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§1.3 共鳴とはなにか
(前略)
 図1.7 O_3 (オゾン)  (略)
 しかし、化学者たちはあまり悩まなかった。分子の中で電子はすばしこくう
ろちょろしているだろうから、O_3 の中での電子の配られ方は (U) と (V) の
間を行き帰りしているだろう、と考えて
 「(U) と (V) はO_3 の共鳴構造である」
という言葉使いをすることにしたのである。
 この「共鳴」現象は、ほんとうに自然界で起こっていると考えるべきだろう
か。答えは NO! である。これは、octet則がそのままでは具合が悪い分子に
ついてoctet則を救うために考えつかれた苦肉の策なのだが、そのおかげで、
たしかにoctet則の適用範囲はぐっと広くなる。その意味で、歴史的には共鳴
の概念は化学者にたいそう役立ってきたし、Lewisの仕事から70年以上もた
った今日でも、化学を学ぶ人たちはこの概念を理解しなければならないことに
なっている。しかし、もともと苦しまぎれの逃げ口上として考えつかれたこと
を、はっきり理解しろ、と初学者に要求するのは無理というものである。その
辺の気まずさは、一般化学の教科書をのぞいてみるとよく分かる。北アメリカ
で評判の高い教科書の1つには次のような調子の説明がある。
 ”O_3の実際の電子構造は 図1.7の (U) にも (V) にも対応せず、この2つ
の構造の中間の共鳴混成 (resonance hybrid) と呼ばれる電子構造を持っている。
共鳴という言葉が使われたのはまことに不幸なことで、そのためにO_3の電子構
造が実際に (U) になったり (V) になったりしているのだと思い込む人がある
が、これは正しくない。もし、かりに、犬と猫のあいの子ができたとすると、
それは両親の特性が混じりあった動物になり、ある瞬間には犬で、次の瞬間には
猫になっているわけではない。”
 これでは初学者の頭はますます混乱するばかりだろう。 (後略)