おやじが九三式中間練習機(所謂、赤とんぼ)の
プラモを買ってきてくれたことがあって
喜んで作ったのだが、目を離したすきに祖母に踏みつぶされ大破した
あんなとこに置いといた俺が悪いんだが、それにしても祖母が
しょんぼり(´・ω・`)してた姿が忘れられない

それからずいぶんな時が流れ、戦争中に国内で病死した祖父は
霞ヶ浦航空隊の基地で若いパイロット候補生のために
九三式中間練習機をメンテする整備兵だったと知った

祖母は自分の破壊した飛行機について、知っていただろうか