シレジアの電化線を調べていたら、上越線とのシンクロが気になった。
言われてみれば当たり前の事だが、例えば1923年に生きる人間は伝達に多少の時間差があれど、日も独も同じ情報に接している。
それはいつの時点でも同じで、最新技術は世界のどこでも同じように新しく、未来のことは全く判らない。

上越線は1910年代初めには夢想から具体化へと動き始め、1920年代には予算がつくに至る。
つまり具体的に考え始めたころには国鉄に碓氷峠しか電化区間はなくEC40型しかない状態。
想像してみると面白いが手持ちの駒がそれしかない状態で、先人たちは清水トンネルが前提の路線計画を練り始めていたのです。
気宇壮大と言いますか、結果が後からついてくると言いますか・・・。どんな機関車が走ると想像していたんでしょうか。

1920年代前半はドイツでもサイドロッドを持つ電気機関車が当たり前であった。最後の新造機は何年になるのだろうか。
高速機であればブフリー式が幅を利かせている。1938年製造のE19型で遂に頂点に達し最高速度は180キロになる。
1930年代半ばのE44型でようやく、ようやく吊りかけ式が実用になり急速にロッド伝導を過去のものとしてしまう。
そう思うと同じ1930年代半ばに量産に移したEF53型というのは、世界最先端に喰らいつこうとしていたんでしょうか。

日本がロッド伝導式電気機関車を碓氷峠に封じ込めることに成功?したのは、ただの偶然であったのかもしれない。
東海道線電化時は1920年代の初めの事で、この時にロッド伝導式電気機関車を輸入機に含めなかったのはなぜだろう。
そんなの優劣が頼む時点で判っていたというのは、後知恵ではないか。超能力の類だ。
ハイスペックなED54型を注文したように、東海道線にもサイドロッドを持つ電気機関車が来ても何らおかしくはない筈。
1926年前後というのは、吊り掛けが勝つというには早過ぎる。世界的にそういう年です。
ED41型は、たまたま碓氷峠用であっただけ。
狭軌の台枠内に収まらない大型電動機を持ちサイドロッドで伝導する、1067mm幹線用電気機関車。有り得たんじゃないかな。

そう思うと、Be4/6に国鉄ナンバーをつけて遊ぶのはアリかなと思えてきます。
D型軸配置ながらEF級に匹敵する牽引力を持ち、大きな動輪で速度で優位に立つ旅客列車牽引機。
先従輪もあるけど、重過ぎるかな。EF53型が存在しない、並行世界の日本。