ATARI vs AMIGA
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結構対立している。 海外での話しだけど 俺的にはどっちらも捨てたがいと思うのだが 平沢進以外のむーぢしゃんでamiga使ってるやつっているのか? >>126 聞いたコト無いですね(笑)。 AMIGAって圧倒的にグラフィック関係でしたし・・・・・・。 ソフトもMUSIC-Xとかマイナーなソフトしかありませんでしたよね。 MacのPerformer,Studio VisionやATARIのSteinbergと同じくらいのネームヴァリューってのは存在してなかった、 と記憶しております。E-muの音源ボードがあったのは記憶しておりますが・・・。 立花ハジメさんはどうだったのかな? ビデオとかでC-64使用してたのは記憶してますが、どっちがと言うと映像寄りのお方ですし、 そのままAMIGAに移行した可能性は無きにしもあらず、とは思います。 ただ、日本のミュージシャンだと、PC-88のC'monからそのままMacに移行した方が多いんでは 無いでしょうか? アトはアメリカのテクノバンド、DEVOがAmiga使用してた、って未確認情報もありますが、実際は コレも映像寄りのバンドなんで、シーケンサーと言うよりは映像処理に使ってたんでは無いか、と 予測しております。 >>126 DHRのパトリックなんとかいう人…バンド名忘れた プロディジーの前座やったときもA500使ってたような… >>128 EC8OR(イーケイターで読みはあってる?)だね。 憧れてA1200&DSS8+買ったけど今は押し入れの中…。 ヨーロッパのテクノ系はAMIGAのMOD上がりが結構多い。 なるほどほど ウォーホルもamiga1000ユーザだったが何に使っていたかは不明 AMIGA FORMATなんか読むと 『ウォーホール』は必ず書いてましたよね。 アトは・・・アーサーCクラーク(笑)? 『2001年宇宙の旅』の作者だっけ(笑)? セイロン在住のSF作家(笑)。 この二人が『アミーガユーザーの心の支え』ってカンジで必ず書かれてました。 っつーか二人しか有名人のユーザーがいないのか、ってカンジですね(笑)。 ATARIは音楽、AMIGAは映像やグラフィックスで それをまとめたのがMACってところか。 みんな68k なんとなくAppleにはインテル使って欲しくないね なんとなく アミガユーザがマカとシンパシーを通じてて同類みたいなカンジは迷惑。 アンチ体制&時代錯誤仲間ではありません アーサー・C・クラークは「2001年宇宙の旅」を Amigaのワープロソフトで執筆した。 >>135 誰に対して迷惑? Win野郎って見え見えだよ >>137 口調からするとアミガユーザーに対してかと。 マカって書いてるからMACが嫌いなんだよね?>135 アレでAmigaユーザだなと分かるのを暗黙に期待しても、>>136 のように 「Win野郎って見え見えだよ」って捉える側にシンパシーは感じないってコト。 もっとも、ノスタルジーへの思い入れを揶揄したのは無粋だったけど。 ちなみに90年代に買ったマシンは、X68K,Amiga500,4000(+ WarpEngine+ Emplant), MacLC630(+ MotionJPEG)で、68Kまみれだったけどな。 スマン、リンクがズレた…脳が老化しているのは俺のほうかも。 AmigaもAtariもそれらに関連する本やソフトの箱など 久しぶりに取り出すと、やけに焼けていて、古びてしまっている。 おお、時は失われるだけなのか。 しかしながらアメリカでのAMIGAの立場と日本でのMACの立場はちょっと似てるかも。 実際MACがグラフィック得意なマシンかどうかはさておき、市場の捉えかたはまさしく 『グラフィック専門のマシン』って事で共通していた。 アメリカのAPPLEは『ビジネス用パソコン』としてMACを売りたいのに、日本のユーザーが 『アップルはテクノロジーがススんでる』ってイメージだけでMACを『ハイテクパソコン』って 認知したのは面白いです。実際はAPPLEってのは『ソフトウェアテクノロジー』がある会社 であって、別に『ハードウェアテクノロジー』がある会社では無いのに、『アーティストが使ってる』 『見た目がカワイイ』ってんで日本では人気が出たと言うのがなかなか国民性が出て面白い。 ところで、『グラフィック専用のマシン』って市場に捉えられる辺り、『汎用パソコンとしては』 マーケティングが両者失敗した、って意味でも共通項がありますね。 『××専用マシン』って思われたら売れないんです(笑)。 AppleのTVCMは最低 それはともかくこのスレを下げてはいけない NBC GIGAのスタジオにAMIGA 1200が置いてある 放送業界で初のSHOUT CASTでストリーム配信を行っている いつでも観られるから観てみよう http://www.giga.de/features/live/ Amigaは、低価格ホビー・ゲーム用として作られ普及したのであって、ブリッターは ジェイナーナーがフライトシュミができればと搭載したものだし、オーバースキャン 有りなビデオは家庭用TVとの相性、PCMサウンドもリアルなゲームの為。 後年、それぞれDTV、MOD、MEGADEMO文化を生んでいって日本で注目されたのは別の話。 そもそも日本では、ATARI-STが、音楽用途にプアマンズMACとして使われた例があるのかも しれないけど、AmigaをプアマンズMacとして購入していた層はあまり知らないけどなぁ。 セディック石原や岩井さんの筋であって、印刷環境なんて気にしていなかったし。 なんで、「ATARIは音楽、AMIGAは映像やグラフィックスでそれをまとめたのがMAC」って 物の見方ができるんだろ? 状況判断能力に欠けて、かってな思い込みをするからこそ、いまだにマカでいられるって 思いたくなってきたよ。 ATARIは音楽、AMIGAは映像やグラフィックスで、それらに置いていかれていたのがMac まあマカーってのは昔から、隙あらば過去は捏造し、権威には擦り寄り、名声は自分のものにしてしまいますから。 その実、5回も(もうじき6回目が来るが)仕切り直して結局トップシェアは取れず、何の実績も残していないけど。 周辺からはこうして反感買う一方だしねぇ。 DAWはMac使ってる人多かったね。最近はPCでも同じなので、Macを選ぶ理由はないけど。 Macにあって、Atari/Amigaにないのは、Microsoftの表計算ソフト。ずばりエクセル。 エクセルはLotus1-2-3対抗でGUIベースの環境を前提に開発されたから、Mac版が先で Windows版はMac版のあと。以来、ずーっとMac/Windowsの開発は途切れずに継続されて いる。それは、MicorosoftとAppleがAppleIIの10KBasic時代から親密な関係にあった ことが大きいのだろう。CommodoreやAtariはその意味ではMSのお客とは言い難い程度の つきあいしかなかった。もしExcel/Atari Excel/Amigaなんかが存在していたら状況は もっと違っていたに違いない。 実際、AtariにもAmigaにもまともな表計算ソフトはない。もう一ついえば、ワープロで さえプアなものしかない。この点では、AtariもAmigaもPC以下、Mac以下だと言わざるを えない。またこの非力さがパソコンとしての生命力を細いものにしていた。と思える。 >>151 エクセルの信頼性はともかくとして、一理はありますね。 共通のワープロだとAMIGAにはワードパーフェクトがありましたが、Ver.3.0くらいまででそのアトはリリースされなかったんじゃないかな? Adobeのフォント(?)導入されたのもかなりアトだったと記憶してます。(Commodoreが潰れる2年くらい前かしら?) 原則的にCommodoreは殿様商売で、生粋のハードウェアメーカーだったと思います。ソフトを作るコトを見下してたようなキライがある。 Commodore64の成功で、『ソフトはThird Partyが勝手に作るモノ』って意識だった。だからユーザーのニーズが高くてもあまり積極的に ソフトリリース対策講じてなかったような印象がありますね。そこがMacをリリースした直後のAppleが『ソフトが無いコンピュータ環境』 になるのを恐れて積極的にワープロ等を進んで製作してたのとは対照的です。Commodoreは終始ソフト制作には熱心じゃなかった。 コレがCD32の失敗にも如実に表れるワケです。 アトは技術革新が遅かったです。一説に拠ると、A3000リリース時にはAGA Chip-set出来てたらしいんですが、結局A-3000には 載せなかった。やっとMacやIBM-PCが16色出せた時代に先行して256色出してたらちょっとは違ってたかも。A-4000リリース時には 既にMacでも256色は当たり前でしたし、市場に対するインパクトは薄れてました。 『ヴィデオ処理的にどーのこーの』 ってのは一般ユーザーにはあんま説得力がある宣伝文句にはなり得ません。やっぱ『見た目のハデさ』が重要なんですよね(笑)。 この辺りから『みんなのAMIGA』から『マニア向けのAMIGA』って変わっちゃったんでしょう。 マニアに支持されるパソコンは一般ウケはしない、って意味なんで、商業的不成功を約束されてしまいました。 全てCommodoreの『あまりに楽観的なビジネスプランの失敗』が起因でしょう。 >>151 今となっては、TurboTextでhtmlソースを書けばワープロ不要だけどな。 だからAmigaはホビー用途として十分ヒットしたっての。日本人がDTVに注目したこととは別に。 まぁMSが提供するExecで、パソコンの価値を決める層には購入対象外だったけど。 結局のところ、オープンな規格と世界中の競争に揉まれた標準から生み出された、 価格競争力・コストパフォ・膨大なソフト資産に対抗するコトが無理になっていった結果 かな? CPUだけでもDX2/66以降68Kでは追従できなかったし。(大枚68040/40MHzボードの レンダリング速度が、安価なDX2/66と同じくらいってNewTek技術者にいわれた頃) 必要なソフトは十分に供給されてるからMacを選択しても間違いは無いって考える人 たちは検定誤差以下の2%までになっちゃったし。 (XPでもうお別れかな、と思ってた10年前のKPT3 も PS7.01 で動くようになったのも競争と シェアと 互換性重視ビジネスの賜物なんだろうな) で、うろ覚えだけど、コモドールの収益の柱はスデに互換機に移っていて、その互換機が競争による価格崩壊にみまわれ、 急速に収益が悪化したんじゃなかったっけ? あおりをくって?AAAチップが日の目を見なかったのは残念だけど、PC陣営のVideoChipの競争に対抗しつづける のは無理だったろうな。技術スピリットは3DOとリンクスが継承するかにみえてコケたし。 Exec→Excelだった…。文もズレたし、落ち着きが必要ですね >>156 >技術スピリットは3DOとリンクスが継承するかにみえてコケたし。 Jay Minorさんですっけ? 多分この世で一番ツキの無い技術者でした(苦笑)。 コレだけは言っておきますが、彼とジョブスを比較せんように(笑)。>マカー ジェイ・マイナーとスティーブン・ジョブスを比較するな。ということだが あえて比較。マイナーが何時入社したかは不明だが、二人ともブシュネル時代 のアタリ社員。ジョブスは74年から75年の間(いったん退社してインドへ行 って再入社している)。マイナーは77年に発売されたアタリVCS(2600)の 設計エンジニアだったからほぼ同時期アタリに在籍していた。ウォズニアクは HPの社員だったが、オフ時間をジョブスの引きでアタリでバイトしPONGの回路 改造などをやっていた。たぶん、みーんなお友達だったはずだ。 マイナーはいわゆるアタリ・ショック後にブッシュネルが追放され、タイム・ ワーナーに買収された時代のアタリでAtari400/800の回路設計をやっている。 この点ではいわゆる「リアル・アタリ・メーン」なの。そして8bit機の後継機 の68000機の設計を Amiga社を起こして始めて、本来アタリ社がその設計に基 づいて製造・販売する予定だったところ、当のアタリ社がコモドール社長だった J・トラミエルに個人買収され方針転換とかのゴタゴタを嫌って、Amigaの設計 技術をコモドールに2710万ドルで社員もろとも売却した。というのが実情。 ジェイはツキに恵まれていたエンジニアだったよ。でも、ジョブスのような テクニカル・セールスができる共同経営者をもたなかったからビジネスマン として大成功を収めたというところまで行けたのかどうかは微妙。ウィズと 比較するなら、ジョブスの分だけツキはウォズのほうが大きかったと。w >>159 う〜ん、これは全然意味が分からん。 まあ、基本的には僕はMac使ってたコトもあるし、どちらかと言えば中立だったんですが、 上記が何の為のカキコなのかピンと来ない。 上記の出来事は大体みんな知ってるコトなんじゃないのかしら? Jobs、Minorも共にATARI出身者。恐らく顔見知りだったでしょう。ただし、 >彼とジョブスを比較せんように(笑)。 と言うのは、ジョブスは別に『優れた技術者』じゃないと思うから。マックファンは総じて 『マックのテクノロジーはスゴイ』 って念仏の様に言うから。ココで『ジョブスが〜』ってハナシにほぼなる(笑)。 前にも書いたけど、マックは『ソフトウェアテクノロジーが優秀な』パソコンではあるかもしれないけど、 別に『ハードが優秀な』マシンでは無いからです。ハード的にはほぼ68000に頼り切ってたマシンですしね。 そこがAMIGAとは全然違います。 ですからマックにあまり関係の無い 『ウォズニアクとジェイの比較』 ってのならまだ分かるけど、『ジョブスとの比較』ってのが出てくれば感覚的にはオカシイ。 そして>>159 で書かれてる通り、 >ジョブスのような テクニカル・セールスができる共同経営者 ってのはもう既に『技術者じゃない』ってのが前提なんで、ワザワザ書く必要無い ネタなんですよ。 ジョブスと誰だか知らんがトラミエル追い出したアトのCommodoreの社長比べるんなら ハナシは分通じますけどね。(それなら多分ジョブスの方が優秀でしょう。) やっぱAppleとMacの自慢したかったのかな? まぁ、「ATARI vs AMIGA」っていう話のスレで、「どちらもMacに劣るよねー」って 言うメンタリティが嫌われるという自覚が無いのがマカの想像力のクオリティなのか? >>161 レッテル貼りは止めれ。Macしか持ってないがATARIもAMIGAもZX-81も好きだぞ。 Townsは…ごめん。許して。 Macユーザすべてが、想像力の欠如した無神経な人間というのでは無く、 「ATARI vs AMIGA」っていう話のスレで、「どちらもMacに劣るよねー」って 言う、知ったかで多機種を貶めるマカを対象に悪意を抱いて揶揄してるのぐらい 普通に読み取って欲しいな。 まぁ、平凡なMacユーザーにも多少の偏見をもちはじめたキッカケはあるけど > > いままでAmigaは使ったことも無い、平凡なMacユーザーです。 > > … > > それで、ちょっと調べましたがAmigaOneの利点って何ですか? > > AmigaOneで、Macみたいに680x0→PowerPCへ移行するようだけど、 > > Macでも移行が上手くいったのは「奇跡」と言われているだけに > > 今生き残っているだけで既に奇跡のようなAmigaが移行するには > > かなりの困難ではないでしょうか。 > > … > > MacよりもさらにマイノリティのAmigaが、どのように生き残りを > > 図ろうとしているのか興味があります。 > あえて言おう。余計なお世話だ! > ったく、マカーは不愉快な人種どもだな。 摩可という括りをやってくれるなというのが趣旨だったんだが。それじゃあ 「これだからドザは」とかすぐ言い出す奴と同じレベルだぞ。だいたい>>164 に貼ってある内容はどう見ても煽りだろ。 せっかく良い機種を使ってるんだから、俺みたいに知らない奴にも教えてくれ。 ところで、平沢御大は今もAmigaを使っているのかな? 新しいAmiga OSに曲を 提供するという話をどこかで読んだ。 いやオレも90年代中頃はAmigaとMACを使っていたんだけど、「マカ」というのがマックユーザー全体を 挿す言葉ではなく、ある傾向をもったイタイやつをくくる言葉(もしくは自嘲気味に使う)だと思っていたんだけど、違うのか? ドザってのもそうなんだろ?それともドザもそうで、PC人口のほぼ100パーを占める層へのレッテルなの? オレの認識が謝っているなら訂正して詫びるよ。 それにイキナリ煽ったののでないんだよ。>>146 ,>>155 ,>>156 とレスして、いいかげんアキレタんだけど。 あー、またズレたし、謝って→誤って だ。一度くらい推敲しろよ>オレ マカ・ドザについてはまるごと括った言い方だと思っていた。本当は痛い奴の ことを指しているのかな。2ちゃんに来るようになって日が浅いので、素人が 見てそう思ったということで。 いきなりでなかったのなら、まあカチンと来ることは誰にでもあるので納得。 でも変な荒しは透明あぼーんするのが一番かな。でないとNetNewsみたいに… 別のスレにも書いたんですが、初めて買ったパソコンはマックでした。 ホントはIBM-PCかAMIGA4000を買いたいと思ってたんですが、当時の彼女がマカーだったんで(笑)、 ムリヤリMac購入するハメになっちゃった(苦笑)。←ヘタレ そのトキのリベンジで、そのアトAMIGA1200購入する事になった。だってAMIGAで遊び倒したかったんだもん(笑)。 と言うワケで、元カノがマカーだったんで、多分彼等の『思考法』には詳しいと思います。 彼等の特徴は、 『どんな現象にしてもマックと言うフィルターを通して見る』 って傾向があります。 例えば僕が初めてMac買った頃、Quick Timeが出たんですよね。 マカー的な発想から言うと、 『Quick Timeは凄くキレイ←何故ならそれはマックだから』 って考え方をする(笑)。 え、そんなにQuick Timeってキレイか(苦笑)? 絵はやたらブロッキーだわ、再生画面は凄く小さいわ・・・・・・。 少なくとも全然パソコンの知識が無い人間が見たら、 『大した事ねーなー』 って思うレベル。これをマカーは『マックだからスゴイ』とムリヤリ結論付けたりします。 おいおいおい。見て分からんのか? 大体『技術レベル』って程のハナシじゃないです。コレを動かす『プログラムを作った』技術はスゴイのかもしれない。 ただ、やっぱりそれは『ソフトウェア上の限界』が見え見えだし、 『動画に向かないハードでムリヤリやったってしょーがねえんじゃねえの、根本的に?』 とか思ってました。 元カノのマカーは単純に興奮して喜んでたな〜〜〜(笑)。 僕の元カノは典型的なマカーだと思います。ってのもハードの知識あんま無いのに、Mac Worldとかで書かれた煽りの 記事をマトモに受けるんですよね。お陰で使う予定も無いハイパーカードとかも買わされて、散々な目に合わされてました(笑)。 ハナシ変わって、笑っちゃうマックは『マッキントッシュTV』とか言うヘンな機械。マックでテレビ見るって・・・・・・。 まあ、昔の機械ですし、今とは技術的に色々違ったんでしょうけど、ショボかったなあ。 実際失敗した商品でしたしね。 クソみたいな役立たずの『マルチメディア』にこだわってAppleは新機種投入、ってカンジだった。 Appleってあんま市場のニーズ見てないんですよね。あくまで『市場啓蒙型』でどこまでも行ける、って考えてる フシがある。 一方、コモドール純正モニター、1084Sが凄かったのは、『何もコンピューター通過せんでも、モニター でテレビ見られるようにすればイイんじゃん』的なワリキリのイイ製品だったコト。こんな便利なモニター 無かったですね。スイッチングでAMIGA画面と外部入力画面切り替えられて、VCRから画像引っ張れば テレビも見れるし、CATVも見れるし他に外部スイッチャーつければSFCも遊べる(笑)。 当然パーソナルにエロビデオなんかも見てました(笑)。 元々『ビデオ制作』の為にあんなモニター作ったんでしょうが、アレはマジ、名作モニターですよ。 他のパソコンがテレビ画像取り込むのに長い時間掛かって苦労してたのに、 『一番ムダの無い単純な方法で』 AMIGA環境は『マルチメディア』実現してました。 AMIGAのようなパソコンもう二度と現れないでしょうね。 そもそもQuickTimeだって最初は切手みたいなサイズの「動画」がちまちま動くだけの代物だったしな。 サルマネのWMVとはその志が違う、とかマカーはほざくが、同じだっつーの。 それでマルチメディアとか言ってキャッキャ喜んでんだから、もうアホかと。 スレ違いになりつつあるが…やっぱり誤解があるような。煽られてみるんで、 AMIGAとATARIの素晴らしいところをいっぱい出してくれ。 偉そうに見えたらスマン。そういうつもりはない。 >>169 QT (QuickTime)の肝は実時間データの取り扱いをシステムレベルで決めたこ とにある。当時のMacのハードの能力では綺麗な動画は出ないのは前提だった。 QT以前は、10秒間の動画データを再生するときに10秒できっちり再生が終わ ることを保証できなかった。そういうAPIがなかった。少なくともMacではね。 QTが導入された後は、速いマシンではコマを補間して、遅いマシンではコマ を飛ばしたり画質を落したりして、とにかく実時間で再生を完了することがで きるようになった。 んで、その上にMIDIやら動画やらカラオケのキャプションやらいろいろなデー タがのっかるようにしたので、Macromind Directorなんかがアプリレベルで頑 張っていたようなことが他のソフトでも可能になった。その時点でのハードの 性能だけ見ていても分からないことがある。 そうか、ハイパーカード分かんなかったか。もったいない。 まあJobsが追い出された後しばらくの間は会社の方針が迷走していたのは確 か。互換機路線とか個人的には続いて欲しかったのもあるんだが、すれ違いな のでここはこのくらいで。 つづき >>170 パソコンでTVが見られるのはX1とかFM77AVとかPC6601SRとかあったたね。まあ もっと初期のパソコンはTVそのものに画面を写していた訳だが。 >>171 上参照。QTの功績は実時間データを取り扱うAPIを決めたことね。雑誌の煽り 記事が痛かったのはその通り。でもこれはどの分野の雑誌でもそうじゃない? >>171 あ、やっぱQuick Timeスゴクないですか(笑)。 良かった。僕だけがそう思ってるのか、と思っちゃった(笑)。 マカーに叩かれたらどうしようかと(笑)。 『アレをソフトウェアだけでやるのはスゴイ』ってのはその通りなんですけど、 いちユーザーに技術的なコトどーだ、って言われてもねえ(苦笑)。 やっぱ『見た目が全て』ですし。少なくともアレでエロビデオ見る気は起きません(笑)。 モザイクどうなっちゃうんだか怖いですし(笑)。画面全画面モザイク化でしょうか(笑)? ウラビデオでの局所だけ全画面表示できますか?それとも全部やっぱり不必要にモザイク化? 実用性無さ過ぎです(笑)。(今でも画面ちっちゃいよなあ) あの辺りの『サルマネのWMVとはその志が違う』って神話は・・・何つったか名前忘れましたけど、 Appleにいる『天才プログラマー神話』が教祖としてマカーに崇められてるからでしょう。 確かオリジナルの『Quick Draw』ってのも作ったプログラマーだったと思います。 確かにプログラムは上手いのかもしんない。少なくともMSのクソプログラマーよりゃあマシだと思う。 (上でExcelがどうの、って書かれてましたが、原則的にそんなイイプログラムじゃないと思います。 バグは多いわ、大量の計算行えばエラーは起こるわ、MSの製品って大して安定性無いと思います。 サポートも良くないですし。) ただ、例えばオリジナルのMacからOSに入っていた『Quick Draw』にしても、『描線速度を上げる』 プログラム、ってのはその通りなのかもしれませんが、『元々描線速度が速いような』ハードがデザイン 出来なかったのか?そこがAppleの良く分かんないトコなんですよ(笑)。全部『ソフト任せ』なんですよね。 昔学生時代にコンピュータープログラム勉強してた学生と友達だったんですが、彼も『ATARI STはイイ マシンだった。アレで俺はプログラムを覚えたんだ。』って言ってて、STに付いても、AMIGAに付いても 『ハードが素晴らしい』とは言ってましたが、Macに付いては一言も何も無かったです。 と言うのも、悪名高い『ソフト偏重のマック』だとOSに色んなややこしいコードを積んでいて(Toolbox?)、 プログラムの自由度が低いから、なんだそうです。だから禁じ手が多いマックはちょっとしたコトですぐフリーズ(笑)。 OSも重いわ、意外と『使うのが大変なマシン』だと思ってました。 結局マックのハードで唯一誉められたコトと言えば、CPUが『インテルに比べて自由度の高いモトローラ』だけ、って コトなんですよね。それ以外に特筆するべきコトって無いと思います。 もっとも、『禁じ手が多いから』互換性の多いソフトばっかのマックと、『プログラム側の自由度が高い』お陰で、 HDにインストール出来ないわ、Workbenchから起動出来ないわ、(全部AMIGA DOS上で起動しなきゃならなかった。 アメリカのソフトはそうでも無かったんだけど、ヨーロッパのソフトはすさまじい状態でした。)ほとんどファミコン のROMカセットの様な状態だったAMIGA、どっちが上か?って言うと好みはかなり分かれるでしょうけどね(笑)。 >>172 時間差ですが、いや、別に煽ってはいませんよ。一般的なマカー像に付いて書いたまでです。 プラス、AMIGAは基本的には『既に死んだ』マシンなんで(笑)。(こう書くと怒られちゃうかな?ただ、 たま〜にAMIGA Internationalのページ見ますが、全然アクション無いんで、事実上“死んだ”って 見て構わないと思います。やる気が無いんでしょう・笑。) 生きてるだけ、Macの方が偉いのかもしんない(笑)。経営技術の差がやっぱあった、と。 (ちなみにですが、確かにCommodoreの経営悪化の原因に“IBM-PC互換機”良く挙げられてますが、 実際はどうなんでしょうね?っつーかその“Commodore製のIBM-PC互換機”って見た事無いんです・笑。 例えば、Appleは“Performa”ってブランドネーム導入して、それ以前はApple専門店じゃなかったら買えなかった マックを日本のデパートの家電部門に当たるトコ卸すようになりました。が、Commodoreは販路拡張しなかったので、 AMIGAはCommodore専門店じゃないと扱ってませんでした。ところが、AMIGA、C-64なんてのはCommodore専門店 にはあるんですが、“IBM-PC互換機”なんてのは見た事無いんですよ・笑。おっかしいなあ・笑?当然通販広告にも CommodoreブランドのIBM-PC互換機なんて売ってなかったと思います。) ただ、『音楽と画像を合わせたのがマック』って言い方されると、やっぱ『それは違うだろ?』ってなっちゃう。 まあ、どっちにしても今はマックもAMIGAも使ってません。これはNECのLa-Vieで書いてます。 だって、AMIGAでもMacでもi-PATでTARGET使えないんだもん(笑)。i-PAT使用に難があるんで(笑)。 『AMIGAもMacもJRAには優しくない』(笑)。 アトは個別に。 >>172 うん。言ってる通りのコトは分かりますが・・・ただ、さっきも書いたけど、重要なのは『技術的にどうのこうの』って んじゃなくって、単に『見た目』です。『見た目論』ですね。 >そうか、ハイパーカード分かんなかったか。もったいない。 分かりませんでした(笑)。彼女も何の為に使うつもりか知らなかったですし(実際使ってるトコ見た事無いですね) そもそも購入した僕側には全然ヴィジョンが無かった(笑)。コレも単に彼女が『ハイパーカードはスゴイ』って宣伝に 乗せられてたからでしょう。 原則的にはハイパーカードって『簡易化したプログラミング言語』ですからね。要するに『何かプログラムしたい』的な モティヴェーション無いと使いこなせませんよ。もしくはプレゼンテーションやる、とか。 >まあJobsが追い出された後しばらくの間は会社の方針が迷走していたのは確か。 いや、Commodoreも充分に迷走してました(笑)。まずはCDTVですし(笑)。 アト倒産前の新作発表でAMIGA6000はAAA-ChipsetにPentium互換のヒューレッドパッカード製CPU搭載、新OSは Windows-NT採用、とか言ってましたから(笑)。迷走ぶりはひょっとして(確実に?)Commodoreの方がヒドかったかも(笑)。 >互換機路線とか個人的には続いて欲しかったのもあるんだが バンダイでPippin'やる、とか言ってたんですが、アレ日の目見たのかしら? このテのハードメーカーが率先した『ゲーム機もどき』はどの道総勢失敗してますが(笑)。 富士通も何か出してたな、そう言えば。 >雑誌の煽り 記事が痛かったのはその通り。でもこれはどの分野の雑誌でもそうじゃない? 異論は無いです(笑)。AMIGA関係(特にFORMATとか)もヒドかったです(笑)。 一番笑ったのは、CD32の『自称キラーソフト』ZOOL。 『マリオ・ソニックに勝てるのはZOOLだ!!!』 とか煽ってましたが・・・何やねん、あの生物は(笑)? そんなに面白いんか?ってんで期待度大で購入したんですが、・・・いやもう・・・・・・何も言いたくない・・・・・・。 まあ、あの程度で任天堂やSEGAに勝てる、とか当時煽ってたんですから、AMIGAの雑誌も充分ヒドいもんです。 アメリカの『AMIGA WORLD』(コレは版元はMac WORLDと同じ出版社だと思う。)はそんなにヒドくも無かったですけど。 と言うのも雑誌が薄くて内容が薄い(笑)。と言うより、DTV関係に特化された雑誌だったからです。もうAMIGAは 90年代はアメリカでももう『DTV専門機』って位置付けになってたんで、>>155 氏の言う事はもうちょっと古いA500全盛 時代か、もしくはヨーロッパでのハナシでしょう。AMIGAは既に一般ユーザーには縁の無い『毒にも薬にもならない』 マシンと化してました。だから、>>148 で『アメリカでのAMIGAの状況と日本でのMacの状況は似てるかも』って書いたんです。 あ、失礼。 >>148 じゃなくって>>143 です。 > QT以前は、10秒間の動画データを再生するときに10秒できっちり再生が終わ >ることを保証できなかった。そういうAPIがなかった。少なくともMacではね。 マカーが知らないものは、それ以前に存在していても「無かったこと」になるのがマカー史観。 いわく、世界初のパソコン。世界初のGUI。世界初の動画。世界初のプラグ&プレイ。世界初のパーソナルUNIX… 歴史修正主義の典型ですな。 すでに死んだマシンなので、妄想の世界では大活躍という扱いでいいじゃん >>175 禁じ手が多かったからフリーズが多かった訳でありません。その逆で、OSにハー ドウェア資源保護機能がなかったからです。だからアプリのちょっとしたバグ ですぐOSが固まった。 あと不安定要因としては起動時に読み込まれる機能拡張(ドライバー)の類。こ れは別に今のWin XPでもunixでも、ドライバーがバグっていればおかしくなり ますが、もともとの作りが弱いMac OSで、10個も20個もそういうのを入れてい れば不安定になるのは当然でした。 Macのハードについてはあまり知られていませんが、いろいろありました。 1986年 Mac Plus SCSI搭載→外部記憶装置やスキャナー、プリンタなど 1987年 Mac II NuBus搭載→P&Pを実現、ビデオカードを複数搭載可能。 ADB→ キーボード、マウス、その他のデバイスの統一。今のUSBのようなもの 確かに本体に特殊なハードを載せてそれに合わせてOSをカリカリにチューンす るという方針ではないですね。でもそういうシステムはそのハードが陳腐化し たときにOSの寿命まで一緒に終わってしまいます。言い替えると、ハードは硬 い、ソフトは軟らかいというのは実は逆で、ソフトの方がずっと変更は効かな いものなのです。だからこそソフトに力を入れている訳です。で、そのソフト を生かすためのハードを作っている。その友人さんは今のWindowsは嫌いなん でしょうねw今のGUIベースのソフトにプログラマーの自由度なんてないぞ。 >>183 >禁じ手が多かったからフリーズが多かった訳でありません。その逆で、OSにハー >ドウェア資源保護機能がなかったからです。だからアプリのちょっとしたバグ >ですぐOSが固まった。 ???ハードウェア資源保護機能がなかったから禁じ手が多くならざるを得なかったんでしょ? どっち道『デザイン上の』問題点が多過ぎたのは否めません。第一、『禁じ手』を守らないプログラマーが多かったから フリーズが 多い。どっちとも取れますね。 >あと不安定要因としては起動時に読み込まれる機能拡張(ドライバー)の類。こ >れは別に今のWin XPでもunixでも、ドライバーがバグっていればおかしくなり >ますが、もともとの作りが弱いMac OSで、10個も20個もそういうのを入れてい >れば不安定になるのは当然でした。 コレもマックのデザインが元々貧弱だっただけでしょう。 >Macのハードについてはあまり知られていませんが、いろいろありました。 >1986年 Mac Plus SCSI搭載→外部記憶装置やスキャナー、プリンタなど >1987年 Mac II NuBus搭載→P&Pを実現、ビデオカードを複数搭載可能。 ADB→ >キーボード、マウス、その他のデバイスの統一。今のUSBのようなもの いや、コレは確かにハードでしょうが、どっちかと言うと『周辺機器関係との接続』のハナシのような気がする。 結局何にしても『680X0インテンシヴ』ってのは特に変わってないんで。 >確かに本体に特殊なハードを載せてそれに合わせてOSをカリカリにチューンす >るという方針ではないですね。でもそういうシステムはそのハードが陳腐化し >たときにOSの寿命まで一緒に終わってしまいます。 これは確かに一理あります。 ただ個人的には・・・捉え方が違うんですよね。この辺りはヒトによって意見分かれるでしょうけど。 まず、『汎用コンピューター』ってのが、『ソフトを永続的に使えなきゃいけない』のかどうか? 僕個人では『ソフト資産』ってのはある程度ムダになっても構わないモノだと思ってます。 仮に、『ハードか陳腐化したときにOSの寿命まで一緒に終わってしまう』のが怖ければ、ずーっと 70年代のテクノロジーに依存したままの『新製品パソコン』ってのを買い続けないといけない。(ホントの 意味では“新しく開発された製品”では無いですよね?)エレクトロニクスが日進月歩とすれば、代表格の コンピューターのハードが実は『中身が旧態依然』ってのはどうかと個人的には思ってます。 極論言うと、トリップホーキンスが言ってたような『共通規格パソコン』ってのは未だに時期尚早である、って 思ってます。なんせ『テクノロジーが』まだ行き着くトコまで行ってないし、今後ますますエレクトロニクスが 進歩すれば『パソコンが一番ローテク』になっちゃうでしょう。ホントは今でもWindows,Mac,ATARI、AMIGA とかたくさんのプラットフォームが共存しててお互い技術革新しあえば一番イイんでしょうけど、今は巨大資本論理の 天下になっちゃって、もはや『パソコンの進化』ってのは根本的にはあり得なくなっちゃった。昔と違ってパソコン見ても ドキドキワクワク感がなくなっちゃいましたからね。 一回全ての現行パソコン、ぶっつぶれちゃえばイイのに(笑)。そしたらまた一から『丸っきり新しいモノ』作れるのに(笑)。 ですからAMIGAはアレはアレでイイんです。『当時の最新の技術』惜しげもなく投入したハードがその後陳腐化 したのも伝説だ(笑)!だからこそ『チマチマした改良』なんてレベルじゃない機械だったんです(少なくともオリジナルの A1000は)。 『アトのコトは知らねーぞ』的なワリキリの良さがたまらない(笑)。さすが元々『ゲーム機』として開発されたコトだけは あったんです。ゲーム機はいっつも『ワリキリが命』ですからね。 >言い替えると、ハードは硬 い、ソフトは軟らかいというのは実は逆で、ソフトの方がずっと変更は効かな いものなのです。だからこそソフトに力を入れている訳です。で、そのソフト を生かすためのハードを作っている。 いや、コレは言い方カッコイイけど(笑)、多分Appleの伝統ですよ(笑)。昔からソフトが得意だっただけでしょ(笑)? 根はハード屋では無いですよね。っつーかハード(カスタムチップとか)は作れない(笑)。 >その友人さんは今のWindowsは嫌いなんでしょうねw Windowsが嫌いと言うよりも・・・多分インテルが嫌いなんでしょう(笑)。レジスタが自由に出来ない、とか言ってたような 気がする。 まあ、彼はハッカーでしたから(笑)。『Windows参入は金にはなるからやるけど、ハードとして敬るべきトコは何もない』とか 考えてたんじゃないのかな?多分。合理的なアメリカ人らしく(笑)。 >>186 ご高説もっともだから、もう、いいかげんヤメレ。 あまりに御高説に過ぎて同じAmigaユーザとしてフォーローできないYO。w その割には、誰もジャン・ルイ・ガゼーに触れない件について そんな中Amigaなんざ腐れゲームマシンで、STサイコーと口では言いつつ、実はSTARでGUIを見て Mac欲しいけど、金なかった漏れが来ましたよ。 >>175 そーか、「ビル・アトキンソンと不定領域クリッピングの伝説」を知らない世代がいっぱしの 事を書いちゃう時代になってんのか。w XeroxにAltoの見学に行ったアトキンソンがきれいに描画されるオーバーラップウィンドウを 見て「これはなんがすごいルーチンで画面をいちいち書き換えてるに違いない」と誤解し、 必死になって作ったのがQuickDrawなんだな。 でも、Quickhogehogeと呼ばれるシステムプログラム群の走りになるソフトであるQuickDraw を作ったのはアトキンソンだけどQuickTimeには関わってない筈。 確かその頃はもうゼネラルマジックでマジックキャップ作ってなかったか? >>191 知らないのは罪ではないし、皆そのうち老人になるのも確かなのでよいのでは。 ROM64K+RAM128KのMacでは、今ならOSがやるようなビットマップの退避・復元を アプリケーションが頑張って実行していたのでした。 QuickTime の発表とGeneralMagicの設立はどちらも1990年のようなので、開発 には参加していた可能性あり。1.0のファイルの中を漁れば何か書いてあるか も知れない。 QTっていうとPeterHodieとかしか思い出せない罠。 いつの間にかあの異様な風体でQTはこいつって思わせるよーになっちゃったりしたのは凄かったなぁ。 QTの説明に来日した時に見た時、QTの最初のSDK CDのおまけについてたサンプルムービーの Black&Whiteのマネしてモーフィングやってる中に出て来る姿を思い出してプププって笑ったのは 内緒だ。 ここはのんびりした板ですねぇ。 この書き込みが数年後も有効かと思うと、なかなか感慨深い。 ヤフオク見たらまたしばらくは出品できなくなった・・・ 検索してみ 余計なお世話スマソ こんなスレがあったのですね。 一応Amiga500とAmiga2000のユーザーでしたが、現在は 部屋の片隅で眠ってます^^; で、ATARIといえば、Amigaのメガデモで「ア、ア、ア、アタ〜リ」と 小馬鹿にした調子で唄うメガデモがあったと思うのですが どなたか名称をご存知ありませんか? 妙に耳に残っていて、もう一度聴きたいと思うのですが かつてのメガデモFD達もどこかに逝ってしまっているので 探せなくなってしまいました。 (確か「コモエスタアミーガ」とかそんな本にも紹介されていたような) 念のために言っておくと、別にATARIが嫌いなわけではありませんよ^^; 保守がてら、自己レスです。 だいぶ手間がかかりましたが、自力で見つけました^^; (デッドリンクでないものは)デモ名が一般的な名前で探しづらく、 何とか製作グループを割り出してDLできるものを見つけました。 どうもお目汚し申し訳ありませんでした。 A,A,A,A,TA〜RI アタリが出てこない件について・・・ つ【あみがVSまっく】 ATARIのフリーウェアCDが1枚手元にある。 1040ST、モノクロモニターで使ってました。 国内で Atari ST まじめに使ってた人ってどれくらいいるんだろう 少数派であった Amiga よりもずっと少ないはず 当時の DTM の主流は PC-88 や MSX で MIDI 音源使うことだから、 そういう連中の視野にも入らなかっただろう 当時、雑誌なんかでもほとんど情報無かったからなあ AMIGAとかはログインとかバッ活でよく見た >>205 ホビーストならそうかもしれん。DTMというのはホビー用語。 StudioミュージシャンでMIDIで飯を喰ってた連中の大半はAtari-STを 使っていたもんだ。CuBase/Notatorっていう優れたMIDIソフトの故に。 68Kの頃のMacもMIDIでもてはやされたこともあったが、演奏中にWindow の重ね具合を変えると多重音の頭出し音が微妙にずれたりしたので、 使い物にならない。と言われたものだ。DOS系はそういうこともなかった だろうが…。カモンのアレ位だろう。打ち込みで使われていたのは。 であるにせよ、Atari社はMIDIだけでは喰えなかったのでアポーン。 ググってもATARIの情報少なすぎ ebayでも少ない なので今では圧倒的にAMIGAの勝ちになってしまったな…MIDIでさえも Atariには、独自の日本語IMとか日本語ワープロとかもあったと記憶 してる。つかフリーウェアとして。 そもそも「専門雑誌」があったような・・・(書庫に埋もれている筈) ちなみにアミガには「アミガライフ」という同人誌みたいのがあった。 アミガはお茶の水のパイナップルがもり立てていたが、アタリはナニワ 楽器と取引のある楽器屋がほとんどで、中心となるショップがなかった ような・・・パイナップルも最初はアタリも扱っていたのだが・・・ 後は秋葉原のオークヴィリッジあたり。 あったとすれば、御徒町から歩いて15分くらいかかった竹町公園脇の アーケード街の中にあった2階の店(名前失念)くらい、かな。 ちなみにコアなマックユーザは池袋西口パスカルなんかに集まったりし ていた。 >>209 そもそもAtariは、ドイツでヒットしたものなので、独語の情報なら 結構ある。後はイギリス。 80年代にベルリンの書店にはAtariコーナーがあり、Atari BBSがあり ユーザ会もいくつかあったと記憶している。単行本も色々あり、いま でもAtariで学ぶCプログラミングみたいな独語の本を持っている。 当時、独に住んでいた知人もみなAtariユーザで、アタリって日本語な んだろ?囲碁の用語か?と質問されたことを覚えている。 独では「プアマンズ・マック」と呼ばれていて、マックが高いがため に最初売れたようなところもあるし、一度買ったらしゃぶりつくすよ うな国民性もあったために文化的に根付いた。Cubase/Logicの源流が 独で開発されたのも無関係ではないと思う。 91年までは紙の雑誌(たぶんSTartが最後かな)もあったし、2005ま ではオンラインマガジン(MyAtariなど)もあった。 英ではエイコーンと競合していたことも・・(一時期シンクレア) エイコーン、アミガ、アタリは、モデルによっては外見もかなり似て いてショップで並んでいたりした。エイコーンに搭載されていたOSは 後にRiscに対応し、その関連会社がARMになりいまの携帯などに搭載 されているCPUの元を作り出した。 ちなみにAcorn Risc OSが登場してきた頃に、TOSでは勝てないとして MultiTOSがでたり、有志によるMiNT+MultiGEMみたいな環境がでた りしてたと思う。 うーんドイツですか… シンクレアはロシア語ばっかりヒットしますね シンクレアは、英国が多かったはずなんですが、MSX同様に ロシアに中古?が流れたらしく、ロシア語(読めない)情報が 確かに多いですね。 ちなみに、Atariのどういう情報が欲しいんでしょうか? うわ1年経ったのか 1040STEが欲しいのですがハズレばっか引いてます… ドイツ語配列のキーボードがあるんだけど オクで売れるかな? ATARI STのデスクトップのスクリーンショットで メニューバーのDESKが◆になっているのを見たんですが あれはどうやるんでしょうか? >>211 >専門雑誌 ”Oh! Atari”ってネタがAhSKii(パロ版アスキー)にあったが、 実話だったのか? 219 名前:ナイコンさん :2011/02/15(火) 23:43:44 アハ〜♪” ATARI FALCONはMPEG動画を再生出来るようになりましたよ。 勿論スタンドアローンでね。 >>211 御徒町はシステムコンバックかな? A1200買ってHD認識しなくてまいった アキバでA2000の中古も買ったけどメモリソケット壊れてたし いろいろありすぎてもういいや ∧_∧ ( ・∀・) 人 ガッ ( つ―-‐-‐-‐-‐-‐○ < >__Λ∩ 人 Y ノ. V`Д´)/ し(_) / ←>>64 アタリジャパン株式会社 代表者名 : 三宅一壽 本社所在地 : 東京都 目黒区 鷹番2-20-15 企業URL : http://www.atarijapan.com/ 設立年月日 : 2000年01月11日 https://web.archive.org/web/20041012023555/http ://www.atarijapan.com/company/index.html https://web.archive.org/web/20150810142105/http ://japan.zdnet.com/company/20167825/ アタリジャパン株式会社 代表者名 : 三宅一壽 本社所在地 : 東京都 目黒区 鷹番2-20-15フレアービルディング4階 企業URL : http://www.atarijapan.com/ 設立年月日 : 2000年01月11日 https://web.archive.org/web/20041012023555/http ://www.atarijapan.com/company/index.html https://web.archive.org/web/20150810142105/http ://japan.zdnet.com/company/20167825/ コードマスターズ https://web.archive.org/web/20150204121631/http ://codemasters.jp/about/ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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