>>42
> 秀吉は晩年を朝鮮出兵で台無しにした
 
それは些か偏った見方だな。
暴力の封鎖によって凍結してしまった列島内の暴力のエネルギーを何処かで費消することは、羽柴権力体にとって不可避の絶対要件だった。
その具現化の一つが「列島外への暴力の放出」。
勝とうが負けようがエネルギーを減衰させれば目的は達せられる。
即ち「惣無事」と朝鮮侵攻は表裏一体で不可分の政策、もっと云えば必然の事務処理だった。

台無しとか秀吉の耄碌とか、浅薄な評価で片付けるべき問題ではない。