由利公正はなぜ外国貿易を一元的に管理する通商司のような機関を設けなかったんだろうか?生糸に限ってはそのような機関があった。だが外国貿易全体を管理する機関はなかった。由利財政の目的は国が物産管理して外国に売り捌き正貨を蓄積することが目的だった、福井藩時代外国貿易もしっかりしていたし外国貿易を軽視していたとは思えない。もしかして由利は国内で交易して、消費者からの支払いは正貨でうけとり、生産者への支払いは太政官札で行うことで国内だけで正貨蓄積しようとしていた?