めぞん一刻in30代以上板 4巻
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993 :大人の名無しさん:2008/06/10(火) 20:35:24 ID:smECQ3hP
めぞんと人魚シリーズが融合した新シリーズで
人魚の灰と肝を使って惣一郎の遺骨から復元ってのはどうよ 《めぞん一刻 第二部》
春香は実は超能力者だった!超能力の素質は実は響子にもあって、春香
の成長に共鳴して予知能力が目覚める。春香の主な能力はサイコキネシス、
テレパシー、テレポーテーション。響子は自らの予言通り、40歳台で他界。
裕作は化け物のような娘を抱えながら、響子より長く生きることとなった。
だが、裕作と春香は常に響子の霊に守護されながら、幸福に暮らしていた。
そんなある日、響子の遺言が発見された。それは惣一郎の復活の予言だった。
春香は響子の遺言に導かれ、人魚の灰と肝を使って遺骨から惣一郎を復活。
その晩、犬の惣一郎は死去、響子の霊とともに五代家の守護霊となる。
地学者だった惣一郎は山奥深く住む鬼となり、人前に姿を現さない。響子と
犬の霊を弔うため、1年に一度だけ、裕作と春香は鬼の惣一郎と会うことがで
きる。だがその噂は地元に広まり、人々の恐怖心を煽った。やがて、地元の
人々で結成された「鬼狩り」の集団が惣一郎をつけ狙う。「鬼狩り」の集団は、
音無老人の説得にも応じない。巫女として神職に就くととも修験道の修行を
していた郁子は、惣一郎を守るため「鬼狩り」の集団と神通力で戦う。やがて
春香も郁子に加勢する。
(続き)
惣一郎は不死の体を得るのとひきかえに人語を失っていたので誤解は
解けない。「鬼狩り」と春香たちの戦いが壮絶を極める中、音無老人と裕作
は惣一郎を再び冥界に送るべく立ち上がる。音無老人の命とひきかえに、
惣一郎の魂は肉体を離れ冥界に旅立ち、そこで響子の霊と再会する。
しばし語り合う二人。響子は五代家の守護霊として、惣一郎は音無家の守護
霊として、永遠にあの世からこの世を見守ることになる。人間同士の戦いは
終わった。
郁子は再び巫女として生き、春香は郁子の力を借りて超能力を封印し、
通常の生活に戻る。また桜の散る季節がやってきた。通常人に戻った
春香に、初めての恋の予感が訪れる――
-完- >>1オツカレー
三鷹のおじさんって銀行経営してるの?
ただの雇われ? 銀行経営って・・・
銀行の一族や個人経営って、今の時代あるのかよ。w 20年前の漫画の設定に今の時代にありえんはなあだろ。 五代が合コンで白石衿子と出会う話を読むと、当時の大学生の
性体験率が決して低いものではなかったことが分かる。童貞、処女
なのは五代とこずえだけで、五代やこずえの友だちは皆、経験豊富
なことが彼らの会話から伺える。
ところで響子は惣一郎が死ぬ前と後では性格が違うのではなかろう
か。惣一郎の死後は陰影のある、よく言えば奥ゆかしい、悪く言えば
暗い性格になったのではなかろうか。しかし五代はそういう響子に
惚れた。
白石衿子と響子は性格や容姿が少し似ており、五代は衿子にかなり
の興味を引かれていた。こずえや八神以上に衿子に魅力を感じてい
たようだ。きっと五代は響子や衿子のような、どこか過去というか陰り
のある、それでいて清純そうな性格の美人が好みなのだろう。 四谷さんの職業などは解ったのか?
話はそれからだ。 謎だから四谷なんだよね
分かっちまったらつまんなくなるような… このスレに昼間から書き込みしてる人たちも、四谷さんみたいなものだよ。 >>11 その考察はあたってるかも
ロングヘアで清純そうで大人しいタイプが好み
実は俺もだがw 俺も以前は陰影ある美人がいいと思っていたんだけど
最近は気が滅入ってしょうがないので
こずえみたいなショートカットで脳天気な人に側にいてほしいとも思う
その方が気が紛れる
夫婦そろってネクラってのはどうも… 影があるのとネクラってのは全く別物だと思うが?
特に響子は落ち着いてるだけで高校時代の描写からもネクラではないと思う。
住人のテンションが異常だからおとなしめに見えてしまうのは仕方ない。 響子って本来は明るくて活発な女の子だったんだよね。なのにわがまま通して惣一郎と結婚するから、行きたい大学も行けず、夫とは半年で死に別れ。まさにどん底でしたな。プライドは高いけど、ほんと五代に救われてるよね。 めぞんで常用される生活擬音が面白い。
「ひょいぱくひょいぱく」(急いでものを食べるとき)
「じーころじー」(電話をかけるとき)
「べん」(缶ビールで乾杯するとき)
などなど。 おいおい
響子のどこが根暗だよw
すざまじく気が強い女だぞ
カマトトの鏡みたいな女だ
親の前でがに股で座って大喧嘩
ありえんて。まともな女なら イタリア語版のめぞんは巻末に質問コーナーがあるんだが、
偉大なる高橋留美子は〜と書いてあったり、驚いた時の指は何ですか?(五代君がよくやる狐みたいなやつ)とかあったり面白かった。 響子さんがもしパパそっくりだったらどんな人生送っただろうか
惣一郎と出会う
結婚
死別
一刻館の管理人に
五代と玄関で出会う
五代、目もくれず一刻館を去る
テニス教室に通う
三鷹、全く目もくれず適当に指導
五代、酒屋のバイトでこずえと知り合い後に結婚
三鷹、おじの紹介で明日菜と見合いし結婚
響子、一刻館で管理人をつづけ一生独身か 五代が一刻館を去っていたら「響子さん好きじゃー」騒ぎが無くて、
みどりさんがテニスの勧誘に訪れない。 >>23
同感。明日菜がじょうろを落としたときの「ドンガラ ぼこ べんっ」とかね。
高橋留美子の擬音使いのセンスは独特だな。 >>26
三鷹は明日奈と結婚できたかどうか…。
響子の為に女性関係セーブしてたのでそれがないとなるとやりたい放題で誰かを妊娠させて
責任取らなきゃいけなくなったり、手をだしちゃいけない様な女性にうっかり手をだして
同じく責任取らされたり。 三鷹家の資産でたいていの女は金で解決しますよ
いままで何人堕胎させてるか
わかったもんじゃありません
彼はどうみても暴れン棒の持ち主です
あの顔で性欲をオナニーで処理してるなんて考えられないでしょ?
五代クンじゃあるまいし
それともクールにプロ嬢専門を貫いてたのでしょうか?
そのほうがまだ現実味がありますね らんま5000万部
犬夜叉4300万部
うる星3000部
めぞん1500万部
1ポンド200万部
だっけか。他もろもろ併せたら累計1億5千万部ぐらいかな? 1ポンドしょぼすぎワロタw
犬よりらんまのほうが売れたのか
オレにはもうわからんが >>28
響子のコーヒーメーカーに「げふっ」と言わせたのなんか絶品。 >>30は避妊具も知らないらしいw。
遊ぶ男はそのへん徹底してるが、遊べない男にはわからんのだなぁ。 >>31うる星は3000万部だよね?
それでも少ないと思うけど。読み返すとよくこんな発想したなと感心するよ。
犬は15巻あたりまでは面白かった。たまにマンガ喫茶で読むけど絵がかなりいい加減。本当はもうやめたいのかなと思わせる。
めぞんはずっと一定のレベルを保ったままでラストは泣けるっていう感じだな。 めぞんは売り上げ2000万部以上じゃなかったっけ? 俺も何回も読んでるよ
恋愛モードじゃない時は読む気しないけどな 第一巻の1ページ目を見ると一気に十五巻のPS一刻館まで、熟読する。 連載終盤、隔週になってもどかしかったよ。
息切れして最後は追えなくなった。 実際に女に振り回された経験があると
響子のような女が主人公のマンガが読めなくなるorz 振り回されてうまくいかなかったらそうなんかも。
でも気の強いわがままな子が自分に甘えてくる一瞬はたまらんよ。 五代というやつは何気にもてる男だな。
響子さんと出会わなくても、誰か別の美人と結婚できただろう。 ギルバート・オサリバンの歌って有名だけど、あれって実写だけに作られたの?映画は黒歴史って言われてるのに歌は知名度高いね。 もてる男がもててもストーリーにならんから
現実にはありえない
モテそうにないヤワな男がもてる
マンガ好きの喪男層をターゲットにした作品だから当然だね >>46
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%ED%A1%BC%A5%F3%A1%A6%A5%A2%A5%B2%A5%A4%A5%F3 一時的な交際・晩婚・非婚が進んでいるこの時代に
あんなにも恋愛や結婚に夢中になれる時代があったんだと
そういう感動を与えてくれる漫画だと思う 五代がもてるのはなんとなくわかるけど若いのにはわからんだろうね。 高校時代に告白されて、キスまでした経験のある人、このスレにいますか? しかしいるよなあ、作品が自分の欲望と違う方向に動き出すと
「俺むかしからこの漫画駄目になると思ってた、○○で終わればよかったのに」
と言い出して自分はこんな漫画楽しんでませんよ、って保身に走る奴。
「俺売れだす前からこの人のファンだったよ」ってのも聞くけど同じ系統の人が言ってるのかな? この作品はともかく
ジャンプのあたりには多いんじゃない?
北斗やDB、JOJOは定番だろ 留美子はめぞんに比肩する青年マンガはもう描けないのかなぁ。 とにかくサンデーとか小年誌は絶対やめてほしい。
らんまから20年近くバトルしてるんだからそろそろ高校生とかガキが主役じゃないラブコメをお願いしたい。 五代君という、キャラクターを作り出したのは史上類を見ないGJ 俺の場合、「優柔不断」という言葉を初めて知ったのは『きまぐれオレンジ☆
ロード』からだったが、この言葉を主人公の性格に当てはめて使った漫画の
元祖は『めぞん一刻』じゃないか?
80年代ラブコメの「さえないけどなぜかモテる」主人公の類型を作ったのも
めぞんじゃないかな?
めぞんの影響は『いけない!ルナ先生』にまで見て取れることができよう。
めぞん(1980年開始)→きまオレ(1984年開始)→ルナ先生(1986年開始)、
と時代がくだるにつれてだんだん亜流になってくる(笑)
しかし、30代男子の皆さんなら、この3作品には同時に触れている人が少な
くないであろうw 五代は年月を経て最後には足りないところもあるけど一人前の男になったが
春日は最後までどうでもいい奴だったかな。 留美子のケッサクは短編だけでいいよ
年1作ペースだが秀逸
それにしても留美子自身は独身か
かわいそうにな
留美子?元気だよ。
毎晩抱いて寝てるんだぜー。
気がつくと布団の中にいるのなー。 留美子って抱かれたことあんのかな?
若い頃からあれだけ連載を抱え
アシスタントも女ばかり
1ポンドの4巻でいきなりホストクラブが出てきたし
もしかしたらそういう遊びを覚えちゃったのかねぇw
男に色んなタイプの女の子がついてまわるっていうタイプのマンガの元祖も高橋留美子じゃないかな?
めぞん、うる星。 それでそういうタイプの漫画は留美子作品以外にどんなのがあるの? >>70 釣り? 最近ではウミショー、僕執事、ホリック。 らんま1/2読んでみたけど、やっぱめぞんがいい。
大人の恋愛に焦点が絞られているからな。
らんまなんかあんなのラブコメのうちに入らん。 めぞんには娯楽作品を超えた文学性がある。
死者の死が生者の生を逆照射するという構造を深層に
備えた物語だから、コメディーが単なるコメディーに終わ
らない。めぞんの笑いの裏には悲しみがある。そもそもこの
物語の出発点でありメタ物語として存在するのは、惣一郎
の死というリアルな悲劇である。ゆえに喜劇的過程を通し
つつも、響子と五代の愛の頂点はリアルなものとして受け
取られるのである。それが読者の感動を誘うゆえんである。
チャップリンや寅さんの映画が笑いと涙を同時に誘い、深い
感動を呼ぶのと同じ、喜劇と悲劇の相乗作用がめぞんには
あるのである。 虚構である喜劇の根底に据えられた
悲劇が顔を覗かせるとき、現実を
彷彿とさせる瞬間が、エピソードの
そこかしこに散りばめられており、
物語を強力に牽引する。五代と響子の
結合は、悲劇と喜劇の止揚でもあり、
虚構を通して現実に触れる瞬間を
我々は体験する。虚構の中に現実があり、
現実の中に虚構があるというこの作品
の醍醐味は、五代と響子の結合の瞬間に
頂点に達する。ラストシーンの幸福は、
喜劇からも悲劇からも解放された
人間/キャラクターの完結した肖像である。
神。 こんどは懐漫からの逆輸入か。
忙しいね。
ということで5月くらいから毎朝出勤前にアニメ見直してるけど
途中から一気に絵が変わるね。
最初の頃のが原作っぽいけどやっぱ変更後の方が万人受け
する絵だなと思った。 今日、スーパーの有線で“悲しみよこんにちは”がながれていた。
いつ聞いてもめぞんによく合っていていいな。
斎藤さんの上手くないけどほんわかした声もなかなかいい。
と、いってもアニメはほとんど見てないだけどね。
当時、思春期の俺は恋愛が絡む様な話は家族と見るのが照れくさかったから。 確かにきれいな女の人が主役のアニメは恥ずかしかった。
めぞんにはまったのはアニメの再放送がきっかけで展開が待ちきれず原作一気に買い揃えた。
14巻がすげえいいとこで終わって読み終わってすぐ自転車飛ばして15巻、買いに行った。
当時はなんとなくしかわからなかったけど今読み返しても五代はやっぱりいい奴だ。
あと、悲しみ〜をきっかけに斉藤由貴のCDいっぱい借りたのはいい思い出。
今でも一番好きだったアイドルといわれれな斉藤由貴で曲は悲しみ〜だ。 >>76
俺は先日、旅先で入った飯屋でピカソの「シ・ネ・マ」が流れていたことが
あったぞ。
歌無し、メロディーだけのアレンジだったが。
しみじみと懐メロ。 悲しみよこんにちは
シネマ
それほどめぞんヲタでない
俺でもなにか切なくなりますね 「お金で愛は買えないが、お金は愛を潤します。」by三鷹
これって某生命保険会社のCMで谷川俊太郎が書いてた
コピーとほとんど同じだよな。 「お金で幸せは買えないけど
お金があると取りあえず幸せだよね」
落合博満の台詞として、みずしな孝之が使用
(野球4コマ漫画) なるほどね。
俺にとって切ないというのが必ずしもネガティブじゃないので気付かなかった。
昔を思いだして切なくなる、切なくなるんだけどそれが楽しい、みたいな。
うーん、上手く表現できないな。 響子さんが結婚相手に五代を選んだ理由ってしずかちゃんがのび太を選んだ理由と同じだよね。 本質的には似てるだろうね。
ドラえもんの方はあんま覚えていないけど。 >>90
ままだよねって50〜60年代の漫画だから当たり前としか言いようがない。 一刻館はまるでホテル・カリフォルニアのごとし。
「チェックアウトはいつでもできますが、立ち去ることは絶対に不可能です」 >>91
ドラえもんとめぞん一刻の相似性について僕も前から思ってました。
ちなみに僕がめぞん一刻に興味を持ったのは、藤子不二雄Aの『まんが道』のトキワ
荘編のファンだったからです。
>>93
僕が言ってるのは、昭和50〜60年代のことではなくて、1950〜60年代のことです…。 俺めぞん一刻時代中学生だがあんな暮らしだったぞ
貧乏でトイレ共同銭湯がよいで
隣の大学生の兄ちゃんが彼女とのセクロスしまくってた声が微妙に聞こえてきた >>91
そうなんですか!
俺もじつは頼りがいのある
姉さん女房がタイプなのですが、 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています