高まる将棋熱に、地元では愛知県の大村秀章知事や名古屋市の河村たかし市長が「名古屋に将棋会館を」と公言し始めた。名古屋には囲碁の日本棋院中部総本部はあるが、将棋の公式施設はない。
将棋会館構想には、藤井五冠ら中部地区の棋士が東京や大阪に通う負担を減らすとともに、将棋を通して地域活性化やイメージアップを図ろうとの狙いが行政側にあったのは明白だ。

しかし、新たな施設となると場所やコストのハードルが高くなる。しばらく具体的な計画の目処が立たないまま、コロナ禍に突入して1年ほど経ってから浮上したのが「トヨタ」の名だった。

上層部同士の「個人的なつながり」で急展開

もともとトヨタと将棋連盟は、豊田市のトヨタ関連施設で棋聖戦が開催されるなどの縁があった。加えて上層部同士の「個人的なつながり」(日本将棋連盟メディア部の常盤秀樹部長)から、今回の計画が急展開したという。

名古屋で拠点作りができないか、という連盟からの相談に、「対局場という場所の提供なら」とトヨタ社内で検討がスタート。候補に挙がった名古屋オフィスの会議室は、名古屋駅前という好立地で約200平方メートルという十分な広さ。
これまで会議や展示会に使っていたが、社内ではコロナ禍でテレワークが進み、「会議室の利用度が低くなっていたことも理由の1つにある」と同社総務部管財室の瀧敏暢・第1管財グループ長は明かす。

ビルのエントランスやトヨタの受け付けを通過するため、セキュリティ的にも安心だ。そして、棋士が将棋に集中するための「がやがやとしていない、静かな環境」(常盤部長)であるなど、対局場としての条件を十分に満たしていた。

地上120メートルの対局場では夜景も堪能できる

会議室は地上から約120メートルの高さにあり、大きなガラス窓から名古屋の街を一望。対局が長引いたら夜景も堪能できて、棋士の気分転換になる。フロアには台を設置したうえに畳85枚を敷き、最大7対局が同時に行えるよう設えた。畳や銀の屏風、ついたてなどはトヨタ側が備品として提供し、光熱費なども負担する。

コロナ禍が落ち着きを見せ始め、会議室の利用ニーズが今後どうなるかは分からない。今回の貸し出しは期限を決めているわけではなく、いずれトヨタ側が会議室に戻す必要性が出てくるかもしれない。しかし、そうした場合でも「せっかくの縁なので、(すぐに対局場を閉めるのではなく)発展的に対応していきたい」と瀧グループ長は約束する。


名古屋将棋対局場のオープン初日に対局する藤井聡太五冠(左)と佐藤康光九段(写真:筆者撮影)© 東洋経済オンライン 名古屋将棋対局場のオープン初日に対局する藤井聡太五冠(左)と佐藤康光九段(写真:筆者撮影)
連盟の公式戦は年間3000局以上あるが、名古屋の対局場で実施するのは当面、年に100局ほど。数としては限られるものの、「話題性は提供できる」と常盤部長。「棋士にとっての利便性が上がり、地域の将棋文化が発展していくことの波及効果は大きい。名古屋でうまくいけば、将来的に他の都市にも広げられる」と期待する。

 これまで、企業の社会貢献や文化・芸術支援といえば、ホールや美術館の建設などが定番だった。しかし、コロナ禍で大人数を集められなくなり、閉館する民間ホールも相次いでいる。これに対して、大観衆を集める必要がなく、ネット中継で盛り上がる将棋の支援は、企業にとってアフターコロナにあった社会貢献になるのかもしれない。