>>207 の前後

お わ り に

 定性的MO法が実験化学者たちに与えてきた恩恵は非常に大きいし、今後
もその状態が続くだろう。・・・・・

 しかし、一方では、定性的MO法の枠内で構成された多くの "微に入り細に
わたった" 議論はしだいに消えていくのではあるまいか。「計算したら、こう
なった、だけでは、化学現象を理解したことにはならない」とよく聞かされ
る。私も今までそう思って過ごしてきた。しかし、自然というものの振る舞い
には、封筒の裏やレストランのナプキンの上にチョコチョコとなにか書くだけ
では、説明できないような微妙な面がある。しっかりした計算をしてみなければわか
らないこと、その結果の細部を簡単な "理論" やイメージで解釈しおおせない
こともたくさんあるだろう。結合の長さや結合角ならば、3-21G という小さ
な基底セットを使ったSCF計算でも、結構よい精度で求められる。H2Oの形
などは1秒もかからないうちに算出できる時代になった。そうなると、
∠HOHが104°で、90°でないのはなぜか、H2Sの∠HSHが90°に近いの
はなぜか、などについて、もたもた理屈をつけてみるよりも、実験では定めに
くいソフトな分子の形、その変形のありさま、X線では見えにくいH原子の
位置などを、計算でさっさと出してみて、そこからさらに面白い化学の問題に
考えを進めた方がよい。

 計算化学をめぐる状況は目覚ましく変ぼうし、流動的に進展している。あと
5年もたてば、 100 M FLOPS の性能のワークステーションが自家用車なみの値
段と維持費で手にはいり、… (p.197-198)