新機動MSモーニング小隊
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AC(アナザーセンチュリー)0197。
突如出現した共鳴者(リゾナンター)の存在は、地球のアースノイドとコロニーのスペースノイドに大きな衝撃をあたえた。
リゾナンターは地球とコロニーどちらから生まれたのか――
その主義主張と権利をめぐる争いは次第に大きくなり、地球連邦政府と宇宙連邦政府による争いへと発展していった。
そして時代はAC0208。
宇宙連邦政府の強硬派<ダークネス>による地球全土へのMS降下作戦により、遂にアースノイドとスペースノイドの戦争の火ぶたが切って落とされるのだった。 炸裂音と火薬の匂いで高橋愛はベッドから飛び起きた。
室内に伝令が流れている。
『奇襲! 奇襲! 敵は宇宙連邦ダークネス! MSパイロットは早急にデッキへ! 繰り返す!』
高橋は一瞬、頭が真っ白になった。昨日はMSシミュレーターで訓練。終ったらシャワーを浴びて――いつものルーティーンを熟す何の変哲もない日常だったはずなのに……悪い事っていうのはいつだって予期せぬ時に起こる。
「愛ちゃん!? 何やってるの!」
そう、声を荒げて部屋に入ってきたのは同期で同僚の新垣里沙だった。
「ガキさん――。本当に始まったの――?」
「そうだよ。こういう時のために私達は訓練してきたんじゃないのっ。はやく! ジムVの準備は出来てる出撃しなきゃ!」
高橋が神妙な面持で頷く。それから大きく息を吐いて立ち上がり、新垣と共にカタパルトデッキへ向かった。 爆轟で窓のガラスが吹き飛んだ。隣を見ると昨日まで一緒だったMS訓練生の友人がバラバラになって床に転がってた。
亀井絵里は彼女の体を拾い集め、ベッドに寝かせてからやっと涙を流した。
自分がこうなっていたほうがよかった。彼女のほうが遥かに優秀なパイロット候補生だった。何故出来損ないの自分なんかが助かってしまったのだろう――
亀井は室内に流れる伝令を聞きながら部屋の隅で自身を抱くように、じっとこの地獄が終わるのを待った。
――彼女が生きていたらどうしていたかな……。自分と違って勇敢だった彼女なら……きっと……。
亀井の視線が部屋の出口を向いた。 「きゃあ!」
と、道重さゆみは叫んだ。朝の日課であるダンゴ虫の散歩をしていた時のことだった。
空から茶色の塊が突然降ってきた。それが着地した瞬間、身体が浮くほど大地が戦慄いだ。
彼女は自分に落ち着けと言い聞かせ、空から落ちてきた物体に目をやった。人に似た形をしている。
モビルスーツだということはすぐに分かった。
この辺りにも地球連邦政府の軍事基地がある。躯体は何度も目にしている。ただ、いま目の前にいるそれは初めて見るタイプだった。カラーリングから形状、何もかもが自分の知るMSとは違う。どこか邪悪で見る者を威圧する雰囲気を漂わせている。
――なんだろうこのザラついた感じ。
そう思った直後、MSがライフルを構えた。風がうねり、道重はバサバサとはためく自身の二つ結びを押さえた。
銃口は地球連邦のMS軍事基地――『ハロープロジェクト』を向いていた。 落ちてきた瓦礫を躱す。砂埃が髪にかかる。田中れいなは不機嫌そうにそれを払いのけた。
天気予報では雨のはずなのに、降ってきたのはデカい機械人形――
おまけに遠くの方では嫌な光が明滅している。自然光ではありえない無機質で強力な光。超加熱された粒子の煌めき。ビームの光だろう。点いては消え点いては消えを繰り返す。まるで死のリズムだ。しかもあの方角――
「確か、軍事基地の」
言いかけて彼女は言葉を切った。
助けを求める声が聞こえた。遠くの方から聞こえてくる“ノイズ”とは違う。まだ生きている、生きようとしている“声”だった。きっと自分にしか聴こえていない。昔からそうだった。だから他人と関わるのは好きじゃない。
そうやって薄い唇をへの字に曲げながらも、彼女の足は自然と声の方へ向っていた。
男性が瓦礫に埋もれて倒れている。
「大丈夫ったい」
「ん……助けてくれ……早く、ハロに行かなきゃならねえ」
<ハロ>という言葉に田中は閃光の見えた方角をちらりとした。
そこがまさに地球連邦MS軍事基地『ハロープロジェクト』通称『ハロ』だったからだ。
「多分、行ってももう何も無いっちゃない」
投げ捨てるように言い放ち、田中は瓦礫から男を引きずり出した。
男は感謝をのべると「んなことはねえ。みんな戦ってるはずだ」と大きく頭をふった。
「戦う、ねえ」
厄介なことに巻き込まれそうだ――と、彼女は思った。
「じゃあ、とりま乗ってく? お金とるっちゃけど」
田中は積み荷おろしのバイトで使う民間用の工作車を親指で指した。
「まじで? 助かるよ。俺がいなきゃMSの整備は半分も終わらねえから」
「お兄さんハロの整備士?」
「ああ、岡見五郎ってんだ。君は?」
「れいな、田中れいな」
「れいなちゃんね。よっしゃハロまで頼むぜ」 市街地で、黄色を基調としたジムVのコックピットから高橋は二体の敵を見定めた。
茶色を基調としたモノアイの躯体。肩や肘の突起。初めて見るMSだった。
右に持った丸みのあるライフルはビームか実弾か――とりあえず地球のものではなさそうだ。やはり宇宙連邦――強硬派……<ダークネス>。
高橋のジムVが先に動き、ビームライフルの引き金を引く。放たれた閃光が一直線に敵の胸を貫いた。
反応は並。ビームシールドは持っていない。対ビームフィールドの類も装備はしていなさそうだ。ビームコーティングはされているみいだが装甲は硬くはない。実弾かビームでも高出力のものであれば――
高橋は通信画面を開きジムキャノンに乗る新垣にこの情報を伝える。
「愛ちゃんもう一機やったの!? さすがエース候補!」
「いや、ガキさんそれよりも気を付けてね。相手はどんな攻撃をしてくるかわからないから」
「任せなさいよ。ちゃちゃっとかたずけちゃって早く民間人の救助に向かおう」
通信が切れ、高橋は改めて敵機を向いた。向こうもこちらを向いた。
くる――
高橋は盾を構えて相手のビームを受け止めた。
予想以上の威力に二撃目は耐えられないと判断した彼女は融解しかけの盾を捨て、敵に向かって機体を走らせた。
当然のように銃口がこちらを向く。
しかし、高橋愛に焦りはなかった。
彼女は慣れた手つきで操縦桿のボタンを操作――ジムVの上体を右へ傾ける。
すると、放たれたビームが空を切った。
敵が照準をしなおす。
対して、ジムVは腰部のビームサーベルを抜いていた。振り上げると同時に展開された光刃が敵の腕部を容赦なく溶断する。さらに、そこから流れるように振り下ろされた一撃が、後ろへ傾いだ茶色い胴部を袈裟懸けに焼き切った。
ドンと大地を揺らし倒れる敵機。
高橋はそれを睨め、訝しむように眉を顰めた。
妙な感じだ。敵意も殺気もあったのに生気をまったく感じなかった。動きの癖もどこか機械的……サイコミュによる無人機か。まあなんにしても、とりあえずここはこれで――
熱源反応の消失を確認して高橋はパイロットスーツのヘルメットを脱いだ。
「ガキさんは大丈夫かな」 高橋からの通信を切り、新垣は持ち場の守護につとめた。
メンテナンスデッキのあるここをやられるわけにはいかない。
そう思いながらも彼女の乗るジムキャノンは膝をついた。
相手は二機。こちらはもう自分だけだ――改めて高橋愛の凄さを実感する。
エース候補……いやあの子はすでにエースだ。なんてたって共鳴者(リゾナンター)なんだから。ただのMSパイロットの自分とは出来が違う。
自分は、こんなところ死ぬのか――
新垣が操作レバーから手を離した、その時だった。
『き、聞こえますか……誰か……聞いてませんか』
そう、突然通信網に入ってきた声があった。初めて聴く声だった。愛ちゃんじゃないのは間違いない――
「聞こえてる。あんたは」
「絵里……亀井絵里、パイロット候補生です……!」
新垣の乗るジムキャノンの脇を縫って、一体のジムが敵機へ真っ直ぐ走り込んでいった。
新垣はそれを見て思わず笑った。候補生にしても戦い方が下手過ぎる。でもまあ、元気はでた。
「よし、絵里! 左にまわれ! あたしは右から――挟み撃ちにするよ!」 掌にダンゴ虫を乗せて道重さゆみは走っていた。
何故かはわからないがとにかく基地へ行かなければいけない気がした。
ただ、長年のニート生活により弱った足腰はすでに限界をむかえようとしている。
そして――
「だめえ……もう走れない……やだやだ」と、座り込み彼女はダンゴ虫を眺めた。
家族と離れて以来“彼”だけが話し相手だ。みんなは“彼”の声が聞こえないらしい。自分にははっきりと聞こえるのに。
「ねえ、どうしたらいいかな? うん、さゆみは今日も可愛いよね。じゃあやっぱり基地まで行かなきゃだよね。でもね、もう歩けないの」
ダンゴ虫と話し終え彼女は溜息をついた。
その時ふと、エンジン音が聴こえた。近づいてくる。
音の方を向くと業務用の工作車が物凄い速度でこちらに向かってくるところだった。運転席には猫みたいな顔の柄の悪い少女。助手席には岩みたいな顔をした男性が乗っている。
道重はすくっと立ち上がった。
「おーい! 乗せて! 乗せて! さゆみも乗せて!」
声を上げると工作車はけたたましいブレーキ音を上げて目の前でぴたりと止まった。
「なん? 乗りたいと」
運転席の少女が首を傾げている。近くで見ると可愛い。でも自分の方が可愛いと道重は思った。
「基地まで乗せて欲しいんだけど」
「おいおい嬢ちゃんマジか? 俺達も向かってるところだけどよ、あそこは今戦地になってると思うぜ」
「え? 戦地に向かわせようとしとうと?」
「あ、いや――」
男が口ごもる。
「冗談ったい。そのかわり事が済んだらたんまりお金は貰うと。あんたも乗るならお金っちゃん」
「えぇ、さゆみお金ない」
「んじゃ無理っちゃね。諦め――」
猫顔の少女は言葉を切り、道重へ「はやく乗れ」と急かす。
道重はよくわからずに、とりあえずラッキーと思いながら後部座席へ乗った。
その瞬間、直ぐ近くの地面が弾けた。稲妻のような爆音が三人の耳をつんざいた。
「やべえぞれいなちゃん! なんか狙われてるって!」
「わかっとう。一発二発撃たれたくらいで騒ぐな」
「え、まってまって、今撃たれたの!? 早く逃げようはや――」
発進した工作者の正面と側面に茶色いMSが三機もいるのを見て道重は思わず固唾を飲んだ。
車が走る軌跡を追うように地面が弾け飛ぶ。
「糞がっ! あいつら楽しんでやがるな」
「こっちは全然たのしくないよぉー! ねえ早くどこかに避難しなきゃ!」
道重は猫顔の少女に訴えた。しかし――
「あいつら調子にのっとう。くらさな気がすまん」
そう言って猫顔の少女――田中れいなはMSの一体に向かってハンドルを切った。
「いやいやいやいや! 無理無理無理だってれいなちゃん武器もないのに!」
「武器ならあると」
田中はそう言ってハンドル横のレバーを動かす。すると車体の側面から折り畳み式のアームが生えた。
「いや、それ武器じゃない武器じゃない! 荷物運ぶのに使うやつ!」
「えーもうやだおろしてえー!」
岡見と道重が絶叫するなか田中は猛悪な笑みを湛えMSの股下に車を滑り込ませる。
MSが車を踏みつぶそうと足を上げた。
田中は急速にハンドルを切ってMSの軸足へ突撃する。それからマニピュレーターを操り足部のつなぎ目に差し込んだ。
ボンッ、とMSの軸足内で爆発音がした。関節の機構が壊れたのかMSがバランスを崩す。同時に車のマニピュレーターも弾け飛ぶ。
田中はハンドルをきって倒れてきたMSの体を躱す。残りの2機がマシンガンを撃ってきた。
田中はそれも完璧に躱しきる。
「ま、まじかよれいなちゃん――」
「ホントに、れいな? っていうの? あなたおかしいよ」
「それ褒めようと?」
岡見と道重が頷く。
「そうったい。じゃあまあ、あと残り2体っちゃね」
「え!? ちょっとれいなちゃんまだやるの!?」
「もういいよ早く逃げようよ!」
「大丈夫っちゃん。MSの事はだいたいわかっとう」 高橋が整備施設に着くと、新垣が敵機を撃破するところだった。
味方の機体反応は彼女の搭乗するジムキャノンとジムが一機――パイロットは……知らない気配だ。
「ガキさん、終わったみたいね」
そう通信をとばすと直ぐに返事が返ってきた。
「愛ちゃん? 遅いよ。もう全部倒しちゃった」
「みたいだね。ジムには誰が?」
――ジッ、というノイズが一瞬入り、ジムの搭乗者が名乗った。
「パイロット候補生の亀井絵里です! もしかしてあの、た、高橋愛さんですか?」
「そうだけど、候補生がなんで?」
高橋の問いに新垣がことの顛末を説明した。それから悔しそうに奥歯を噛んだ。
「ここは、私たち以外全滅よ……。絵里がいなきゃ私もあぶなかった。施設は守れたけど……まったく割に合わないよ」
「うん……でも、とりあえず無事でよかった。一旦――」
高橋は言いかけて言葉を切った。レーダーに未登録の機体反応が現われたからだった。この状況でそれは敵機である可能性が高い。
「ガキさん、MSが一機近づいてきてる」
「本当だ。知らない反応……今、戦ってた奴らもそうだった」
「ってことは、また戦闘になりますか?」
亀井が訊ねると、高橋は「かもしれない」と言ってビームライフルを反応の方角へ向けた。
近づいてくる――あと、100……50……30――対象がはっきりと目視できる距離まで来た。
新垣が「やっぱり敵だ」と告げる。
高橋のメインカメラにもその姿が映っている。茶色を基調としたモノアイ――先ほどまで戦っていた“敵”に違いない。
ただ、それでも彼女は撃つのを躊躇っていた。敵のMSから感じる気配が“敵”のものとは違っていたからだ。敵意も悪意もなく、それでいてこちらに対する好意も善意も感じない。無垢――とでもいえばいいのだろうか。それに、ちゃんと生気を感じる……それも複数――
「愛ちゃん、なんで撃たないのさ。愛ちゃんがやらないのなら!」
「ちょっと待ってガキさ――」
高橋がとめるより速く、新垣のジムキャノンが肩部に備えられた主砲を撃った。
しかし敵機はいとも容易くそれを躱し飛び上がると、背面のバーニアを小刻みにふかしこちらに向かって宙を立体的に駆けてきた。
新垣が続けざまに主砲を撃つ。弾が空を穿つ。当たらない。
高橋は着地の瞬間を狙い止むを得ずライフルを撃った。
しかし――
狙いがそれた!? 高橋は一瞬そう錯覚した。
実際は敵機が投げたマシンガンがジムVの膝に当たり、その衝撃で射角がずれていたのだった。
再度構え直す高橋だったが、すでに敵機は眼前に迫っていた。
まずい、やられる――
そう思い、せめて相打ちに持ち込もうとビームサーベルに手を伸ばす。その瞬間―― 『おーい! 待て待て待てって! 愛ちゃんだろ! 俺だ岡見だ!』
これに高橋は操作の手を止めた。連動してジムVの動きも止まった。
『三機とも通信きこえてるんだろ! ジムキャノンはガキさんか? ジムは……誰よ! まさか啓太か――いやあいつは今日休みだったか。なんにしてもこっちは敵じゃねえ!』
通信から聞こえてきた馴染みの声に、ジムVとジムキャノンは見合うように動いた。
「五郎さんがなんで敵の機体に? 操縦は誰がしてるんですか?」
高橋が訊ねる。正直いまはパイロットが誰かのほうが気になっていた。新垣の射撃をものともせず、完璧に捉えたと思った自分の攻撃をも躱し、あまつさえこちらの制空権を大胆に奪取した人物……いったい、誰なんだ。
沈黙が数秒あり、ジッ――とノイズが入る。
『ほら、操縦してるの誰か聞かれてるよれいな』
『わかっとうよさゆ。えーと操縦はれいながしとうと。訊いてきたのは黄色い方っちゃろ? 凄いっちゃね。多分こっちの方が機体性能は上やろうに。性能が同じならやられとったかもしれん』
「れいな? いったい誰なのよ。別の支部所属のパイロット?」
声を荒げてそう訊いたのは新垣だった。
「いや、ただの“運び屋”ったい」
「運び屋……、スラムの人間か」
新垣は侮蔑するかのように硬い声で言った。
「まあまあガキさん。れいなっていうんだね。なんで敵の機体に乗ってるのかはわからないけれど、五郎さんが世話になったみたいで、ありがとう。それに機体性能が一緒だったとしても――」
『あーもう! 話は外に出てからしようよ! ここに三人は狭すぎるの!』
道重さゆみがそう声をあげると、亀井が「確かに一旦基地に戻って状況を整理しませんか」と同意した。
『あなた話がわかる! 誰なの?』
「私? 亀井絵里。ハロのパイロット候補生です」
『あーなんか言葉遣いが堅苦しい。軍人さんだから当然か。私は道重さゆみ。さゆでいいよ』
「さゆ、ね。わかった」
こうして一同は一旦ハロ―プロジェクトの基地内へ戻ることとなった。 機体を降りた高橋達は自己紹介も早々に基地に入った。改めて見ると酷いありさまだ。MSが全て出払いガランとなったメンテナンスデッキがやけに寂し気に見える。いったいどれだけの機体がここに戻ってこられるのだろうか。
高橋は振り返り外の光景に目をやった。いたるところで黒煙があがっている。
「愛ちゃん、余所見しない。早くつんく指令を探さなきゃ」
新垣は言いながら高橋の背中を押した。
そんな二人のやりとりを後方から見ていた道重は首を傾げながら岡見へ訊ねた。
「つんくって、あのつんくさん?」
「ああ、そのつんくさんだ」
「ん? 誰?」
田中の問いに、道重は声をあげて驚いた。
「知らないの? MS開発のカリスマだよ」
「そうったい。てかなんでMSに興味の無さそうなさゆが知っとうと?」
「え……興味が無いわけじゃないよ……MSは、見るのは好き」
そうやって談笑していると前を行く新垣が険しい表情で振り返った。
「あんた達、無駄話が多い。こんな有事の際に能天気がすぎるわよ!」
「す、すいません。以後気をつけます……」
道重はぺこりと謝った。だが内心では、
いかにも軍人――超、面倒臭い……。
と、毒を吐いていた。
「まあまあガキさん。こんな状況だからこそあの子達みたいな明るさは必要じゃない」
「はあ? 愛ちゃんはちょっと甘すぎるよ。人が何人も死んでる。なのに浮かれる奴がどこにいるの」
「まあ、そうだけど。あ……ところで、つんく指令の場所はわかるの?」
「わかるわけないでしょ! それでも、進むしかないじゃない」
新垣は歩く速度をはやめた。私についてこいと言っているようだった。
高橋は彼女のこういうところを羨ましく思っている。率先してリーダーシップを取りに行ける強引さは自分にはないものだ。
「それにしても、人っ子一人いないのは何故なんだろ」
高橋の横で亀井が不思議そうにあたりを見回し言った。
「そりゃあ内勤の職員は避難したんでしょ。パイロットはみんな戦地に向かっているだろうし」
新垣が正面を向いたまま答える。
そうこうしながらしばらく歩き回ったがつんくは見つからなかった。
どうしたものかと高橋、新垣、亀井、道重、岡見が途方に暮れていると、
「もしかしてそのつんくって人、訛っとう?」
田中が明後日の方を向きながら訊ねた。
「関西訛りだけどなんで?」
新垣が訝しむように訊き返す。
しかし田中はそれを無視してこれまでの進行方向とは全然違う方へ歩き出した。
「多分、こっちっちゃん」
高橋達は互いに見合い怪訝な表情を浮べながらも田中の後に続いた。 ヲタ等がそう望むなら、私は リーダーになる。 このパンダさんはその為の物だ そして、着いた先は食堂――だった場所だ。今じゃ見る影もない。
団欒するための広いホールスペースには瓦礫が散乱し、いたるところに鉄筋コンクリートの山が出来上がっている。
幸い攻撃を受けた際はまだ食堂が閉まっている時間だったので人的被害は無さそうだ。
「もしかして、つんくさんはここにいるの?」
高橋が訊ねる。
田中は頷き、瓦礫の山の一つを指さした。
「あそこに埋もれよう」
「なんであんたにそんなことわかるのよ」
新垣が語気を強めに訊いた。
「なんで? 逆に聞きたいと。なんでみんなには聴こえんと」
田中の返答に新垣は困惑した。言っている意味がさっぱりわからない。そもそも民間人の彼女が何故敵のMSに乗っていたのか。しかも自分の砲撃を軽々と躱すほどの腕だ。宙を飛ぶあの動きなんて自分はおろか高橋愛ですら出来ないかもしれない。
「まあまあいいじゃないの。とりあえずあの瓦礫をどかしましょうよ」
高橋はそう言って山が崩れないように細心の注意をはらい瓦礫をどかし始めた。
残りの五人も渋々と言った面持で瓦礫をどかし始める。
すると、人の手が見えた。
六人は気をつけながら手の主を引きずりだした。
「つんく指令!」
出てきた茶髪の男性を見て新垣が声を上げた。
怪我はないか高橋が確認する。
気を失ってはいるが外傷は打撲だけだ。
とりあえず瓦礫を省いた平らな床に寝かせる。
すると少しして男性は目を覚ました。
「なんや、わし……助かってしもうたんか」
癖の強い第一声に高橋と新垣は駆け寄った。
「つんくさん、わかりますか。高橋と新垣です」
「おお、お前等も無事か」
「はい、この辺りの敵は一掃しました」
「ほんまか。なんやスペースノイドもMSの多いここを狙うなんて思い切ったことしよるな。まあだから狙ってきたんやろうけど」
「はい。見たことのない機体でした。こちらの量産機を上回る性能です。私達はこれからどうすれば……」
高橋がすがるように訊いた。新垣も同じくという顔をしている。
亀井は神妙な面持だった。ただ、パイロット候補生としての意識が強いのか指示を仰ぐ構えなのは確かだった。岡見も同様に口を真一文字に結んでいる。
道重と田中だけは「これってなんの時間?」とでも言うようにあっけらかんとしていた。
つんくはそんな彼等を眺めると起き上がり、何が可笑しいのか声をあげて笑った。
「しゃーない! あれは、お前達に任せるか」
一同が頭上に?を浮べた。初めて全員の意見が合致した瞬間だった。 つんくに『任せる』と言われてから一ヵ月が過ぎた。未だに何を任せるつもりなのかは話してもらってはいない。
ただ言えることは、“あの日”からスペースノイドとの戦争が本格的に始まったということだけだ。基地や、その周辺地域には今なお戦火の傷跡が色濃く残っている。
加えて“あの日”からハロープロジェクト内では“オーディション”が始まっていた。
生き残ったパイロットやメカニック、オペレーターにコックまで、あらゆる人員をふるいに掛け、ハロープロジェクトでは新体制を確立しようとしている。
それがつんくの意志なのか、さらに上の<上層部>の決定なのかはわからない。
おそらくはオーディションがおわる今日、『任せる』と言ったその全容を知らされるのだろう。
そう、高橋は予感していた。
案の定、高橋と新垣はつんくから呼び出しを受けた。
指定されたMSのメンテナンスデッキに着くと、つんくがカバーの掛った機体を眺めていた。
二人が声を掛けると彼はきょとんとした顔で振り返った。
「なんや基地内におる奴は着くん早いな」
「あ、はあ。それより何の用なんでしょうか? まだ訓練の途中なんですが」
新垣が愚痴のようにこぼす。
つんくは「まあ待て」と二人に促した。
しばらくすると今度は亀井と道重がその場にやってきた。“あの日”を境に意気投合した二人はよく行動を共にしている。今では道重もパイロット候補生だ。
なので彼女も高橋、新垣、亀井と同様にオーディションの対象というわけだ。
道重からしたらいつクビを切られるのかひやひやものだが、パイロットとしての訓練は苦にならなかった。やはり心のどこかではMSパイロットへの憧れがあったのかもしれない。
「つんくさん、大事なところで呼び出すなんて酷いですよ! さゆみもう少しでMSシミュレーターの自己新記録更新だったのに!」
「はっはっは。悪い悪い。せやかてどうせ候補生のなかでもドべなんやろ?」
「そうそう、さゆはホントセンスがない」
亀井が笑いながら頭をふる。
「おう、亀井は優秀みたいやな。もう正規のパイロット含めても5指に入るっちゅう話きいたで?」
亀井が照れくさそうに俯く。
「あの、何故候補生の彼女達まで……いったいどういう要件なんでしょうか?」
この新垣の問いを受け、つんくが「最後のひとりが来たら教えたる」と不敵な笑みを浮べた。
そうして数分後、やってきたのは田中だった。
彼女はジャケットのポケットに両手をつっこみ、きょろきょろとメンテナンスデッキを見回しながらつんく達の元へ歩み寄った。
「あの日とは違ってちゃんとMSが並んどるっちゃね。こんなにあるなら一機くらい無くなるってもバレなそうったい」
「な、あんた盗むつもりじゃないでしょうね!? いや、とういうか何故民間人の彼女まで――つんく指令、どういうことなんですか?!」
新垣が目を剥き声を荒げる。
高橋は彼女をなだめると、つんくへ神妙な面持で訊いた。
「指令、そろそろどういうことなのか話してもらえますか」
つんくは頷き、話し始めた。 あの日――ダークネスによるMS投下作戦によって地球連邦の無数の施設が陥落した。現状、ほとんどの基地がダークネスに乗っ取られた状態といえる。
「せやからな、お前達にはダークネスの手から基地を奪還してもらいたいんや」
これに五人は思わず顔を見合わせる。
口火を切ったのは亀井だった。
「私達だけでですか? いくらなんでも無茶です……私もさゆもまだ候補生なんですよ……」
「そうか? もっと自信もってもええんやで? それに、流石にお前達だけにそないな重荷せおわすわけないやろ。何のための査定(オーディション)やと思てんねん」
「じゃあ、やっぱり」
高橋が呟く。
「流石に察しがええな」
つんくの口元がニヤりとなった。
「どういうこと愛ちゃん?」
新垣が眉を顰めた。
高橋は彼女を一瞥してからつんくを向いた。
「おそらくは……私達と、オーディションで厳選した人員とで隊をつくる――ですよねつんく指令」
「正解や。やっぱリゾナンターは違うな。勘がええわ」
「でも、どうやって? さゆみから見てもMSの性能はダークネスのほうが上だよ。いま残ってる機体じゃ愛ちゃんやガキさんはともかく、私達なんてただの足手まといでしかないと思う」
「んー、せやからこういう日のことを想定して、わいは秘密裏に新型MSの開発に取り組んでたんや。ほら、もうお前達の目の前にあるやろ」
五人は促されるままカバーの掛ったMSへ目をやった。
彼女達の訝しむような顔を見て、つんくはデッキの二階を向く。
「五郎! 啓太! ええぞおろせ!」
上から「了解!」という声があがった。
その瞬間、途端にカバーが落ち、新型MSの姿が露わになった。
「これって――」
「なんや高橋、わかるんか?」
「え、いや――でも、どことなく面影が……もしかして……これは、ジェガン――」
「またまた愛ちゃん、どこがジェガンなのよ。どう見たって新規デザインでしょ」
「いや、高橋の言う通りや。これはジェガンS型や」
高橋、新垣、亀井が同時に怪訝な顔をつんくへ向けた。
ジェガンにはS型なんて型は存在しない。初期のA型、中期のD型、後期のJ型。J型の仕様違いでR型M型もあるが、これらを含めてもベースは五種類しか存在していない。
「S型っていうのは? ジェガンではないんですか?」
新垣が訊ねると、つんくは小さく頭を振った。
「せやからジェガンやて。ただし、死ぬほど魔改造を施してある。やからどちらかというとジェガンの規格を基に1からつくったオリジナルって言った方がええやろか。これがわいのS計画や」
「S? なんの略っちゃん」
この田中の問いに、つんくは口元を綻ばせた。
「それはな、スペリオルのSや。S計画――プロジェクト・スペリオル。やから、さしずめコイツ等はスペリオルジェガンといったところやな」
「――スペリオル」
高橋が呟きながら改めて5機へ目を向ける。
それぞれがまったく違う見た目をしている。各機ごとに明確なコンセプトの違いがあるのはたしかだ。5人がチームとして動くための仕様――
「指令は私達にこれで戦えっていうんですか?」
「なんや新垣、不満でもあるんか?」
「いえ、MSや各地の基地奪取という作戦そのものには不満はありません。ただ、亀井道重の両名はともかく、民間人である田中れいなの作戦参加には同意をしかねます。軍の作戦には命の危険もある。いや……今回の場合、内容を考えれば生きて帰ってこれる可能性のほうが低い。そんなものに民間人を巻き込むなんて正気を疑います」
「ほう、なるほど。軍人として真っ当な意見やな。んで、本音は?」
つんくの問いに新垣は思わず芯をつかれたような顔になると苦虫を噛み潰すように言った。
「気にくわない。査定があるなし関係なく、同期も後輩も先輩もみんなあくる日のため必至に訓練を重ねてきた。それをたまたまあの場に居合わせただけの民間人が作戦の一端を担うポジションにつくなんて……あたしは納得が出来ない」
新垣の訴えを聞きつんくが小さく溜息を漏らす。 「軍人としてなのか、おまえ個人としてなのか……それはまあどうでもええけど……いま必要なのは力や。MSをどれだけ扱えるか――プライドや建前だけでは敵には勝たれへん。極論を言えばや、動機も思想も考慮せん。金のため、戦うのが好きなだけ……大いに結構や。目的遂行のためならわいはなんだって使う。何のためにわい等が存在してるか、その意味を考えろや」
ぐうの音も出ない新垣。
見かねた高橋が二人の間に割って入る。
「でも、何故彼女なんですか? 優秀なパイロットは他にもいますよ」
「んー? お前それ本気で言っとる?」
高橋はフッと小さく笑った。
つんくはその顔を見て、彼女が新垣を庇うために自分に意見してきたことを察した。
「はあ……。お前のジムVのデータ、回収したダークネスの機体データ――そこから抽出した映像データを見れば明らかや。作戦には田中れいなが必要や」
「ちょっとまちい」と、田中が手をあげる。
「れいなはそんなものに参加する気はないっちゃけど。軍人になる気もないと」
つんくが「ん?」と田中を向く。
「まあそういうやろと思ったで。やから軍に入る必要はない」
「軍人じゃないのに軍の作戦に参加していいと?」
「いや、あかんよ。ある条件を除いては」
「条件?」
と、首を傾げたのは道重だった。
「せや。れいなちゃんはわいが雇う。つまり傭兵になってもらうちゅうことや。報酬ははずむで。これでもいち基地の責任者でMS開発者。バックは政府なんや金はひっぱれる。好きなものを好きなだけ買えるで?」
これに田中はきょとんと天井を見上げた。それからつんくへ向き直り、
「のったったい」とこの申し出を受け入れた。
「おっしゃ、ほんならこの五機を船に乗せなあかんな」
「船、ですか?」
高橋が訊ねる。
「せやから言うたやろ? お前達だけに重荷は背負わせへんて。MSとは別に移動用の船もあるんや。機体とお前達を含めたクルーは目的地までそれで移動する」
「でも、船なんてどこに――」
高橋は辺りを見回す。当然のことながらここはMS用のメンテナンスデッキだ。MSを複数運搬できるサイズの輸送船なんてまず入らない。別の場所にあるのだろうか――
怪訝な顔になる彼女をニヤりとしてつんくは再び二階へ向かって声をあげた。するとデッキに面した外――だだっ広い演習場の地面が真っ二つにわれた。
そしてなんと、そこからつんくの言う船――戦艦がゆっくりと浮上してきのである。
「見ろ、あれがそうや」
つんくは満足げな表情で“船”を指さした。
「ごっついええ船やろ? どうや感想は?」
と、言われても――呆気にとられた五人は言葉が出ないでいた。とくにハロ所属の歴が長い高橋と新垣は、普段自分達が訓練している下であんなものを造っていたなんて、と驚愕するほかなかった。
その時、ぐうっと音が鳴った。道重の腹からだった。
現在は午前の9時をまわったあたりだろうか。ちょうど朝飯時といえばそうではある。
「なんや、腹減ったんか?」
「え、いや、やだ――」と、道重はつんくの問いに顔を真っ赤にした。
「なに恥ずかしがっとんねん。健康な証拠、それが生きてるっちゅうことや。んー……朝。朝飯、か」
つんくはぽつり呟いて口元に手をやった。
五人がその様子に首を傾げていると、つんくは胸の前で手を叩き船を向いた。
「閃いた! いただきますや!」
「え、いただき――?」
高橋が訊ねるとつんくは五人へ向き直り言った。
「いやな。船の名前をどうしようかずっと悩んでたんや。けど今、ピコーン! きたで。モーニングや。船の名前はモーニング。てんでバラバラなお前等五人と仕様の違う新型が五機。まるでモーニングセットやろ? いやそうあるべきや。その時々で好きなものを選べる朝食みたいにな」
「いいっちゃない。さゆのお腹の音が切っ掛けなのはうけるけど」
田中はそう言って道重を揶揄った。
「やだやだ忘れて! てかやめましょうよそんな名前」
「いや、これは決定や! 成績はドべやけど道重、おまえはなんか“持っとる”かもしれんな」
つんくは声をあげて笑った。
「では、作戦の始動は具体的にはいつに?」
新垣が神妙な面持で訊ねる。
つんくは彼女を向いて眉を落した。
「機体の最終メンテや他のクルーにも決定事項を通達せなならんからな。最速で十日はかかるやろ」
「そうですか……」
「新垣、きついこと言ったけどわいはお前のそういうところは頼りにしてる。高橋はパイロットとしての腕はピカイチやけど、ちょっと抜けてるとこあるからな。真面目なお前がしっかりサポートしてやってくれ」
「は、はい!」と応え、新垣はうっすらと頬赤らめた。 こうして五人の少女と五つのMSを希望に、モーニング艦は遂に出撃の時を迎えるのだった。
同時に『モーニング小隊』の結成でもある。
ただ、この先に待ち受ける苦難を彼女達はまだ知らない―― サンクス
ガンダム詳しいひとに聞きたいんだがIフィールドのIって私って意味で良いの? 前スレは全部読んだけど面白かったよ
今回も暇ができたら読んでみるね 出撃を控え、高橋は全天モニターのコックピット内で静かに目を開いた。
新型MS――ジェガンS型。通称スペリオルジェガンの乗り心地は上々だった。まるで最初から自分専用にあしらえられていたかのように馴染む。
『愛ちゃん、どうよ俺の整備は完璧だろう』
「うん、五郎さんのメンテはいつも最高だよ。無事を祈っててね」
『ああ、行ってこい』
高橋は通信を切り、操作レバーを握った。
「ジェガン・スペリオル――“ゴクウ”出ます!」
地上を走るモーニング艦のハッチから高橋の乗ったSジェガンが最初に飛び立った。
5機のなかなかでも最も出力、推力、重量のバランスがいい<ゴクウ>。額にV字の黄色いアンテナを備え、ボディは白を基調としている。
機体のコンセプトはいついかなる状況であっても必ず戦果をあげる圧倒的多様性だ。
ある意味ジェガンが持つ長所をこのうえなく踏襲しているといえる。
だからなのか見た目も5機のなかでは最もジェガンの名残が色濃く残っている。
『次はガキさんか。乗り心地はどうよ? いけそうか?』
「うん。大丈夫――いける」
新垣は全天モニターをぐるりと見てから操縦桿を強く握った。
外装を触っているわけでもないのに重厚さが伝わってくる。この子なら核ミサイルだって受け止められそうなだ――
「ジェガン・スペリオル“アーセナル“出撃する”」
新垣のSジェガンがハッチを降りる。脚のかわりに備えられたキャタピラが力強く回り、大地を進む。
5機の中でも最も重量があり装甲の厚い<アーセナル>。
頭部の右側面に外付けのアンテナを備え、黄緑を基調とした躯体のいたるところに追加装甲が施されている。
コンセプトは対象の防衛と継戦能力の充実。それを可能たらしめるのは背面の大型バックパック。中身はすべて弾薬であり、これらは躯体が備える実弾武器に自動で装填される――
新垣は愛機のスペックを頭のなかで復唱しながら思わず笑みを浮べた。こいつとなら負ける気がしない、と。 亀井は全天モニターのコックピットから正面に待機する道重の機体を見つめた。
次は自分の番だ。この日のために訓練を重ねてきた。失敗は出来ない。
『亀井ちゃん、聞こえてる? 問題ないか? 亀井ちゃん?』
「あ、はい鈴木さん、聞こえてます。すいません大丈夫です」
『OK。それじゃ気を付けて』
「はい。ジェガンスペリオル“ウル”行きます!」
亀井のSジェガンがハッチから地面へ飛び降りる。足部のスラスターが衝撃を緩和し姿勢を制御――完璧な着地をみせた。
5機のなかでも最も細身な<ウル>。
頭頂部分に後ろに伸びたアンテナを持ち、額の部分には丸みのあるバイザーを備える。
コンセプトは遠距離からの射撃性能の確保。
完全にスナイパーとして特化した機体である。
スナイプモードに切り替えることでバイザーが降り、サイコミュによってバイザー越しに補足した対象に自動で照準を定める。これにより高精度の射撃が可能だ。
亀井は機体を走らせながらフゥと深く息を吐いた。
思ったように動いてくれる 。素直な機体(こ)だ。もしも何かミスを犯すとすれば完全にパイロットの自分のせいだろう。自分なんかが……こんな重要な役割を――迷うな、任務に集中するんだ。 道重は全天モニターのコックピットからハッチを降りる亀井の機体を眺めていた。
無事着地したようだ……彼女のジェガンがどんどん遠ざかっていく。次は自分の番――
『さゆみちゃんいける?』
「うん。あ、ちょっとまって鈴木さん。これ設定弄りました?」
『いーや、君に言われた通りにしてから変えてないけど』
「えぇ……なんか違う。サイコミュがONになってるんですけど」
『んなばか。ちょっとまってよ下手に触らないで』
「あーでも大丈夫。行けますよ!」
『いやまずいって、ちょ――』
道重のSジェガンが前進し、そして、バリバリと稲妻を伴うドーム状の波動を放出した。
道重は「え……」と青い顔になった。
「あの、鈴木さん、大丈夫です? 鈴木さん? 五郎さん?」
メンテナンスルームからの応答がない。
「れいな、どうしよう間違えて“台詞”使っちゃった」
道重は斜め向かいで待機する田中へ通信を飛ばす。
『見とったからわかると。そんななら、もう辞めり』
「ええ、やだよせっかく選ばれたのに……てか、れいなはなんで通信が出来るの?」
『今くらいの出力のジャマーなら影響ないっちゃん。てか行くならはよ行きいよ』
「え、あ、うん。ごめんね――ジェガン・スペリオル・“ウサミミ”行っきまーす!」
ドッとハッチから道重のSジェガンがジャンプした。着地は見事に失敗だった。
5機のなかでも最も戦闘に適していない<ウサミミ>。
コンセプトとはサイコミュの応用と可能性。
強力なサイコジャマー発生装置を有し、通信傍受と妨害に特化した機体となっている。
このジャマーは脳波により調節され、増幅させることができる。
指向性を持たせて最大出力で放てばMSを完全にダウンさせることも可能だ。
まさに可能性の獣――カッコいい響き!
道重はそうルンルン気分で機体を走らせた。
そんな彼女を見送って、田中はドッ――と座席の背もたれに背をあずける。
ジャマーの効果で岡見達からの通信は入らない。この区画の電装は自分の機体を除いてほぼほぼ麻痺しているようだ。
まったく――
道重にはああ言ったが自分の機体もメーター周りなどに微妙な誤差がでている。
はずみで放っただけのあんなものが――? もしかしたら道重さゆみという人物は結構凄いのかもしれない――
『れいなちゃん、ごめん。復帰したよ。行ける?』
「ああ岡見さん。んーもうちょいまちい。こっちはまだ正常に戻っとらん」
『いやでも、急がなくていいの?』
「いいっちゃない。れいなの役割的に」
そうやって田中は全天モニターのコックピットのなかで大きく伸びをした。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています