日曹炭鉱専用線の記述で一つ腑に落ちない部分があった。開業を危うくさせた登龍隧道の件です。
wiki等によると危険だから隧道内部を木枠で補強せよということになり、それが間に合わないので峠越えの別線を急遽建設したという。
すごくないですか?

地図を見ていても、この隧道がどこなのか全く判らない。ふつうトンネルポータルの前には切通があって、樹木が生い茂ようが判る筈。
開業間もない時点での米軍撮影の航空写真では隧道へ続く路盤がよく判るが、それが現在のグーグルアースでは全く判らない。
しばし眺めていてふと思う。この隧道、要りますか???
登龍峠越えなど仰々しい名前だから、明確な高低差のある地形があると思い込むじゃないですか。現地は川筋から隣の川筋へと低い尾根を越えているだけ。
なぜ、隣の川筋へ移動させるのだろう?谷は緩く広がるのだし最初から目指す鉱区へと川筋を遡れば良い。

以下憶測です。
日曹炭鉱のある谷間の下流側に、豊富(とよとみ)温泉という温泉郷があるのです。この温泉は石油試掘中に発見されたものだとか。
つまり温泉のある一帯は、かつて鉱区が設定されていたという事。
どういう法人が試掘に当たったのかは判らないが、隣接鉱区の日曹とは折り合いが悪かったのではないか。
ライバル日曹の申し込みに対し、うちの土地は通さん!とか子供じみた対応をしたのではないか。
困った日曹は豊富温泉のある谷間を避けて、隣の谷間から遡って具合の良さそうな場所で緩い尾根一つ越えなくてはならなかった。
急遽決まったのだろうか。隧道は大変危険な状態のまま竣工検査を迎えダメ出しを喰らう。

低い尾根とはいえ、隧道を切り通しにしようとすると大変な土量の工事となる。
木枠で補強せよというのだから内壁は剥き出しで、風化が進んだ岩石が主体と想像できる。
崩落の危険は大きかったと思われる。操業開始までの間に木壁の厚みだけ削って拡大せねばならない。
間に合わないので尾根を越えてゆく線路を敷いて、芋づる式に9600型をおねだりしたら貰えてしまった。
この辺りは検査でダメ出しをした役所の温情を感じさせます。アメとムチです。
検査時に大枠の話は出来上がっており、9600型投入を前提に隧道を迂回する線路の設計ができたのでしょう。
開業時点で余っていたのは9200型や8100型の筈で、まだ9600型のおねだりには早過ぎます。

このような経緯を経て開業した尾根越えの路盤跡は、現在のサロベツリフレッシュロードで間違いないと思います。
現在の道路は鳥t家部や幅など若干手を加えたと思われるが、勾配はそのままではないだろうか。短いとはいえ蒸気機関車には厳しかろう。
道路(線路)の片側に、所々にかなり大きな掘削の面があります。西の端では完全な切り通しとなっている。
これが、突貫工事で土を運び去った後に出来た斜面なのでしょう。
9600型を前提に勾配を設定し、人海戦術で切り通しを作る。如何にも北海道の開拓地らしい粗っぽい仕事です。

日曹天塩炭鉱で撮れる石炭の品質は低く、コークスに加工するか家庭用燃料にするかしか用途が無かったという。
そうなると、9600型は何を燃料に動いていたのだろうか。機関車用の高品質な石炭を他の炭鉱から購入していたら面白い。
低品質とはいえその何十倍もの石炭を採掘し運べば割に合う計算なのでしょう。