「えびせん」
と彼女は静かにつぶやいた。
僕は手に読みかけの本を閉じ、もっていた食べかけのスナック菓子を彼女に渡した。
彼女は本を読みながらも無言でそれを受け取った。
こちらには顔も体もむけず、袋にも対して目も向けずに、側面の脂に気をつけながら、しかし確実に袋の中から3つえびせんを取り出した。
みっつのえびせんは彼女の指にもてあそばれつつ、ひとつ、またひとつと、彼女の口の中へと入っていった。
そんな情景を、焦点もさだめずに眺めていた。
『いつからこうなってしまったのだろう』
ふと、そんな考えが思い浮かぶ。
僕は彼女の袋を強引に奪い取った。
ビックリした表情をこちらに向けてきた。
「なに?」とでも言いたそうな、しかしそんなに重要でもない顔をこちらに向けている。
いつまで続ける気なのだろうか。
ふと、イライラしている自分に気付く。
袋に視線をおとし、何も考えずにそれを握りつぶした。
瞬間、彼女は小さくアッと声を出す。本をもっていない手がほんの数センチだけこちらに動いた。
しかしそれだけだった。
そのまま二人は止まり、僕が彼女に視線を向けると、やっと彼女は目だけをこちらに動かした。
「なにやってんの」
何を怒っているんだろう。
何故怒られているんだろう。
子供のように、理不尽にはむかいたくなる。
しかし、何も言わない。
ただ考えているふりをする僕がそこにいた。
そんな自分を認識してしまい、逃げ場がなくなった。
僕は「ごめん」と一言つぶやき、黙った。
彼女は「ふーん」と繋がりの無い言葉を繋げてまた本へと視線を戻した。
少しだけ、また焦点のさだまらない視線をそちらに向けて、
袋をゴミ箱に捨てて、僕も本を開いた。