南満州鉄道とユーラシア大陸横断鉄道とハリマン事件
http://www.yorozubp.com/0410/041021.htm

 太平洋戦争の最も近い原因は、満鉄線での張作霖爆殺(1928年6月)と満鉄線を爆破した柳条湖事件
(1931年9月)に発する満州事変である。満州事変前の旧満州では、日本、ロシア、米国、中国を中心と
する4カ国が、鉄道権益をめぐって覇権争いを展開していた。太平洋戦争勃発の原因を探っていくと、
この南満州鉄道(満鉄)に行き当たると指摘する声がある。

 ロシアはハルビンから旅順へ南下する支線も敷設したが、日露戦争の結果、
この支線の長春以南を日本が獲得、そして南満州鉄道が生まれた。
セオドア・ルーズベルト大統領が日露講和の調停を果たしたのも、
J・P・モルガン・グループとクーン・ローブ・グループへの配慮から旧満州の鉄道権益に割り込もうと
する狙いがあったからだ。

 そして、1905年9月、鉄道王として知られたユニオン・パシフィック鉄道のエドワード・H・ハリマン
(W・アヴレル・ハリマンの父)がクーン・ローブ・グループの代表として日本を訪れる。
目的は日本政府との間に南満州鉄道の共同経営に関する合意によって、ユーラシア大陸横断鉄道を
実現させるためである。しかし、10月13日の離日の際にハリマンが手にしていたのは正式調印ではなく
覚書だけである。そして、その覚書も10月27日には日本側からの電報一通で破棄される。 

 ハリマン率いる米国との共同経営賛成派には元老の井上馨、国際派財界人の渋沢栄一らがいたが、
「血を流して手に入れた満州の権益を米国に売り渡すことはできない」という外相小村寿太郎らの反対で実現に至らなかった。

 日露戦争を勝利に導いた恩人であるクーン・ローブ・グループに対する理不尽な事件として、日本では感情論的に解釈されてきた。
そして、一部の狂信的な識者達によって、この事件こそが太平洋戦争勃発の原因であると語り継がれてきた。