パートの都合で通夜や葬儀の手配も一切しなかったそうです。
葬儀は義兄が喪主になってとりおこなわれました。しかし、義父にかかってた生命保険はしっかりゲットしたそうです。葬儀費用を負担したかどうかは知りません。

以下の話は旦那との結婚後だったので私も実際に目撃しました。
義兄嫁に子供が生まれたとき、トメにとっては初孫だったんですけど、出産直前までいたのにパートの都合でまたもや逃亡し出産の瞬間にいませんでした。
これで、義兄嫁にもきっちり敵認定されてました。
義兄嫁は3年後にもう一人出産しましたが、その時もガン無視されてました。

義父の両親、大ウトメはこの頃まで義父家→遺産ゲトでトメ家に同居してましたが、大ウトの財産を使って有料老人ホームへ追い出されました。
良いホームを探したり、そこへの引っ越しなどは義兄と旦那とでやってました。
トメはお箸一膳を引っ越し荷物に入れることなく、本当にまったく何にもしませんでした。そして引っ越しが終わって一言
「あの女(大トメのこと)が夫(義父のこと)をコロした。いなくなってせいせいした」

大トメは病弱で、義父は生前に頻繁に掛かりつけの病院へ送迎してました。そのことを言ったらしいです。自分は何もしなかった癖に。
もっとも、トメの免許は義父に取り上げられてたそうですけどね。
あんな自己中な人がまともな運転できるわけないです。脇道から大通りに入る際も一時停止したこともなく、最後によりにもよってベンツに突っ込んだらしいです。

その後、大ウトメが老齢のため相次いで亡くなりましたが、どちらの葬儀でもトメを見かけませんでした。

義兄が癌で亡くなった時もトメはいませんでした。
このときは還暦を過ぎてもうパートは定年退職してたはずなんですけどね。
義兄嫁は子供二人を残して夫(義兄)に先立たれ泣きわめいていましたし、旦那は発狂するほど激怒してました。義父のときのことがありますからね。
あとで旦那がトメを問い詰めたんですけど、なんか電車に乗ってグルグル回ってたとか分けのわからないことを言って全然理解できなかったです。