この取引を調べていて、有田鉄道に行った元東武の気動車が最終的に尾花沢線に入っていたので同線を調べていたところ、戦後まもなく燃料難の時代に同線も電化を計画していたという。
顛末はRMライブラリ参照。尾花沢線よ、お前もか。
こういう歴史のほころびを見つけると嬉しくなってしまう。
近隣の秋田中央交通はようやく電化に漕ぎつけ、尾花沢線は内燃化を選んだ。その差はおそらく紙一重であるだろう。しかし史書には結果しか記述されない。

電化された尾花沢線を考えてみよう。
尾花沢線はディーゼル機関車牽引だが1067mmとしては国内最小クラスの筈。協三工業製で貨車移動機といっても通用しそうな機関車です。
順調に当初計画通り電化されていたとしたらどんな電気機関車が入っていたのか。メーカーに設計を依頼していたというから、新製機です。

結論を先に言いましょう。

尾花沢線の電化計画に際しメーカーに依頼されていた電気機関車の注文流れは、越後交通→秋田中央交通のEB111型ではないだろうか?
タイミング的には符合するし、越後交通には小さ過ぎる。
越後交通の電化工事は驚異的な短期間で済んだそうじゃないか。車両の手当てをしている時間はないのにEB111型だけ新車で入ってきている。
後に沿線に工場進出相次ぐと秋田中央交通へと渡っていった。この越後交通の体質改善の話も出世物語のようで、すごく面白い。