ビルボード萌えろ Ver.7-過去限定-
主に1980年代以前のビルボードについて熱く語ろうではないか >>324 83年の今頃かぁ 高校2年だったよ カルチャークラブの君は完璧さを聴いたときはショックだったな >>324 懐かしい・・・ fm−station とか思い出した・・・ エアチェックしてたよ・・・ >>327 FM雑誌も今は絶滅したしなあ。掲載されてたチャートが楽しみだったなあ。 FMfan→ビルボード 週刊FM→ラジオ&レコーズ FMステーション→キャッシュボックス アメリカ3大音楽業界紙も今はビルボードだけ。 レコパルもあったぞw カセットレーベル以外は糞だったけどな。 俺はFMfanを買うてたわ。 雑誌 「ミュージックライフ」・・・ビルボード&キャッシュボックス (途中からビルボードのみに) 雑誌 「音楽専科」・・・レコードワールド >>329 FMfan→ビルボード 週刊FM→ラジオ&レコーズ 途中までは FMfan→ビルボード&キャッシュボックス 週刊FM→レコードワールド→ラジオ&レコーズ だった >>329 ,>>330 ,>>331 ,>>332 皆懐かしい・・・ カセットレーベルとか凝って作ったり、雑誌から線引きに沿って丁寧にカットしたり・・・ 文字も擦って貼り付けるヤツで一文字ずつ丁寧に作ってたなぁ・・・ 今はDVD、CD−Rに手書きで殴り書きだけど・・・ 昔は情報少なかったからなあ。 FM雑誌やFM放送も貴重な情報源だった。 チャート絡みで覚えてるのは小林克也の「ザ・ワールド・ミュージック」 (キャッシュ・ボックス)と名前忘れた女優のアダルト・コンテンポラリー・チャート (ビルボード)の番組だな。 FM東京ではビルボードのトップ50を知らせる番組もやってた 従来の全米トップ40って何となく中途半端な数字の気がするが オレは、ラジオ関東のTOP40に毎年年間チャートの予想を送ってたので、FMfan一択だったな。 AT40は元がそういう番組だからな 毎週ネットで再放送聴いてる >>334 そのアダルトコンテンポラリーチャートの番組は 土曜23時から0時までFM東京で放送していた記憶があり、 0時からラジオ関東の全米Top40に移動していました。 他にチャートを紹介する番組は、日曜18時からNHKFMで 放送していて、よくエアチェックしていました。 声が被さることなくフルでかけてくれる貴重な番組だったな >>338 日曜18時からNHKFMで 石田豊アナの 「リクエストコーナー」 ですな 落ち着いて聴けるいい番組だった ビルボードって近いうちにYouTubeのアクセス数も ポイントに加えるらしいな >>342 すべては時代の流れだね アクセス数の工作がないことを祈りたい >>346 もうお亡くなりになっています。 石田さんってNHKの局アナだったんだね。 主に音楽番組担当だったので雑誌のDJ人気ランキングにも 入っていたとか。 >>316 韓国人歌手の再生回数って 全部韓国人が意図的に 回数を稼いでいるらしいね。やっぱり朝鮮人は人間の底が浅く はっきりいって馬鹿で間抜けな馬鹿チョンばかりだな。 朝鮮人は本当に哀れで間抜けで馬鹿でアホだ。 >>338 十朱幸代とか真野響子がやってたサントリーファンタジーポップスね。 トップ100には入ってるんだけど結局トップ40まで上がらないから 全米トップ40では聴けないボーカル系の小ヒットが沢山聴けて 貴重な存在だった。 もっともパーソナリティーの女優さんはこういう洋楽には 無知だったようだけどw 今年はキュー・サカモト「スキヤキ」の 全米1位獲得50周年 >>356 単なる日本の歌謡曲が、さまざまな運に恵まれての世界的ヒット ちょっと前にも由紀さおりが海外で話題になってたような・・・ スレチすまん。 いまNHKのFMで、亀渕昭信がビートルズ登場以前の全英チャートのヒット曲 をかける番組をやってるんだけど、さすがに知らないアーティストばかり。 まさに、単なる1国の国内ヒットチャートにすぎなかった時代だな。 >>360 今そういう時代に戻ってる気がする ローカル化 >>361 たしかにそうだよねぇ。 昔のように「全米で大ヒット!」 とかいわれても、いまの日本では 「だから何?」 という感じだし。 ガラパゴス化してるんだよな 洋楽聴かない若いの増えてるってレスあったけど、音楽そのもの聴かないのが増えてんぞコラ >>363 ずいぶん前から日本人にとって洋楽は魅力なくなってたね リアルタイムの音楽のほうね 日本で全米ヒットチャートに説得力があったのは せいぜい90年代くらいまでかな? 俺は80年代半ばでチェックするのを卒業したが 昔、エアチェックする時、DJのしゃべり入らないように細心の注意払うってこのスレでも話題なるけど、今思うともっとフルで録音しときゃ良かったな チャートはあまり関係無かったけどサウンドオブポップスとか軽音楽をあなたにとか http://www.youtube.com/watch?v=rBZBhX4zsys& ;sns=em >>366 米軍放送でやってた音楽番組は逆にDJのトークも入れた方が 本場で聴いてるような雰囲気があって萌えたけどね >>368 まあそれも良いけど、天野滋さんや山本小百合さんとかの声が懐かしくてさw 天野さん亡くなって久いね スレチすまん >>368 俺はFENで放送していた方の「アメリカン・トップ40」を録音してた DJケーシー旦那が(ドラムロールに乗せて)ズィスウイーク ナンバーワン! たまに代役でチャーリーバンダイクとか 更にオーストラリア訛りの人とかね。 >>370 ケーシーは今でもようつべで声が聴けるな これ最高やで! ttp://www.youtube.com/watch?v=rV7WF5VVwuo 1966年ビルボード年間チャートは、バリー・サドラー軍曹とやらの 「悲しき戦場」 が1位。 ベトナム帰りの、本物の軍人が歌って大ヒットさせた曲。 素人歌手の全米ヒット曲といえば 本物の尼さんが歌った「ドミニク」 >>376 バリー・サドラー - Wikipedia リー・エマソン・ベラミー 1978年12月1日午後11時ごろ、サドラーはカントリーソングライターのリー・エマソン・ベラミーを射殺した。 中略 サドラーが様子を見る為に外へ出ると、そこにベラミーがおり、突然攻撃的な態度で近寄ってきた。 サドラーによれば、このときベラミーの手に何か光るものがあったという。 これを銃だと思ったサドラーは、即座にベラミーを射殺した。 しかし、実際にベラミーが手にしていたのは車のキーであり、何ら凶器となりうるものは手にしていなかった。 この事件に関する法廷記録によれば、ベラミーを射殺した後にサドラーは銃をベラミーのバンに隠したという。 この拳銃は正当防衛を主張するサドラーの論拠であったが、有罪判決の後に覆された。 1979年6月1日、サドラーはリー・エマソン・ベラミー殺害の咎で第二級殺人の有罪判決を受け、懲役4〜5年を宣告された。 しかしこれと同時に事件内容を鑑みて、テネシー収容作業施設での軽作業21日に減刑された。 この後、サドラーはベラミーの遺族に訴えられ、10000ドルの賠償支払いを命じられた。 不可解な銃撃と死 1988年、彼は帰宅途中のタクシーの中で何者かから銃撃を受け、頭部を負傷し昏倒した。 軍事雑誌Soldier of Fortune誌を通じた友人たちによりテネシー州マーフリーズボロのアルヴィン・C・ヨーク医療センターへ運ばれ、 数ヶ月間昏睡状態が続いた。やがて彼は意識を取り戻したものの、 神経障害から全身が麻痺し寝たきりとなり、銃撃事件から1年ほど過ぎた1989年11月5日に心臓発作で死去した。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC 悲しき戦場がヒットしてから後はあまりいい人生ではなかったようだね。 >>377 ドミニクはベルギーの尼さんが歌ってNo.1ソングになったけど、その11年後にはオーストラリアの尼さんが歌った「Lord's Prayer」なるヒット曲があった。 もっともこちらは最高位4位止まりだったけど。 日本ではAKBなる素人集団の歌が大ヒットしてるわけで・・・ 昔からあるだろ、素人歌うシングル レオンとレロンのリー兄弟とか柳田とか 相撲の増位山は大ヒットしたな。 それはさておき。381の例えがマニアックすぎねぇか? >>381 元巨人・柳田のレコードはプロ歌手になってからじゃなかった? ・・・あ、そうしたら一応はAKBもプロってことになるなw 芸能人やスポーツ選手のような著名人と 単なる尼さんとじゃ素人の意味合いが違うがな 素人とプロの境目があいまいだな。 アイドルなんてみんな素人になっちゃうし。 堀越学園在学中のアイドル歌手は、プロ?素人? 77年ビルボードNo.1ヒットのデヴィッド・ソウルの「Don't Give Up On Us」は当時どんな立ち位置だったんだろう? 日本でもこの頃役者やスポーツ選手等によるスマッシュヒットは結構あったけど、オリコン1位になったのは中村雅俊くらいだったと思うし。 カントリー・フレイバー漂うサウンドに哀しげで美しいメロディ、そしてビックリするくらいソフトで甘いボーカル。 テレビ俳優が片手間に歌ったものとは思えないほど素晴らしい出来栄えだったが、 何を隠そうデヴィッドは当時既に10年のキャリアを持つプロの歌手だったのだ。 学生時代から音楽の道を志し、下積みを経て66年にレコード・デビューを果たしたデヴィッド。 それまでに3枚のシングルをリリースし、バーズやラムゼイ・ルイス・トリオといった大物バンドの前座も務めた彼だったが、 歌手としてはずっと鳴かず飛ばずだった。 http://angeleyes.dee.cc/david_soul/david_soul.html >>387 確かにDon't Give Up On UsはビルボードシングルチャートNo.1になったけども 歌手としての人気はイギリスの方がより人気があって 現在は国籍を移してしまってイギリス人になってしまっている。 >>389 米国ではテレビ俳優の地位は低いからな でも全く売れないカスよりはずっとマシ リック・スプリングフィールドは、 歌手デビュー→一発ヒット→ あとが続かず、シーンから消える→ テレビドラマで注目→ ビッグヒット数発→ 懐メロ歌手(ロッカー?)として今に至る >>391 5年ぐらい前に新譜がTOP30入りしてて、ビックリした リック・スプリングフィールドって売れ線狙いの安っぽい所もあるけど ギターも曲の作りもよく聴くと意外性や個性があって才能を感じさせる人だったと思うな 何かきっかけがあれば(いいメンバーやプロデューサーに出会うとか)化ける可能性があった ちょっともったいない人だと思う 84年の映画でやっちゃって、次のアルバムで道教だったから自爆だね。 最近のライブではTaoからは演っていないようだし。 大空の祈りとかいうリックスプリングフィールドの最初のヒット曲(日本だけ?) あれはなかなかいい曲だね >>393 結構うまいギタリストを入れてたんだよね ティム・ピアースとかパット・べネターの旦那の二ール・「スパイダー」・ジェラルドとか リック本人は「自分のギターが認めてもらえてない」と自伝で文句言ってたけどw ちなみにリックのプロデューサーのキース・フォーシーは ビリー・アイドルも育てた名プロデューサー リックの歌は、「ジェシーズ・ガール」や「ドント・トーク・トゥ・ストレンジャー」の頃が好きでよく聴いてたな。 リックは犬がジャケットの2枚はいいよね まだシンプルなアレンジのロックンロールで その後やたらアレンジが過剰になってつまらなくなった そう言えば、リックはレコード会社も犬のマークのRCAだった。 そのRCAも紆余曲折あって今はSony Musicなんだっけ。 2年ほど前に買った『The Essential RICK SPRINGFIELD』は SONY make.believe のロゴが入っている。 Hot 100 55th Anniversary: The All-Time Top 100 Songs (1 ) "The Twist" - Chubby Checker Hot 100 Peak: No. 1 for three weeks (1960, 1962) (2)"Smooth" - Santana feat. Rob Thomas Hot 100 Peak: No. 1 for 12 weeks (1999) (3)"Mack the Knife" - Bobby Darin Hot 100 Peak: No. 1 for nine weeks (1959) (4)"How Do I Live" - LeAnn Rimes Hot 100 Peak: No. 2 (1997) (5)"Party Rock Anthem" - LMFAO feat. Lauren Bennett & GoonRock Hot 100 Peak: No. 1 for six weeks (2011) (6)"I Gotta Feeling" - The Black Eyed Peas Hot 100 Peak: No. 1 for 14 weeks (2009) (7)"Macarena (Bayside Boys Mix)" - Los Del Rio Hot 100 Peak: No. 1 for 14 weeks (1996) (8)"Physical" - Olivia Newton-John Hot 100 Peak: No. 1 for 10 weeks (1981) (9)"You Light Up My Life" - Debby Boone Hot 100 Peak: No. 1 for 10 weeks (1977) (10)"Hey Jude" - The Beatles Hot 100 Peak: No. 1 for nine weeks (1968) http://www.billboard.com/articles/list/2155531/the-hot-100-all-time-top-songs?list_page=9 Hot100が1958年に正式に開始されて以来55周年を記念して集計された オールタイムHot100 プレスリー全盛期がソックリ集計から外れてしまっているのが 資料としては(´ε`;)ウーン…なのだが。 ページ下方の左< >右クリック10位単位で上位、下位に移動できる。 >>405 うーん、やはり1960,1962の二回もチャートエントリーされてて そのどちらでもNo.1を獲ってるってのが(1960⇒2w 1962⇒1w 計3w) 合計のロングヒットと相まってデカいのかな。 あと、それとビルボードのこういうビッグチャートの傾向として 昔よりNo.1週数へのポイントが低くなっててロングヒットのポイントが 高くなってる気がする。それを完璧に満たしてるスムースが一位で然るべきかな。 個人的には。 The Twistはなんと80年代後半にもリバイバルヒットでトップ40に入ってる (ただしその時はファット・ボーイズとのコラボ盤) >>406 確かにチャート的にはスムースだろけど、 オールドチャートファンが黙っていなさそう。 で、無難なツイストになったんだろう。 Ellie,my love 好きだけど、ビルボードではヒットしなかったでしょ。 >>409 そもそも当時海外ではシングルどころか、アルバムにすら入ってないんじゃなかったっけ >>411 当時毎週タワレコへ買いに行っててこれも持ってるわ、この号は2000〜2500円くらいだった記憶がある I don’t like Mondays 放送禁止で73位だと。 90年代以前10週以上No.1になった曲が1曲しかないとかいう時点で 昔のビルボードなんて適当だったんだろうなと思う なんで10週以上No.1が多いとどうしてまともなのか分からんけど。 >>414 そうかな、'70年代後半からビルボードやAT40に接してきたクチとしては '90年代以降のNo.1ヒットは薄味というかNo.1の価値自体がグッと下がってしまったような気がするね。 なんつーのかな、TBSでやってたThe Best 10になぞらえると昔のN0.1ヒットが9000点台で 平均3〜4週で交代を繰り返してたのに対し '90年代以降はずーっと6000〜5000点台の曲が10週以上獲ってるような感じ。 端的に言うとチャートなんてものは相対的なランク付けでその時代のレベルが下がってようが クソ曲ばかりでもそのレベルでNo.1継続できれば記録としては All Time Chartなんかでは昔のレベルの高い曲のポイントより上にランクされてしまうんだよね。 ま、ガセとかヨタ記事と思っていただいていいが一説によると、'60〜'70年代は世間の暗黙の了解で アメリカ音楽業界は違法薬物トリップが認められていたので名曲が量産し、 '90年代以降はその辺の規制が厳しくなったから名曲が生まれにくくなったなんて話もあるね。 >>412 日本発売から少し経って、レイのオリジナル・アルバムに入ったはず >エリー・マイ・ラブ >>418 補足 俺は当時、タワーに入ったそのアルバムの輸入盤CDのトラックリストで確認した アレンジもお金かかってる感じで、いいんだよね。 特にバックの女性コーラス。 ほらな、CDが音楽販売の主体じゃなくなってファイルダウンロードメインになってきたら ポップミュージック自体が貧相になってきただろ。 どんな分野の産業だって購買層や消費者が安値ばかりを求めて投資しないと、 進歩や改革がなくなって停滞して痩せ細ってしまう。 ファイアウォール といえば、 You’re the woman ですよね? read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる