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ハンガリーの海軍少将、ミクローシュ・ホルティは、國を乗っ取ったボルシェヴィキと闘うため、國軍を組織した。ベーラ・クンの赤色テロルに対抗して、ホルティは、「白色テロル」をボルシェヴィキに仕掛けた。ルーマニア軍の支援を以って、ホルティは、1919年の8月1日にクンとボルシェヴィキを倒し、自身が指導する社会民主党の下に新政府を樹立した。クンは、ロシアに何とか逃げ帰った。「赤色テロル」は終わり、キリスト教徒が猶太ボルシェヴィキから支配を取り戻したが、この短期間の支配で猶太人は恐るべき被害をもたらした。

ミクローシュ・ホルティ提督が共産主義者からハンガリーを取り戻す

猶太人のハンガリーの人々に対する残忍さの反動で、激しい反猶太主義の波を起こし、猶太人が権力から脱落するとすぐにハンガリー全土で大規模な虐殺が続いた。猶太人はハンガリー人口の5%に過ぎなかったが、貿易・金融・専門職の半分を占めていた。彼らは、劇場や映画産業を完全に支配し、殆どの新聞を支配していた。1939年にハンガリー政府は、反猶太法を施行し、それによって猶太人の産業や工業に占める割合を12%、専門職は6%に抑えた。猶太人はまた、官公庁の所有を禁じられ、更にジャーナリズム・劇場・映画産業で指導的な役職に就くことを禁じられた。