今の人事において男子は外を務め婦人は内を治むるとてその関係ほとんど天然なるがごとくなれども、
スチュアルト・ミルは『婦人論』を著わして、
万古一定動かすべからざるのこの習慣を破らんことを試みたり。

西洋の文明もとより慕うべし。
これを慕いこれに倣ならわんとして日もまた足らずといえども、
軽々これを信ずるは信ぜざるの優に若しかず。
彼の富強はまことに羨むべしといえども、その人民の貧富不平均の弊をも兼ねてこれに倣うべからず。
日本の租税寛にあらざれども、英国の小民が地主に虐せらるるの苦痛を思えば、
かえってわが農民の有様を祝せざるべからず。
西洋諸国、婦人を重んずるの風は人間世界の一美事なれども、
無頼なる細君が跋扈して良人を窘しめ、不順なる娘が父母を軽蔑して醜行を逞しゅうするの俗に心酔すべからず。

福沢諭吉「学問のすすめ」より