手塚治虫、赤塚不二夫、藤子不二雄A、藤子F不二雄、石ノ森章太郎が一緒に住んでたトキワ荘って凄くね?
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テレビ探偵団でメルモちゃんが手塚作品人気一位になって本人がエーッ愕然としてたけど
あれメルモが一位になっちゃったのわかるわ
アニメになってて女の子のキャラでお色気があって可愛い、
今でも美少女キャラは強い
お前のせいで手塚先生がショックうけちゃったじゃないか ブラックジャックなんて医者のキャラクターといえば?という質問があったら
今でも一番名前が上がると思う プライムローズってアマプラで初めて見たけど
吾妻ひでおをライバルだっていうて女の子のかわいさを一生懸命描いてる作品って批判話だったけど
見たら復讐劇で女の子のかわいさを前面に出してるような話じゃなかったな 三つ目は悪魔島のプリンス版のがいいな和登さんがあっちのがいいからな ギャグやコメディじゃないストーリー漫画で
1話完結の読切形式の漫画自体そんなにないよね?
チャンピオンは70年代大躍進する時に読切形式を増やしたのはブラックジャックあたりから? ガキデカやドラえもんみたいな
春はお花見行ったり正月はお年玉もらったりとかの日常コメディならあるけどな >>531
大躍進ていうけどチャンピオンが売れてたのはあの数年間だけだろ
BJ、ドカベン、がきデカ、マカロニ、ゆうひが丘、エコエコが79〜81年の3年間の間にバタバタと終了して
チャンピオンがトップの時代は終わった 終わった人扱いだった手塚がチャンピオン編集部と組んで出した最後っ屁がブラックジャックでこれが大ヒットして復活した >>533
気になってたから言わせてもらうけどあんたがこのスレで複数の人間から嫌われてるのは事実だよ
あんたは相手が一人だと思い込んでるみたいだけどそうじゃないからスレをよーく読んでみな
あとこのレスもそうだけど書いてるの全部あんた自身の事に見えるよw >>534
自分はちょっとした縁でその頃のチャンピオンを何冊か持ってるけどそれを見た10代がドカベンとBJが同時に連載されてたことに感動してたわw
短い間の輝きだったみたいだけど凄い連載陣だな
それとあすなひろしの読み切りがなんか切なくて良い >>538
こんな所で人に嫌われたからって何かデメリットとかあんの?w >>537
ブラックジャックが始まったとき連載5本抱えてたから終わった人というほどでもない
https://i.imgur.com/DCMud1C.jpg 低迷してたチャンピオンの編集長に就任した壁村耐三がバビル二世以外の連載を全部切った
そしてドカベンを例外にして新連載は全部読み切り形式を要求した 当時はまだやっと青年誌はビッグコミックが創刊されたくらいでヤンマガやヤンジャンも無い時代
漫画の主戦場は週刊少年誌でそこでヒット出せなくなった手塚は終わった人扱い
どろろもリアルタイムでは人気低迷してたみたいだし厳しいね 劇画全盛期で石森は仮面ライダーで赤塚は滅茶苦茶な実験でAはブラックユーモア系で凌いだ時代
Fはドラえもん連載始めてたけどイマイチ人気が出なくてトキワ荘グループにとっても転機の時代だった 近年壁村氏があちこちで伝説の編集長みたいな感じでスポットが当たることがあるが
吾妻ひでおなんかもう余命ないこと悟った時点で初めて他者を批判する調子の暴露話し描いてたり
功績はあったんだろうが
あんまり褒めらた人ではなかった
手塚先生を殴ったそんな暴力を伝説エピソードにするのもなぁ… 逆にあれ読んだときに吾妻先生癌だったしもう長くないってわかっちゃった 神様の仕事を記録したNHKスペシャルに携わった関係者は感謝しかないな
あれ驚異の映像でしょ
大金星だ 一方で劇画ブームの最中にあって人気が落ちていた手塚にオファーを出し、『ブラック・ジャック』の連載をとりつけたことでも知られている。当時の漫画界で手塚は既に過去の人とみなされており、『ブラック・ジャック』は実質的に手塚最後の作品として当初5回の連載を予定して企画されたものだった。社内でも反対の声は大きかったが、壁村は「先生の最後を看取ってやらないか」という台詞でまわりを説得したという。
自分が編集者を辞めるときは、「手塚オソ虫の腕を折る」と語っていたが[30]、実際は手塚のことが大好きで作品にも人柄にも惚れ込んでいたという。壁村の自宅に飾られていた唯一の色紙は手塚の「ブラック・ジャック」だった。手塚の側でも壁村をモデルにしたヤクザのキャラクターを「ブラック・ジャック」に登場させていた。 吾妻は壁村から「うちには山上さんと鴨川くんがいるから君はもういらない」と言われて切られて
殺意を覚えたそうだw
当時の編集者はジャンプの長野、中野、西村ととんでもない人が多い 百鬼丸は48の魔物を倒して欠損した身体の一部を取り返してくとかよくこんな凄い設定思いついたなあ
天才としかw >>542
危険だなあ
読切では「来週はどうなる?」という興味で読者を引っ張れないし作者にも負担がかかる チャンピオン全盛期
ドカベン 水島新司
ブラック・ジャック 手塚治虫
魔太郎がくる!! 藤子不二雄
恐怖新聞 つのだじろう
キューティーハニー 永井豪
ふたりと5人 吾妻ひでお
がきデカ 山上たつひこ
月とスッポン 柳沢きみお
750ライダー 石井いさみ
エコエコアザラク 古賀新一
青い空を、白い雲がかけてった あすなひろし
ゆうひが丘の総理大臣 望月あきら
マカロニほうれん荘 鴨川つばめ
らんぽう 内崎まさとし 少年キングはチャンピオンをマネして連載を一気に切り替えたら
ますます低迷した 70年代ジャンプ
男一匹ガキ大将 本宮ひろ志
ハレンチ学園 永井豪
ど根性ガエル 吉沢やすみ
トイレット博士 とりいかずよし
侍ジャイアンツ 梶原一騎・井上コオ
アストロ球団 中島徳博
はだしのゲン 中沢啓治
プレイボール ちばあきお
包丁人味平 牛次郎・ビッグ錠
女だらけ 柳沢きみお
サーキットの狼 池沢さとし
ドーベルマン刑事 武論尊・平松伸二
1・2のアッホ コンタロウ
悪たれ巨人 高橋よしひろ
東大一直線 小林よしのり
こちら葛飾区亀有公園前派出所 山止たつひこ
リングにかけろ 車田正美
すすめ!!パイレーツ 江口寿史
コブラ 寺沢武一
キン肉マン ゆでたまご 吾妻先生は自虐ネ仲良しの知り合いをネタキャラのモデルにはしたけど
他の人をああいうのは本来描かなかったからよっぽどだよね、 バビル2世とドカベンは人気あったから残したのはわかってるな チャンピオンに切られた後
吾妻先生はむしろ大ブレイクとは言わないけども好きに描いて美少女ロリコン界である種カリスマになっていったから逆に良かった ドカベンはチャンピオンに野球漫画が欲しくて壁村が水島に連載依頼したが男どアホー甲子園やってるからとしばらく柔道漫画に
よく許したなw 柳沢きみおもたぶん吾妻と同じ境遇
チャンピオンでエロコメを描いてたのがマガジンで翔んだカップルを描いてブレイク
その次の朱に赤で泥沼人生を描いてその道の大家になっていった >>550
漫画雑誌の編集長なんて非情さもなきゃやってけんだろうがこんな言われかたしたらそりゃむかつくだろうなw >>558
不条理日記に代表されるSFのパロディでもね
つげ義春なんかもパロディにしているし 1960年代終盤の劇画ブームや『週刊少年ジャンプ』の新人発掘路線の影響をまともにうけた手塚治虫は、ヒューマニズムを描く古い漫画家というレッテルが貼られ、得意にしていた少年漫画の分野でヒット作品を出せなくなっていた。
手塚本人が言う「冬の時代」(1968年-1973年)であり、少年誌での連載が激減し、読み切りが増加。少年誌において実験作を執筆したり、青年誌に進出するなどして方向性を模索するが、1970年には青少年向けの性教育を意図して執筆した『やけっぱちのマリア』が糾弾を受け、1973年には虫プロ商事と虫プロダクションが倒産し、まさにどん底にいた。 ああいうだとラブコメはよくわからなかったのかも知れないな
月とスッポンなんてラブコメの先駆的作品の一つなんだけどな
チャンピオンはラブコメブーム美少女ブーム下でも極道みたいなムードだったような このスレで何度もタイトルが挙がってるアドルフや陽だまりの樹はAKIRAと同じ時期に描かれてる 海外で人気になる前から
あの人のうまさは世界で通用するとか
虫メガネでモブ見てもデッサンが崩れてないんですよ!とか考えようによっては先んじて絶賛してたのも手塚 AKIRA完結のあとがきで大友が
「この作品を誰々と誰々、そして手塚治虫先生に・・・」
と書いたのには驚いた
そんなに意識してたのかよって 大友が日本の漫画をガラッと変えちゃったくらいの衝撃だったからねえ 海外のクリエイター連中からはまるで相手にされてないのが手塚 >>509
ブッダが退屈かもしれないと書いちゃったのは悟り体験にもっと画期的なものを期待しちゃってたかもしれない
まかりまちがえばオウムにいっちゃうようなそんな志向があったのであまりに人間的すぎるブッダに物足りなさを感じてしまったのかも
ガキの頃から物語に登場しているタッタが最後は勇敢な戦士として相手国側になった王子の乗る象に踏みつけられ最期を遂げる
スペクタルシーンも見開きを使ったりが記憶に残っている
アングリマーラの最期とか、その他いくつも印象に残っているシーンがある 少年チャンピオンコミックス版『ふたりと5人』第1巻(1974年5月刊)は、吾妻ひでお最初の単行本である。
同誌掲載の『きまぐれ悟空』連載終了後、『オーマイパック』(全3話)が掲載された翌週から『ふたりと5人』は始まっている。ここではハレンチコメディ路線で売ろうとした担当編集者の阿久津邦彦の熱心な介入のもとで嫌々ながらも連載し、中ヒットする。しかしこれは吾妻にとって不本意な作品であったという。
吾妻によれば、キャラクターや設定、タイトルなどはすべて編集者主導で決められたもので、ハードな週刊連載と秋田書店の無茶な編集の注文などで、当時「出力20%くらい」しかやる気を出していなかったという。もちろん絵、共に内容は荒れ、忘年会で編集者が作品の質の低下に酔った勢いで暴言を吐くこともあったという。
吾妻曰く「あーホント、描きなおしたいね、今からでも(笑)」。編集者は「ハダカ」(エロ)ばかり要求し、ギャグとSFには無関心だった。吾妻は自分本来の資質とのギャップに悩む。吾妻は連載終了を編集部に再三申し入れたが、人気がなくなるまで受け入れられなかった。
この作品の影響で、漫画の仕事は“エッチもの”ばかりで、読者からはエログロの烙印を押され、毎日のように罵詈雑言が書かれた抗議の手紙が届き、辛かったことを吾妻は後に回顧している。この頃、吾妻は漫画に対する情熱を失い、仕事のためだけに漫画を描いていたという。
後に宙出版から復刻された単行本(全6巻)のカバーには「『ふたりと5人』の頃は、月産130ページくらい描いてた(描かされてた)。当然、頭ボロボロ、絵はとてもマニアック。毎日デンジャラスなファンレターが届く。そいでも、人気なくなればあっさりさよならだ。怖い世界だっせ、お客さん。」と自虐したコメントを寄せている。 ブラックジャックで少年誌での人気が復活したと言われるけど、人気のトップはがきデカにマカロニにドカベン
人気作品ではあるが、数ある連載の中の中堅どころで、ワンオブゼムに過ぎなかった
でm、今でも読み継がれているのは、古くなるギャグのがきデカやマカロニでもなく、巻数が多くてとっつきにくいドカベンでもなく、
どの巻から手を出しても良くて1話完結の読み切りで気軽に読める上に普遍的な人間ドラマのブラックジャック
デビルマンも5巻でとっつきやすい。最近の何十巻もある大長編は手を出すのに気合いがいるわ 最近、ある少年誌に、「バンパイヤ」というマンガをはじめた。これに、物凄く非難が集中した。
「まれにみる駄作! やめちまえ。手塚はもう終わりだ」
「バカヤロー手塚、絵は荒涼、ストーリーは陳腐。独創のカケラもない。そんなに金が儲けたいか」
ボクはとび上がり、ノド仏をかきむしり、鼻毛を五本ずつひっこ抜き、ウオノメをナイフでけずりとって激怒する。
そんな読者は、たいがい高校以上のオールド・ファンに多い。
くやしい、有り難い、悲しい、情けない、にくたらしい、嬉しい、やるせない。
その人達は手塚節を求めてくれているのだろうな。ヒロイズム、ペシミズム、ニヒリズム、ヒューマニズム、リリシズム、正義、平和、勧善懲悪、大河ドラマ、それらの泣かせ場。
話はそれるが、谷内六郎氏は延々と、相も変わらぬ絵で『週刊新潮』を飾っている。彼の固定ファンが、あれ以上の冒険を望まないそうなのだ。
そしてボクの読者も、ボクの作品の印象をそっと心の中にしまいこんで、それ以外のものを受けつけず満足してくれているのだと思う。
その人達を裏切りたくない、と考える。しかし、そうすることによって、ボクは完全に、手塚節のマンネリ化に終わってしまうことがこわくてしようがない。
ボクは子供マンガ家だから、はっきりいって、子どもマンガを買わない層が支持してくれたって、肝心の子どもがソッポを向けば悲しい。そして、子どもってのは、時代と共にビシビシ変化する。中学生ですら、同じガキのくせに、小学生のことを、あいつらの考えてるこた、わかンねえや、といっている。
従って、ボクの作品も、彼等に共鳴され支持されるには、年々刻々、変身していく必要があるのだ。そのためには一握りのオールド・ファンには、申し訳ないが、裏切ることになる。「尼寺へお行き!」とオフェリアをつきとばす、あの心境。
こんな悩みを、ボクは過去二十年の間に、何回もくり返しているんだ。その都度、クソミソな非難を受けた。 三大ギャグ漫画廃人
赤塚不二夫
吾妻ひでお
鴨川つばめ 晩年のあじまは失踪日記、アル中病棟、地を這う魚と傑作を3本発表したわ >579
確か漫画家やめて作家になる宣言したけどその後どうなったっけ ――最後に漫画家としての今後のビジョンについて聞かせてください。以前のインタビューで、「ギャグ漫画でしのぎを削っていた時代のことを漫画にしたい」と仰っていましたが、その気持ちは今もありますか?
江口:もちろん。とにかく漫画から逃げてる感じが常にあるので、描かないといけないなと。特に自伝みたいなものは、必ず描きたいです。それは自分のことというより、70年代後半のギャグ漫画の凄さを残したいんですよね。
今はお笑いのジャンルがいっぱいあるけど、当時は漫画がお笑いの最先端で。赤塚不二夫先生、山上たつひこ先生が一時代を築いて、その後、僕らの世代がしのぎを削って。特に鴨川つばめですね。当時のあの人のカッコ良さは描いておかないといけない。僕しか描けないので。
――当時、僕は小学生でしたが、『週刊少年チャンピオン』の『マカロニほうれん荘』と『週刊少年ジャンプ』の『すすめ!!パイレーツ!』のおもしろさはホントに強烈でしたからね。
江口:僕がいちばん憎んでましたから、鴨川つばめを。あまりにもすごすぎて。でも、鴨川さんの連載が終わったときに一番悲しんだのは、間違いなく僕ですよ。打倒・鴨川つばめでデビューからやってきたし、心にぽっかりと穴が開いてしまって……。当時、僕も鴨川さんも20才とか21才ですから。セックス・ピストルズみたいじゃないですか(笑)。
――まさに。江口さんや鴨川さんの漫画は、パンクロックを聴いてるときと同じような気分で読んでました。
江口:パンクですよね、ホントに。『週刊少年サンデー』の『できんボーイ』(田村信)もそう。80年に入る頃『マカロニほうれん荘』も『できんボーイ』も『がきデカ』も終わって、僕の敵が誰もいなくなってしまって。そこでギャグ漫画全盛の時代は終わったというか……。僕が絵の方に行ったのは、それが大きいですよ。
そのあとは大友克洋さんですね。大友さんの作品を見て、「自分の絵はしょぼいな」と思って、絵の精度を高めるようになったので。とにかく当時のギャグ漫画のことは描きたいです。77年から79年までの短い時期のことなんだけど、たぶん、みんな忘れちゃうでしょ。若い子はもちろん知らないだろうし。
――いつの日か、その漫画を読めることを楽しみにしてます。
江口:いつの日か(笑)。僕もいい歳だし、そんなに時間はないですからね。急ぎます。 山上は大人向け一般週刊誌に連載してた温泉を舞台にした漫画がいい塩梅で力が抜けてて良かったな
小説は古本屋で見つけて読んだけどうーんって感じだった >>584
自分も小説1作読んでみたけど確かにね
漫画は「がきデカ」は一世を風靡したけど、それ以前の「新喜劇思想体系」も凄かったから
ギャグだけでなく青春だなって感じがよかった 「鬱勃たるパトス」ってやつだろうか 良くも悪くもビジネスと割り切って分業する人の方が長持ちする
さいとう・たかを、つのだじろう、永井豪、本宮ひろ志
つのだなんて背景と主役以外のキャラをアシに丸投げして描かせているのが丸わかり >>582
長い準備期間だな〜2050年くらいに始まるの?
江口が準備しているという新連載は、週刊ヤングジャンプ(集英社)にて
2010年春頃から開始予定で、江口版「まんが道」のような内容になるという。
https://natalie.mu/comic/news/24833 手塚治虫はギャグではないけどビジネスに徹してるわけでもなくよく長期間量産出来たなあ
どっかいい加減な部分が良かったんだろうなあ
劇画ブーム以降絵柄をどうするかずっと最後まで悩んでたみたいだけどまあとりあえず現時点ではこれでいいやと流せたのが大きい 江口は週刊連載なんてもう出来ないだろー
漫画家って小説家みたいに書き下ろしって辛いのかねえ? ブラックジャックに関してはたまたま初めて読んだエピソードも強烈に覚えてる小学1年か2年のとき
キリコが出てくる「弁があった」っていうの ブラック・ジャックがなければスーパードクターKもなかった スーパードクターKには古和医院をパクった話がある
よくクレームが来なかったもんだ >>589
手塚はのっぺらぼうの棒人間のネームからいきなりペン入れしてたから量産できた
原稿1枚を30分〜1時間で上げてたらしい スーパードクターKなんて大した漫画じゃないからなあ 現行のサブカルチャーに大して大きな影響を与えたのは手塚ではなく横山であることは火を見るよりも明らか >>596
海外旅行先から電話でアシスタントにどこそこのページのどの部分をはめ込んでとか指示してたってなんかの番組でやってたな
頭の中にコマ割りどころか過去の作画まで入っていたらしい ブラックジャックとプロゴルファー猿とナニワ金融道は職業漫画のコロンブスの卵 ブラックジャック創作秘話はなんかナニワ金融道みたいな絵で良かったw そういえばチャンピオンって一時内山亜紀載せてたの忘れてたよ >>601
お前が書き込んでるここもサブカルチャーの1つだろw 仕事乞食であれもこれも手を出して
結局どれも中途半端だったことが
今の手塚を取り巻く惨状を招いてる >>604
私も貴方も死滅した場所にいる
夕張とか歌志内みたいに >>605
中途半端だったから他の漫画家たちへ伸びしろを与えた >>603
中島史雄同様完全にエロロリ漫画家だよね >>606
ハイカルチャーがサブカルチャーに侵食されてるのが今の日本の文化状況じゃん >>609
東京オリンピックはサブカルの死滅をハッキリさせた 永井豪はマンガ夜話でいしかわじゅんにアシスタントが描いてるとか言われてマジギレした >>610
してねーよ
ネット世界の地べた這いずり回ってるいじめられっ子上がりの陰キャが騒いでただけ >>611
80年代なんてまだまだハイカルチャーが強かった
大学の教員が学問語ってスターになれた時代 サブカル爺どもは成熟した教養のバックボーンもない
軽薄逆張り野郎どもでしかないのが露呈したからな マンガ夜話で永島慎二の特集をした時もいいかげんな情報満載だなと思ったよ そもそも日本のサブカル文化は陰キャいじめられっ子のものだったはずなのに >>617
昔から金持ちや不良の強者がサブカルチャーを作ってきた 70年代ってどうしてもああもヤクザ映画だらけなんだろうな 音楽は80年代には完全にサブカルチャーの時代だった サブカルチャーを牽引した金持ちや不良って例えば何のジャンルの誰だ? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています