五胡十六国南北朝を語るスレ21
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晋書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8
→晋書訳サイト二点。
・晋書簡訳所
ttps://readingnotesofjinshu.com/
・いつか読みたい晋書訳
ttp://3guozhi.net/sy/top.html
魏書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E9%AD%8F%E6%9B%B8
資治通鑑
ttps://zh.m.wikisource.org/wiki/%E8%B3%87%E6%B2%BB%E9%80%9A%E9%91%91
資治通鑑本末訳(渡辺 省氏)
tp://www2.ktarn.or.jp/~habuku/tsukankize.htm
勢力変遷動画
ttps://www.youtube.com/watch?v=ugjAoQJKBWc
ttps://www.youtube.com/watch?v=uFGyv6WhrLE 庶人天王「徳で統治するなど生ぬるいのよ。人民は法と刑で律するべきなのだ」 >>427
慕容暐は発言とかはちょいちょい格好良かったり高潔さを感じさせたりするんだよな…まあ結果は伴わないんだが
母親が猜疑心キチガイで慕容評とかいう佞臣もいて周りに苻堅と桓温がいて即位したのが十歳の時とかハードモードすぎですわ >>428
妹と弟もエラい目に合わされるしな
かわいそう なぜ慕容氏はここまで優秀な人材を輩出しながら華北を平定出来なかったのか?
なぜ拓跋氏に遅れをとったのか?
というのをネアンデルタール人優秀説あたりと絡めるといい論文書けそうw
優秀だからすべてOK、じゃねえのが世の中なんだよなあ 慕容垂からは追諡されず、慕容徳から幽とか最低クラスのやつ付けられた慕容暐 >>432
傍から見れば母親と奸臣に惑わされて優秀な叔父を亡命に追いやって国を滅ぼした暗君だからねえ…
そういや西燕の皇帝や庶人天王からも追謚されてないんだよねこの人 慕容儁の系統を否定したあと後燕はともかく西燕が追諡しないのはなあ… 慕容沖追諡してないのか
ケツ以外もガバガバなんだな 西燕はバタバタしてるうちに別系統の慕容永になっちゃったししゃーない
…と思ってたら慕容泓・慕容沖は追諡されてるのか 宇文邕の顔が復元されたけど、なんともいえん感じだな 五胡十六国の君主で幽と追謚されたのは慕容暐の他には成漢の廃帝幽公李期ぐらいなんだよな
しかも自分を廃した李寿に執拗に祟りをなして狂死に至らしめたという身の毛のよだつ逸話のある
そんなヤツと同じ謚号って…… >>437
有能そうだけどパワハラやってそうな顔でもある >>437
額が狭くてエラが張ってて吊り目…顔の濃ゆい感じが胡族感あるな >>437
どことなくイメージ通りの顔なのは人物評を正確に記してるって事なのかなw うむ、現役の中共中央政治局委員にいてもおかしくない
大陸の支配者の顔は古来あまり変わらないのか >>449
つべで「赫連勃勃のお墓」で検索すると素人のおっちゃんが撮影したらしき動画が出てくる
赫連勃勃のように美形とされていた人物の顔は特に気になる
現代人からみても美形といえるのか 美兄醜弟の典型とされる高兄弟か・・・
兄弟でそうなる科学的な根拠みたいなものがあるんかね?
まあ業績に関してはどちらも臭と言えるけど 石勒はイメージ的にいかにもマチズモ感溢れる面じゃないと説得力が >>449
石勒の墓は所在不明になっている
というのも、崩御する際に城門から数十の棺を運び出して、墓の所在を分からなくしたから
いくつか候補地があるけど決定打になっていない 遊牧民族は墓を作る習慣がなかった
人里離れた地に穴を掘って棺を入れて、子山羊(子羊とも)を殺して一緒に埋葬し、墓石や墓碑の類いは一切置かなかった
墓参りに行く際は、子山羊の親山羊を連れて行き、親山羊が悲しげに鳴いたら、そこで祈りを捧げる
親山羊が死んだらどこに埋葬したか分からなくなるので、もう墓参りはおしまいとなる >>450
「平安美人」というパワーワードがあるよねw
>>451
兄貴たちや甥っ子たちは美男子美少年揃いなのに醜男として有名なリチャード三世とか・・・・
>>453-455
死生観が出てるね
土葬で揉めてるイスラムの人たちに聞かせてあげたいわ 本来のイスラムというかアラブは砂漠に埋めて墓参りしなかった世界。
預言者のムハンマドとか聖者の墓は崇敬の対象になったけど、他の俗人は王公から庶民まで
砂漠に埋めてハイ御仕舞いな世界だった。
だがこのイスラムが東に広まるにつれ、火葬は地獄で焼かれてるみたいだから厳禁、水葬は航海中以外は基本禁止
砂漠は東にいくとある所ばかりでないので、結局そこの土に埋めて墓を営むように変化した。 >>453
慕容徳も同じような話があるよね
よく知らんやつに掘り返されて旗印にされた挙げ句井戸に投げ捨てられたり、
頭痛がするとか難癖付けられて暴かれ川に投げ捨てられたり、
そんな憂き目に遭うなら立派な墓はない方がいいのかもしれない >>458
だからこそ埋葬場所の隠蔽って言うのはこの地域において最高峰の孝行になるのよね
秦漢より前の遺跡や遺物がイマイチなのも、その後の代で盗掘されて副葬品が鋳つぶされたりしてるからだし
テムジンに至っては埋葬に関わった人間を皆殺しにして秘匿したくらい極まってた ツタンカーメン「僕ちんの墓だってずっと見つからなかった、なんてことはなかったんだしね」 >>458
首級を道端で焼却処分にされて墓すらろくに建ててもらえなかった後趙の新興王石祇が何やら言いたそうにしています…… >>458
頭真っ赤な奴に暴かれた末にガソリンで丸焼きにされたり >>455
羊の寿命は長くても十数年だから
胡族には四十九回忌とか不可能なのか… >>463
あれは劉少奇に陪葬されたようなものだから
>>464
両脚洋? 五胡十六国の人物ならトチ狂った姚萇によって損壊された苻堅の遺体もなかなか… トチ狂った姚萇の死に様(チ〇コ腫れて大量出血)も悲惨ぞ
そういや姚萇は苻堅より7歳年上とは意外 変な死に様が史書に書かれてしまった君主達
李寿…即位してから僅か5年で廃帝幽公に呪われて祟りに怯えながら狂死
赫連勃勃…雷に打たれて死亡(諸説あり)
慕容盛…重傷を負うも反乱軍を自ら殲滅して場を落ち着かせてから立ったまま死亡
司馬曜…側室に冗談で「お前もババアになったから用済みな」と言ったもんだから、間に受けた側室に布団蒸しにされて死亡
蕭鸞…病とメンヘラが昂じて調度品から衣服まで赤で備えて病平癒を願うも効果なし、早死にしてしまう
姚泓…処刑されるや、建康周辺の草木が枯れ果てるという恐ろしい怪異をなした。異説では、処刑直前に怪異をなして山中に逃げたとも。妖怪か? 高澄の「料理人にパワハラ→その料理人にぶち殺される」が抜けとる 今は赤眉軍も孫殿英軍もおらんし中華民族の五胡人民ですみたいな顔しとけばマルクス・レーニン・マオ朝の今上も襲ってはこないはず…
>>456
確かリチャード3世は10年ほど前にお顔復元&改葬されて劇的に尊厳回復?してたような気がする >>468
姚泓君そんなパワーあるなら後秦が滅びる前に使えよ
あと何度見ても孝武帝の死に方がひどい 話の流れぶった斬って恐縮だけど慕容垂の息子に慕容倭奴って人がいるんだけど「倭」と何か縁のある人なのかな?
命名規則明らかに違うよね?ひょっとして母親が倭の出身とかってあるのかな?
>>470
当時の「せむし」とかの表現が見事当たってたとかいう復元結果じゃなかったっけ?
この間顔が復元された武帝も実は肖像画結構いい線いってる説あるし昔の言い伝え侮れないものあるよね >>471
李寿の死に方も大概ひどい
即位して数年後に祟られて狂い死にってなんだよ… >>468
【南朝にて生き永らえた亡国君主】
李勢(成漢、347-361年)
張天錫(前涼、383-406年)
【南朝にて処刑された亡国君主】
石琨(後趙、352年)
慕容超(南燕、410年)
姚泓(後秦、417年)
姚泓が南朝祟りたくなるのはわかるが
前者と後者の扱いの差が不明 南朝へ亡命した王族といえば
菩薩皇帝が北魏の亡命王族を武装させて
2度ほど故国を乗っ取らせようとしたけど >>477
李勢は劉禅ムーヴ見習って投降したから桓温も大徳ムーヴで応えた
張天錫は天子を称してないから王公として寛大な沙汰となった
そのほかは天子僭称したあげく身の程弁えてないから殺さざるを得なかった
厳罰に処さねば政はつとまらん、という義時ドクトリン 北朝(特に前秦や北魏)も結構亡国君主受け入れているが
処刑された亡国君主も以外と多い >>477
東晋からしたら姚泓は帰順しておきながら裏切った姚襄の一族だから許す道理はなかった >>482
姚襄は被害者というかとばっちりみたいなもんなのに >>482
桓楚残党を支援したから絶許リスト入りしたんじゃないかな 東晋というより劉裕の意向じゃないんか
謝安なんて前秦皇族の投降受け入れるわ救援要請に兵送ろうとするわ後趙と比べて甘々の対応だった 苻堅の一族は五代十国時代でも「礼儀を知る人たち」と言われてるところからして東晋でも「敵とは言え一角の人物。無碍に扱ってはいけない」と思われていたものと考えられる 最新DNA研究で北周の武帝の顔復元とな
news.yahoo.co.jp/articles/f7e382777b27319c49f7f9c7f82edaf7154d92ca 東晋としては寛容な名君と誉れ高い苻堅を弑殺した裏切り者の孫を許すわけにはいかなかったんだろうな
もしも受け入れたら世間の謗りを浴びて政権の威信がガタ崩れになりそうだし >>488
×東晋
〇陳郡謝氏
謝安の評価のソースが苻堅しかないから、とにかく凄い奴だったという待遇にしなきゃ体裁が保てない
某バンデラ崇拝に近いものがある >>488
滅後秦のときには苻宏が桓玄について劉道規あたりにぶち殺されてるし誰も気にしなそう >>490
永嘉の乱で劉秋や劉恂がぶち殺されても誰も気にしていないので
基本的に中華の人は易姓革命でオワコンになった王朝や皇族は
建前上では二王三恪で祭祀は守るが基本的にゴミ以下の扱いと思われ 虎吉「ヒャッハー!名族がなんだ?漢人がなんだ?力が正義よ、ガハハハハ」 >>491
後周の柴氏に最後まで礼節を尽くした宋は異例中の異例。 >>494
北朝鮮も李氏朝鮮のことはボロクソに言っている。
その一代前の高麗のことは南北統一の際は高麗連邦共和国としようと韓国に提案したくらい高く評価しているが。 趙匡胤は柴栄の下でどんどん出世するんだからすげぇわ
あのおっさんちょっと仕事出来ないとすぐキレるんだもん >>496
すぐキレるのは趙匡胤も大概なんで
受け継がれるパワハラスピリッツ >>495
順治帝「前代は悪、前々代は転じて正義」 >>486
そういや苻堅の一族の嫁貰ってるの結構多いな
色白で美人確率高い慕容氏なら嬉しいのだが
苻堅の一族の美人度が気になる… >>499
ブサイクだとしても別に妾作ればいいからへーきへーき
独孤皇后「舐めるなッ!オスブタッ!」→妾を撲殺
北条政子「舐めるなッ!オスブタッ!」→妾の家に放火
まあこんなパターンもあるんやけどなブヘヘヘヘ >>499
パパの苻雄は醜形貌頭大而足短
あまりにも酷い 独孤伽羅はパパが容姿に優れてるみたいだから本人も美人だったはず
美人で優秀で気が強くて嫉妬心も強い嫁さん
楊堅何が不満だ 国をNTRのは難しくはない
しかし、上司の娘と過ごす夜ほど恐ろしいものはない
と言ったとか言わないとか・・・・ 法事でお経を見る機会があって
「梁天子」というワードがあったから気になって調べてみたら
やっぱ梁の武帝のことなのな 正信偈は正確にはお経ではないらしい
曇鸞は北魏〜東魏の人らしい 中国の専制の元祖は始皇帝の秦だけど、ロシアの専制の元祖はビザンツ?それともジョチ・ウルス?
ルーシ諸国の頃はそこまで強権的ではなかったし インドは始皇帝が現れなかった中国って感じがする
マウリヤ朝とムガル帝国以外殆ど分裂状態だし >>505
武帝のことと知っちゃうと急にありがたみがなくなるなあ >>508>>510
中華料理店でフランス料理出せと言われても叩き出されるだろ >>513
ID:mEUD2pXEOはフランス料理店に、わさび醤油を持っていって使った北大路魯山人のような奴だろ。 フランスの太陽王ルイ14世の最も好きな調味料は醤油
なのでルイ14世は中華(胡族)の王とも看做せる >>511
というか過剰なまでに仏教推進してたのも事実だしな
あの石勒石虎ですら仏図澄を重用するほどだし 世界三大料理
中華料理とフランス料理は分かるがトルコ料理?ケバブ? >>519
儒教は前提として漢民族以外クズ(夷狄)というのがネック
んで頂点は皇帝(無論漢民族の)って決まってる以上、それを覆せるロジックがないと正統性が損なわれる
恩寵の逆説や前提知識の差でのマウントも厄介
それに対して仏教は民族に対して平等で広めやすく、異民族間の共通のイデオロギーとして使えるし
漢民族の文化に対しての防波堤にもなれる
惜しむらくはそれを異民族ではなく漢民族(菩薩皇帝)が体現して大失敗したとこだろうか ビックコミックで朱のチーリンというのが始まってた
主人公は姜維なんだけど重要人物として同年輩の羌族の姚宇というのが出てくる
ひょっとして姚萇のご先祖様だったりして
ちなみに一話目の冒頭に儒教による漢民族と異民族の区別が書かれてた
話変わって馬超って羌族の血が流れてるとされてるけど末裔はどうなったんだろ? 姚弋仲の父親の柯回が伐蜀に従軍している
都督隴右諸軍事のケ艾の節度下だろうね
晋書載記だと戦功で鎮西将軍になってるらしいがさすがに嘘だろう