうろたえているが、自分が指名されると、
恐怖にのた打ち回って暴れ、手がつけられなくなる者もいる。
執行人たちは、指名を受けた者たちに神妙にするように言ってはみるが、そのような言葉が当人の
耳に入るはずもなかった。
翌朝、官吏は執行人に、囚人を牢獄から引き出す合図である3発の号砲を発砲させる。
そこで再び囚人が本人か否か、及び罪状について確認する。それが間違いないことが分かると、官
吏は再び処刑場に囚人を出発させるための合図である3発の号砲を発砲させる。
囚人は後ろ手に縛られて、罪状が記された立て札を首の後ろに突き立てられ、木製の格子がつい
た長方形の箱に座らされる。
それは御輿のように担がれて、沿道に観衆が詰めかける中を行進した。大半の人々は、演劇を楽し
むかのような野次馬気分で駆けつけて来ているわけであるが、中には囚人に恨みでもあるのか、罵倒
する者や、腐った野菜や果物を投げつける者もいる。 いよいよ処刑場に到着すると、官吏は一名ずつ引き出せとの合図である3発の号砲を発砲させる。
この期に及んでも、処刑前に官吏は減刑の余地がないかどうか最後の検討に入る。何度も繰り返さ
れるこの儀式は形式的なものではあったが、土壇場で処刑の中止が宣告され、牢獄に戻された例も存
在している。
両手を縛られた囚人は、灰が円形状に敷き詰められた上に引き出され、執行人たちがその傍らに立
つ。その場で、多くの食べ物や飲み物が囚人に与えられるが、ほとんどの者がそのような飲食物を受け
つけない。
いよいよ処刑の執行を開始させる合図として銅鑼が打ち鳴らされる。
観衆たちの間から大気を揺るがすような喚声が沸き上がる中、2人の執行人は後ろ手に縛られた囚人
を俯せに寝かせて、両足を伸ばさせる。
それぞれが囚人の両脇に並ぶと、人の胸ほどの高さまである、いくつにも節が連なった竹を振り上げ
て、膝の後ろの部分目がけて振り下ろした。 最初の打撃で皮膚が破けて血が流れ出て、囚人は激痛に比類と共にのた打ち回る。逃げようとして
もたちまち押さえつけられる。2度目の打撃を食らうと、もう立って歩けなくなるという。
それを何度も繰り返しているうちに、皮膚が破け、血が流れ、肉がはみ出し、骨や筋肉を支えている
腱が飛び出してくる。更に続けると骨が砕けていく。
囚人は頭が割れんばかりの叫び声を出し、ついには声さえかすれて出なくなる。
記録によると、膝ばかりを叩いたわけでもないようだ。胴体も叩くから、50回ほど叩くと、皮膚と筋肉
や腹膜が破れて、内臓が飛び出してくることがある。
威力が足りないと見られる時は、水をたたえた瓶に笞を浸して、粘り気を与える。
叩く度に飛び散る返り血で、執行人の服は真っ赤に染まっていった。囚人が虫の息となり、息絶える
頃には、処刑場は血の海になっている。丹念に叩かれた囚人の身体は、軟体動物のように崩れていた。 囚人たちは、杖刑がこのような過酷な処刑であることを知っていたので、この刑が自分たちに執行され
ることを知ると、自殺する者が相次いだ。
自殺の大部分は短い縄を手に入れて、牢獄の壁に打ち込んである棒に結びつけ、それで首を吊って
死ぬのである。
ただ、頼りの棒が自分たちの身長よりはるかに低い位置にあるので、首を吊ろうするには、横になった
まま倒れ込むと同時に、身体を硬直させて、伸びたままの姿勢を保たなければならなかった。
処刑執行前に勝手に自殺した者は、その死体を便所に3日間投げ捨てられるという侮辱を与えられる。
身分が高い官僚や貴族にとって、自分が汚物に塗れるところを想像すると、このようなことは耐え難い
辱めであっただろうが、なぶり殺しから逃れようとする心理に対して、どれだけの抑止効果があったかは
疑問である。
便所における放置期間が過ぎると、その死体は足に縄をつけて荒れ地へ引きずられて行き、そこで検
屍官がいる前で、鉄の棒で力いっぱい身体を3回殴られる。
それでも生きている兆候が発見されなければ死亡したものと認められ、その死体はごみ捨て場に捨て
られる。
死んだ振りをして脱獄しようとすれば、この時に発覚する。
明代、こうして自殺する者の数は年間2000人に達したという。 >>230-234
柳内伸作の「中国拷問・処刑残酷史」からの抜粋だな。 >>236
抜粋だけど、丸写しだと気が引けるので、
ちょっと表現を変え、ちょっと調べて加筆した。
まあ、ほとんど写しだけどね。 一応wikiにも記事があるね「凌遅刑」
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%81%85%E5%88%91
凌遅刑とは、清の時代まで中国で行われた処刑の方法のひとつ。生身の人間の肉を少しずつ切り落と
し、長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑。歴代中国王朝が科した刑罰の中でも最も重い刑とされ、
反乱の首謀者などに科された。また「水滸伝」にも凌遅刑の記述が記載されている。また、この刑に処さ
れた人間の人肉が漢方薬として売られることになっていたとされている。なお、この刑罰は中国の影響を
色濃く受けた朝鮮王朝でも実施されていた。
概要
凌遅刑の原型は戦国時代に遡れる。孔子の弟子子路が体を切り刻まれ、塩漬けにされる刑罰を受けた
と記述がある。また漢代には呂后によって韓信や英布が同様の刑罰(但し、この2名は殺害された後にこ
の刑に処された)を受けている。
法制化されたのは五代十国時代で宋代には斬首、絞首とならぶ死刑の手段とされた。
明代、清代には謀反人に対する処刑方法とされた。
この刑は「残虐である」として何度か廃止が建議されてきた。清末には西洋のジャーナリストによってこ
の刑罰の凄惨な様子が写真などで伝わり、「中国の野蛮な刑罰」と非難された。
完全に廃止されたのは光緒31年(1905年)である。 誰か塩付けの刑について
詳しく教えて下さらんか・・・ >>241
処刑された罪人の肉(主に首)を塩漬けにして保存して晒しものにするか
部下に分配して見せしめにする刑。 俺が思うに、鞭打ちは50とか打つ前に死ぬ(ショックなど)と考えますが、皆さんどうでしょう。 中国の「鞭」って棍棒のことらしいな…
コエンシャクの双鉄鞭がいまいちしっくりこなかったが解決した 「軟鞭」という武器もあるけど、
いくつかの鉄の棒を繋いだような形状をしている。 >>243
まあ賄賂送って手加減してもらうことも可能だったんだな。
ガチでやって有力宦官の縁戚を打ち殺した曹操の例もあるしw なるほど。
黄蓋の鞭打ちはフィクションでしたよね。
あと拷問というと、熱湯に入れる、を聞きましたが… >>244
日本でイメージされる鞭は、「笞」と書く場合が多いような。 >>242
トンクス
今まで、文字通り塩ばかりの部屋かなにかに
監禁して水分を吸い取らせる刑だと思ってた
(甲賀忍法帖みたく)
なんとか還元水を飲んでた?大臣も
伯方の塩で〆てやるべきだなぁ・・・ 唐代の拷問に鼻の穴に酢を注ぐというのがあるが
これなら現代の一般家庭でも出来そうな方法だ。 なんつーか、こうしたことをやりまくって生き残ったのが
今日の中国人だと考えると、全てが理解できる気がする >>252
わりと島国の日本が穏健なのかもねえ。
ユーラシア大陸見回したら、残酷な刑罰とか拷問っていっぱいあるし。 引っ越し連呼ババアやゴミ屋敷に囲まれた家庭と
海に囲まれたリゾート地に暮らす家庭
どちらが荒むかは言うまでもない 朝鮮半島は結構残酷な刑罰は多かったのかな?
朝鮮の歴史上の刑罰ってあまりよく知らないんだけど。 30人ほど入った部屋に30tくらいの溶鉄を一気に流し込む刑 >>259
大がかりすぎて、費用対効果という点で疑問を覚えるのに加え、
それだと一瞬で焼け死ぬから、受刑者はほとんど苦しみを覚えない。
酷刑・拷問という観点からは、あまりよろしくないだろう。
チンギスハーンは、溶かした銀を目と耳に流し込む方法で処刑を行っているよ。 >>259
あれ、死んだ人より、重傷負った人の方が悲惨だろうな。 >>262
西域に遠征した時にサマルカンドの王様にやったんだっけ? 日本だと江戸時代に、溶かした鉛を口から流し込むなんて拷問があったそうだが。 >>265
>溶かした鉛を口から流し込むなんて拷問
それは処刑です 拷問というものは、自白しない容疑者に対して自白するように仕向けるものであって、容疑者が自白できなくなってしまうようにしてしまうものではないからね。 忠臣蔵に、義士をかくまった町人が「背中を裂かれて溶かした鉛を流す」などという
拷問される場面がなかったか? >>264
チンギスハーンが派遣した隊商を殺したオトラルの太守イナルチュク。
詳細は「イナルチュク」でぐぐってみて。
__, -‐― ´ ̄ ― 、
/ `ヽ
/ _ ,, ヾ i
/, / / | , .| | i i |
| | / -‐- |/レ┼t-| |.iっ |
И /| ,. ‐、 , ‐ 、 ル|~, i !.|
V| | !(.,) (.,),! レヽ | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|!.{/// 、 ////ノ | | ねえ、おにいちゃん
!, \ (⌒⌒) /i! ,i,l.| .< いつまでこすってればいいの…って
o O 。。 ~^^ `г― i´ ^^~ | やだっ、何これ〜っ!?
。O o 。 -/ \ _/ ヽ―,- _ \________________
ドピュッ /| | \/|o|ヽ/ | | i ~ヽ
|| o/∩| | | | _|_ |_| ヽ
||./二ニヽ|||シュッ | | |6年3組| |
||| ―-、)ヽ||シュッ|o | | 西 村 || |
||| 二ヽ)_ノ|| | |  ̄「 | ̄|| |
シュッゝC| | /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
./⌒ヽ⌒ヽ___ | ∴ヽ 3 ) < 現役小学生の手コキこそ至福ーっ!
/ _ ゝ___)(9 (` ´) ) \_______________
/ 丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-| ハァハァ…
) ( Y ̄ ̄ ̄ ̄)
_/ \____/
唐の高宗の皇后だった武則天は、夫の死後に皇太后として実権を握っていたが、690年、ついには
皇帝の座を簒奪して中国史上空前絶後の女帝となり、国号を周に定めて一時的とは言え唐を滅ぼし
てしまった。
その際、唐の皇族や、唐に忠誠を持つ高官、貴族たちの勢力を根絶するため、犯罪者上がりの酷吏
を用いて、密告を奨励、容赦のない弾圧を行った。 酷吏として大いに手腕を振るった胡人出身の索元礼は、「鳳凰晒翅(鳳凰羽を広げる)」と自身が命名
した拷問の方法を得意技とした。拷問を受ける囚人の両手と両足を束ねて、木の枷で締めつけながら
笞などの責め具でいたぶる方法である。
「仙人献果(仙人果実を献上する)」は、手枷を嵌めた両手を高く掲げさせておいて、その上に煉瓦を積
み重ねるものであった。
他にも索元礼は自ら考案した拷問方法に、「玉女登梯」「方梁圧髁」などと名前をつけて、悦に入って
いた。
囚人を縛って逆さ吊りにしておき、髪の毛に大きな石を縛りつける。それを揺すると、痛みに加えて髪
の毛が軋み、今にも抜け落ちそうな恐怖を与えたと言われる方法も実施した。
囚人の顔にぴったり合う鉄製の籠をかぶせておいて、そのほとんどない隙間に木の楔(くさび)を金槌で
打ち込むという方法も採用している。
この楔を打ち込まれると、皮膚が破れて脂肪がぬらつき、それでも叩き込み続けると血で顔が真っ赤に
染まった。血しぶきを上げながら泣き叫ぶその囚人の姿は、地獄絵図そのものであった。
この拷問はただ痛いだけでは済まず、楔を打ち込む場所に、鼻や目の近くを選んでやると、その悲惨さ
は倍増する。脳にまで響き、少し責められただけでも吐き気を催すのだ。それでも囚人が我慢を続けてい
ると、頭蓋骨にびびが入り、ついには陥没し、頭の形が崩れ始める。 索元礼はこれらの方法を駆使して、自分が欲しいだけの自白を数千人の囚人から引き出して手柄を立
て、唐朝の残党の討滅を望む女帝の意に迎合した。
世間の怒りが索元礼に集中すると、武則天はこの酷吏を用済みと見なし、逮捕して投獄した。
かつての部下に逮捕された索元礼は、今まで自らが考案し実施してきた拷問を受けることとなった。取
り調べ自体が捏造に満ちていい加減なことは知り抜いていたから、あれこれ言い逃れをしようとした。
すると、取り調べを担当していた役人は、
「索元礼がよく用いていたあの籠を持って来い」
これを聞いた途端に索元礼は恐れおののき、自ら自白を始めて罪を認めた。試してみるまでもなく、索
元礼自身がこの拷問具の効果が抜群であることを熟知していたのだ。
索元礼は処刑こそ免れたものの、獄死した。 索元礼と同じように武則天に用いられた酷吏に、来俊臣や周興らがおり、告発があった者を捕らえると、
残虐な拷問を加えて、自白を強要させた。
この手法によって、それぞれ数千人を冤罪で陥れ、死に追いやった。
二人も索元礼と同様に、拷問の方法にも趣向を凝らし、より残虐で効果的な拷問の方法を次々と考え
出し、実行に 移していた。 ある時、周興が謀反を企てているという告発が、ある者によってなされた。武則天は、来俊臣に命 じ
て周興を尋問させた。
来俊臣は、周興を尋問するに当たって、特別に趣向を凝らした。
来俊臣は、正式に逮捕して尋問するのではなく、一席を設けて、周興を食事に誘った。
その席上で、わざと周興に教えを請うた。
「周の兄上、なかなか罪を認めようとしない者がいて困っている。どうすればよいか?」
周興は笑いながら、即座に、
「簡単なことさ。大きな甕(かめ)を用意し、炭で真っ赤になるまで焼く。そしてその中に、囚人を投げ
込めばいい。嫌でも自白するはずさ」
と得意げに語った。
それを聞いた来俊臣は、感心した様子で、
「よい方法だ」
と言い、早速部下に大きな甕を持って来させて、炭で赤くなるまで焼いた。そして、周興に、武則
天の命令書を示して言った。
「周の兄上が告発された。どうか甕に入ってもらいたい」
周興は真っ青になり、土下座して、甕に入ることなく罪を認めた。
周興は死罪を免除されて流罪とされたが、配流先へ行く途上、恨みを抱く者に殺された。 この故事により、自分の案出した方法で、自分自身が懲らしめられることを、「請君入甕」と言うよ
うになった。
ちなみに悪行の限りを尽くした来俊臣は、ある時告発を受け、武則天によってあっさりと処刑され
た。
酷吏を用いて恐怖政治を敷いた女帝は、本来自分に向けられるべき世の人々の恨みを全て来俊
臣に背負わせた上で、その来俊臣を処刑することで世間の支持を集めたのである。 >>280
抜粋ではあるが、一応加筆や表現の一部変更ぐらいはしている。
ほとんど丸写しじゃねーかよ、と言われれば反論はできないが。 武則天と来俊臣ら酷吏については原百代の『武則天』を推奨。 >>283
原百代の武則天はまだ読んでいないけど、
酷吏の描写が詳しいの? >>284
唐書酷吏伝の記述+女史の創作・推測が加味されているので
物語的に面白くなっている。
特に来俊臣に関する場面では神がかっている。
他の酷吏連中も相応に経歴や活躍が書かれている。 >>287
武則天死後に主役が玄宗に移行してからつまらなくなったな。
自分的には唐朝王族を粛清する辺りが面白い。 武則天に嗜虐趣味は無かったと書いているけど
公開処刑が民衆の最高の娯楽と言っているね。 武則天は、恐怖政治の有効性というものを知っていたんだと思う。
だから、趣味ではなく、政治上の必要性からやったんだと思う。 >>289
西洋でも公開処刑は窮屈な生活をしていた民衆にとって最高の娯楽だったからね 恨みのある人間の肉を食らうという習慣って中国だけかな? 親に自分の肉を食わせることが最高の孝行という国ならある 中国の地方政府での銃殺刑はかなり残虐。臓器売買のからんだものだと、死亡させると臓器が傷むので動けないが死なない程度に銃弾を打ち込まれる。
当然、内臓には損傷しないように(腎臓)
瀕死だが、意識もあり動けない状態でいきたまま腹部にメスがいれられる。
囚人はのた打ち回って逃れようとするが、瀕死であり押さえつけられていて動けない。
容赦なく、麻酔なしで腎臓や眼球を取り出され最後に虫の息のところを皮をはがされる。 >>296
凌遅三千刀滅九族の本場じゃそんなの子供だましですよw 臓器とるなら普通に頭に一撃でいいだろ
そんな面倒なことする理由が思いつかん >>204のやつで質問なんだけどなんで身長4尺以上の人
殺したの?4尺って言ったら約120cmだからほとんどの人が
ひっかかってしまうだろうに まあ、張献忠の記録についてはちょっと誇張されている部分があるからね。
それと昔の人は今より背が低かったしね。4尺未満の人も何人かいたのかも知れない。
実際、ほとんどの人がひっかかって殺されたわけだし。 で、ちょっと度量衡の変遷を調べたら、1尺の長さは、
明代で31.1センチ、清代で32.0センチだから、
明代末期清代初期の当時は、4尺は128センチぐらいあったかも知れない。 で、縄の張り方次第なら、身長が130センチぐらいの人でも、
何とかひっかからずに済んだ人がいるかも。 >>298 麻酔する金がもったいない
>>299 頭部に被弾し死んだ瞬間から循環が停止し臓器の鮮度が下がる 臨床経験のない素人はこれだから・・・
殺さず動けない程度に銃殺ってどこのゴルゴ13?
意識あって抵抗する患者の臓器取り出すのってどこのブラックジャック?
麻酔代けちってどこにコストかけてるんだか。
そんな手間かけるくらいなら殺してすぐ取り出したほうがずっと痛まんわ。
そもそも電波なら電波らしくせめて大紀元ソースくらい貼ってくれw 麻酔薬はけっこう安く流れてる。
下手したら銃弾のほうが高い。 腎摘は深いぞ〜
しかも損傷無しでで採るんだろ?
ちょっと体動かされただけでも、無理なんじゃないか?
刑執行前に手術して取る物とって、それから・・・ 武侠小説を読んでいてもかなり残酷な描写があったりするな。 中国の女子大生、恋人が愛人の男性を殺害する様子を録画
2008年 01月 19日 12:33
[北京 18日 ロイター]
中国の女子大生(19)が、恋人の男が自分の愛人だった既婚男性(39)を殺害し体をバラバラにする様子を録画していたと、
地元メディアが18日に報じた。
18日付の地元紙Southern Metropolis Dailyが18日によると、男性の殺害事件が起きたのは先月。雲南省の大学に通って
いたこの少女は、恋人と別の男とともに逮捕された。
殺された男性は既婚で、地元の道路建設関連の会社を経営していた。一方、少女は北京出身で複雑な家庭環境で育ち、被
害者の男性とはホステスとして勤務していたナイトクラブで知り合った。
記事は、少女は、男性が殺害される様子と体が数百もの部位に切り分けられる様子をビデオに収めていたとしている。また、
男性の遺体をバラバラにした動機は、この男性に対する憎悪と身元が確認できないようにするためだったという。
ttp://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-29851220080119
∧∧
( =゚-゚)<あははw
‖
('A`)
l( l)
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捕り手役人とかにしたら、貴族の邸とかに押し入るのはかなり楽しみだったのかな
役得でいろいろ盗めたりできて やっぱ、縫ったり?
ttp://www.nigauri.sakura.ne.jp/src/up0308.jpg.html
残酷だが一応、阿片で苦痛を和らげていたようであるな。
秀吉なんぞ罪のない女子供でもそのまま串刺し放置プレー
が好きなサゾじじいだったそうだな。業績がおおきければ何やっても
桶の典型だな。 >>318
奪門の変の後の于謙とか、清廉潔白な大臣だった場合、
屋敷を捜索しても、金目のものが全く出て来なくって、
錦衣衛の役人たちはかなりがっかりしたそうなw 電凸支援要請!!
http://www.waseda.jp/top/contact-j.html#school
早稲田大学が胡錦濤に講演させると言う暴挙に出ようとしています。
オイラの文章力ではコレが限界なんだが皆、名文の長文で援護たのむ。
面倒な人はオイラのヤツ、そのまま、又は手直しでもいいから宜しくです。
***************************************************************************
私は大隈重信を尊敬し、氏が建学された早稲田大学にも深い敬愛の念を持って
日本の誇りと思っています。しかし、最近の報道により聞き捨てならないニュースを
耳にしました。貴学が中華人民共和国の国家主席であるところの胡錦濤氏をキャンパス
に招き講演の予定ありとの事と知り、私は怒りと共に失望を禁じえませんでした。
既にご存知と思われますが貴学が招かれる胡錦濤氏は20万人とも言われる
チベット人虐殺を指揮した圧政の張本人です。
明らかに人道に対する罪で裁かれるべき人物であり、尚且つ裁くべき国際刑事裁判所
のシステムに我が国は正式に加盟しております。
こともあろうに若者の自由の精神を育てることを目ざした大隈重信のキャンパスを
世界最悪の独裁国家の長に闊歩させる事など許されるものでしょうか?
これは短期的な中国人留学生父兄への知名度アップと引き換えに、長きに渡り
世界に向けて貴学の、ひいては我が国の人権意識の低さをアピールしてしまう
事と思います。是非ともご再考の上お断り頂くようお願い申し上げます。
******************************************************************************* こう言っちゃなんだけど凌遅刑ってシブいよね。
酷いし野蛮ではあるけど。 >>294
凌遅刑は行われてたらしいね
掌糞と同じく、親に自分の肉を食わせる事が親孝行とされてたらしいし
カニバリズムは蔓延してたようだな 関係無いけど、北東アジアだと孝行とかそういったことが理由のカニバリズムは多いね。
確か日本の遺骨を噛む風習なんかもそうなんだろうか。 >>325
ちょっと調べればわかるが炮烙はともかくタイ盆は諸子百家や史記どころか
平話でようやくでてくる、宋や元あたりの後世の創作 牛裂きと皮剥ぎの刑どっちで死にたい?って言われたらどうする? グロや痛い拷問は多いけどエロいのは少ないな
全裸で縛って街に置いて犯し放題の肉便器みたいな
差し迫ってるとエロとかやってる場合じゃないんだろうね
つかそもそも女が拷問に会う機会って男より少ないし 裸の女の子を、じわじわと股裂き刑にするのはエロい。
みんなが見ている中で、少しずつ股を広げられてゆく。
ついには股が全開になって晒しものに。
泣き叫び、悶え苦しみながら、体が裂けるまで股の間を注視されっぱなし。
http://www.youtube.com/watch?v=xJlloj5Xams
人民総ヤクザ支那狂獣どもを地球上から一匹残らず殲滅せよ人民総ヤクザ支那凶獣どもを地球上から一匹残らず抹殺せよ
人民総ヤクザ支那害獣どもは自ら妄信した共産党の戦車により轢断死骸と化せ
人民総ヤクザ支那狂獣どもは自ら招いた環境破壊により知障・身障・奇形児を量産せよ
人民総ヤクザ支那凶獣どもは自ら招いた砂漠化により灼熱の砂の中で生き埋めになれ
人民総ヤクザ支那害獣どもは食糧輸入を停止し計画育成によって強制堕胎した胎児を食み、自給自足を励行せよ
人民総ヤクザ支那狂獣どもは第二次文革を実施し、13億匹の人民畜を直ちに粛清せよ
人民総ヤクザ支那凶獣どもはあらゆる文明機器を放棄し、人文道徳のみを学習せよ
人民総ヤクザ支那害獣どもは自ら築いた脆弱な建造物崩壊により、血塊・肉片と化せ
人民総ヤクザ支那狂獣どもは自ら築いた脆弱なダム決壊により、存分に毒水を飲め
人民総ヤクザ支那凶獣どもは劣化コピー・知的所有権侵害を禁ずるために脳みそを摘出しlenovoを埋め込め
人民総ヤクザ支那害獣どもは食糧問題を侵略・収奪ではなく、亜硝酸塩、メラミンミルク、地溝油、髪の毛醤油の摂取により解決せよ
人民総ヤクザ支那狂獣どもは舌を抜き、手首を切断することにより国際社会に恥じぬ常識人に昇華せよ
人民総ヤクザ支那凶獣どもは軽挙妄動を封殺するために四肢を切断せよ
人民総ヤクザ支那害獣どもは死臭・腐敗臭に勝る体臭を巻き散らさぬよう硫酸で毒皮を溶解せよ
人民総ヤクザ支那狂獣どもは直ちに自己批判と総括を行え
http://www.youtube.com/watch?v=LAwgG_f3xfI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=s9A51jN19zw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=mrQqDqOx3KY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=UzFmw3A3Rok&feature=related
人民総ヤクザ支那狂獣どもを地球上から一匹残らず殲滅せよ人民総ヤクザ支那害蟲どもを地球上から一匹残らず屠殺せよ
東シナ海を人民総知恵遅れ魑魅魍魎シナ畜の水葬墓場にせよ
シナ畜どもを殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
>>173
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| | / | ;:「 リjリ
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| | ヽ 丿 | !| ,,, ,,, /,:
ヽ | /  ̄|/ リi从 ○ ノ
) ノ / / /ヽ ` ;;;;;── ´ .ヽ
| / / / / |\_丿 |_ノ ヽ \ 凌遅刑は清代で廃止されたということだが、
国民党時代も行われていたらしい。
写真が残っている。
彡 ゴロン
<,⌒/⌒⌒、_
/<,3/____/ 台湾の超人気グラビアモデル、アリエル・チャンの元カレが撮影した
プライベートセックス動画が流出で、台湾全土の男性が騒然としてホクロ等から本人確認、
どうも間違いなく本人の猥褻ビデオだったようえす。
(無修正なので閲覧注意)
http://www.idolnyuus.tk/ariel00.html 私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組みの官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカムを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部に送っていました。
別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化して使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄へ落ちる、
朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ
馬鹿らしくなって脱会しました。
それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全部自分の出来心から起きたことで、どこに訴えるわけにもいかないのですが、
なんとかしてあの人達と縁を切って新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。 https://goo.gl/znnSuW
これは、普通にショックでしょ。。
本当なの? 写真の凌遅刑の女の人?って何をやってあんな惨い刑罰受けたんだ?
誰か分かる人いる? 元来UFOとは未確認飛行物体の略であり、異星人の宇宙船=UFOというのは間違いである。
例えば、1944年4月2日に台北市内で目撃されたものが宇宙船でないUFOとして挙げられる。
その飛行物体は明確に人型であり、体長は約1m、燐光に包まれ10m程上空を飛行していた。
数人がそれを目撃し、空中へ染み入るように消えたこの物体の正体は未だ判明していない。 栃木県のある中学校で、タイムカプセルを掘り出すために当時の卒業生が集まった。みな再会を懐かしんだが
十年前、卒業式にも来ずにそのまま失踪した男子生徒について言及する者はいなかった。そして掘り起こした
カプセルを開封した瞬間、悲鳴が上がった。中には明らかに人間の物と思われる白骨が入っていたのだ。
卒業生達は、かつての同級生の失踪の真相と、当時の彼の交際相手が今日欠席した理由を知った。 とある音系同人サークルは猫の声に悩まされていた。
というのもマスター音源をいくらチェックしても聴こえないのに、
プレスし製品化されたCDを聞くと必ずどこかのトラックに猫の声が聞こえたのだ。
そこで、ためしに犬の声を混ぜたトラックを入れたところ、それ以来猫の声は入らなくなったという。 1990年代初め、アメリカ・オレゴン州でバンジージャンプ落下中の男性が消失する事件が起こった。
周囲を捜査しても何も発見できず、事件は謎に包まれた。
しかし数日後、男性の遺体が地面に敷いてあった安全用のマットの下から発見された。
マットには突き破られた形跡はない。また、男性にも目だった外傷はなく、死因は窒息死だった。 200年程前までシベリアの奥地に、「メリメリドーン」という名の森があった。
この森で大声をあげると、森の木の1本がメリメリと音を立ててドーンと倒れるのでこの名で呼ばれるようになった。
今はもう、この森は無い。
この面白い現象を試そうとやってきた多くの人々によって、すべての木が倒されてしまったのだ。 >>355
使えない奴を首にしろとか言うのと同じで
まず最初にそう言っている人間がやられるよ 使えない奴を首にしろと言っている奴ほどいらねって思う
簡単に解雇できるならまず最初に切る