箱根駅伝で4年連続で5区の山登りを担当して「山登りのスペシャリスト」の
異名をとり、早稲田の黄金時代(80年代半ば)の主力選手だった木下哲彦は
在日。リクルートに就職した86年に通名の木下姓から金哲彦と名前を改めた。
性格は温和で明るく、市民ランナーの指導で定評がある。作家の叔父がいる。
生まれた時の国籍は朝鮮籍だった。