戦国時代のクソチートキャラ挙げてけwww
>>15
北條氏康が戦国大名として最上級に属することは巷説通りで間違いない。
北條氏綱はその上を行く。
小田原北條家の権力システムは勿論、
関東戦国後期の政治構造や対立軸そのものが氏綱一代で樹立されたものと云って過言ではない。
しかもそれを無人の曠野でやったのではなくて強固な旧構造を破壊しつつやってのけた。
なんで大河で北条家やらないんですかね…
超戦国ライト層の支持がほぼ無いといっていい北条家本当不憫 >>17
『甲陽軍鑑』『信長公記』『太閤記』のような後世の大衆向け宣伝メディアを持たなかったのが最大の要因。
それに加えて、
例えば関東から上杉謙信を叩き出すについても素人受けするアクロバティックなことをしたわけでもなくて、
民政に注力して国力を上げる、
國衆を調略して支持基盤を固める、
等々どちらかと云えば地味ぃ~な努力の成果が事蹟の主体だから。
しかし今や「大河になったら負け」という情勢だ。
取り上げられないのは幸いと云うべきだろう。
>>9
いや島津は秀吉には手も出せなかったし織田家の家臣・堀久太郎には島津弱過ぎるとか馬鹿にされてるやろ >>22
織田信長やその権力体の実態は、学術水準では十分に解明されていない。
正当な評価はまだまだこれからだろう。
ゲーム脳の定義がわかってないアホ
他スレでもそれ言ってるが日本語が弱い外国人でしょ? 私も織田信長だと思う‼
あの当時に天下を目指した志は天才的‼ 結局大本命が勝ったんだからそらつまらんよw
ちなみに自分も織田信長派 >>35
秀吉と家康ってチートって言われたらそうでもなくね? >>38
羽柴は戦国大名とは異次元の統治原理を、徳川は羽柴権力体とは異次元の政治システムを夫々創出した。
別格と云うならこの二人は確かに別格だ。
>>39
すごいところはとことんすごいんだけど、
氏綱や信長みたいな無欠の万能では無い気がする。
秀吉は晩年酷いし、家康は完全イメージだけど信玄や全盛期秀吉のような時代の英雄に対して苦汁を舐めさせられてる印象 >>40
近代国家にまで繋がる「超越的な暴力による暴力の封鎖」を列島史上初めて全国規模で成し遂げた羽柴はやはり別格。
その羽柴権力体でさえ一定の属人性を免れ得なかったが、
徳川はそれを完全にシステムとして強固に構築してみせた。
日本人は却って意識が足りないのだが、十七世紀初頭という時代に於いて江戸幕府の統治システムは世界水準にあった。
結果から見ても三百年の平和を保ったわけで、徳川もまた別格だ。
ついでに云うと、武田は日本社会に何一つ影響も遺産も残さなかった。
此処に出すべき名前ではない。
>>41
いやそういうことが言いたいんじゃなくて、政治は確かにすごいけど、万能ではないしチートっていうほど完全無欠ではないよねって意味で…
秀吉は晩年を朝鮮出兵で台無しにしたし、
家康なんか今は能力が疑問視されてる武田にけちょんけちょんにやられた事があったわけですし… >>42
俗用語としての「チート」は「反則級に凄い」ということだろう。
凄いかどうかはあくまで結果からのみ測られる。
そして結果とは歴史にどれだけ大きな足跡を残したか、どれだけ有意義な仕事をしたかということだ。
関東開発は地味だけどチート中のチートだと思う
利根川曲げるんだぜ >>45
あれは確かに凄い。
反則級と云うよりも、反則。 >>42
> 秀吉は晩年を朝鮮出兵で台無しにした
それは些か偏った見方だな。
暴力の封鎖によって凍結してしまった列島内の暴力のエネルギーを何処かで費消することは、羽柴権力体にとって不可避の絶対要件だった。
その具現化の一つが「列島外への暴力の放出」。
勝とうが負けようがエネルギーを減衰させれば目的は達せられる。
即ち「惣無事」と朝鮮侵攻は表裏一体で不可分の政策、もっと云えば必然の事務処理だった。
台無しとか秀吉の耄碌とか、浅薄な評価で片付けるべき問題ではない。
朝鮮出兵で考えるなら失敗だろな
そもそも本来の目的は唐入りであって朝鮮だけをどうこうする目的なら容易に達成出来てたとも思う >>47
ストレス発散の為に秀吉が朝鮮出兵したという根拠は? >>49
根拠は、熱化学方程式。
これで解らなければ、
失礼ながら貴公は重度の文系脳か、
さもなくば軍記講談小説マンガの類による「英雄史観」の呪縛から免れられない哀れな人、
というだけのことになる。
つまりあなたの独自研究って訳ね…
了解
頭良さそうな風だったのにがっかりだ >>54
貴公が藤木久志氏や黒田基樹氏の論文を読んだことがないのは理解した。
>>57
そのままお返しする。
物事を構造的に考えられない浅薄な講談脳の持ち主とは議論にならない。 スレがこの調子では…、
戦国時代板だと云うのに;
1. 戦国なる時代の運動は何だったのか
2. それは何故発生して如何なる構造を有していたのか
という一番肝心の本質論に見識を持つ住人はどうやらいないようだな。
その本質論を判定要件としてこそ「チートキャラ」も明らかになろうものを。
若干ノリがあってないだけで言ってることそんな変でもないのになんでそんな叩くのか分からないな……
>>61
僕は君の見解に一定の正しさがあると思うし好きだよ
「なぜ戦国時代の後に平和な江戸時代が到来したのか」というスレを立てて君の好きそうなテーマで議論しているので、よければこちらに来てみて
kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1677225401/?v=pc 息子のせいで評価は低くなりがちだけど伊達輝宗もなかなかの性能。
最上、相馬、芦名といった一癖も二癖もある連中と同盟を結び
一時的とはいえ東北地方を纏めたのは彼以外いない そりゃ信長だろ
自ら陣頭に立って戦う姿は軍神と言って良い
細川忠興他、あのぐらいの武士に信者が多かったのも頷ける >>68
訊くが、
織田信長の権力体が日本社会の構造をどう変えたろうか?
歴史の趨勢にどんな影響を与えたろうか?
私見では、織田のインパクトは軍事・政治・経済等に於いては無視できるレベルのものに留まる。
但し工業技術や運輸施設については確かに大きな変革をもたらしたと考えている。
織田を「チート」と云うのならこの範疇の事蹟をこそ評価すべきであって、
戦場での無駄な蛮勇など何の価値も無い、それこそ上杉某と同様の虚しい泡沫に過ぎないのではなかろうか。
>>69
宗教勢力の武力が極端に低下した事により政治影響も急激に低下した
この点だけでも大きく社会構造買えたやろ >>70
特定宗教勢力が現実社会に大きな影響力を持ったのは箱根より西の僻地に限られる。
列島全土に普遍性を以て語り得る話ではない。
>>71
生憎だが池上某は侮蔑している。
俺が立脚するのは、宮本~網野~蔵持~齋藤・黒田・盛本の流れ。
自然環境条件と生活生産技術との相互フィードバックこそが歴史の本体であって、
みんな大好きな英雄豪傑の動向など無視し得るノイズ、精々がトッピング程度のものだと考える。
中世続いた土地と武士の繋がりを切り離した
その端緒は信長が本願寺退去後から始めた城の破却と検地だろう ついでだから書いてしまう。
連投御免。
戦国期の本当の「チートキャラ」は、
水車及び(屎尿を使う)堆肥の普及を担った在地の名も無き人々だ。
中世を通じて地味に緩慢に浸透したこの要素こそが近世以後の生産の増大と安定をもたらして、ひいては三百年の泰平の礎となった。
正に歴史を変え歴史を創った「チート」な英雄たちと云える。
>>73
> 中世続いた土地と武士の繋がりを切り離した
織田のその基本方針は、武田殲滅後の関東経営に於いて大きな変節を来したように思う。
未完に終わったから断言はしかねるが、
関東の軍政構造を保存したまま瀧川を「関東管領」として惣無事モドキを図ったのは室町秩序復旧にも似た反動的理念ではなかったか。
まあ宗教勢力の武力がどうのや武士と土地がどうのは無理筋あるよな 武士と土地の繋がりそのものも、そこまで強固じゃなかったような。
江戸時代初期は改易が相次ぎ浪人が大量したけど農村の監理が出来る所謂
文官は再就職が容易だったが、農村管理が出来ない武官は仕官が難しかったというし。 【野球選手、儲けすぎ】 玉遊びに何億円も払うなよ
://lavender.5ch.net/test/read.cgi/mlb/1574833209/l50
信長以前は複数の旗頭に成り得る勢力があったから国人たちは自分に都合の良いところにその都度従っていればよかった
信長がその室町幕府体制に結果的だけど妥協せず室町幕府に組した勢力を潰してしまったからこうなると大人しく従うしかないよね 「信」も「長」も普通に使われていたからまだまだ隠れ信長はいそう >>85
何故北条早雲は大河ドラマの主人公にならないのか?これ以上無い素材だと思うが? >>87
伊勢宗瑞 な。
大河なんて低俗なものの題材にされたら負け。
宗瑞も含めて北條五代はその災禍を奇跡的に免れてきた。
今後とも正統な学術研究のみの対象であり続けてもらいたい。
>>40
信長に無欠の万能感てあるかな?
少なくても本能寺で死んだのは大ポカだとおもう 伊勢氏綱だったもんな
北条なんてどっから出てきたんだ 何を取ってみても信長と秀吉は別格だわ
この二人は単に戦が強いとかそういう次元ではないもの
二人が揃っていた織田家はそりゃ強いに決まっている
他の家臣だって地方の覇者と互角かそれ以上に戦える人材がたくさんいたからな
信長時代の織田家そのものがチートだわ >>89
40年程前に古今東西の権力者の性格判断というか精神分析してる本があったんだが総じて強い権力握る程に人間は万能感が少なからず出てくると書いてあった
ある程度は訓練しとかないと精神ぶっ壊れるとか書いてあったの印象深い
ちなみにその頃は光秀ノイローゼ説も有名やったが世の中うるさくなってあんまり病気方面から偉人を語る事もなくなったよな 光秀って面倒くさそうな将軍義昭と信長の両方の部下として間に挟まれる位置なだけじゃなく
幕府奉公衆から見ても織田家中から見ても成り上がり者扱いされてて胃がいくつあっても足りない気する
元上司の細川なんかも最後体よく光秀見殺しにしてるのって与力扱いされて腹ん中ドス黒い感情持ってたろ >>93
金、権力、暴力は人を変えてしまうからな。
現代社会の一般人でも急に大金を得て生活が派手になるやつ。
社長に気に入られて出世したら横柄な態度にやるやつ。
いじられて空手や柔道を習い、その報復に暴力で立場を逆転させる小中学生。 >>93
信長も怪しかったし秀吉は完全にボケた
家康は偉いね 真田昌幸
第一次上田合戦(2000兵で8000兵の徳川軍を撃退)
第二次上田合戦(2000兵で38000兵の徳川軍を撃退) 天王寺口で毛利勝永と戦った大名
本多忠朝隊・・・忠朝討死、潰走
秋田実季隊・・・敗走
浅野長重隊・・・敗走
真田信吉隊・・・敗走
真田信政隊・・・敗走
小笠原秀政隊・・・秀政討死、嫡男忠脩討死、次男忠真重症、潰走
保科正光隊・・・正光負傷、敗走
榊原康勝隊・・・敗走
仙石忠政隊・・・敗走
諏訪忠恒隊・・・敗走
酒井家次隊・・・敗走
相馬利胤隊・・・敗走
松平忠良隊・・・敗走
一度の戦いで13の大名家を撃破し2人の大名を討取った
これほどの戦果を上げた武将は他にいないと思う
しかも味方が敗走し撤退戦の中でも何度も敵を押し戻し隊を保ったまま無事帰還するというチートぶり REVELATION
資金源/コング
フロント/天下り/右翼思想
フィクサー/集団ストーカー/ハッキング/盗聴/盗撮/家宅侵入
汚職/集団ストーカー/ハッキング/盗聴/盗撮/家宅侵入/揉み消し
揉み消し加担