https://shogipenclublog.com/blog/2014/11/02/kuse/

 一分将棋になってからも加藤先生は「残り何分」と訊く。これは、膨大な変化を読む為の調子を取っているのだろう。私が記録係の時も「30秒残り一分です」と読み上げるが、途中で「残り何分」と訊かれた。その都度「残り一分です」に「はい」と答え、終盤の緊張感に加えて益々ヒートアップする。私は結構このスリルが好きだった。壮絶な勝負をする空間ここにありで、むしろ、あこがれでもあった。

 ある時は、取った駒を手に持って加藤先生が着手すると、その指が完全に離れる前に大山先生が右手で奪って指していた。もう駒台もいらない世界だった。闘志と闘志、正しく男の戦場だが、感想戦になれば「どこがいけなかったですか」に「私が悪かったよね」と急に平和が訪れるのが世の戦場とは違う所かもしれない。

 ただ、こうした”熱さ”も今は受け入れられないのかもしれない。何年か前、加藤先生の「残り何分」に「一分だよ」と答えた奨励会員がいた。何度も答えるうちにイヤになったのだろう。その数カ月後にこの少年は退会したと聞いた。この選択は良かったと思う。プロの世界で一番大切なのは辛抱することである。この程度のことに辛抱出来なくては、とても四段にはなれないだろう。しかし、この勇気が役立つ世界はきっとあるに違いない。