観光客が来ないベニスなど死んだも同然だ

映画『ベニスに死す』

疫病が流行る水の都ベニスで猶も観光に頼らざるを得ない苦渋を支配人が吐露した台詞だ

祇園祭の最中17日に京都市を訪れた私だが既にコロナ蔓延が囁かれていた時季だった

私はと言えば夏バテが酷くコロナ以上に深刻な惨憺たる身体状況だったが御神輿行列を観る為に重い足を引き摺って四条大橋まで赴いた

当日は驚くほど涼しく空の色を忠実に反映した鴨川の碧く煌めく水面を眺めながら映画でも流れた耽美的なマーラー/アダージェットを聴いていた

映画の中のベニスと同じく疫病蔓延の恐怖の中それでも夥しい数の観光客を受け入れている京都市
不安と諦めと一縷の望み……………偶然とは想えないほど一致した状況だった

原作者トーマス・マンは作家サマセット・モームをモデルにアシェンバッハを描いたと言われるが映画ではグスタフ・マーラーになっているのは皆さん御存知の通りだ

両脚が崩おれそうな凄まじい過労感のなか辛うじて四条大橋の欄干に身を支え茫洋と川面を眺めている私と同じように今にも疫病に朽ち果てんとするアシェンバッハ教授がベニスの浜辺に腰かけ煌めく波間に佇むタッジオを見つめながらアダージェットが流れるなか最期の刻を迎える有名なエンディングシーンを熱演したダーク・ボガード

束の間……………私は映画の中に生きていた