3大邦楽の歴史を変えた曲「ひこうき雲」「氷の世界」
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あの素晴らしい愛をもう一度(1971)
60年代まではプロの作曲家が作っててアマチュアの音楽はバカにされてたけど
この曲からアマチュアの音楽もすごいの作れるんだぞ!っていうのをわからせることができたとか聞いたことがある 陽水はビートルズの焼き直しだから純粋に影響を与えた感じはしない エド山口に言わせるとブルー・シャトウらしい
日本人が洋楽に頼る必要が無くなったんだと ひこうき雲は違う
後世評価が高まったので当時はそれほどじゃない スレタイはニューミュージックって売り出し方が始まった頃か >>25
阿久悠がこの曲に驚いたみたいなエピソードはわりと有名 東京ブギウギとか当時では斬新だったのでは
あと井上陽水とビートルズは全く異なるわ
井上陽水は歌詞が単語としては意味が有っても音韻の関係で適当なのを使うから
それにデビューしたときの身なりはビートルズが英国のお坊ちゃんグループみたいなのに
井上陽水はヒッピーみたいな感じ
あと多分一番邦楽の歴史を変えたのは演歌の最初だろう
演歌って演説歌の意味で言論統制が厳しくなる時代に唯一許された歌というツールを使って社会批判をしていた最先端の音楽だった
世界的に見ればフォークソングの先駆けみたいなもん
それにこぶしを効かせたりテイストも本当に日本オリジナルで凄いミュージックなんだけどね また会う日までとかあの辺から流れ変わる気がするんだわ 夢の中へじゃない?
あのアレンジといいメロディーといい >>39
ざっくり言うなら、それまで反体制の象徴だった「長い髪」の意味を一変させたことに驚いた >>45
知ってるかもしれないがあの曲はズー・ニー・ヴーの曲を詞を変えてカバーしたやつね アイドルソングに関しては南沙織の17才で確定してる
あれが原点 氷の世界の狂気感も凄いけどね
初期の井上陽水は本当に尖っていた
テレビデビューしたときギター弾きながら首にワイヤーでハーモニカ固定してハーモニカ演奏もやって歌を歌ってインパクトを与えた
ギターの弾き語りでも凄いとされていた時代で
井上陽水の歌は抽象画の世界
ぼんやり景色を見せる事で聴き手にそれぞれの世界を感じさせる
それまでの曲が自分の訴えたい世界を客と共有するのが目的だったのが
其処が異なる
あと革命的立ったのはさだまさしの『精霊流し』
それまでギターとバイオリンは同じ弦楽器で相性が悪いとされて同じ局で使うのは無理とされてきたのを成功させた 変えた曲と流行った曲ってラグがあるから
知らねー曲ばっかになるから面白くないよ その曲以降ヒット曲の傾向がガラっと変わるくらいじゃないと
歴史を変えたとは言えない ひこうき雲なんて音楽的になんかドラスティックなものあるか?
氷の世界が入るなら
和田アキ子の古い日記も入りそうじゃね >>11
オレがパッと思いついたのはコレだった
当時エポックメイキングな作品だったと聞いたことがある 襟裳岬
フォーク歌手が演歌歌手に曲を提供するのは新しい体勢 ひこうき雲って50年前のアルバムなんだよな
今聴いても演奏がめちゃくちゃかっこよくてびびる
主に誰から影響受けてるんだろう?やっぱビートルズとか? 曲がどうこうもあるだろうけど一番大きいのは吉田拓郎の存在そのものなんだと思う アルバムで言ったらサディスティック・ミカ・バンドの黒船だな
日本のロックシーンはここから始まった 大昔ハロメンも歌ってCD化されてるトンネル天国も強烈な曲 ユーミンの海を見ていた午後とかマイナーだがすごいいい曲だわ 今はこの曲の意味は分からんと思うわ
いちご白書をもう一度
ばんばひろふみはアップフロント所属だけど
そもそもいちご白書ってのが映画で第二次世界大戦が終わって平和が戻ったと思ったらベトナム戦争やら朝鮮動乱(当時はこう呼んだ)が起きて米国で厭戦気分が盛り上がり
フォークソングはそう言う反戦歌として生まれた
その映画のいちご白書はコロンビア大学の学生闘争を舞台にした映画
そう言うのに感化されて日本でも学生運動が盛り上がり
でも就職が決まって社会に溶け込む為に運動から去るってのが歌詞の内容
それこそ時代を知っていちご白書の映画を観ないと本当の所は解らん
そしてフォークソングがどうして出来てどうして廃れていったのか
歌ってのは昔から人に自分の気持ちを伝える手段だった
音韻を踏んで意味を持たせる事で記憶に残るから
だからインパクトを残すには大きな時代の変化が伴う時も必要になる
そう言う熱量が今の時代には無いからなかなか方向性まで変える歌が出て来ない 井上陽水はやや過大評価感がある
ユーミンと並べるほどじゃない いまの邦楽を作ったのは筒美京平だよ他に誰がいるんだ >>93
まったく同感
井上陽水がこのスレで語られてること自体違和感しかない 日本にはメロディを楽しむ庶民文化がほとんどなくて明治以後の最初の流行歌とされるオッペケペー節はほとんどラップ
https://www.youtube.com/watch?v=8TuMWzJd6RM
江戸以前にも各地に労働歌はありそれらは○○節と呼ばれた
オッペケペーと同時期に流行ったダイナマイト節は演歌の原型になった
https://www.youtube.com/watch?v=e4JHFbHh4C0
明治後期から大正にかけてレコードは発売され歌におけるメロディを楽しむ文化が市民権を得るようになり現代型の演歌が出てきた
これは大正10年に発売されたヒット曲船頭小唄
https://www.youtube.com/watch?v=mG5CWfV4KBk >>100
まだこんな偽装された歴史を信じてるやつがいるのか
明治大正の演説の歌の演歌と
60年代から流行った演歌は一切繋がりはない
名前をもらっただけだ 録音機械も楽譜もない時代は歌い継がれたものだけが残る
流行がすべて 今夜はブキーバックだな最近YouTubeの広告ですげー流れてくる >>108
ネットでチョロっと調べて情強気取るより
筒美のバックグラウンドとなった音楽を掘っていくほうが楽しいぜ ここ20年余り振り返るとキリンジやカジヒデキやかせきさいだぁシンバルスとか渋谷系の流れがJ-POPをよりハイセンスでカジュアルな形に進化させると思っていたのに若い世代はフェイク歌唱とか髭ダンみたいな本格派を極める感じを好むようになった
ラップの影響まる受けとか夜遊びみたいにボカロを生身の人間が歌うタイプの曲やAdoなんかもこれでもか!って位のやり過ぎ感が好きになれない >>24
井上大輔作曲なんだよね
俺はboroに書いたネグレスコホテルが好き 初期ユーミンとか
曲はまんまプロコル・ハルムだしなあ >>113
同じようなことを思ってたわ
KPOPや渋谷系がもってる洗練感だけでは消化できない生暖かい感情を今の若い人も持ってるんだよ >>113
引き算ができないんだろ
異常な分量の歌詞とかもそうだし 男の子女の子
この曲からモータウン系ポップスがアイドルの主流となった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています