■大河ドラマ■鎌倉殿の13人 第26回「悲しむ前に」■
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安達盛長(野添義弘)が涙に暮れる中、義時(小栗旬)は先を見据え、大江広元(栗原英雄)らと頼朝の嫡男・頼家(金子大地)を次の鎌倉殿とする新体制作りを始める。
しかし、比企能員(佐藤二朗)の力が増すことを嫌うりく(宮沢りえ)が、夫・北条時政(坂東彌十郎)をたきつけてこの流れに対抗。
鎌倉に不穏な空気が流れる中、狩りから戻った頼家は……
VIPQ2_EXTDAT: checked:default:1000:512:: EXT was configured 烏帽子は死ぬ間際でも外さないんだな
風呂でも外さなかったし
烏帽子を外すことは裸よりも恥ずかしいことだったらしい 頼朝の最後
建久9年(1198年)12月27日に落馬。
建久10年(1199年)1月11日に出家。
1月13日に死去 鎌倉殿の公務シーンをもうちょっと入れといてもよかったな
なんか頼朝様の恩は海より深く山より高いが効いてこない こうやってみてると鎌倉もいいとこなんだがとにかく狭い どうせどの局も選挙だから大河やればいいのにな
受信料取ってる手前無理か >>6
宮沢りえの兄貴が髷落とされたろ
とんでもない屈辱なのよ 来週ないの?
選挙の時は19:15~20:00で前倒しするものだと思ってた こんなに早く頼朝逝くとは
承久の乱がクライマックスなのかね >>96
そんなにって言っても7月まで生きたからな
頼朝の死後のゴタゴタを冬までに処理しないと これからが三谷が本当に書きたかった部分だからねえ
源平合戦とか鎌倉幕府成立は全部プロローグ 老眼で手にも震えがきとるお年寄りには難しいだろうな 中年のおっさんの俺でもあれ?この人どういう人だっけ?ってなってきてるから
お年寄りの脱落が予想される 最後に出てきた太郎って金剛?
途中から出てきた弟とかいまいちあの辺が顔で区別付かない 金剛から太郎頼時に名を改めるシーンって無かったよな
俺が覚えてないだけであったのかな >>88
この後死ぬ人たち
1200 梶原景時
1203 阿野全成
1203 比企能員
1203 若狭局
1203 一幡
1204 北条政範
1204 源頼家
1205 畠山重忠
1205 平賀朝雅
1213 和田義盛
1219 源実朝
1219 公暁 鎌倉殿の13人、わりと早々と10人になるんだな、景時以外は病死だが
wikiのまんま
北条氏
北条時政 保延4年(1138年) - 建保3年(1215年) 義時の父
北条義時 長寛元年(1163年) - 元仁元年(1224年) 時政の子
その他有力御家人
比企能員 ? - 建仁3年(1203年) 謀殺(比企能員の変)
和田義盛 久安3年(1147年) - 建暦3年(1213年) 討死(和田合戦)
梶原景時 保延6年(1140年)? - 正治2年(1200年)正治元年(1199年)失脚。討死(梶原景時の変)。
足立遠元 1130年代前半? - 承元元年(1207年)以降
三浦義澄 大治2年(1127年) - 正治2年(1200年) 病死
八田知家 康治元年(1142年)- 建保6年(1218年)
安達盛長 保延元年(1135年) - 正治2年(1200年)病死
京下り文官
大江広元 久安4年(1148年) - 嘉禄元年(1225年)中原親能の弟
中原親能 康治2年(1143年) - 承元2年(1209年) 大江広元の兄
二階堂行政 1130年代後半?- ? 頼朝生母の従弟
三善康信 保延6年(1140年) - 承久3年(1221年) 頼朝の乳母の甥 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています