簡単には壊れない微小血栓
 動脈や静脈をふさぐ血栓とは異なり、毛細血管でできる微小血栓は、フィブリノゲンという水に溶けるタンパク質が、炎症を起こす分子と反応するとできる。人の体は通常、こうした血栓を血管からの出血を止めるために活用しており、それゆえ血栓を溶かす機能もある。

 プレトリウス氏らは10年以上にわたって微小血栓について研究し、2型糖尿病、慢性疲労症候群、アルツハイマー病、パーキンソン病などの患者の微小血栓を観察してきた。そして、2021年8月に医学誌「Cardiovascular Diabetology」に発表した予備研究では、急性の新型コロナ患者や、6カ月以上にわたって症状が出ている新型コロナ後遺症患者の血液に、相当量の微小血栓ができていることがわかった。しかも、簡単に分解される糖尿病などの微小血栓とは違い、新型コロナの微小血栓は簡単には壊れない。

 こうした壊れにくい微小血栓を詳しく調べたところ、大量の炎症分子と、血栓を壊れにくくする「α2-アンチプラスミン」というタンパク質が含まれていることがわかった。体中の毛細血管が微小血栓でふさがれてしまえば、臓器や組織への酸素や栄養の供給が妨げられ、疲労、筋肉痛、ブレインフォグといった新型コロナ後遺症の症状につながる可能性がある。プトリーノ氏は、「太い血管をふさぐことはないので、命にかかわることはありませんが、臓器の機能には大きな影響を与えます」と説明する。

 プレトリウス氏らは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が原因で微小血栓ができると考えている。新型コロナ後遺症の患者は、スパイクタンパク質が1年後も血液中に残っている場合がある。

 冒頭で紹介した2021年の研究で、氏らのチームが健康な血液にスパイクタンパク質を加えてみたところ、微小血栓の形成が誘発された。また、スパイクタンパク質が存在すると、血栓が自然に除去される「線維素(フィブリン)溶解」の働きを受けにくくなることもわかった。「スパイクタンパク質が健全なフィブリノゲンと結合するせいで、(微小血栓が)より大きく丈夫な構造になるのではないかと考えています」とプレトリウス氏は話す。

 このような微小血栓が長期にわたって存在すると、誤って健康な組織を攻撃する「自己抗体」というタンパク質が作られ、体を衰弱させる不調を引き起こす。プレトリウス氏が特に心配しているのは、このような患者たちだ。

 微小血栓を見つけるには、一般的な病理検査室にはあまり備わっていない蛍光顕微鏡を使う必要がある。「医者に診てもらうだけでは、微小血栓があるかどうかはわかりません」。米非営利団体「ポリバイオ研究財団」の微生物学者で、共同研究「コロナ後遺症研究イニチアティブ」の設立にも携わったエイミー・プロアル氏はそう話す。


 プトリーノ氏やプレトリウス氏の研究には関与していないローレンス氏は、発表された微小血栓の研究は少数の新型コロナ後遺症患者しか扱っていないので、調査対象を広げて複数の研究室で再現する必要があると指摘している。プトリーノ氏は、米エール大学の免疫学者である岩崎明子氏と協力して、数百人の新型コロナ後遺症患者を調査する計画を立てている。また、プレトリウス氏はワクチンに由来するスパイクタンパク質についても同様の研究を行っている。